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	<title>フランス豆知識 &#8211; フランスシャポー</title>
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	<description>パリ移住経験のあるルバンがフランスの情報をお届けします。</description>
	<lastBuildDate>Tue, 09 Jun 2020 00:06:09 +0000</lastBuildDate>
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		<title>マリー・アントワネットと現代ファッション　コロナの時代の「ロココ」精神</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2020 01:39:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[マリーアントワネット.ファッション.ロココ]]></category>

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		<description><![CDATA[今年はコロナが猛威を振るいました。その結果、将来2020年とは中世のペストや1918-20年のスペイン風邪と同...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今年はコロナが猛威を振るいました。その結果、将来2020年とは中世のペストや1918-20年のスペイン風邪と同様に人類史に刻まれることでしょう。</p>
<p>実際コロナはあっという間に世界を駆け巡り、現在わたしたちはまだパンデミックの真只中にいます。</p>
<p>人々の意識や生活様式を変え、これまで目に見えなかった問題を可視化させ、年代や国籍やジェンダーを超えて私たちに価値観の変容を迫っています。</p>
<p>先の見えない霧の中。それでもわたしたちは同じ時代の刻印を抱えて共に生きていかなくてはなりません。まさに暗闇の時代です。</p>
<p>そんな時代に私たち女子が心の支えとするのは意外にファッションなのかもしれません。なぜなら困難な時代にもかかわらず毎日の装いはわたしたちにささやかな元気を与えてくれるからです。</p>
<p>ちなみにパンデミックも<strong>ファッション</strong>も「流行」、つまり永遠には続かない、と意味では同じ言葉を使います。</p>
<h2>コロナとファッション</h2>
<p>コロナが一応収束した現在、私たちが直面する多くの問題は、コロナ以前にすでに存在していたものがより顕在化したものです。</p>
<p>例えばITの勢いは止まりません。その重要性が加速度的に強まっていることは、オンライン授業の一般化などから明らかです。</p>
<p>日本の債務問題、アメリカの失業問題、ジェンダー、人種による社会的、経済的不平等の問題などの問題もコロナ以前からあった問題ですが、コロナによってより深刻化しています。</p>
<p>どの国でも犠牲者は貧しい人々に集中しているという現実がありますが、これもそれ以前からあった格差社会の問題です。</p>
<p>そしてアパレル業界の危機というのもコロナ以前から言われていたことです。コロナ以前の日本のアパレルの消化率はすでに46パーセントだったそうです。</p>
<p>とりわけ顕著なのは、日本からのファストファッションの撤退です。<img class="size-medium wp-image-1411 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-300x191.jpg" alt="" width="300" height="191" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-300x191.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-768x488.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-1024x651.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-360x230.jpg 360w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-728x463.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>その背後には20世紀経済を象徴した大量生産によるファストファッションの経営ロジックの見直しがあったと言われています。</p>
<p>その結果ファッション性を追求する、という点で徹底していたZARAですら、最近は素材のよさを重視した洋服を展開するようになりました。</p>
<p>地球環境が破壊され、資源の枯渇化が叫ばれる中で、ファッション業界が「持続可能性」について初めて意識したのは1987年のことでした。それから33年経ってこの社会認識はこれまで以上に強まっています。</p>
<p>持続可能とは英語のsustainabilityですが、それは地球や環境に優しい、と言うことを意味します。</p>
<p>今後私たちの子孫がこれまでと同じように地球上で生活していけること。</p>
<p>社会的に地球上のすべての人々が平等な経済、社会的恩恵を受けられること。</p>
<p>このような意識はコロナによってより強まっており、強まりすぎて人々の購買意欲を失わせるほどではないでしょうか。</p>
<p>どう考えても現在はシーズンごとに安い服を着て捨ててしまうと言う時代ではありません。</p>
<h2>2020年秋冬のコレクションの動向</h2>
<p>それでも現在ファッションは2020年秋冬のコレクションに向けて動いています。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1022 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />ファッションとは流行、移ろいを意味します。それがファッションに課せられた運命です。</p>
<p>そしてコロナが大流行する中さらに「サステナブル」の認識が強まっています。</p>
<p>人や環境に配慮し、デザイン、品質、経済性も兼ね備えたもの。</p>
<p>ベージュ、土色、白といったアースカラーを全面に押し出した、それこそ環境がそのままファッション化されたとも見えるスタイルです。</p>
<p>長く着るために高級な素材でできているのかもしれませんが、体全体を古代人のように包み込んで体の線が見えなくなる、というあの感じは意外に好き嫌いが分かれるスタイルでもあります。</p>
<p>とりわけ現在日本で流行っているファッションは体の線をあまり出さないもの。</p>
<p>着方によってはメリハリがなく「女らしさ」が打ち消されてしまいます。プロが着るならそれなりに素敵でも、一歩間違えるとドボっとしてやぼったくみえてしまうリスクがあります。</p>
<p>体の線を隠したい、購買力のある高齢の女性に向けられて作られている、という意味では現代の日本を象徴したファッションです。</p>
<h2>「モスキーノ」の2020年秋冬ファッションのテーマはマリー・アントワネット</h2>
<p>そうした時代の空気にあえて反発したのがイタリアの「モスキーノ」です。</p>
<p>何と2020年秋冬のテーマは「マリーアントワネットが現代でコスプレをしたら」というもの。</p>
<p><iframe width="728" height="410" src="https://www.youtube.com/embed/W3IDkFDvqLQ?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<p>モスキーノのデザイナーのジェレミー・スコットは、<strong>マリーアントワネット</strong>が生きた18世紀後半のフランスの豪華絢爛な世界を、現代という退廃した時代に復活させました。<img class="size-medium wp-image-1466 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-240x300.jpg" alt="" width="240" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-240x300.jpg 240w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-768x962.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-818x1024.jpg 818w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-728x911.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1.jpg 1000w" sizes="(max-width: 240px) 100vw, 240px" /></p>
<p>そこにはベルばらの目のでっかいかわいいマリーアントワネットのイラスト付きのミニドレス、マリーアントワネットが好んだという背の高いヘアスタイル、パニエ、パステルカラー、レース、フリルが全開です。</p>
<p>わたしたち日本人女性にとってそれはバブル時代へのオマージュでもあります。</p>
<p>しかしそれは持続可能ファッションとはあまりにも対局的なイメージです。</p>
<p>ではスコットはマリーアントワネットの何を現代に復活させたかったのでしょうか。それはマリーアントワネットが生きた「ロココ」の精神だったのではないでしょうか。</p>
<h2>「ロココ」とは何か</h2>
<p>「ロココ」とはもともと貝殻状の人造石です。可愛いけど人口的、というのはすでに語源にあったのです。</p>
<p>「ロココ」は優美さ、洗練さ、官能、軽妙などを象徴していると言われます。</p>
<p>特徴的なのは、非対称性、カーブ、パステルカラーや金などなど。それはルイ14世の形式や規則性を重んじる古典主義に反発したスタイルで、当初は魚の鱗という意味でした。</p>
<p>ロココスタイルとはもともと個人のプライバシーを重んじたインテリアデザインから出発し、彫刻、家具、銀食器、ガラスなどが中心でしたが、次第に芸術運動として、絵画、音楽、演劇などにも影響を与えました。</p>
<p>「ロココ」は別名「後期バロック」とも言われ、例外的なゴテゴテした装飾を全面に押し出した芸術スタイルでもあります。</p>
<p>この意味ではシンプルで無駄を最大限排除する「持続維持」ファッションの対局にあります。<img class="size-medium wp-image-1468 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-300x212.jpg" alt="" width="300" height="212" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-300x212.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-768x543.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-1024x724.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-728x515.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>「ロココ」というとついマリーアントワネットを思い出しますが、実はこれは必ずしも正しい認識ではありません。</p>
<p>一般的に「ロココ」スタイルは1710-1760年のものとされていますが、マリーアントワネットが生きた時代は1755-1793年だからです。</p>
<p>「ロココ」スタイルの全盛はルイ15世ですが、マリーアントワネットはその次の王様、ルイ16世の妃でした。</p>
<p>フランスの98パーセント以上の人が農民として空腹、貧しさ、労働にあえぐなか、ほんの少数の特権階級のさらにトップに立ったのがマリーアントワネットでした。</p>
<h2>マリーアントワネットとアメリカのポップカルチャー</h2>
<p>マリーアントワネットはとりわけ本国フランスにおいては、軽率さというイメージが先行して、これまであまりプラスのイメージがありませんでした。</p>
<p>ところが現代におけるマリーアントワネットのイメージはアメリカ人の女性監督、ソフィーコッポラ監督の映画「マリーアントワネット」によって一新されました。</p>
<img class="size-medium wp-image-1481 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013-207x300.jpg" alt="" width="207" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013-207x300.jpg 207w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013.jpg 477w" sizes="(max-width: 207px) 100vw, 207px" />
<p>コッポラはマリーアントワネット＝「オーストリアの若くて可愛いパーティーガール」というイメージを打ち出しました。</p>
<p>この映画によって、マリーアントワネットはアメリカのポップカルチャーのアイコーンになりました。</p>
<p>マリリンモンローが男性に向けられたアイコーンだったら、マリーアントワネットは女性に向けられたアイコーンです。</p>
