なぜフランスで大規模「デモ」が起こったのか? ―日本人旅行者が気をつけたいこと

フランスでは昨年末から現在(2019年2月初旬)にかけて激しいデモが展開しています。

いわゆる黄色いベストデモです。

黄色いベストとは、フランスの車のトランクに装備が義務づけられているものです。修理やタイヤの取り替えなどの作業時に身につける黄色い安全ベストです。

フランスで黄色い安全ベストは比較的お馴染みのものです。自動車の装備品として意外にも、様々な日常生活のシーンで使われてきました。

上の写真の通り工事現場でも着用されています。テレビでツールドフランスなどを見ていると、黄色いベストを着たサイクリストを見かけます。

このように黄色いベストはフランスで日常的に目にするアイテムでした。

しかし黄色いベスト運動が大規模デモに発展してしまった現在、フランス人は自分が黄色いベストデモ参加者であることをアピールする以外に、軽い気持ちで黄色い安全ベストを着用することはできなくなってしまいました。

ここではなぜ黄色いベスト・デモが起こったか、今後日本人旅行者としてフランスを訪れる場合、黄色いベスト・デモに関してどんな点に注意しなくてはならないか、についてご紹介します。

黄色いベスト・デモはなぜ起こったか?

2018年春マクロン大統領が「燃料税」の引き上げを決定しました。

それまでにも諸物価の値上がり、税金などの値上げがありました。庶民がそれらに不満を持っていたところへ、追い討ちをかけるように「燃料税」の値上げが決定しました。

その結果、ガソリン、とりわけディーゼル車用の軽油が14パーセント値上がりしました。フランスではディーゼル車が占める割合が多く、それは自家用車の半分以上も占めます。

フランス政府はこれまで燃費が安い、と言うことでディーゼル車に規制をかけてきませんでした。その結果深刻な大気汚染を引き起こしてしまいました。

その対策として、パリ市内でも、日にちによって偶数車、奇数車の走行を禁止するなどして、排気ガス規制を行ってきました。

マクロン大統領はガソリン以上に環境を汚染するディーゼル車を規制すべく、燃料税の値上げを決定したのです。

しかし今回の「燃料税」値上げによって、長年たまっていたフランス人庶民の不満が爆発し、全国的規模で黄色いベスト・デモを誘発しました。

初めは、org.comによる燃料税反対のためのネットによる請願運動です。

このデモの新しい特徴として、SNSやツイッターによって全国に広がっていったという点が挙げられます。ちなみに従来のデモでは、労働組合やNGOなどの組織化されたグループによって主導されてきました。

その後デモは全国規模で急速に拡大して行きました。フランス人は月曜日から金曜日まで働いているため、デモは空いている日、主に土曜日に起こります。

黄色いベスト・デモの参加者は、全国の高速道路の料金所、ガソリンスタンド、橋、トンネルの入り口などでバリケードを張って、交通を麻痺するようになりました。

なぜ黄色いベスト・デモはスタバを狙ったか

黄色いベスト・デモは次第に過激なものとなり、パリなどの都市部では店のウインドーを破壊したり、道路脇に停めてある車に火をつけるなどの騒動へと発展しました。

年末に勢いを失ったかのように見えた黄色いベスト・デモは年始になると再び盛り返し、11回目の黄色いベスト・デモではデモ参加者は8万人を上った、と発表されました。

年末年始は小売業者にとってはかき入れ時です。クリスマス、新年で家族、友人などが集い機会が多く、プレゼントを交換します。

しかし黄色いベスト・デモによって、小売業者は儲けの機会を逸する以上の大打撃を受けました。

なぜなら黄色いベストを着たフランス人たちのデモはエスカレートし、パリなどの都市では暴力、破壊活動が激化したからです。

多くの自動車が破壊され、店のショーウインドーが壊され、アメリカ資本系のスタバも対象とされました。小売業者らは雇用解雇をせざるおえず、それがフランス国内の深刻な社会問題である失業率をさらに悪化させるという悪循環となっています。

ちなみにアメリカ資本がバックにあるチェーン店を破壊する、という動きは今回が初めてではありません。これまでにも経済のグローバル化に反対した一部のグループによって、マクドナルドのチェーン店などが破壊されたこともあります。

