ブリジット・マクロンー年上妻、マクロン大統領夫人のたくみな夫操縦法

フランスのマクロン大統領の妻ブリジットさんが、大阪で開催されるG20に出席する夫に伴って、日本に来日します。

ブリジットさんはどんなフランス人女性なのでしょうか。

マクロン大統領が就任して以来、ブリジットさんはほとんどインタビューに応じません。

慎重に沈黙を保つことによって、大統領としての夫のイメージに傷をつけないよう配慮するブリジットさん。

それでも本国フランスではブリジットさんについての伝記、ドキュメンタリーなどが後を絶たないほど、人々の関心を集めています。

ブリジットさんのことを「小説の主人公」などと呼ぶメディアもあるくらいです。

ここではフランスのテレビ番組、書籍などを参考にして、謎に包まれたブリジットさんというフランス人女性がどんな女性で、どうやって生涯の愛、結婚にたどり着いたのか、についてご紹介します。

15歳の高校生が39歳の女性教師に恋をした

ご存知の通り、ブリジットさんとマクロン大統領の関係が注目を浴びる一番大きな理由は2人の年齢差です。ブリジットさんはマクロン大統領よりも24歳年上です。

2人が出会った状況についてはよく知られています。

高校の国語教員(つまりフランス語の先生)だったブリジットさんが指導していた演劇活動に生徒としてマクロン氏が入会しました。二人は演劇の台本を一緒に書いていて恋に陥りました。

ブリジットさん曰く、「金曜日の夕方にふたりで書いて、土曜日が始まると、次の金曜日を待っている自分がいたの。なぜだろう。この気持ち・・・わからない。わたしにはとんでもないことに思えた。この感情に必死で抗おうとした。」(elle france)

当時のブリジットさんはすでに社会的な地位が確立した大人の女性。「高校教師、既婚、3人の子供の母」でした。生徒に恋をするなんてご法度でした。

マクロン大統領に出会う前のブリジットさんー典型的な上流階級の女性

ではブリジットさんはどのような家庭環境に育ったフランス人女性なのでしょうか。

ブリジットさんは、アミアン市という地方都市に生まれ育ました。実家は裕福なチョコレートメーカー、マカロンのメーカーとして有名です。

ブリジットさんはいわゆるブルジョワの裕福な育ちで、21歳で同じく裕福で後に銀行家となる夫と結婚しました。

夫は仕事に忙殺され、ブリジットさんは3人の子供を産み育てる伝統的な主婦でした。

ちなみに主婦、というのは当時のフランス社会において珍しい存在になりつつありました。戦後フランスでは女性が働きに出ることが一般化しつつあったからです。

ブリジットさんが属していた上流階級では、まだ結婚、家族観にはキリスト教に根付いた保守的な空気が流れていたのでしょう。

また経済的理由からブリジットさんは働く必要がなかったのでしょう。

ブリジットさん 働き始める

子供がある程度大きくなりました。夫は相変わらず忙しい。そんな生活の中で、ブリジットさんは社会との接点を求めます。

そして36歳で私立の中学校の国語教員として就職します。ブリジットさんが選んだ中学、高校はすべて宗教色のない公立の学校ではなく、キリスト教系の私立の良家の子女のための学校でした。

これは有産階級出身らしい選択ですが、そうするとブリジットさんの本来の政治的傾向は、マクロン氏よりも保守的、となるでしょう。

もちろん今日大統領夫人となったブリジットさんを悪くいう人はいないと思われますが、彼女のかつての教えげはブリジットさんのことをとても高く評価しています。

「ほかの先生とは違うものがあった。ただのフランス語の授業ではなく、それ以上の何かがあった。」

「すべてがよかった。彼女と接して自分に自信を持つことができた。」

「高いヒールをはいて、皮のジャケットを着ていて他の先生とは違っていた」

ブリジットさんは、教え子に人間的に自信を与えるような広い心を持っていた、というのが共通した意見です。

またブリジットさんはもともとお金持ちだったため、お金のために働いていなかったという点も他の先生とは異なる要因でした。

ブリジットさん、教師としてマクロン大統領に出会う

そんなブリジットさんは1993年に教師として、生徒のマクロン大統領に出会います。マクロン大統領は彼女の直接の教え子ではありませんでした。

マクロン大統領はブリジットさんの長女と同じクラスでした。長女は「クラスになんでも知っている変わり者がいる」と話したそうです。

ブリジットさんは課外活動として演劇のクラブで教えていましたが、そこに当時生徒だったマクロン大統領が入会します。(You tubeではマクロン氏が演劇で演じているシーンを見ることができます。)