<p>女王という地位にありながら、実際には自分の体すらコントロールできないほどの統制社会に生きていたマリーアントワネット。</p>
<p>Georges Biard, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=26392986による</p>
<p>朝から晩までお付きの者に付き添われて、下着すら自由に脱ぐことができない。</p>
<p>それもそのはず。当時のフランスの絶対王政ではパワーとは見るものだったからです。女王が見世物であることをパロディー化したのがあの映画でした。</p>
<p>そんな身動きがとれず、窮屈な世界にいるマリーアントワネットは、それでも自分の自由を求めます。贅沢を極め、おいしいお菓子、楽しい人に囲まれて現在を楽しもうとします。</p>
<p>それは大局においては時代の流れに逆らうことのできない、マリーアントワネットのささやかな反抗だったのです。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1470 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-225x300.jpg 225w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-768x1024.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-728x971.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920.jpg 1440w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" />そんな姿が一瞬先は闇を生きる現代の若者に強く支持されています。</p>
<p>その結果マリーアントワネットも庶民に関心を寄せないエゴイストな女王から、今を楽しむ現代的な女性というイメージへと変化しました。</p>
<p>不必要なものをすべて排除しなくてはならない現代と言う時代に、ごてごてに惹かれてしまうというのも、感覚的になんとなく理解できます。</p>
<p>それは多くの我慢を強いられる現状とは異なり、わたしたちを楽しく、わくわくさせるものです。</p>
<p>マリーアントワネットのファッションに対する過度の情熱、そして結果を顧みずに今を楽しむ、という態度は現代という時代だからこそ人々の共感を得る感覚なのです。</p>
<h2>現在に復活する「ロココ」の気分</h2>
<p>今季のモスキーノのコレクションはコッポラの映画からヒントを得ています。</p>
<p>ロマンティックでスペクタクルなショーの音楽はコッポラの映画『マリー・アントワネット』（2006）で起用された、ボウ・ワウ・ワウやスージー＆ザ・バンシーズといったバンドの曲が盛り込まれたサウンドトラック。</p>
<p>ピンク、黄色、ミントグリーン、マカロンなどの色合いも似ています。<img class="size-medium wp-image-1469 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-300x180.jpg" alt="" width="300" height="180" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-300x180.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-768x461.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-1024x615.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-728x437.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>モスキーノもコッポラもスタイルばかりで内容がないと批判されがちです。</p>
<p>でも内容がなくとも、感覚的な楽しさ、快楽を追求することには意味があります。</p>
<p>人生に楽しさを追求する、ということは無意味なことではなく、それは人生に形と意味を与えるものだからです。スタイルを過度に強調することは、現状に対する反発をも意味します。</p>
<p>マリーアントワネットはそれまで部屋着、下着と思われていたシュミーズドレスを着て要人に会いました。それは周囲に大きなショックを与えたと言われています。</p>
<p>それが現代に残る「ロココ」スピリットです。</p>
<p>その結果「モスキーノ」のみでなく、現在アメリカではマリーアントワネットが大人気です。</p>
<p>カイリー・ジェンナー他人気モデル、女優が彼女たちなりの解釈でマリーアントワネットに扮したグラビアを次々と発表しています。</p>
<p><a href="http://blog.courtauld.ac.uk/documentingfashion/2020/02/20/constructing-images-of-kylie-jenner-and-marie-antoinette/">http://blog.courtauld.ac.uk/documentingfashion/2020/02/20/constructing-images-of-kylie-jenner-and-marie-antoinette/</a></p>
<p>https://the-sleeper.com/en/</p>
<p>ドーエン(Doen)やスリーパー(Sleeper)のコレクションにも「ロココ」のイメージが全開です。</p>
<p><a href="https://shopdoen.com/collections/dresses/products/adra-dress-papillion-floral">https://shopdoen.com/collections/dresses/products/adra-dress-papillion-floral</a></p>
<p><a href="https://the-sleeper.com/en/">https://the-sleeper.com/en/</a></p>
<h2>さいごに</h2>
<p>ルイ16世とマリーアントワネットが1774年に王位に就いた時、フランス王政はすでに道徳的に腐敗していました。</p>
<p>先代のルイ15世に比べたら彼らの生活習慣は健全でした。ルイ16世は愛人を一人ももたなかった唯一の国王であり、マリーアントワネットは子供との時間も重視しました。</p>
<p>しかし1785年にダイアモンドネックレス事件に巻き込まれてしまった時、マリーアントワネットはすでに債務と貧困を抱えたフランス王国のスケープゴートと化していました。<img class="size-medium wp-image-1472 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-300x201.jpg" alt="" width="300" height="201" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-300x201.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-768x514.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-1024x685.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-728x487.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>現代というエコの時代に華美を追求するモスキーノもエコや持続性を重んじるファッション業界の空気においては批判の対象となりえます。</p>
<p>それでも華美、過度を演出したい。現状に反発したい。生活を一新したい。</p>
<p>それが永遠の若さの意味です。</p>
<p>あなたは「<strong>ロココ</strong>」ファッション派ですか、「持続可能」ファッション派ですか。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランス食文化の意外な特徴-ブラスリーとビール</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9-%e9%a3%9f%e6%96%87%e5%8c%96-%e7%89%b9%e5%be%b4/</link>
		<pubDate>Sun, 16 Jun 2019 02:44:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[フランス文化]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス料理と言えば、中国、トルコとともに世界の三大料理と言われるほど、世界を代表する料理として有名です。 と...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>フランス料理と言えば、中国、トルコとともに世界の三大料理と言われるほど、世界を代表する料理として有名です。</p>
<p>ところがフランスの<strong>食文化</strong>というのは、一つにまとめることができないほど、多種多様です。</p>
<p>わたしたちがイメージする伝統的なコース料理に加えて、地域の特産物を使った郷土料理、外国の影響でフランスの食文化に取り入れられたものなど様々です。</p>
<p>例えば北アフリカで食されるクスクスやタンジン などは、今日フランスの食文化に欠かせないものです。</p>
<p>ここではフランスの食文化の知られざる特徴として、ブラスリーを紹介します。</p>
<p>ブラスリーではワインではなくビールが通常ですが、そんなブラスリーで最近話題になっているゴスというビールの独特な特徴についてもご紹介します。</p>
<h2>フランス革命とフランスの食文化</h2>
<p>フランス料理というと結婚式などのコース料理、宮中の晩餐会や外国人要人のおもてなしの際に食されるいわゆるフランス料理のイメージが強いのではないでしょうか。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1195 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-300x162.jpg" alt="" width="300" height="162" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-300x162.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-768x415.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-1024x554.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-728x394.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />このイメージの原型となったのが、ベルサイユ宮殿に象徴される絶対王政の時代の宮廷の食文化でした。</p>
<p>当時のフランス（17世紀後半から18世紀にかけて）はヨーロッパでもっとも文明の進んだNo1の国家でした。</p>
<p>フランス語はヨーロッパの共通語で、ヨーロッパ諸国の上流階級の若い男性たちは、ヴェルサイユ宮殿を訪れて、当時最も洗練されていると考えられていたフランスの王室のプロトコール、マナーについて学びました。</p>
<p>フランスのブルボン王朝に仕えたコックたちはヨーロッパで随一と言えるほどの食文化のマジシャンだったのです。</p>
<p>しかしフランス革命が起こると、これらの腕利きのコックたちは職を失ってしまいます。</p>
<p>彼らは民主化が進行するフランスで、パリなどの都市にレストランを開業し、それまで王侯貴族文化とは縁がなかった、しかし財政力を持つ裕福な人々を顧客として招き入れます。</p>
<p>革命の混乱を収拾したナポレオンは、王政の時代のフランスの文化を復活させました。その一例がフランスの宮廷料理でした。</p>
<p>ナポレオンは過去のフランス王政の栄光となった食文化をフランスの国民性と結びつけ、フランス文化として世界中に伝搬しようとしました。</p>
<p>この目的のために、ナポレオンはかつての王侯文化の極みとも言える食文化をもとにした食の百科辞典を編纂するとともに、「美食学」を打ち立てました。<img class="size-medium wp-image-1151 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>ナポレオンは、どんな文化背景を持った人でも、普遍的な文明的価値を持つフランス料理を同じように作ることができるように、とこの百科事典を編み出したそうです。</p>
<p>美食学とは、フランスの食文化の「人権宣言」と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>20世紀になると、さらにフランス料理の体系化が進みました。しかしこの時も王侯貴族の伝統に基づいたフランス料理が中心で、フランスの地方にある様々な固有な食については軽視される傾向がありました。</p>
<p>実はフランスの食文化の醍醐味は地方にあります。フランスの食文化のユニークな特徴を知りたければ地方で食事を堪能するのが一番なのです。</p>
<p>それぞれの地域にはその地域の気候や土地の種類から影響を受けた郷土的特徴（terroir）があり、異なる郷土には異なる味、食文化が育つと考えられています。</p>
<p>そして近年食材のクオリティーに対する関心が高まるにつれて、地域によって異なる特徴を持つフランスの地方の食文化も見直されつつあります。</p>
