フランス人の宗教と結婚ーキリスト教はフランス人にこんな影響を与えている

フランスは元来カトリック教の国です。

フランスでは西ローマ帝国が滅んだのち、新たに侵入してきたゲルマン系民族が支配する新国家が誕生しました。そのリーダー、クローヴィスは元来異教徒でしたが、フランスの民衆の宗教であったカトリック教を受け入れました。エリートと民衆が精神的に一体化して、中世フランスがスタートしました。

キリスト教は中世フランスにとってはアイデンティティーと言えるほどに重要でした。ところが時が経るにつれてキリスト教の重要性は次第に薄らいでいきました。

現代フランスでは衰退してしまった言われるキリスト教ですが、全く意味がなくなったわけではありません。かつて社会勢力、政治勢力として存在したキリスト教は、現在社会風習、人々の考え方に溶け込んでいます。

ここではカトリック教の考え方が、現代のフランス人の恋愛観にどのような影響を与えているのかについて見ていきます。

フランス人の宗教感:信心と実践の違い

まず現代のフランスにおける宗教の現状ついてざっと紹介します。

今日フランス人の多数の宗教が、カトリック教であることには変わりません。フランス人全体の64パーセントの人が、自分がカトリック教徒であると考えています。しかし毎日曜日に教会へ行ってミサに参加するような敬虔な信者は5パーセントにすぎません。

フランス人全体の6パーセントがイスラム教徒であると答えていますが、モスクで祈りを捧げる敬虔なイスラム教徒は2パーセントです。

一方別のアンケートによれば、29パーセントのフランス人は神を信じないと答え、34パーセントのフランス人が自分は宗教がないと答えています。これら二つの数値を合わせると、半数以上のフランス人が宗教から離れてしまったことになります。

自分がカトリック教徒であると考える人が半数以上、自分がカトリック教徒ではないと考える人も半数以上。これでは辻褄があいません。実は20パーセントぐらいのフランス人は、どちらの質問にもYesと答えています。

20パーセントほどのフランス人は、質問の聞き方、誘導の仕方によって、自分はキリスト教徒である、もしくはキリスト教徒でない、の間を行ったり来たりします。

風習、伝統の点で、自分はカトリック教徒と言えるかもしれないが、宗教の実践となると、自分はカトリック教会から遠ざかってしまった、ということだと思います。

フランスには、カトリック教徒、イスラム教徒に加えて、ユダヤ教徒、プロテスタント教徒もいます。

フランス革命では人権宣言が発布され、信心の自由が保証されることになりました。その結果中世以来差別を受けてきたユダヤ教徒に対して、ヨーロッパで最初に信心の自由を保証した国がフランスでした。

そのためフランス革命以来、ユダヤ人系フランス人はフランスに対して大変好意的なイメージを持っていました。ところがこの状況は第二次世界大戦で変わりました。時のペタン政権は、ナチスドイツと協力してフランス国内のユダヤ人を排斥したからです。

一方フランス革命以前のフランス王国においては、プロテスタント教(いわゆる新教)はどちらかといえば、貴族や富裕層を中心としたエリート層の宗教でした。宗教革命の頃にはフランスのプロテスタント教徒は国民全体の10パーセントを占めていました。

イタリアから来た女王、カトリーヌ・ド・メディチの画策によって、自分の娘の結婚式に招かれたプロテスタント教徒の貴族たちが虐殺されてしまいました。その後国家の弾圧も加わってプロテスタント教徒の数は減少していきました。

現在プロテスタント教徒は国民の3-4パーセントしか占めません。またユダヤ教徒に関しては0.7パーセントです。

カトリック教会による恋愛と結婚の意味

カトリック教会は従来結婚をしようという男女に対して4つの条件を課してきました。それらは自由意志で結婚すること、離婚の禁止、相手以外の人を愛さないこと、子供を生むことです。

