なぜフランスのセレブは改名したのか?ーフランス人にとっての「かっこいい名前と苗字」

日本人から見るとフランス人の名前もフランス語の一部には違いないので、どれもかっこいい響きのように聞こえるものです。でも実際には、フランス人の中で特に人気があって、自分のイメージ向上に役立つ名前もあります。

ここでは数名のフランス人のセレブがなぜ芸名を名乗るようになったのか、その理由を探ることによって、フランス人にとっての「かっこいい苗字」をご紹介します。

フランス人の名前の成り立ち

通常日本人とは逆で、フランス人は、名前、苗字の順番で自己紹介をします。例えば、カトリーヌ・ドヌーブで、ドヌーブ・カトリーヌとは言いません。

実は、フランス人の名前、苗字に対する態度はこの数十年で大きく変わりました。

1940-50年代まで、フランス人は友人の名字を呼び捨てで読んでいました。上の例で言えば、ドヌーブ(だけ)です。

さんに当たる、マドモアゼルやマダムなどもつけず、日本人から見るとなんとなく相手に対する敬意が足りない感じがしますが、そんなことはありませんでした。これが習慣だったのです。

ところがその後、フランス人の友人に対する呼び方は大きく変わりました。そして苗字を呼び捨てにするのではなく、名前で呼び合うという習慣が定着しました。

また今では、相手を苗字で呼ぶ場合、苗字の前にムッシュー、マダム、マドモアゼルなどをつけるようになりました。呼び捨ては日本と同じで失礼な印象を与えるようになったのです。

ちなみに名前ではなく苗字で呼ぶ時、二人の間には少し距離があることを意味します。

また通常一人のフランス人が、3〜4の名前(prénom)と1〜2の名字(nom de famille)を持っています。これには、キリスト教の伝統と家族制度が関係しています。

フランス人は一般に、一番重要な名前の他に2〜4の名前を持っています。現大統領は、エマニュエル・ジャン=ミシェル・フレデリック・マクロンでエマニュエルという主となる名前の他に、二つ名前を持っています。

女優の、シャルロット・ゲンズブールは、メインのシャルロットという名前に加えて、ルーシーという名前も持っており、本名はルーシー・ゲンズブールです。

複数の名前を持つのは、キリスト教の伝統に由来します。中世以来、フランスではメインの名前とともに、代父母の名前を加えることが習慣でした。

代父母とは、子供達の洗礼式に立ち会い、神に対して契約する際の証人となる大人のことです。代父母となるのは、親自身より少し年上の家族、親戚、友人でした。

代父母になるにはそれなりの覚悟が必要でした。なぜなら寿命が短かった中世の時代、代父母を引き受けるということは、もし証人として立ち会った子供の親が早くに亡くなってしまった時には子供の面倒をみる、という暗黙の了解があったからです。

現在では平均寿命が延びたため、親が早くに亡くなってしまった時のために身元引き受け人をあらかじめ決めておく、ということはもはや必要ではありません。それでも中世以来この複数の名前の習慣は続いており、パスポートにも全ての名前が記載されます。

フランス人の名前の由来

フランス人の名前の多くはギリシャ語やラテン語に由来し、その多くがキリスト教に関連するものです。聖書やギリシャ神話から名前をつけることが良くあります。

フランスのカレンダーの日付には聖人暦という特定の聖人の名前が書いてあることがあります。誕生日や誕生月の聖人の名前を選ぶ人もいます。

または音の響きが良いから、という理由で名前を選ぶ人もいます。

フランス人の混合名の色々

フランス人の名前の中には、二つの名前をハイフン(―)で繋げて一つの名前にする、ということがよくあります。ここではこのような名前を複合名と呼ぶこととします。

例えばマリー・アントワネット(Marie-Antoinette)はその最たる例ですが、これはオーストリアの名前で、フランスでは珍しい名前です。

一般にフランス人の混合名は、マリー、ジャン、ピエールから始まります。マリー・ノエル、マリー・クレール、ジャン・クロード、ジャン・フランソワ、ジャン・ポールなどです。

フランスに特徴的な混合名ですが、その理由はいくつかあります。

家族、親戚の中に同じ名前の人が二人いるとわかりにくいので、区別するために、そのうちの一人には、もう一つの名前を加えて混合名にすることによって、二人を区別した、というのも一つの理由です。