その背景としては、フランスには社会主義的考えが根強く存在し、アメリカ型資本主義に対して強く反発する一部のフランス人が存在します。

一方、黄色いベスト・デモに対応して全国的に8万人以上の機動隊、治安部隊が出動しましたが、彼らも12時間以上の夜勤労働を命ぜられ、疲れ切っています。

黄色いベスト・デモが長期化する中、黄色いベストデモに疲れたフランス人たちの中から、暴力、破壊で訴えるのではなく、国レベルの話し合いによって解決を訴える「赤いマフラー」運動が立ち上がりました。

これまでの黄色いベスト・デモの経過

黄色いベスト・デモは2019年2月現在まだ続いています。以下の表はこれまでの経過を時系列的にまとめたものです。

2018年

5月29日 change.orgで「燃料税引き上げ反対」の請願運動が始まる。
10月21日燃料税引き上げを阻止するためのデモの呼びかけが起こる。
11月17 日第一回のデモ勃発
11月24日第二回のデモ勃発
11月27日マクロン大統領は、環境への配慮と市民グループとの対話を呼びかけ、黄色いベストからの二人の代表が環境庁と大統領と対話する。
12月1日と8日デモの過激化
12月4日燃料税引き上げ停止、冬の間のガスト電気の価格凍結、2019年に予定されていた税の値上げの中止
12月6日マントラジョリ市で高校生が逮捕される
12月10日事態を重く見たマクロン大統領は、打開案を採択:最低賃金の100ユーロ値上げ(およそ12000円)、年末ボーナスの無課税、残業手当無課税
12月15日、22日デモの弱体化
12月18日マクロン大統領の打開策を一部中止、その後再び採択

 

2019年

1月3日事前の知らせをしないでデモを企画したとして、黄色いベスト主催者逮捕
1月5日多くの場所で警察との衝突事故が起こり、ボクサーが逮捕される
1月12日、19日再度デモの過激化
1月23日黄色いベストの指導者の一人が5月26日のヨーロッパ議会議員選挙に立候補することを宣言したが、黄色のベストを下支えする市民は直接民主主義を目指しているため、議会を通じた間接的方法では問題を解決することはできないと、拒絶される。
1月26日デモの規模は縮小、しかしデモは続く。参加者の一人が目に深刻な怪我を負う
1月27日黄色いベスト・デモによる破壊と暴力に反対し、政府主導のディベートに参加するよう呼びかける「赤いマフラー」運動が起こる
2月初め黄色いベスト・デモは続いている

黄色いベスト・デモは地方のパリに対する逆襲か?

黄色いベスト・デモは、もちろんパリでも起こっています。デモの参加者のみを見た場合、パリの参加者が地方の参加者を圧倒的に上まっています。

しかしこの全国規模のスケールを持つ黄色いベスト・デモの「なぜ」について考えた時、地方に対するパリへの異議申立て、と理解するとわかりやすい面もあります。

日本とは異なり市町村合併が進んでいないフランスでは、田舎の集落が現在でも独立した自治体を構成しています。そのうちの52パーセントに当たる18547村では人口が500人未満と言われています。

現在これらの村の財政が立ち行かないという訳ではありません。それにもかかわらず、これらの村に住むフランス人が将来に対して漠然とした不安を抱えている、というアンケート結果が最近発表されました。

これらの村に住むフランス人たちは、フランス政府が進めている地方分権化政策に強く反対しています。地方の市町村は、パリから「見捨てられた」感を強めているのです。

地方の市町村では近年の国家の財政難により、公共施設に対する予算が大幅に縮小しました。その結果郵便局、医療施設、産院、学校といった施設が閉鎖しました。

これらの田舎に住む人々の多くは生活して行くのがやっとの月収で、バカンスにも行けません。食費、燃料費といった生活の基本となる出費も切り詰めなくてはならず、彼らは長年ストレス、不満を抱えて黙々と生きてきたのです。

国の地方分権化による田舎の切り捨てに加えて、田舎に住むフランス人は、首都と地方、都会と田舎の格差についても不満を持っています。彼らはグローバル化も都市を優遇し、田舎を切り捨てる要因となったと感じています。

フランスの黄色いベスト・デモはアメリカのトランプ大統領選出、イギリスのEU脱退と似た側面があることが理解できます。グローバル化の恩恵を受けられず、これまで中産階級として成り立っていた生活が苦しくなってことを感じる人がこのデモに関与していると考えられます。