カトリック教会によれば、従来男女の性的な関係は、結婚して子供を生むためのもの、に限定されました。

1960年代まで伝統的なキリスト教的価値観が支配的だったため、フランス人の性、結婚観もカトリック教会の考えに一致していました。

例えば、当時のフランス人は結婚前の同棲をタブー視しました。同棲する人たちは、無宗教を自認するおよそ20パーセントのフランス人のみでした。

現代フランスでは、カトリック教の影響が弱体化した結果、恋愛観、結婚観が大きく変わりました。とりわけ結婚のお試し期間としての同棲が当たり前になりました。

フランス国民の80パーセントが同棲をしてから結婚をします。それでも敬虔なカトリック教徒の中には同棲を受け入れない人もいます。

かつて避妊、堕胎もキリスト教によって禁止されていました。結婚の目的が子供を産み育てることである以上、男女の恋愛感情は比較的軽視されていました。また同性愛も許されるものではありませんでした。

同性婚が合法化された現在でも、敬虔なカトリック教徒の中には同性婚を認めないフランス人もいます。

日本で結婚届を役場に提出する際二人の保証人が必要です。しかしその保証人は一緒に役場に来る必要はありません。さらに役場には届けを提出するだけです。

フランスの民事的結婚は日本より儀式的な要素が強くなります。結婚する二人は役所を訪れます。住民によって選出された代表者(村長、町長、市長、区長もしくはその代理人)の見守る中カップルは愛を誓い、結婚届に署名して初めて結婚が成立します。

近年この役所の代表者がカトリック教徒であったため、同性愛者のカップルの民事的結婚を認めないということがありました。この代表者は私的考えと公的考えを混同してしまいました。この事件は裁判に発展し、最終的にはこの代表者の行いは違法との判決がくだりました。

キリスト教の実質的衰退とフランス人の結婚観の変化

このようにキリスト教はフランス人の恋愛観、結婚観に大きな影響を与えてきました。

カトリック教の勢力が強かった1960年代ぐらいまで、フランス人夫婦は恋愛と結婚をある程度区別していました。愛が冷めたからといって通常離婚することはありませんでした。それはカトリック教会が離婚を禁じていたからです。

1968年の5月革命以後フランス人はより自由な恋愛観、結婚観を持つようになりました。しかしこの時の変化はそれまでの100年の間に徐々にフランス社会が変化した最後の結果でした。

元来カトリック教会によれば、フランス人女性の役割は夫の世話をし子供を産んで育てるでした。ナポレオン法典はこの考え方を近代的な結婚にも取り入れ、民法化しました。

ところが20世紀に入ってフランス人女性が次第に経済的に自立すると、それまでの男性は仕事、女性は家事、子供の世話という伝統的な役割分担は次第になくなって行きました。

20世紀の後半に避妊薬(ピル)が合法化されると、快楽としての性と出産の性が区別されるようになりフランス人の恋愛観は大きく変わりました。結婚を考えずに恋愛を楽しむことができるようになったのです。

1970年代以後、結婚はもはや国家の制度ではなく完全に個人の問題となりました。この頃からフランス人は、愛がなければ結婚に意味がないと考えるようになりました。

現在のフランスではこの「愛」と呼ばれる唯一無二のパートナーに対する排他的な感情を軸とした結婚観が徹底しています。

一神教でもなく、愛ではなく慈悲の宗教である仏教の影響が強い日本。私たち日本人はいまでも結婚を少なからず家と家の結びつき、と考えます。ところが現代に生きるフランス人は、あくまでも結婚における個人と個人の感情の結つきを重視します。

実は現在のフランス人の結婚=愛という考え方は、従来型の神前結婚の進化形と捉えることができます。結婚の本質は変わらず、しかしそれはもはや制度的枠組みにとらわれることのない、個人の心の問題となったのです。

皮肉なことですが、愛の個人化、徹底化によって、今日ほどフランス人の結婚が脆弱化した時代はありません。フランス人はしばしば恋愛と愛を区別できないからです。そのためロマンチックラブを追い求めることによって、フランス人は一生同じ人と結婚を維持することが難しくなりつつあります。

