フランス人男性とファッション(1)若者編

ヨーロッパでは、19世紀から現在まで、ファッションというとまず女性のものというイメージがあります。それはフランス革命後誕生したブルジョワ階級を主体とした市民社会の名残です。

19世紀の市民社会とは、ジェンダーが色濃く反映された社会でした。ジェンダーとは、人間の肉体上の性差が、社会、文化上の差別を正当化するためにも使われていることを認識することです。革命後の市民社会はまさにジェンダー化が進んだ社会でした。男は仕事、女は家庭、という図式が固まったのもこの頃でした。

革命前には男性も女性もきらびやかで大掛かりな衣装をまとっていました。しかし革命後政治的パワーを持つようになったブルジョワ階級のフランス人男性は黒一色のスーツに身を包みました。

旧体制を倒し、貴族に変わって政治的パワーを持ったブルジョワ階級のフランス人男性は、黒いスーツを着込むことによって、仕事に勤しむという男性としての社会的役割をアッピールしました。その後次第に、男性はファッションなどという軽くて、女性的なものに関心を向けてはならない、という社会的風潮が確立しました。

それ以来、ファッションと言えばまず女性だったのですが、この200年続いてきたジェンダー化されたファッションについての考え方が、21世紀初頭の現在大きく変わりつつあります。

とりわけ、30歳未満の若いフランス人男性がファッションに強いこだわりと興味を持ち、おしゃれを楽しむという兆しが見られます。

21世紀のフランスの若い男性とファッション

21世紀のフランスは急速に変化しています。

市民的権利、政治的権利における男女平等に加え、これまで男性のみに占有されてきた政治家の仕事を女性に解放したり(パリテ)、同性婚の合法化の動きによって、200年にわたってフランス社会を支配してきたジェンダー格差が薄れてつつあります。

その結果ジェンダーに支配されないで、個人がある程度好きなように生きていける多様な価値観の社会が到来しつつあります。この社会の変化はファッションにも影響を及ぼしました。

フランス革命以前のフランスには、衣服によって身分、社会階層の高さを示す風習があったため、一番おしゃれだったのはまず高貴な生まれの男性でした。今日女性がはくスカートというのは、もともとはゲルマンの騎士たち(もちろん男性)が着用していた衣服から派生したものと言われています。

男性のおしゃれが極みに達したのはその後の絶対王政の時代でした。ヴェルサイユ宮殿に集まった高貴な生まれのフランス人男性たちは、こぞってレースやキルティングの長袖の上着などでおしゃれをしました。

先に19世紀の市民社会はブルジョワ階級の男性からファッションを封印した、と書きました。これは大まかなトレンドで、おしゃれなフランス人男性が19世紀フランスからいなくなってしまったわけではありません。当時産業革命真只中のイギリスのファッション影響を受け、フランス男性の間に、ダンディズムと言われる裕福な男性のファッションが流行しました。

イギリスでダンディーと言われたのは、おしゃれなスーツを着こなし、洗練された言葉遣い、趣味などを持ち、見た目にはリラックスした感じの伊達男を指します。

彼らは中産階級の出身でしたが、成り上がって富を築きました。そして貴族のライフスタイルを真似したがりました。このようなトレンドの影響で、フランスにもダンディーな男性が出現したのです。

今日フランスでは21世紀の新たなダンディズムが誕生しつつあります。それは19世紀のように階級によって規定されたものではなく、世代によって規定されます。

下の表は、全ての年齢層を含んだフランスの男性と、15歳から29歳までのフランスの男性に分けて、それぞれのグループの衣類の出費の内訳を示した図です。

注目されるべきは、主にジーンズ、長袖のシャツ、半袖のシャツ、半袖のTシャツ、ブルゾン、ポロシャツなどで、若い世代のフランス人男性の出費が突出している点です。

反対に若い世代のフランス人男性の出費がフランス男性全体の平均よりも劣るのは、セーター、ズボン、スーツ、オーバーでした。

15歳から19歳のフランス人男性の年間のおこずかいは360ユーロ(およそ5万円)に過ぎないのに、彼ら(正確には彼らの両親)は洋服に平均してその倍以上の677ユーロ(10万円以上)も費やしています。

さらに15から29歳までのフランス人男性の51パーセントが、不況になろうとも、衣服に費やす金額を減らさない、と答えています。

若いフランス人男性は値段に糸目をつけない傾向にある?