このような見方は、フランスの極右政党として知られるマリーヌ・ルペン率いる国民連合支持者の42パーセントが黄色いベスト・デモにも参加したことからも裏付けられます。

一般に国民連合支持者はEUなどが象徴するグローバル化に反対し、国民国家としてフランスを奪回することを主張しています。

どちらもグローバル化の経済的恩恵を被ることができなかった社会階層である、という点が共通しているのです。

ちなみにマリーヌ・ルペン氏は先回の大統領選挙の最終選挙で、マクロン大統領と戦って敗退しました。次期大統領選挙ではどのような結果が待っているのでしょうか。

SNSと新しい世論の形

黄色いベスト・デモの参加者は複数の社会カテゴリーによって構成されています。

失業者、ホームレスなど完全に社会彼除外され通常の生活が送れない人々に加え、上に書いた従来中産階級に属していたが次第に困窮化が進む450万人のフランス人もデモに参加しました。

彼らは社会の底辺を生きている、という実感を持っています。それは少ない給料の雇用者、ギリギリの経営を迫られる自営業者、小売業、職人、年金生活者などの人々です。

従来だったら中産階級とみなされてきた人たちです。

政治家はこれまでこれらの人々の声を代弁することはありませんでした。彼らは政治的には「無視」され続けてきた人々です。

彼らはまた上層階級の人々からは見下されてきた人々でもあります。黄色いベスト・デモに参加する人たちには、経済的理由に加え、感情的な理由も強く作用していると言われる所以です。

黄色いベスト・デモの参加者たちは、これまで一方的に傷つけられたプライド、自身のフランス市民としての尊厳を取り戻そうと初めて声を挙げたのです。

ではなぜこのようなことが可能になったのでしょうか。一言で言えばそれは情報技術の発達によります。

これまで世論といえば、それを取りまとめる代表エリート、例えば、政治家、政党、労働組合、新聞などのメディアによって形成されてきました。直接フランス庶民が世論に訴えかけるということは不可能だったのです。

ところがTwitterやfacebookなどによって、フランス庶民も意見を訴えて、直接的に政治に参加することができるようになったのです。SNSによる異議申立てには、即効的効果がありました。

その結果、黄色いベスト・デモは瞬く間に全国的規模のデモに発展しました。

マクロン大統領は事態を沈静化するために、即座に黄色いベスト・デモ参加者にとって好条件となる措置を採用しました。

このように即座に対応したこと自体、このデモが社会的、政治的に重要であることを物語っています。

黄色いベスト・デモは革命に発展するのだろうか

日本人ジャーナリストによる「パリは革命前夜?黄色いベストデモの実態」という挑発的な見出しの記事を見つけました。

この記事では1848年にフランスで勃発した社会主義的傾向の強かった2月革命を引き合いに出して、黄色いベスト・デモについて「パリは革命前夜?」と書いています。

本当に現在「パリは革命前夜」なのでしょうか。ここで1848年の2月革命と2018年以来の黄色いベスト・デモの二つの運動は似て非なる性質のものであることを認識する必要があります。

まず時代が異なります。150年前の出来事と今日のフランスを同じ次元で語ることはできません。

1848年のパリはまだ中世以来の街並みが残っていました。細い通りが多くバリケードを築けばすぐにデモや暴動を起こすことができました。その後パリはデモを避ける意味もあって近代化され、広い大通りが整備されました。

今日のパリでは、もはや「レ・ミゼラブル」のようなデモや暴動の温床とはなり得ないのです。

またここが最も異なる点ですが、1848年の暴動を直接引き起こしたのは失業者たちでした。一方黄色いベスト・デモの参加者は、失業者に加えて、社会の底辺で生活できている人も多く含まれています。

1848年の2月革命を特徴付けたのは左翼的考え方、とりわけ社会主義的価値観でした。一方黄色いベスト・デモの中核となるのは極右派であり、政治的には正反対の立場です。