<p>フランスの食文化のもう一つの特徴として、外国の影響を受けてきた、という点が挙げられます。</p>
<p>島国の日本とは違って、フランスは四方を外国に囲まれた典型的な大陸国家です。イギリス、ドイツ、ベルギー、スイス、イタリア、スペインなどと国境を接しているのです。</p>
<p>そして古代ローマの時代から、これらの国境を通じて、異なる食文化がフランスにもたらされました。</p>
<p>ここではその一例として、ライン川を超えたドイツの料理の影響のもとにできたブラスリーとそこで食されているドイツに影響を受けたフランス料理についてご紹介します。</p>
<h2>Brasserie： ブラスリーとは何か</h2>
<p>最近日本でもブラスリーが増えてきました。ブラスリーとはもともとフランスのレストランの一形態です。</p>
<p>ここではフランスの食文化の視点から見た、ブラスリーが持つユニークな<strong>特徴</strong>をご紹介します。</p>
<p>フランス語のbrasserieとは、中世フランス語に由来します。もともとビール醸造所、を意味しましたが、その後それが派生してビール醸造ビジネス、などの意味も持つようになりました。<img class="size-medium wp-image-1144 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>1870年の普仏戦争に敗戦し、ドイツとフランスの国境地帯にあるアルザス・ロレーヌ地方がドイツに属すことになりました。</p>
<p>アルザス・ロレーヌ地方に住む人たちの食生活は、フランス的でありながら、同時にドイツの影響も強く受けています。フランス語ではドイツ料理で知られるザワークラフトはフランス語ではシュークルート(choucroute)と言いますが、フランスではザワークラフトはアルザス・ロレーヌ地方特産の料理として知られています。</p>
<p>1870年にドイツに占領されたアルザス・ロレーヌ地方を離れて、パリへ移住してきたこの地方の人々が始めたザワークラフトとビールを提供する店がフランスにおけるブラスリーの始まりでした。</p>
<p>その後ブラスリーはフランスに在住するドイツ人向けのレストランとして知られることとなります。<img class="size-medium wp-image-1158 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-300x300.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-150x150.jpg 150w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-768x768.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-1024x1024.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-728x728.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>そこで給されるのは、ソーセージ、ハムなどのドイツの食材、ビールなどでした。</p>
<p>そして次第にビアホールのようにビールを主体とした酒と食事を提供するレストランとして知られるようになりました。</p>
<p>ブラスリーには給仕がつき、印刷されたメニューがあり、テーブルには、白いリネンのテーブルクロスが敷かれており、それなりにきちんとしたイメージです。</p>
<p>19世紀末のヨーロッパはアールヌーボーたけなわ。その関係で同じ時代にできたブラスリーの内装は、ステンドグラスなどを含めたアールヌーボーの内装をもつ高級ブラスリーも少なくありません。</p>
<h2>今フランスで最も旬なビール：ゴス（la gose）</h2>
<p>最後に、現在フランスで最も注目されているユニークなビールについて紹介しましょう。</p>
<p>フランス人の中には旅行好きが多いですが、彼らは料理を通じた旅行も楽しみます。そんな新しもの好きのフランス人の間で現在注目されているのが、ドイツのビール、ゴスです。</p>
<p>ゴスというのは日本では全く知られていないビールの種類ですが、フランスでもつい最近知られるようになってきたビールです。</p>
<p>同時にゴスは、実はヨーロッパ中世の時代から存在する、古く由緒のあるビールでもあるのです。</p>
<p>14世紀の中世後期、ドイツのゴスラーという中世都市でゴスという変わったビールの製法が考案されました。ちなみにゴスラーというのは現在では中世の面影を残した観光地になっているようです。</p>
<p>（ゴスラーについては以下のリンクをご覧ください）<img class="size-medium wp-image-1208 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-768x513.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-1024x684.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-728x486.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>https://www.google.com/maps/place/ドイツ+ゴスラー/@51.9253361,9.9232232,9z/data=!4m5!3m4!1s0x47a5409a8340441b:0xa340eceac807c2b!8m2!3d51.9059531!4d10.4289963</p>
<p>ゴスというビールの名前はゴスラーを貫いていた川の名前に由来します。</p>
<p>しかしゴスがビールの名前として一般的に知られるようになるのは18世紀のことでした。このころになるとこの地方特有のビールとしてその名前を知られるようになりました。</p>
<p>この地域が第二次世界大戦後ソ連によって占領されるようになると、ゴスの製造が止まってしまいました。ソ連邦が崩壊し、東西ドイツが統一された結果、再びゴスの製造が再開しました。</p>
<p>ゴスは一般的ないわゆるビールとは、その醸造の仕方が異なります。<img class="size-medium wp-image-1155 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-181x300.jpg" alt="" width="181" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-181x300.jpg 181w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-768x1272.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-618x1024.jpg 618w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-728x1205.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose.jpg 1208w" sizes="(max-width: 181px) 100vw, 181px" /></p>
<p>ビールの純粋さによってビールのランク付けをしているReinheitsgebotによれば、ゴスはモルト、ホップ、水以外の成分を含むため、実は正式にはビールとしては認められていません。</p>
<p>ゴスは乳酸発酵を採用しており、その醸造方法が極めて特殊です。</p>
<p>その結果、一般のビールは小麦を主体としたモルトが原材料を使っているため透明ですが、ゴスは濁っています。さらにゴスに加える原材料によって、その色が変わっていきます。</p>
<p>味の特徴としては、苦くて甘い、かすかに塩と香料が効いていて、とてもユニークな特徴を持っています。</p>
<p>このビールに特有な清涼感は、乳酸化によって、酸っぱさと甘さが同居しているためです。</p>
<p>こうした複雑な特徴を持つため、ゴスの酸っぱさと相性のいいフルーツなどを加えたり、塩気を強めるために海藻を加えたりして、味の変化を楽しむことができます。<img class="size-medium wp-image-1146 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-200x300.jpg 200w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-768x1152.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-683x1024.jpg 683w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-728x1092.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920.jpg 1280w" sizes="(max-width: 200px) 100vw, 200px" /></p>
<p>一般的にアルコール濃度は５%です。しかし製造者によってはもう少し強いアルコール度のゴスもあります。</p>
<p>カルパッチョなどをつまむと、ゴスの酸っぱさと清涼さが強調されますし、生牡蠣を食べつつ飲むとヨウ素の匂いが強まります。</p>
<p>いちごなどの少々酸っぱいフルーツとともに飲むと、ビールの甘さが引き立ちます。</p>
<p>このようにゴスはこの酒を作る製造者の好みによって異なる風合いを楽しむことができます。個々人の好みによって様々な前菜のお供となるため、飲み手を選びません。</p>
<p><strong>フランス</strong>のブラスリーを訪れた際には、ぜひゴスを試してみてください。初夏から夏にかけて清涼感とともに楽しめるビールに間違いありません！</p>
<img class="size-medium wp-image-1150 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-728x546.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>マリーアントワネットは、実はファッションの女王だった？</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%9e%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%af%e3%83%8d%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e5%a5%b3%e7%8e%8b/</link>
		<pubDate>Thu, 14 Feb 2019 02:31:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[マリーアントワネット]]></category>
		<category><![CDATA[女王]]></category>

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		<description><![CDATA[今日ファッションの都は世界にあちこちにあります。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京、アントワープ・・・・・・...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今日ファッションの都は世界にあちこちにあります。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京、アントワープ・・・・・・。</p>
<p>今日パリは世界で唯一の<strong>ファッション</strong>の都ではないかもしれません。でもハイファッションに限定すれば、パリは現在でも「世界で唯一のファッションの都」であり続けています。</p>
<p>ハイファッションとはフランス語のhaute couture（オートクチュール）の訳で、日本語で言えば高級ファッションです。プレタ・ポルテ、ストリートファッションではなく、注文服を指します。</p>
<p>パリがハイファッションの都となったのは、18世紀の絶対王政のこと。とりわけフランス革命に断頭台に消えた悲劇の女王、マリーアントワネットは彼女の卓越した美的感性によって、パリを現代に続くハイファッションの世界的都市に押し上げるのに貢献しました。</p>
<h2>18世紀後半、パリは世界のファッションの都になった</h2>
<p>今日パリ発のファストファッションは存在しません。</p>
<img class="size-medium wp-image-1028 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-1024x682.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>その一方でパリの街にはハイ・ファッションを作り出す空気が漂っています。イブ・サンローランやシャネルは、パリ以外の街で誕生することはなかったでしょう。</p>
<p>それはパリには他の都市にはないファッションの歴史的伝統があるからです。フランスにおけるファッションのルーツは厳密には中世にさかのぼります。</p>
<p>でもパリがハイ・ファッションの都となった決め手は、17世紀から18世紀にかけての絶対王政の頃のことでした。それにはおよそ３つの要因があります。</p>
<p>１）フランスが贅沢品の生産国、輸出国としてリーダーになったこと。</p>
<p>２）ファッション、インテリア、コーヒー、ココア、お茶などの新しい習慣や食事を含めて、時代の最先端を行くライフスタイルを作り上げたこと。</p>