例えば一人をピエールと呼んで、もう一人をシモン=ピエールと呼ぶ、という具合です。ちなみにどちらの名前も聖書に由来します。

混合名には特殊なイメージを与えるものもあります。

例えば上にあげた、3つの名前の混合名ではなく、別の名前が混合名になるとそれは大変に珍しい名前になります。その代表例がシャルルです。

シャルル=エドワード、シャルル=アンリ、シャルル=ピエールなどの名前には、ブルジョワ的響きがあります。

ブルジョワとは何か?

ちなみにブルジョワというのはフランス革命後社会の中心となった、元々は庶民階級出身だった有産階級をさします。フランス革命以後今日までのブルジョワのイメージというのは、お金持ち、ということに加えて、秩序、整頓、物にこだわる、でしょうか。

彼らは自分たちがブルジョワに属することをアピールするために、とにかく見かけにこだわります。そして綺麗な洋服、靴、インテリアなどにお金をかけます。

それは自分たちが心地よく暮らすために、という意味もあるのでしょうが、歴史的に見ると、貴族に変わって社会の支配的階層となり「自分たちの社会的地位を見せびらかした」ことと関係しています。

19世紀から20世紀にかけて、フランスに主婦が誕生しましたが、主婦はブルジョワ階級の産物でした。この時代の主婦たちは、現在の主婦みたいに、家のことを何もかもする必要はありませんでした。

彼女たちはお手伝いさんたちに助けられながら、自分は洗練された身なり、インテリアを演出することによってその家のショーウインドーとなっていたのです。

そんな姿は印象派の絵に描かれています。100年前のフランスの主婦とは、きついコルセットを締めて、ドレスを着て、パラソルをさして、ブルジョワ的優雅さを社会にアピールしていたのです。

今日のフランスでは主婦は珍しい存在になってしまいました。フランス人女性は、お金が必要ではない階級の既婚女性でも、自己実現のために働くようになったのです。

でも過去のブルジョワ文化の名残は色濃く残っています。例えばパリの16区でそんなブルジョワ階級の人々とすれ違うことができます。彼らは豪華なアパートに住んで、とびっきりおしゃれです。

パリの駅でブルジョワたちが列車に乗ってバカンスに出かけるのを見かけるときがありますが、彼らの身なりは一般のフランス人の身なりとは全く異なるのですぐ見分けがつきます。

とりわけ違いがわかるのが子供の身なりです。今時のギャップなどに典型的なアメリカンスタイルはご法度です。女の子だったら、ワンピースにカーデガン、帽子、革靴が定番となります。男の子だったらブラウスとズボン、同じく革靴です。

上に挙げた外見に加えて、名前にもブルジョワ的名前が存在するのです。シャルルがつくようなブルジョワ的混合名には、イギリスの国王、王女の名前がフランス語読みとなって含まれています。

そのため、これらの名前は庶民的なフランスの混合名、例えばジャン=クロード、ジャン=ミッシェルなどと違った「気取った」印象が伴うのです。

またコケティッシュ、つまり異性の心をくすぐる響きを持つ混合名もあります。

例えばジャックリーヌ=アンという名前は、可愛い名前を二つつなげて、大変女性らしい印象を演出しています。そしてこの名前もとてもブルジョワ的な響きを醸し出します。

では次にフランス人のセレブが本名から芸名に名字を改名した例を取り上げて、その理由について探って行きましょう。

フランスのロックンローラー

日本では矢沢永吉、沢田研二、西城秀樹らの歌手がアメリカのロックンロールの影響を受けて、新たな音楽のジャンルを切り開きました。彼らの名前は芸名かもしれませんが、その芸名はとくにイギリス、アメリカの響きとは関係ないようです。

日本でロックンローラー的響きがするのは、むしろグループの名前です。タイガース、グループサウンズなどの名前にはアメリカの影響がうかがわれて、かっこいい印象です。

フランスではあくまでも個人のロックンローラーがアメリカ的イメージを取り入れた苗字を芸名として採用する傾向があります。戦後のフランスのロックンロールを代表する二人の歌手、ジョニー・ホリデーやエディー・ミッチェルがその最たる例です。