フランス人男性は衣類を買うとき、フランス人女性ほど値段を気にしません。またフランス人男性は、フランス人女性と異なって、一目見て気に入ったものを衝動買いしたり、流行を追うために衣服を買うという傾向も持ちません。

フランス人男性は流行を超えて、長く着用できる衣服を好む傾向があります。彼らは、流行に左右されないベーシックなアイティムをワードローブにコレクションすることを好みます。

その結果、フランス人女性とは対照的に、フランス人男性はファストファッションよりもブランドを好む傾向があります。44パーセントのフランス人女性がブランド品を好むと答えたのとは対照的に、フランス人男性の63パーセントが年齢に関係なく、ブランドを好むと答えています。このブランドにこだわるという傾向は年齢が下がるにつれてさらに強くなる傾向にあります。

それとは対照的に、フランス人女性は相対的に安い値段の洋服を好み、流行を追い、奇抜なファッションを好みます。その結果フランス人女性は、ファストファッションの巻き起こした衣服の値段の低下の直接の恩恵に預かったのです。

若いフランス人男性の好み

ごてごてとしたレースのついた服装にこだわった革命前の貴族、イギリス風スーツに身を包むことを好んだ19世紀のブルジョワ・ダンディとは異なり、21世紀初頭の若いフランス人男性は、リラックス感、カジュアル、スポーツウエアを好みます。その結果彼らは、物のいいジーンズ、シャツ、ロゴの入ったTシャツなどに特に強いこだわりを見せます。

また15歳から29歳のフランス人男性は、状況や自分の気分によって、ファッションのスタイルを変化させたいとも考えています。そのため一つだけのスタイルでは満足しない傾向にあります。また香水をつけることも忘れません。

こうしたおしゃれなライフスタイルを維持するために、15歳から29歳のフランス人男性の半数は毎週ショッピングをし、毎年500から700ユーロ(7万円から9万円ぐらい)の予算を衣類に当てているのです。

ジーンズではリーバイス、ディーゼル、スポーツウエアでは、ナイキ、アディダスなどが人気です。そのほかアルマーニやヒューゴ・ボスなども人気です。そして若いフランス人男性は、気に入ったアイティムが見つかった時には、予算以上のお金を出すことも厭いません。

15歳から29歳の若い世代のフランス人男性は、フランス人男性全体の中で衣服に最もお金をかける世代と言えます。その後30歳を過ぎて仕事が安定してくると、フランス人男性の衣類への消費は減少していきます。

21世紀の若いフランス人男性は、アメリカ発のカジュアル・ファッションスタイルがお好き

ここでは若いフランス人男性が好むファッションアイティム、Tシャツ、ジーンズ、ポロシャツ、ブルゾンの起源をさかのぼって見ます。

Tシャツ

Tシャツがファッションアイティムとなったのは比較的遅く、19世紀末のことでした。快適さ、衛生面からアメリカの海軍がTシャツをユニフォームとして採用したことがTシャツ誕生の直接のきっかけでした。1942年ごろまでにTシャツのスタイルが完成しました。それはクルーネック、半袖、というものです。そしてその形をなぞって、文字通りTシャツと名付けられたのです。

もともと軍隊、男性性のシンボルだったTシャツですが、50年代から60年代欧米、日本などで高度成長だった時代に、普遍、流行に左右されない、民主的、などのイメージが定着していきます。そしてTシャツは広告、スローガン、芸術的表現などの媒体となります。20世紀の産物Tシャツは何よりも「私」を表現する媒体です。

ジーンズ

「ジーンズは社会階級を廃止し、ジェンダーの壁も取りさらった。ジーンズは時代の産物だ」との言葉が残っている通り、Tシャツと同様ジーンズも20世紀を象徴するアイティムです。

ジーンズとはデニム素材でできたズボンです。ジーンズの由来は複数ありますが、ここでは以下のものを紹介しましょう。ジーンズ、という言葉自体は近世イタリアの海洋都市国家ジェノヴァ(Gêne)に由来します。それは「輸送用にできた商品を保護するための厚手で防水性の布」を指しました。中世以来庶民はデニム素材の衣服を着ていました。

1873年にLevi Strauss とJacob Davisはデニムを使って、子供が暴れても破れないようなズボンを提案したのが、今日のジーンズの始まりと言われています。

ジーンズは世界のアメリカ化現象とともに、20世紀を通じて世界中に広がっていきました。ジーンズはまた作業服、ストリートファッション、カーボーイ、ロッカー、ヒッピーなどの、全ての流行、社会階層にも溶け込んでいきました。ジーンズも20世紀の民主的社会を体現したアイティムです。