<p>３）植民地から様々な資源や新しいスタイルを取り入れることができたこと。</p>
<p>太陽王と呼ばれたルイ14世から始まって、ルイ15世、ルイ16世の妻や愛人たちは、パリファッションのトレンドセッターとなりました。ポンパドール夫人は「私の楽しみは金庫に入っている金について考えることではなく、それを出費してしまうことよ」と言っています。</p>
<p>今日のファッションの都、パリを築いたのは王室の伝統だけではありません。とりわけ1715年はフランスのハイファッションの歴史の分岐点でした。</p>
<p>それまで宮廷を支配していたのは堅苦しいまでのエチケットやマナーでした。1715年以降パリには形式を重んじない、自由な気風が生まれたのです。</p>
<img class="size-medium wp-image-1023 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-237x300.jpg" alt="" width="237" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-237x300.jpg 237w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-768x973.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-808x1024.jpg 808w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-728x923.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920.jpg 1515w" sizes="(max-width: 237px) 100vw, 237px" />
<p>当時パリでは上層階級の女性はまばゆいばかりの内装が施された自宅のリビングをサロンとして解放し、顧客を招き入れ、会話を楽しみました。そしてパリにはオープンで都会的な文化が開花したのです。</p>
<p>当時イギリスやアメリカな裕福な旅行者たちはこぞってパリへ旅行に出かけましたが、パリジャンが新しい装いに夢中になっていることを目の当たりにして、強い驚きを示しています。</p>
<p>ある程度裕福な<strong>フランス</strong>の地方に住むフランス人や、外国人も、当時発刊されるようになったパリ発のファッションを読んで、こぞってパリのファッションを真似しようとしました。</p>
<p>こうした自由な気風、ファッションは古くからの宮廷の伝統とブレンドされることによって、パリは世界のハイファッションの都となったのです。その結果フランスでは、ファッションを「装う人の個性の表現」と捉えられる伝統が誕生しました。</p>
<h2>技術革新とファッション</h2>
<p>18世紀パリのファッションブレークを下支えしたのは、好調なフランス経済と技術革新でした。とりわけそれまで存在しなかった新しい布、素材が次々と誕生しました。</p>
<p>白いコットンのモスリン、絹や毛のジャージーなどです。</p>
<p>刺繍の入ったベルベットのコート、肘までのズボン、音のするシルクのタフタドレス、パニエによって膨らんだ腰、パウダーのかかった髪型。これらが当時のパリ発の最新のファッションでした。</p>
<h2>ファッションブームの立役者、ローズ・ベルタン</h2>
<p>パリをハイファッションの都に仕立て上げた立役者が、庶民階級出身の女性、ローズ・ベルタンです。</p>
<p>ベルタンは衣服やレース、羽、ボネ、センスなどのアクセサリーを売るばかりでなく、王室を中心とした顧客に対してスタイリストの役割を果たしました。実際ベルタンはマリーアントワネットのスタイリストとしても知られ、彼女は別名「ファッション大臣」として知られるようになりました。</p>
<h2>ロココスタイルから古典主義へ</h2>
<p>1770年マリー・アントワネットは14歳でオーストリア・ハンガリー帝国からフランスに嫁ぎます。当時ヴェルサイユ宮殿を含めてヨーロッパ全ての宮廷で、フランス風宮廷服が唯一の模範でした。もちろんマリーアントワネットも当初はそれに従っていました。</p>
<p>それは前開きのゆったりしたローブ・ヴァラントを盛装用にしたもので、後肩に縫い付けられた幅広い平たいダブルプリーツが流れるような裾のラインに特徴があります。</p>
<p>また逆三角形のボディス、数段のレース、薄い布の裾飾り、パニエで左右に大きくはったペティコートなどもその特徴でした。コルセットで胴体をきつく締め付けて胸を高くすることによって、逆三角形のボディーにほっそりしたウエストを強調させていました。</p>
<p>ところがパリの都会文化が育つに従って、次第に伝統的な宮廷のドレスが古臭く見えるようになって行きました。とりわけ締め付け型のドレスや重々しいガウンは旧態依然とした宮廷のしきたりを象徴しているかのように見えたのです。</p>
<p>そんな中でマリーアントワネットはベルタンを自分の衣装係に採用します。「ファッション大臣」に支えられたマリー・アントワネットは、ヨーロッパのファッション女王として君臨しました。</p>
<img class="size-medium wp-image-1032 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-240x300.jpg" alt="" width="240" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-240x300.jpg 240w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-768x962.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-818x1024.jpg 818w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-728x911.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun.jpg 1000w" sizes="(max-width: 240px) 100vw, 240px" />
<p>とりわけ自由な気質で美しいものや新しいもの好きだったマリー・アントワネットは、率先してコルセットを外してシュミーズドレスを着用しました。</p>
<p>これは当時の宮廷では「革命」と捉えられるほどの事件でした。シュミーズドレスは当時は部屋着のようなもので、公の場で着用することは考えられませんでした。</p>
<p>ところが当時の記録によれば、マリーアントワネットはシュミーズドレスを着て宮廷の要人とも会見したそうです。このような女王のファッションは宮廷に大スキャンダルを巻き起こすとともに、多くの上流階級の女性がこぞって女王の真似をしました。</p>
<p>その後フランス革命が勃発した後シュミーズドレスはパリで大流行します。そしてパリばかりかフランス全体に普及して行きます。</p>
<img class="size-medium wp-image-1030 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-222x300.jpg" alt="" width="222" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-222x300.jpg 222w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-768x1039.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-757x1024.jpg 757w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-728x985.jpg 728w" sizes="(max-width: 222px) 100vw, 222px" />
<p><strong>マリーアントワネット</strong>が流行らせたのはシュミーズドレスばかりではありません。彼女は重たい金やパールのジュエリーを嫌がり、手袋、レースのハンカチ、センス、リボン、ストールなどを愛用しました。</p>
<p>マリーアントワネットは宮廷の重たい装いではなく、パリの都会的で軽やかなファッションを好んだのです。そんなマリーアントワネットのファッションは現在のフランス人女性のファッションにも受け継がれています。</p>
<p>例えばストールの掛け方として、フィシュマリーアントワネット、というスタイルがあります。それは四角いストールを三角の形にして女性の頭や肩にかけることを意味しますが、これもマリーアントワネットが流行らせたスタイルでした。</p>
<h2>マリーアントワネットはファッションクイーンであり続ける</h2>
<p>今日世界中の人々がマリー・アントワネットに抱くイメージは様々です。</p>
<img class="size-medium wp-image-1021 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>日本では悲劇のクイーンとしてマリー・アントワネットは大人気です。マリーアントワネット展が頻繁に開かれています。</p>
<p>本国フランスでは少し事情が違います。人々は政治的な目でマリーアントワネットを見ます。</p>
<p>現在でもフランスにはかつてのフランス王政を支持する人がいますが、彼らはマリーアントワネットに親愛の情を持っているでしょう。しかし大半の庶民のフランス人たちは、マリー・アントワネットはフランス王国の女王に値しない外国の女性だった、と冷たく見放しています。</p>
<p>歴史舞台の中心人物であったマリーアントワネットについての見方が、人や文化によって異なるのは避けられません。しかし文化の視点から見たとき、ファッションクイーンとしてのマリーアントワネットを否定する人はいないでしょう。</p>
<p>マリーアントワネットは唯一愛人を持たない堅物の国王の妻でした。そんな夫はマリーアントワネットにベルサイユ宮殿の娯楽係を命じました。</p>
<p>マリーアントワネットのおかげでベルサイユ宮殿はお祭り気分で盛り上がりました。週に２回のダンスパーティーと演劇。それに加えて多くの儀式、晩餐会。そしておしゃれなファッションや遊び・・・・。</p>
<p>当時それまで固定されていた身分や階級の違いは薄れかけていました。お金のあるブルジョワ階級は金欠のフランス王政から貴族の位を買うこともできました。</p>
<p>そんな社会の流動性と閉塞性が混在する中、ヴェルサイユ宮殿を訪れる全ての人にとっても着飾ることの意味合いが変化して行きます。衣装は身分を表現するものではなく、個人としてのアイデンティティーを示すものへと変化して行きました。</p>
<p>そして個人としてのアイデンティティーからファッションを楽しんだ最初の人がマリーアントワネットだったのです。その意味でマリーアントワネットは現代に続くファッションのあり方を規定した最初の女性、と言えます。</p>
<p>ディオールの専属デザイナーを突如退任したイギリス人デザイナー、ジョン・ガリアノ。</p>
<p>彼は2010年春夏のディオールのコレクションで驚くべき斬新なマリーアントワネットスタイルを復活させました。詳しくは下のブログを訪問して見てください。</p>
<p>http://sfair.blogspot.com.sanityfairblog.com/2010/02/john-gallianos-marie-antoinette.html</p>
<p>マリーアントワネットは今日でもフランスのファッションの<strong>女王</strong>であり続けています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>相手を引きつけるコツとは？ーフランス文化と香水  ―自分の個性を匂いに託すー</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e6%96%87%e5%8c%96%e9%a6%99%e6%b0%b4%e5%80%8b%e6%80%a7/</link>
		<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 06:20:20 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[フランス文化]]></category>
		<category><![CDATA[個性]]></category>
		<category><![CDATA[香水]]></category>

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		<description><![CDATA[ワイン、フランス料理と同じぐらい、フランス文化で重要なのが香水です。 パリのデパートに行けば、フランスのブラン...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ワイン、フランス料理と同じぐらい、<strong>フランス文化</strong>で重要なのが香水です。</p>
<p>パリのデパートに行けば、フランスのブランドの香水を日本よりも安く買うことができます。それに加えて、フランスには日本では見かけない素敵な香水がたくさん売っています。</p>
<p>そんなあなただけの香水を探して歩くことも、フランス旅行の醍醐味です。</p>
<p>パリを歩いていると、1815年から、1860年から、などと但し書きのついた老舗の、日本では馴染みのない香水店が目に入ってきます。（得にオペラ座の界隈）</p>
<p>これらの小さなお店では、グローバル化のネットワークからはこぼれ落ちた、フランスの貴重な香水の数々が売られています。ケースもどこか手作りの素朴さを感じさせるものです。</p>