したがって黄色いベスト・デモは1848年のような急進的で労働者を中心とした2月革命のような発展をすることは考えにくいと言えます。

フランスはサービス産業化し、労働者の数が激減しました。そして今回のデモでは中産階級の人々の不満や思いがデモを突き動かしています。

黄色いベスト・デモの参加者たちは、生活条件の改善に加えて、自分たちの声を認知してもらいたい、という思いを込めて立ち上がったのです。

私が調べた限り、フランスの識者で、黄色いベスト・デモが革命に発展するかもしれない、と書いているものはありませんでした。

なぜかと言うと参加者の社会、経済的基盤が多様で、特定化できないからです。そうすると参加者の共通利害を割り出しにくいからです。

そのため黄色いベストデモは現状の政治を倒して、新しい政体を作り上げるほどの動員力がない、と言われています。それが従来のフランスにおける革命や「アラブの春」と異なる点です。

フランス革命勃発以来、フランス人は多くの政体の変容を経験してきました。それに加えて19世紀後半から20世紀前半には戦争を経験し、国境を紛争の原因としないために欧州統合を始めました。

現在グローバル化が引き起こす社会、経済、文化格差の問題に対しても、政治討論を通じて新たな民主的な解決法を見出して行くことでしょう。歴史は繰り返すのではなく、進化する。

間違いを正し、前に進んで行く、これがフランス式政治の考え方です。

日本人旅行者として気をつけること

最後に日本人旅行者としてフランスを訪れる際、黄色いベスト・デモについてどのような点に注意したら良いのでしょうか。

フランスではデモが頻繁に起こります。その多くは日本では報道されていません。まずそのことを理解してください。

今回の黄色いベスト・デモは日本のメディアでも大きく取り上げられましたが、これまでにもここまでの規模ではなくともたくさんのデモが発生してきました。例えば2018年には大学の制度改正に反対する学生によるデモがありました。

またデモではありませんが、昨年賃金値上げを要求する鉄道、航空会社のスタッフによるストライキなどによって外国人観光客にも影響がありました。

この全国的なストライキにおいて、全ての交通機関が麻痺してしまうことはありませんでした。一部の列車、飛行機のみ運休し、そのために予定を変更せざるお得なかった旅行客もいたでしょう。それでもなんとか交通機関を利用して移動することはできる状態でした。

一般にデモなどによってフランス国土が全面的に麻痺してしまう、ということはありません。デモは日本人には馴染みのないものではありますが、注意深く行動すれば、決して怖がる必要はありません。

例えば今回の黄色いベスト・デモの特徴として、土曜日にデモを起こす、という特徴がありました。デモ参加者の多くは月曜日から金曜日まで働いています。彼らは休みの時に活動を起こすのです。

ですから週の5日のうちは、旅行者としてデモに直接関わってしまうことはありません。

またフランスではクリスマス前後に社会、政治的不満が強まるという傾向があります。

実はパリの道路脇に駐車している自動車が破壊される、というのは今回の黄色いベスト・デモで初めて起きた事件ではありません。もう10年以上毎年クリスマスから大晦日にかけて、都市部では自動車の破壊事件が起こっています。

なぜクリスマス前後か、と言いますと、フランス人はその時期に普段出会わない人々と会うからです。

クリスマスは楽しい時期でもありますが、それと同時に個々人がかかえ持つ不満やストレスも集合的に共有されるからです。黄色のベストデモの特徴は、これまでも起こってきた個々の出来事が同時多発するとともに、大規模化してしまった点です。

そうは言っても、マクロン大統領が打開策を採用した現在では、黄色いベスト・デモの中の「破壊者」たちも時間が経つに連れて疲弊し、暴力、破壊行為は次第に下火になって行くもの、と思われます。

旅行者としてフランスを訪れる必要があれば、デモがどのような形態を取っているのか新聞、インターネットなどで把握して、土日については、デモが起こっている場所の近くには近づかないように注意することが大切です。

パリで起こっていると言っても、一駅離れたところ、通りを一つ隔てたところでは何も起こっていない可能性も大だからです。

こうしたパリの交通公団RATPのサイトやアプリを見ると、デモによって封鎖されたメトロ駅や路線運行状況を事前に調べることができます。ただしフランス語です。

https://www.ratp.fr/travaux-manifestations/manifestations

Globe編集長が読み解く今時の世界

フランスで吹き荒れる「黄色いベスト」、彼らはどこからきたのか、調査で見えてきた

山口昌子:「パリは革命前夜?黄色いベストデモの実態」

 

 

 

 

 

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