ポロシャツ

ジーンズやTシャツと異なり、ポロシャツはフランスで生まれました。1920年代にテニスはフランスの上流階級にとって欠かせないスポーツでした。当時プレーヤーは長袖のトップスを着ていました。

実力ナンバーワンだったテニスプレーヤーのルネ・ラコステは、1926年に半袖で途中までボタンのついたポロシャツを初めて着用して、テニスをしました。素材は綿ジャージーを使い、当時着用されていたシャツに比べて、汗を吸収し、軽くて快適なものでした。

当初はテニスウエアとして重宝されていましたが、徐々にシックで上流階級ふうのスポーツウエアとして、定着していきました。

最後にブルゾンの由来は英語のblouseで、これはもともとブラウスを意味しました。オーバーとは異なり、腰までの高さで、また前開きのデザインでした。

ブルゾンはもともとアメリカ空軍の航空操縦士のために考案されました。それは暖かく、人間工学に基づいて設計された制服でした。

ブルゾンの形は、体を大きく覆うようなもので、それはブラウスの発想に似ています。そして長い袖もブラウスをイメージさせます。第二次世界大戦後ブルゾンは市民社会でも着用され、一般化されました。

ポロシャツ以外、Tシャツ、ブルゾンなどはもともとアメリカの軍隊で使われていたファッションアイティムでした。ジーンズについては、デニム自体はヨーロッパで使用されていましたが、現在人気のジーンズの原型はアメリカで生まれました。

以上のことから現代のフランス人男性のファッションも、日本人と同様にグローバル化、アメリカ文化の影響を強く受けていることが理解されます。

特に若い世代のフランス人男性はかつてのフランスの階級、身分社会を思い起こさせる特権的なアイティムを拒絶して、民主的で、フラットで、自我を表現できるアメリカのファッションアイティムを好みます。そういう意味で、現在15から29歳の若いフランス人男性世代は、これまでのフランスのファッションのあり方に変化を起こす可能性を持っています。

若いフランス人男性とユニクロU

そこに目をつけたのがユニクロでした。現在ユニクロは世界の16カ国の国々に1500以上の店舗を構え、3万人以上の従業員を持つと言われています。

日本では長らくおなじみのユニクロですが、国際市場へのアクセスを決定的なものにしたのは2006年にニューヨークのSOHOに旗艦店をオープンさせたときでしょう。それ以来ユニクロは国際戦略を拡大させ、海外における売り上げ比率は総売上の45パーセントにも達しています。

翌年の2007年にユニクロはベーシックなデザインでありつつ、着る人の工夫によって変化する、という自社のファッション哲学がフランスでこそ成功するだろうと期待して、フランス市場に進出しました。

そしてパリの中でも流行の先端を行くファッショナブルな地区、オペラ座とマレー地区に大型店舗を構えました。その後複数のフランス人デザイナーとコラボをしつつ、2016年秋にはクリストフ・ルメール氏をユニクロ・Uのアーティスティック・ディレクターとして迎え入れました。

ルメール氏はこれまでにフランスのファッション業界ではすでにその実力が認められていました。ユニクロ・Uのアイティムの値段は15ユーロから150ユーロほどで、エルメスの専属デザイナーを務めたルメール氏が監修した洋服の値段とは、にわかに信じられないほど低い値段です。

ルメール氏がユニクロで働こうと思った一番の動機は、ユニクロが放つ政治的なメッセージに魅かれたからだそうです。

それはファッションの民主化の徹底、できるだけ多くの人に質の良い服を届ける、というメッセージでした。またルメール氏とユニクロは、日常着にこそクオリティの伴った服を、という哲学でも一致しました。

これらの考え方は、世界のお金持ちを念頭に置いて、ファンタジーに基づいてデザインされ、特別な空間、場所のために装う、というこれまでのパリ発ファッションの考えと逆行します。

最後に

現在パリ発信のファッションは、先進国の国際的な動きと連動しています。

それは20世紀が残した遺産とも言える、アメリカ発信のカジュアルウエアを21世紀型へと変更していくプロセスと言えます。

経済のグローバリゼーションと社会、文化的伝統との間で微妙なバランスを取りつつ、産業デザインをベースにして手頃な値段で世界市場に売りさばく。同時に20世紀のように、完全な画一化、同質化を目指すのではなく、着る人一人一人の個性が現れるスタイル。それは、質の伴ったカジュアルウエア・ファッションと言ってもいいかもしれません。

若いフランス人男性は、服装を通じて、この新しいトレンドを体現しています。

次回のブログでは、ルメール氏が考える21世紀のファッションについてさらに詳しく紹介していきます。