<p>私はフランスの地方のお城を見学した後、そのお城のショップでインテリア用のバラの香りのスプレーを買ったことがあります。多分1300円とか1500円だったと思います。</p>
<p>ノーブランドで南フランス産のローズ系でした。そのスプレーには、日本の量販店などで売られている消臭スプレーとは全く違う、繊細なバラの香りが漂っていました。</p>
<p>その匂いを初めて嗅いだ時とても心地よい感覚を味わったことを今でも覚えています。それ以後インテリアに同じスプレーを使い続けています。</p>
<p>フランスを旅しつつ、自分の好きな匂いに出会う体験は楽しいものだ、と感じました。ちなみに筆者は香りに特別関心を持っていたわけではありません。</p>
<p>ここではそんなフランスの香水にまつわるエピソードを紹介します。</p>
<h2>匂いとは神秘的なもの</h2>
<p>同性愛者を除いて、フランス人男女は一般にお互いを常に異性として意識し合っています。それは夫と妻、通りすがりの見知らぬ人、夫の友達、などなどすべての異性に対してです。</p>
<p>この異性を魅惑するためのゲームとして、会話や視線以上に最も効力を発揮するのは香水かもしれません。</p>
<p>でも香水が取り持つのは異性間の関係だけではありません。香水はあらゆる人と人を神秘的な糸で繋ぐ不思議なパワーを持っています。</p>
<p>匂いは見たり、触ったり、感じたり、味わったりできません。匂いの力はあくまでも想像に委ねられています。</p>
<p>匂いは大脳辺縁系に直接働きかけると言われています。大脳辺縁系とは脳の中の神秘的な場所で、考えではなく感情を司ります。</p>
<img class="size-medium wp-image-961 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920-232x300.png" alt="" width="232" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920-232x300.png 232w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920-768x994.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920-791x1024.png 791w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920-728x942.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/question-1301144_1920.png 1484w" sizes="(max-width: 232px) 100vw, 232px" />
<p>そのため香水には異性、もしくは関心を寄せる相手を確実に自分に引き寄せることができるパワーがあります。</p>
<p>また注意深く自分の心地よい香水を選ぶと、周囲に対して抜かりなくあなたのイメージを伝えることができます。フランス人にとって、それは異国情緒だったり、ロマンチックな感覚だったりします。</p>
<p>匂いを嗅いだ人は、その匂いを嗅ぐことによってある感情を感じます。そしてその匂いが引き起こした感情は匂いがなくなっても残るのです。</p>
<p>このように、香水には、匂いについて想像させ、感情をもよおさせる、という二つの効果があります。</p>
<h2>フランスと香水</h2>
<p>香りというのは何千年も前からフランスにもありました。クロマニオンの生息した原始時代にもありました。</p>
<p>中世の頃、フランスの貴族の女性たちは金や宝石でできた香りの容器を携えていました。17世紀になるとフランスの貴族階級の人々は、カツラにこっそりとジャスミン、バラ、ヒヤシンスなどの花の香りをつけていました。</p>
<p>しかし現代に直接結びつく香水づくりが始まったのは産業革命が起こった19世紀のことでした。現代フランスの香水は、多分に科学や技術の発達とも関連しています。</p>
<p>今日のフランスでは、香水の見方は人によってまちまちです。絵画や詩と同じように芸術作品だと考える人もいれば、科学の産物だと考える人もいます。</p>
<p>フランス人はそれぞれのバラには異なった香りが宿っていることを知っています。そして同じように個々の男女がその人の個性にあった香りを持つことは当たり前だと思っています。</p>
<h2>フランスの空気には香水が漂う？</h2>
<p>フランスの空気には匂いがあるようです。東京やニューヨークにはない匂いです。それはなぜでしょうか。</p>
<img class="size-medium wp-image-963 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-300x300.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-150x150.jpg 150w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-768x768.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-1024x1024.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/aroma-906137_1920-728x728.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>一つはフランスでは、人々の関係が物理的に近いため相手の香水を嗅ぐ機会が多いからです。</p>
<p>フランスでは挨拶のためのほっぺたのキス（ビズ）を頻繁にするために、ほかの国よりも相手に近づく頻度が必然的に高まります。</p>
<p>ビズとは、相手の香水をちらっと嗅ぐ瞬間でもあるのです。香水は親密さのシンボルであると同時に、それまで存在した二人の距離を縮めることもできます。</p>
<p>香水を嗅いだ瞬間、人は頭で考えることをやめて感情に誘われます。その香りに魅了された時、人はそれが何の香りか知りたくなるものです。</p>
<p>フランス人は男性、女性、子供も年間5000円ほど香水に出費しています。ざっと計算すればこれはオーデコロンをすべてのフランス人の老若男女が一年に一本買っている計算になります。</p>
<p>アメリカ人や日本人が清潔さ、無臭に惹かれるとしたら、フランス人は繊細で神秘的な香りに惹かれます。</p>
<p>ちなみにアメリカ人の香水に対する出費は年間2000円、日本人は500円にすぎません。</p>
<p>フランス人男女の身だしなみには香水が欠かせません。フランスの大人は、子供が幼少期の頃から匂いと関わらせています。匂いを当てる子供用のゲームもあります。</p>
<h2>香水が自己アイデンティティーを決める</h2>
<p>長い髪の女性は耳の後ろに香水をつけて、自分の存在をさりげなく男性にアピールします。ココ・シャネルはいっています。「女性はいつキスされてもいいように香水をつけておかなくちゃいけないのよ」</p>
<p>あるフランス人男性はあるとき嗅いだ匂いを忘れられません。その匂いを記憶に刻みましたが、それが何であったか聞くのを忘れてしまいました。そのためいつまでもその匂いのことが気になっています。</p>
<p>匂いについて知りたいと思うのは、相手を知りたいと思うのと同じです。なぜなら香水はその人のアイデンティティーだからです。</p>
<img class="size-medium wp-image-964 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/lavender-blossom-1595581_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/lavender-blossom-1595581_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/lavender-blossom-1595581_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/lavender-blossom-1595581_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/lavender-blossom-1595581_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p><strong>香水</strong>によってその個人の深い性格について知ることはできないかもしれません。でもその人が大切にする匂いや感情について知ることができます。</p>
<p>香水を嗅ぐことによって、その香水の持ち主が周りの人に対してどんな自己イメージを演出しようとしているのかについては理解できます。</p>
<p>強くて、セクシーな香水が好きなのか、優しいフローラルがいいのか、全く香水をつけないのか。</p>
<p>また自分を高める手段としても香水を利用できます。例えば自己イメージとして「レディー、魅力的、繊細、セクシー」でありたい、と思うとします。</p>
<p>そんな自己イメージにあった香水をつけることによって、匂いの助けによって、その人は自分の理想に一歩近づけます。</p>
<h2>香水は人と人をつなげる手段</h2>
<p>それでもフランス人は自分を高めるよりも、相手を魅惑するために香水をつけることを好むでしょう。</p>
<p>多くのフランス人は同じ香水をつけ続けます。それは、先ほど書いた通り、時が経っても自分の記憶を相手の脳裏に止めておくため、です。</p>
<p>香りによる関係性は異性愛に限定されるものではありません。親子の間でもあり得ます。</p>
<p>ある母親はいつも同じ香水をつけていました。彼女は子供達がその匂いを嗅いで、もう存在しない自分のことを思い出してもらいたい、と願っていました。</p>
<p>ある女性がある男性のところに行った後で、自分のマフラーをおき忘れてしまいました。その後二人の関係はロマンティックなものに発展しませんでしたが、女性はマフラーを返してもらいたい、と思いました。</p>
<img class="size-medium wp-image-965 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/rose-374318_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/rose-374318_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/rose-374318_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/rose-374318_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/rose-374318_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>女性はマフラーを返してもらうために男性に会いました。するとそのマフラーにはディールの男性用の香水の香りがしました。</p>
<p>それは相手の男性が自分をアピールするためにわざとやったことでした。１週間後その男性はFacebookのメッセージを通じて彼女をデートに誘いました。</p>
<p>あいにく彼女はすでにその頃には別の男性と付き合っており、彼に興味を持つことはありませんでした。それでも何ヶ月か経った後、彼女はスカーフについていた彼の匂いをふと思い出しました。</p>
<p>とてもいい匂い。彼女はその匂いがスカーフから完全に消えてしまった時、なんだかとても寂しい気持ちになりました。</p>
<h2>香水とすっぴん</h2>
<p>もし女性として魅惑的でいる努力をやめてしまえば、あなたは何者でもなくなってしまいます。例えばすっぴんで外見に気を使わなければ、フランス文化においてはあなたは女性としてのゲームを放棄したことになります。</p>
<p>隅っこに黙って座って、ニコニコ笑っているだけでは、女性としての自分をアピールしたことにはならないのです。常に自分から能動的に自分の魅力をアピールする必要があります。</p>
<p>でも積極的に女性性を演出したり、自分の<strong>個性</strong>を表現することにためらいを感じるシャイなフランス人女性もいるものです。そんな女性たちは香りの力に助けられることもあります。</p>
<p>あるすっぴんでものぐさなフランス人女性がいました。彼女は服装など外見に全く気を使わないタイプでした。明らかにフランス社会では少し浮いていました。</p>
<p>そんな彼女は誕生日に夫からシャネルのNo5をプレゼントされました。</p>
<p>そして彼女はふとマリリン・モンローの言葉を思い出しました。「私は夜何も身につけないけど、シャネルのNo5だけはつけてベッドに入るわ」</p>
<img class="size-medium wp-image-969 aligncenter" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-2197947_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-2197947_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-2197947_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-2197947_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-2197947_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>その晩からシャイな彼女は思いきってマリリン・モンローの真似をしてみました。</p>