ロックシンガーのジョニー・ホリデーはベルギー出身で、本名はジャン=フィリップ・スメでした。スメという名字は伝統的な響きですが、これでははロックンローラーとしてかっこよくありません。

それで芸名の苗字を英語的響きのあるホリデーとし、フランスの国民的ロック歌手、ジョニー・ホリデーが誕生しました。

同じくロックンロール系でジョニー・ホリデーの親友のエディー・ミッチェルの本名は、クロード・モワンヌと言いました。モワンヌはモワン、つまり「お坊さん」を想像させてしまいます。「お坊さん」がロック、というのはかっこよくないのです。

それでフレンチロックンローラーのイメージに合わせて、自分が尊敬するアメリカ生まれでヨーロッパで活躍した歌手で俳優のエディー・コンスタンティーヌからエディーを拝借しました。

フランス語も英語も元々インド=ヨーロッパ語系の言語なので、個人の名前として取り入れてもそれほど違和感がないのが、日本語との違いかもしれませんね。

苗字に難あり?

本名の響きが心地よくないため、よりかっこいい芸名を名乗ることもあります。

俳優のヴァンサン・カセルの本名はクロションでした。しかしクロションという苗字は豚(コッション)を思い起こしてしまうので、彼は苗字をもっとかっこいいカセルに変えました。

日本でも有名なフランス人女優、ソフィー・マルソーの本名はソフィー・モープと言います。モープのプは蚤という意味があり、女優として好ましくないと判断したのでしょう。彼女はマルソーというかっこいいパリの有名な大通りの名字を選びました。

同じく俳優のファブリス・ルチニの本名はロベールでした。しかしファブリスの方がブルジョワ的でかっこいい響きがあります。

有名な歌手、エディット・ピアフの本名の名字はピアフではなくガッションでした。ガッションという音には男性的な響きがあるため、ピアフ(可愛い小鳥)という名字に変えました。ピアフとは彼女のイメージにあったかっこいい苗字だったのです。

有名な歌手、イブ・モンタンはもともとイタリア移民で、名前もイタリアの名前で、イヴォ・リヴィと言いました。モンタンという響きには出世するというニュアンスがありますが、それはモンタンの母親がいつも「イヴォ、上に登って行きなさい」と言っていたからだそうです。その結果イブはモンタンという苗字を芸名にしました。

また兄弟、姉妹で俳優、歌手などをしている場合、区別するために別の名字を名乗ることもあります。

カトリーヌ・ドヌーブの本名はドヌーブではなくドルレアックという、ドヌーブと変わらないほど素敵な響きの名字でした。しかし同じく女優として活躍していた妹がすでにこの名字を使っていたので、妹と区別するためにドヌーブという苗字に変えました。

名前に現れる民族と文化

最後に移民の出身で、出自を隠すためにフランス的名前を芸名にすることがかっこいい、といるケースもあります。

女優のシモン・シニョレはもともとポーランドの出身で本当の苗字をカミンカーと言いましたが、これはとてもポーランド的な響きだったので、よりかっこいいフランス的響きの芸名の苗字に変えました。

アルジェリア出身の人気歌手パトリック・ブリュエルの本名は、パトリック・モーリス・ベンギギで、北アフリカのベルベル人の出身でした。典型的なフランスのシャンソンを歌うブリュエルは、北アフリカのイメージが強い自分の本名であるベンギギを削除しました。

しかし近年のフランスでは、別の国、文化に由来する自分の名前、名字ではかっこよくないから改名する、またはよりフランス的でかっこいい名前に改名する、ということは次第に少なくなっています。

フランスの人々は自分の民族、文化的出自についてオープンになりつつあります。

映画『アメリ』に八百屋さんの店員として出演した人気コメディアンのジャメルはモロッコの出身です。彼は苗字を変更せず、自分の文化的出自をオープンにしています。そして役柄にもよりますが、自分の出自を隠さないこと自体がかっこよくなりつつあるのです。

このようにフランスのセレブも日本のセレブと同様に、苗字や名前が醸し出すイメージを重視し、それらに自己イメージを投影させようとしていることがわかります。