そしてブリジットさんは出会ってすぐにこの16歳の生徒と恋に陥ってしまいました。

ブリジットさんはかつてこの禁断の関係について次のように話しました。

「感情を自由に表現できる演劇活動をしていると先生に恋をしてしまう生徒は多い。でもそれは普通片思いなのです。」

このような関係はもちろん波乱含みです。とりわけショックを受けたのはブリジットさんの実家でした。

当時15歳以上の未成年との性的関係を持った場合最大で3年の実刑という法律もありました。

2006年まで二人は別々に暮らし続けました。ブリジットさんも最初の結婚をすぐにご破算にすることはしませんでした。

しかし二人はこの10年以上の間に多くのラブレターを交わし、そしてひそかに会っていたことも否定していません。

結婚までの13年の道のり

2人が出会って恋に落ちてから結婚までに13年もの月日が必要だった、と聞くとわたしたちはマクロン大統領が結婚を決心するのには時間がかかったのか、と考えがちです。

もちろんそれも理由の一つだったのかもしれません。ちなみに2人はマクロン大統領が30歳の時に結婚しています。

しかしそれと同じか、それ以上に大きな理由はすでに結婚していたブリジットの3人の子供の存在だったそうです。

ブリジットさんの長女は、ブリジットさんが慎重な母親で、子供を傷つけないように結婚までのプロセスに時間をかけた、と証言しています。

長女から見ても、2人の関係は真剣な愛であることはすぐにわかったそうです。

ブリジットさんは子供が新しい状況に適応できるように時間をかけて周囲の関係を作っていった、ということです。

その結果ブリジットさんの3人の子供は両親の離婚に直面して苦しむことがありませんでした。

そして子供たちは母親の通常ではありえない愛に理解を示したのです。

そしてついに2006年に離婚をして翌年マクロン大統領と結婚します。

もちろん彼らが結婚を成就するためには、多くの障害を乗り越えなければなりませんでした。

周りの人によれば「その大変さに比べたら、マクロン大統領が大統領選挙に出馬したことなど、なんてことはない」そうです。

ブリジットさんが小説の主人公だと言われる所以です。

ファーストレディーとしてのブリジットさん

結婚後まもなくしてブリジットさんは教師を辞めます。それは彼女が退職する年齢に近づいたからでもあります。

ちょうどその頃マクロン氏は大統領選挙にチャレンジしたいと考えており、ブリジットさんは彼を後方支援することを決意します。

周囲の人の話によれば、ブリジットさんには相手を前に進ませてしまうような、頼もしいコーチのようなところがあるそうです。

ジャーナリストたちは、マクロン氏が経済大臣だったころ、ブリジットさんがいつも経済省に出入りしていて、夫をサポートしていたと証言しています。

マクロン大統領が経済大臣を辞任する記者会見を開いたときにも、傍にはブリジットさんがいました。これはフランスでも大変珍しいことだったそうです。

その場でマクロン大統領は妻に対する敬意を評します。(you tubeにあります)

そして常に夫に連れ添って、コーチングをして、前に進ませ、ついには大統領選でも勝利に導きました。

今日ブリジットさんはフランス大統領夫人として、どのように振舞っているのでしょうか。

確かなことは、ブリジットさんがヒラリー・クリントン氏のように自分も前に出て行って政策に関与するようなタイプではない、ということです。

従来フランスの歴史を紐解くと、イギリスとは異なり女王が君臨したことはありません。

その結果王妃となるフランス女性の役割としては、影で夫を支える、というものでした。

自分が前面に出ない、という点ではファーストレディーとしてのブリジットさんもこの傾向を引き継いでいます。

ブリジットさんにとって何よりも大切なのは、夫のキャリアと評判。夫が大統領ならなおさらでしょう。

フランス大統領の公式サイトには、ブリジットさんの簡単な紹介のページがあります。

生まれ、3人の子供と7人の孫がいること、マクロン大統領との出会いなどに関するプライベート、中学、高校のフランス語、ラテン語の教員だったことなどが簡潔に紹介されています。

このサイトには写真もあります。https://www.elysee.fr/brigitte-macron

夫婦はかつてオープンな形でカップルとしてのあり方について、一度メディアに語ったことがありましたが、世間から好意を持って受け入れられませんでした。

その後自分たちのプライベートな側面について語らなくなりました。

ブリジットさんは、典型的なカップルではないからこそ、用心深く沈黙を保っていると考えられます。

ブリジットさんの長女やかつての教え子がメディアに登場しブリジットさんを擁護する発言をするとともに、かつての夫は沈黙を保っています。

ブリジットさんがメディアを十分に意識して行動しているのは、彼女のいかにもフランスを代表するおしゃれな身なりにも現れています。

一方マクロン大統領は歴代大統領で初めて、ファーストレディーの法的地位に関する憲章を発布しまし、大統領の配偶者は国家から一切報酬を受けないことなどを明記しました。

終わりに

ここではフランス女性としての、マクロン大統領夫人、ブリジットさんについて紹介しました。

ブリジットさんは現在フランス国民から高い人気を得ています。

それにはいくつか理由があります。

まず彼女が愛のために、申し分ない富裕な夫と別れたこと。

そして現在の彼女が伝統に忠実で夫をたてる妻の役割を演じているからです。

ある種の奇想天外さと伝統が同居するブリジットさんは、フランス人にとってはとても魅力的なフランス人女性のタイプなのです。

愛人、不倫、隠し子などの話が多いフランスの大統領の中で、唯一マクロン大統領は1人の女性に愛を捧げている。

そのような一途なマクロン大統領の姿を見て、少なくともフランス人女性はマクロン大統領に好感を感じるのではないでしょうか。

人々が結婚に求める目的には、大きく分けて二つあります。

  • 子供を産んで幸せな家庭を築く。
  • 唯一無二の相手を探りあて、その相手との関係性を楽しむ。

ブリジット・マクロンさんの人生は、1)と2)を別々の結婚に求め、唯一無二の人生を生きています。

また夫との出会いのきっかけが「文学」だったこともフランス的恋愛に拍車をかけました。

あらゆる社会環境やタブーから自由になり、個人として、自分の感情を表現できる純粋に文化的な環境の中で、2人は気づいたら他者と隔離された、二人だけの愛という名の気泡の中にいたのです。