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		<item>
		<title>フランス文化にはこんなに面白い特徴があった：会話、視線による男女のいちゃつき</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e6%96%87%e5%8c%96%e7%89%b9%e5%be%b4%e9%9d%a2%e7%99%bd%e3%81%84/</link>
		<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 05:14:44 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[フランス文化]]></category>
		<category><![CDATA[特徴]]></category>
		<category><![CDATA[面白い]]></category>

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		<description><![CDATA[他の文化にはないフランス文化の面白い特徴として、男女間のいちゃつきが挙げられます。 フランス語に「ギャラントゥ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>他の文化にはない<strong>フランス文化</strong>の面白い特徴として、男女間のいちゃつきが挙げられます。</p>
<img class="size-medium wp-image-953 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/sparrows-2759978_1920-300x100.jpg" alt="" width="300" height="100" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/sparrows-2759978_1920-300x100.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/sparrows-2759978_1920-768x256.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/sparrows-2759978_1920-1024x342.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/sparrows-2759978_1920-728x243.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>フランス語に「ギャラントゥリー」（galanterie）と言う言葉がありますが、その邦訳が「男女間のいちゃつき」に当たります。</p>
<p>「男女のいちゃつき」とはあまりこなれない感じですが、フランスではエレガントな響きがあります。</p>
<p>フランスでは、公的スペースでも、私的スペースでも、家庭でも、仕事場でも、学校でも、他の国と比べて男女間の物理的距離が近いことに特徴があります。</p>
<p>これを「男女混合の原則」（mixité）といいますが、これは長いフランスの歴史の中で培われてきたものです。</p>
<p>「男女混合の原則」を平たく説明すると、フランスで男女は常に物理的に隣り合い、混じり合っていることが自然だ、ということです。そこに男女のいちゃつきも加わると考えてください。</p>
<p>男女のいちゃつきとはフランス革命以前のフランスの貴族文化が今日のフランスに残した精神的遺産です。</p>
<h2>今日のフランスで男女別はご法度</h2>
<p>この「男女混合の原則」は性などを含む社会風俗が自由化していった1970年以後さらに強まり、今日フランス文化の真髄を規定している、言ってもいいぐらい重要な原則です。</p>
<p>例えばフランスでは全ての公的空間から男女別を排斥してしまいまいました。フランスには女子中学、女子高、女子大がありません。</p>
<img class="size-medium wp-image-954 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280-300x223.png" alt="" width="300" height="223" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280-300x223.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280-768x570.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280-1024x760.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280-728x540.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/man-2363104_1280.png 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>フランスの鉄道には男女別の寝台車がありませんでした。男女混合だったのでレイプなどの事件が頻発したため、男女別の寝台車を作るのではなく、寝台車そのものを廃止してしまいました。</p>
<p>トイレに関しては・・・・安心してください、フランスにも男女別のトイレがあります。</p>
<p>フランス社会では男女は一緒にいることが当たり前で、両者は分かち難いユニットを形成しています。そしてこの男女混合の原則において、男女の接着剤の役割を果たしているのが「男女のいちゃつき」です。</p>
<p>ここではフランス人だったら避けて通ることはできない、そして外国人から見ると大変興味深いスペクタクルにもなりうる、フランス文化の真髄「男女のいちゃつき」について、そのメリットと問題点についてご紹介します。</p>
<h2>フランス人男女は常に言葉のキャッチボールをしている</h2>
<p>フランス人にとって会話の楽しみ＝人生の楽しみです。そしてフランス人が会話を楽しむようになったのも、「男女のいちゃつき」同様フランス革命以前の貴族社会の爛熟期のことでした。</p>
<p>17-18世紀にかけて、パリなどの都会を中心に、貴族の女性が自宅にインテリの男性を招いて、会話を楽しむようになりました。これはサロンと呼ばれました。</p>
<img class="size-medium wp-image-952 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/valentine-candy-626446_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/valentine-candy-626446_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/valentine-candy-626446_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/valentine-candy-626446_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/valentine-candy-626446_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>サロンとはフランスの貴族階級を中心に、主に文学を語るプライベートな場でした。同時にサロンの特徴として、何について語るか、という問題以前に、会話によってお互いが鎖のように繋がっていることを確認すること、が重視されました。</p>
<p>なぜなら人は、同類の仲間たちと繋がることによって、それだけで精神的に満ち足りた幸せな気分を満喫できるからです。当時のフランスの貴族たちが、会話をリキール、音楽、砂糖菓子などに例えている所以です。</p>
<p>その後フランス革命が勃発して、貴族階級たちの優雅で排他的なライフスタイルは大打撃を受けました。それでも紆余曲折を経て、彼らの会話の伝統は革命後のフランス社会に復活し、現在まで続くフランス文化の真髄となったのです。</p>
<p>貴族の女性の家のサロンで展開されたこのプライベートな<strong>会話</strong>のスペースで、男性は言葉で女性を立てる、という面白い風習も生まれました。</p>
<p>貴族階級のフランス人女性たちも、男性からうまく恩恵や好意を引き出す術をわきまえていました。彼女たちは明確な言葉を使わずに、男性から「はい」の答えを導き出す心理的な技を心得ていたのです。</p>
<p>このような態度をフランス語では「コケット（coquette）な態度」と呼びます。英語ではコケティッシュですが、その語源は、鶏が「こっこっこ」という鳴き声からできた擬声語です。女性が男性を意識して声を和らげ、自分の性的な魅力をアピールすることを意味します。</p>
<p>今日その特徴が和らいだとはいえ、フランスはもともと男尊女卑の社会です。しかしこのような男女間の会話のゲームによって、フランス人女性に対する社会的圧力が多少なりとも軽減され、フランスの男女が仲良く共存し続けてきたことも否めない事実です。</p>
<h2>今日洗練された上層階級のフランス人女性が何よりも望むもの</h2>
<p>現在でも日常生活のあらゆる場面で、フランス人男女は会話や視線のキャッチボールを楽しんでいます。会話や視線こそフランスにおける「男女のいちゃつき」の真髄です。</p>
<p>ある上流階級のフランス人女性、マリー・マドレーヌさんについてご紹介しましょう。</p>
<p>マリー・マドレーヌさんは家から歩いて3分ぐらいのところへパンを買いに行く時にも、注意深く身なりに気をつけます。日本で言えばコンビニへ行く、というような感じです。</p>
<p>彼女は自分の女性性が最大限に演出されるように身なりを整えます。</p>
<img class="size-medium wp-image-945 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/portrait-1360829_1920-300x216.jpg" alt="" width="300" height="216" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/portrait-1360829_1920-300x216.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/portrait-1360829_1920-768x552.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/portrait-1360829_1920-1024x737.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/portrait-1360829_1920-728x524.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>例えば、胸の形が浮き出るタイトなカシミアセーター、ウエストから足のラインが美しく演出できるペンシルスカート、模様の入った網目のタイツ、そして10センチはあると思われるハイヒール、などです。</p>
<p>もちろんマリー・マドレーヌさんは化粧も怠りません。ヘアは少し乱れた感じにまとめています。決してきっちり分け目をつけて髪をときつけるのではなく、ふんわりと自然にまとめるのがフランス式です。</p>
<p>赤いチークと黒いアイライン、そして口紅をつけて、とても美しくセクシーです。</p>
<p>ではなぜマリー・マドレーヌさんはパンや新聞を買いに外出するだけで、ここまでめかしこむのでしょうか。それは彼女が一歩外に出て出会う見知らぬ男性の視線を強く意識しているからです。</p>
<p>彼女は通りで店の清掃をしている男性から、「今日も素敵だね」と言ってもらえることを期待しています。すれ違う見知らぬ男性から「美しい女性ですね」と褒められること以上に、彼女たちにとって幸せなことはありません。（とりあえず！）</p>
<p>それは私が出会った他の多くのフランス人女性にとっても同じでした。</p>
<p>彼女たちは異性からじっと無言で注がれる眼差しを、ことのほか喜びます。もちろんその眼差しには「あなたは女性として魅力的だ」との意味合いが込められています。</p>
<p>このような見知らぬ男性からのお褒めの言葉以外にも、近所を歩いていれば、知り合いにばったり会ってしまうこともありえます。</p>
<p>パリはそれほど大きな街ではなく、同じような社会階層の人々は同じような地区に住んでいます。仕事上の知り合いに道で偶然出会ってしまうことも現実的にあり得るのです。</p>
<p>「私はそんな時、彼女急に老けたね、と思われたくないのよ。」とマリー・マドレーヌさんは考えています。</p>
<p>あまり知られていないことですが、パリの上層階級のおしゃれなフランス人女性が買い物をするような場所をパリの一大観光名地と考えてもいいかもしれません。</p>
<p>例えば1区のサントノレ通りなどでは、パリで長年女を磨いて生きてきたことを実感させる、とびきり美しい、日本では出会うことのないような、女性としての魅力を醸し出す年齢の高めのフランス人女性とすれ違うことができます。</p>
<p>ヴィトンやシャネルのバッグなら日本でも買えますが、日本ではそうそう、こんなに美しい女性たちを見ることはできません。日本人女性にとってもそれは「学び」になるでしょう。</p>
<p>彼女らが通った空気から強いインスピレーションを受けるからです。</p>
<p>このようなファッショナブルなエリアのみではなく、概してパリに住むある程度裕福な階層のフランス人女性は東京に住む同じ年齢の女性には醸し出すことのできないセクシーさを演出することができます。</p>