かつてフランス人は、いまほど幸せな結婚生活ではなかったかもしれません。でも離婚は珍しいものでした。そのために何が起ころうと結婚というものがずっと続いていく、という前提で毎日生活していました。そこには安心がありました。

現在フランスのカップルは複雑化し、お互いに対する要求も高まっています。そして個人の最大限の幸福を実現するための結婚を見出そうと努力する一方、それが叶わない場合には離婚が待っています。

結婚式を通じて自分を語る

かつてキリスト教が外圧だった頃、若い人が結婚するとなったら、家族会議が開かれどんな結婚式を行うかについて家族全体で議論しました。

しかし1960-70年代あたりから結婚は当人たちだけのものとなりました。その頃から個人の欲求、要望を最優先とする結婚が当たり前になりました。またこの頃から独身者の数も増加しました。

一世代前のフランス人は、19世紀初頭から続いてきた国家の社会秩序の一環としての結婚を拒絶しました。そして純粋に愛を育むことができる関係を模索する一方、それまで禁じられていた同性愛に積極的になっていきました。

そのほかのパートナーシップの選択が生まれたため結婚の重要性は相対的に低下しました。それでも元来パーティ好き、社交好きのフランス人は、お祭りとしての結婚式を拒絶することはありませんでした。

宗教的影響が弱まった現在、若い世代のフランス人は結婚式をするに当たってお祭り以上の「何か」を求めるようになっています。それは自己アイデンティティーの見せ場、自分史の節目と言ってもいい結婚式のあり方です。

彼らはできるだけ他の人とは違う結婚式を行いたいと考えます。結婚という一生涯に一度のお祭りを通じて、自分を表現し、自分の人生にとって意味のあるイベントにしたてあげようと努力します。

他では見られない自分たちらしさに溢れた結婚式を演出することによって、招待客を楽しませるとともに、それはカップルにとって、相手に対するコミットメントを強めるまたとない機会となります。

フランスでも日本のように、結婚式には写真、ビデオが欠かせません。インスタグラム映えするワイン、美味しい料理、ドレス、タキシードを選んで、忘れ得ぬモーメントを永遠に記録して、自分史の一部を作り上げます。

例えば、パリでサイクリングをした後、公園へ行って友人たちとピクニックをして結婚式とする、こんなパターンもあり得ます。

若いフランス人世代の伝統への回帰

グローバリゼーションが進行した結果、日本でもフランスでも人々は権威、組織から自由になり、以前よりも自由に生きることができるようになりました。日本もフランスも結婚をする人の数は相対的に減少しています。

そのような世界的風潮の中で、フランスでは、パートナーを見つけてからカップルになるまでより長い時間がかかるようになりました。

フランス人のカップルは、自分と相手に対して多くの質問、疑問を投げかけ、自分にとっての唯一無二の相手を見分ける最大限の努力をします。

自分自身の相手に対する感情が揺るぎないものであること、現在自分が幸せであることを確信し将来もこの状態を続けていきたいと願った時、フランス人は初めて相手に対してコミットして、長期的関係を考えるようになります。

このように時間をかけてカップルとしての耐久性をテストするのは、フランス人の若者が日本人の若者以上に離婚に対して不安を抱えているからでもあります。彼らは親の世代の別離、離婚といった苦い体験を、子供として直接体験しています。

その反動で若い世代のフランス人の間では、あらためて伝統的な宗教儀式を伴った結婚式が見直されています。家族問題で傷ついた若いフランス人ほど、宗教儀式にこだわる傾向があるそうです。

どんなにユニークな結婚式をあげたとしても、その翌日美しい馬車はかぼちゃに戻ってしまいます。その時若いフランス人のカップルはまた新たに自分たちのエンジンとなるイベントを作り出して、お互いのコミットメントに新たな息吹きを与えようと努力をするでしょう。

結婚をしたからそれで相手に対する努力が終わることはありません。その結果制度ではなくハートに依存する愛が人生を貫く一本の糸となっていきます。

世俗化されたように見える現代のフランス人ですが目に見えないパートナーへの愛はキリスト教伝来の愛へと繋がっています。