<p>整いすぎていない身なり、髪型、そして風を切るような自然なジェスチャー、香水、口紅・・こうしたものに加えて彼女たちが女性として生きてきた女性らしさが加わります。</p>
<p>誤解を恐れずに言うと刷れば、国際結婚などでパリに長く住んでいる日本人女性も日本に住んでいる女性以上に美しさを保っています。造形と言うことではなく、雰囲気に関してですが。</p>
<p>パリの空気は女性を綺麗にする、というのは本当のようです。パリに住む女性たちは、フランス人男性と言葉のキャッチボールを長年楽しんで女性として切磋琢磨した結果、そのように美しくなっていったのです。</p>
<h2>フランス人は日常の小さな出来事に幸せを見出す</h2>
<p>アメリカや日本だったら、通りで清掃をしている男性が道歩く女性に「君は美しい」などと言えば、彼はこの女性のプライバシーを侵害したことになり、必ずしも好ましいこととは捉えられません。</p>
<p>フランス人女性は同じように考えません。彼女たちは逆に、そう言われることで女性としての幸福感を感じるからです。</p>
<p>フランス人女性にはそういう男性とのつかの間の会話と視線のキャッチボールを楽しむ心の余裕がある、と言ってもいいかもしれません。</p>
<img class="size-medium wp-image-950 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-2605526_1920-300x160.jpg" alt="" width="300" height="160" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-2605526_1920-300x160.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-2605526_1920-768x408.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-2605526_1920-1024x545.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-2605526_1920-728x387.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>フランス人女性は一般的に、通りで見知らぬ男性から褒めそやされることを喜びますが、それには条件があります。</p>
<p>「それが軽いもので、それ以上の関係に発展しないなら」との条件がつきです。その後しつこくデートに誘われたりしない、という前提の元です。</p>
<p>例えば男性がこちらが無視したと感じて怒ったりしたり失礼な態度をとってきたりしたら、もはや楽しい会話や視線のゲームではなくなってしまいます。声をかける男性側としても、あくまでも相手の女性を立てるという配慮が必要なのです。</p>
<p>バスや地下鉄などの締め切った公共スペースでは、このような男女間の会話のキャッチボールは起こりえません。言葉を交わしたら最後、その後行き着くところまで行ってしまうリスクがあるからです。</p>
<p>パリでは公共の自転車を借りることができます。わざとミニスカートを履いて、男性の視線を楽しむ女性もいるそうです。</p>
<p>この場合も自転車で走り過ぎるので、ハラスメントなどに発展する危険がないからです。</p>
<h2>男女別対応に戸惑うフランス人女性</h2>
<p>男女の物理的距離が近いフランス人女性は外国で別の状況に直面して驚くそうです。</p>
<p>例えばアメリカや日本で、夫の仕事の集まりに行ったフランス人女性は、自分が妻だけのグループに入れられて女性のみと話をしなければならない、という状況には戸惑いを感じます。</p>
<p>フランスではアメリカのテレビドラマ, <em>Sex and the City</em>のような女同士の友情についてのストーリーが生まれにくいでしょう。フランス人女性には女性の友人もいますが、あくまでも中心となるのは異性である男性の存在だからです。</p>
<p>男女のいちゃつきの文化的特徴は、女性として見られることを楽しめる大半のフランス人女性にとっては楽しいものであるのに違いません。しかし稀にそのようなことを嫌うフランス人女性もいます。</p>
<p>女性としての外見、仕草によって男性に評価される、というフランスの文化的伝統を快く思わない女性もいるのです。そんな文化を拒絶して、海外に移り住んだフランス人女性に会ったことがあります。</p>
<img class="size-medium wp-image-944 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920-234x300.png" alt="" width="234" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920-234x300.png 234w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920-768x986.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920-798x1024.png 798w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920-728x934.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/class-845194_1920.png 1496w" sizes="(max-width: 234px) 100vw, 234px" />
<p>彼女は太っていて、黒縁の眼鏡をかけており、髪の毛もぐしゃぐしゃで、いつカットしたのかわからず、もちろんすっぴんで、アメリカの大学生のようにジーンズとTシャツで勉強に邁進していました。</p>
<p>テーマはフランスのフェミニズム、です。しかし数年経って有名大学を卒業して大学で教えるようになった彼女の見た目は大きく変化していました。</p>
<p>このフランス人女性は、異国である時フランス人女性としての魅力に目覚めたのでしょう。彼女はアメリカ社会を生き抜くに当たって、フランス人女性としての振る舞いを強くアピールするようになり、そうすることによって彼女は女性としての特別感を獲得しました。</p>
<p>彼女はダイエットをして、髪を長く伸ばし、知的な雰囲気を漂わしており、とてもチャーミングな女性に変身していったのです。一時的には拒絶しても、やはり彼女はフランス人女性としての嗜みを心のどこかに持っていたのでしょう。</p>
<h2>フランス式男女のコミュニケーションと職場</h2>
<p>フランス文化の面白い特徴である、男女間の会話と視線によるスリリングなキャッチボールは、職場でも起こりえます。</p>
<p>職場とはもちろん仕事をしに行くところです。しかし化粧をしないで、女性らしさが全くない服装で仕事場に行くことはフランスではタブーです。</p>
<p>フランスの高級公務員を要請する国立行政学院を卒業して省庁で働くフランス人女性課長。</p>
<img class="size-medium wp-image-948 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/girl-1424994_1280-160x300.png" alt="" width="160" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/girl-1424994_1280-160x300.png 160w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/girl-1424994_1280-545x1024.png 545w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/girl-1424994_1280.png 681w" sizes="(max-width: 160px) 100vw, 160px" />
<p>大きなイヤリングをつけて、それが時々を立てて床に落ちた時、ミニスカートを履いた彼女は下半身をかがめて、床に落ちたイヤリングを拾います。そんなことが一時間のうち２、３回あります。</p>
<p>シーンとしたオフィスでその物々しいイヤリングの音が響くたび、周囲の男性は彼女を見ます。</p>
<p>もしくはビジネスランチの場面。同じフランス人女性課長は、細い両足を見せつけて男性の反応を楽しむこともあります。</p>
<p>このような行為はパワーを振りかざさなければならない女性上司にとっては、男性からの嫉妬を懐柔する武器ともなりえます。</p>
<p>ただ男性上司の下で働く、自身にパワーのない女性の場合、このフランス文化の面白い特徴である男女のいちゃつきが、そのままハラスメントもしくは自分の劣った立場を強化させてしまう要因ともなりうるのです。</p>
<p>それについてフェミニストが指摘しているので見ていきましょう。</p>
<h2>なぜ男女のいちゃつきは社会問題になりうるのかーフェミニストの視点</h2>
<p>男女のいちゃつきはフランス文化の面白い特徴です。同時にそれは両刃の矢です。ある一定の距離が維持できれば、女性にとっても楽しいのですが、一線を超えてしまうと困った事態になりかねません。</p>
<p>日本人女性を含め、外国人女性はそのようなフランス文化に戸惑うこともあるでしょう。</p>
<p>特に若い女性たちが、通りで年上の男性から「素晴らしい」「綺麗だ」「美人だ」などと言われ続ければ、メスという部分でしか見られていないと感じ不快感を抱くこともあることでしょう。</p>
<p>フランス人女性の中でも同じように感じている女性たちがいます。いわゆるフェミニストと言われる学者たちです。</p>
<p>その代表格、ミッシェル・ペロー女史は、フランス文化の面白い特徴と言える<strong>男女</strong>のいちゃつきの伝統を見直すべきである、と発言しています。</p>
<p>ペロー女史は言います。「もちろん男女のいちゃつきはまずもってフランス王政以来のフランス文明、文化の表現であり、尊重されなければなりません。」</p>
<p>「フランスには男女のいちゃつきの文化があるため、英米と比べると、女性の社会進出が進んだ現在でも、男女間の軋轢が少ないのは事実です。」</p>
<p>しかしペロー女史は男女のいちゃつきの伝統にはデメリットもあることを指摘します。</p>
<p>「フランスの男女のいちゃつきには素晴らしい側面もあるのですが、同時に古くからある男尊女卑を助長する面もあるのです。」</p>
<p>「フランス人の男性は扉を開けて待つことによって、先に女性を通します。そして花束を渡します。・・こうした<img class="size-medium wp-image-946 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-3477047_1920-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-3477047_1920-225x300.jpg 225w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-3477047_1920-768x1024.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-3477047_1920-728x971.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-3477047_1920.jpg 1440w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" />男女のいちゃつきを通じて、フランスの男性はフランス女性を権力の外側に置こうとしているのです。」</p>
<p>ペロー女史によれば、男女間の愛は大切にしないといけませんが、男女間のいちゃつきはやめたほうがいい、となります。</p>
<p>ペロー女史は、男女のいちゃつき、というフランス文化に固有な特徴のため、フランス人女性がフランス人男性と対等に渡り合うことができずにいる、と指摘しました。</p>
<p>これに対しては、フランス人男性ばかりではなく、男女のいちゃつきが楽しくてやめられないフランス人女性も、ペロー女史に反撃しました。</p>
<p>男女のいちゃつき文化と女性の権利拡大を主張するフェミニストの間には、超えることのできない壁がありそうです。</p>
<p>男女のいちゃつき、男女の平等。この二つは今後フランスでどのように進展していくのでしょうか。他の国にはないフランス文化が提示する、面白いテーマです。</p>
<h2>フランス人は男女のいちゃつきをやめられない</h2>
<p>フランスの会話や視線による男女間のいちゃつきは、単なるお遊びではありません。それはフランス文化の面白い特徴の一つです。</p>
<p>エリック・ロメール監督による「愛の午後」（l’amour Apres midi）という不倫映画があります。30歳の既婚の主人公の男性は、安定した仕事を持ち、娘もいます。そして再び妻が妊娠します。</p>
<p>その時主人公の男性は友人の元恋人と関わりを持ちますが、彼らは肉体関係を持つことはありません。この映画を見ると、フランス人が不倫の実際的な行為よりも、想像によって欲望を刺激されることを好むことがわかります。</p>
<p>まさしくフランスでは「不倫は文化」なのです。それを日本のある芸能人間違って解釈してしまいました。</p>
<p>この欲望を掻き立てられて刺激されることを楽しむ、というフランス人の根本的な国民性を変えることは不可能でしょう。</p>
<p>フランス革命ですらフランス人の国民性を変えることができず、男女間で無為に会話や視線を楽しむ、という貴族社会の名残が現在でもユニークで<strong>面白い</strong>フランス文化の特徴として健在し続けているのですから。</p>
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		<title>フランス・メディアはカルロス・ゴーン氏逮捕に対してこんな反応を示した  ―日本の司法制度ー</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%83%b3%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%83%a1%e3%83%87%e3%82%a3%e3%82%a2%e5%8f%b8%e6%b3%95/</link>
		<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 03:44:00 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[メディア]]></category>
		<category><![CDATA[司法]]></category>
		<category><![CDATA[日本]]></category>

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		<description><![CDATA[（この記事は2019年２月14日のものです） ゴーン日産元会長が2018年11月18日に突如逮捕されてから、ほ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>（この記事は2019年２月14日のものです）</p>
<p><strong>ゴーン</strong>日産元会長が2018年11月18日に突如逮捕されてから、ほぼ3ヶ月が経過しました。現在ゴーン氏は特別背任と金商法違反によって追起訴され、勾留が続いています。</p>
<p>日本ほどではないですが、フランスのメディアもゴーン氏の逮捕について取り上げました。</p>
<p>ではフランスのメディアはこの事件をどう捉えたのでしょうか。</p>
<p>結論から言えば、フランス・メディアは遠いかなたの国である日本で起こった事件をきっかけにして、自国とは異なる日本の司法制度に強い関心を示しました。</p>
<h2>ゴーン氏の経歴</h2>
<p>まずゴーン 氏の経歴から簡単にご紹介しましょう。</p>
<p>1954年　ブラジルで生まれる。両親はレバノン人。</p>
<p>1974年　20歳でフランスの超難関工学系グランゼコールのポリテクニックに入学、その後パリ国立高等工業学校も卒業。</p>
<p>フランスの高等教育機関は、通常の大学とグランゼコール（grandes écoles)に分かれています。原則として高校を卒業して大学入学資格（バカロレア）を取得すれば誰でも大学へ行けます。（だからと言ってすべての大学入学者が卒業証書を手にすることができるわけではありません。）</p>
<p>一方グランゼコールに入学するためには、厳しい受験勉強を経た後、高い倍率の入学試験に合格しなければなりません。パリを始めとした優秀な高校にはグランゼコール受験のための特別クラスが併設されています。</p>
<p>ゴーン氏はグランゼコールに入学しました。エンジニア養成としてフランス国内で第一位のランキングを誇るポリテクニックとパリ国立高等工業学校を卒業した生え抜きのエリートでした。</p>
<p>ゴーン 氏のほかにレバノン出身の数人の学生がポリテクニックに入学したそうです。彼らと同じ学年だったフランス人の話によれば、外国人であるためレバノン出身の学生は総じて内気で大人しかったが、ゴーン 氏のみ自分に自信があって、フランス人を前にしても押しの強い、アグレッシブな態度だったそうです。</p>
<p>1978年　フランスの大手タイヤメーカー、ミシュランに入社。</p>
<p>これらの全国の生え抜きのエリート養成機関を卒業した後、ゴーン 氏はフランスの田舎町クラモンフェランに本社のある伝統的なタイヤの製造会社ミシュランに就職しました。</p>
<p>これはゴーン 氏ほどの学歴を持つ人の選択としてはありえないもので、周囲のフランス人はとても驚いたそうです。</p>
<p>なぜならゴーン氏ほどの学歴を持っていた場合、通常なら金融業界に就職し、パリやロンドンなどの大都市で高額の収入を得ることを選択するからです。マクロン大統領などもこのパターンです。</p>
<p>大学卒業時から、ゴーン 氏は自動車業界で働きたいという気持ちがはっきりしていたのでしょう。そしてヨーロッパ随一のタイヤメーカー、ミシュランに18年勤務します。</p>
<p>ブラジル出身だったゴーン 氏は、例外的に若い年齢でブラジルのミシュラン工場の責任ある立場に立たされます。それはブラジルには彼のような人材がいなかったためでした。</p>
<p>それがその後のゴーン氏のキャリアの成功の鍵となったのです。</p>
<p>ちなみに日本では、ミシュランとはレストランのランキングが掲載されたミシュランガイドでおなじみです。ミッシュランガイドは1900年にスタートしました。</p>
<p>当初はミシュランのタイヤを購入した顧客に無料で配布されるパンフレットでした。美食と自動車はバカンスというフランスの国民文化を通じてつながりがあったのです。</p>
<p>1996年　ルノーの上席副社長に就任し、同社の再建に成功。</p>
<p>1999年　日産のCOO（最高執行責任者）に就任：この時ルノーは日産の株の36.8パーセントを買収するとともに、ゴーンは日産の企業再生に従事し、15パーセントの雇用を削減し、経営者として成功を収めた。</p>
<p>日産自動車の社長兼最高経営責任者(CEO)、ルノーの取締役会長兼CEP, ルノー・日産アライアンスの会長兼最高経営責任者（CEO）に就任。</p>
<p>その後三菱自動車工業の代表取締役会長に就任。</p>
<p>2017年日産の代表取締役社長兼CEOを退任するが、同代表取締役会長は続ける。</p>
<p>2019年1月24日　ルノーの会長を辞任</p>
<p>2019年2月日産代表取締役を退任</p>
<h2>ゴーン氏の容疑</h2>
<p>2008年　投資の損失を日産に付け替えた疑い(10月)            <img class="size-medium wp-image-1131 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/ville-de-lyon-4238823_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/ville-de-lyon-4238823_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/ville-de-lyon-4238823_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/ville-de-lyon-4238823_1920-1024x682.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/ville-de-lyon-4238823_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>2009年　知人の会社に資金を流出させた疑い(09-12年)</p>
<p>2010年　役員報酬の虚偽記載の疑い（10年〜）</p>
<p>2018年11月19 日　逮捕</p>
<p>ゴーン 氏の容疑についてはその後も検察側の情報のリークを中心に日本のマスメディアでも報道されています。今後裁判が始まれば、より正確な事件の概要が明らかになっていくでしょう。</p>
<h2>フランスメディアの当初の反応</h2>
<p>日本でもフランスでもゴーン氏の逮捕は、晴天の霹靂でした。フランスの左翼系日刊経済新聞エコーは、東京のゴーン氏に近い外国人国籍の人々の驚きの声を紹介しました。</p>
<p>「経済的に正当な理由があるなら、企業が幹部のために海外の不動産を買い占める可能性を否定することはできないだろう」（エコー2018年11月21日）</p>
<p>「検察側はゴーンが報酬の一部を隠し、少なく見積もったと言っている。しかしこれらの報酬は公開されていたはずだ。ゴーン氏が果たしてそんなことをして個人的に利益があったとは考えにくい」（エコー2018年11月21日）</p>
<p>「誰が間違いを犯したのか。日産の関係者もこれらの情報を調べることはできたに違いない。とても不思議だ。」（エコー2018年11月21日）</p>
<p>「ゴーン氏と日産の日本人の役員の間で、日産とルノーの力関係についての認識がこじれていたようだ」（エコー2018年11月21日）</p>
<p>エコーを始め、すべてのフランス・メディアの当初の反応は、大きな驚き、そしてなぜこんな事件が起きたのかわからない、というクエスチョンマークでした。そのため「これはなんかの間違いじゃないか」「陰謀に違いない」というのがフランス・メディアの一致した意見でした。</p>
<img class="size-medium wp-image-926 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/jet-821357_1920-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/jet-821357_1920-300x199.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/jet-821357_1920-768x510.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/jet-821357_1920-1024x680.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/jet-821357_1920-728x483.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>ちなみに、羽田空港でゴーン氏がプライベートジェット機から降りたって逮捕された時、日本側に「カメラが準備されて」いたことも、こうしたフランス・メディアの疑わしい印象を強めた理由の一つでした。</p>
<p>またゴーン氏のみ厳しい取り締まりを受け、日産の日本人幹部が咎められないことも、フランス・メディアの陰謀説に信憑性を与えることとなりました。</p>
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<h2>日本の司法制度は厳しい</h2>
<p>極東の日本で起こった事件は、フランス・メディアにとっても晴天の霹靂でした。</p>
<p>その後フランス・メディアは少しづつ事態を理解し始めました。しかし事件の詳細以上に、フランス・メディアは日本の検察当局によるゴーン氏の勾留条件を含めた「日本の<strong>司法</strong>制度の厳しさ」について関心を寄せました。</p>
<p>実際日仏では容疑者に対する法制度が大きく異なります。</p>
<p><strong>フランス</strong>では原則として容疑者の身柄の拘束は１日限りで、その後拘束が延長されるにしても、最大で数日程度のみです。それには推定無罪の原則が働いています。</p>
<p>推定無罪とは「何人も有罪を宣告されるまでは無罪と推定される」という基本原則です。この原則の歴史的起源はフランス革命のときに発布された人権宣言です。つまりフランスは推定無罪説の本拠本元です。</p>
<p>現在では推定無罪は国際人権条約にも明記されており、国際的に広く認められた人権の一つです。もちろん日本も批准しています。</p>
<p>そのためゴーン氏の保釈願いが拒絶されたとき、フランス・メディアは一様に驚きの反応を示しました。</p>
<p><strong>フランス</strong>の新聞はゴーン氏の勾留について、フランス国内でゴーン容疑者のような勾留を被るのはテロリストぐらいしかいない、と指摘したほどです。</p>
<img class="size-medium wp-image-924 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hammer-719066_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hammer-719066_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hammer-719066_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hammer-719066_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hammer-719066_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>とりわけ日本の司法制度のあり方に批判的だったのは、保守の立場からフランスビジネス界の声を伝えるフィガロ紙です。</p>
<p>フィガロ紙は１月に、ゴーン氏の家族による、日本の検察に対する不満の声を掲載しました。</p>
<p>息子にインタビューするとともに、ゴーン容疑者の妻が夫に送った手紙も公開しました。（フィガロ紙、2019年1月6日）</p>
<p>フィガロ紙は、日本におけるゴーン氏の勾留が「非人間的」なことを指摘しました.</p>
<p>そしてゴーン容疑者の息子の話として、日本の拘置所では一日に白いご飯が三杯しか出てこない、畳二畳の狭いものだ、などと伝えています。</p>
<p>しかし時が経つにつれて、左翼系経済新聞エコー紙は、ナショナリスト的な反応を示すフィガロ紙とは異なる見方を示すようになっていきました。</p>
<p>エコー紙は、ゴーン氏の日本での勾留の条件がフランスの勾留の条件とは異なるものであることを認めつつ、だからと言ってゴーン氏の勾留が日本の他の囚人の状況と異なるわけではない、と指摘しました。</p>
<p>日本の拘置所では白飯に加え、野菜、おかずのついた定食が朝、昼、晩三度出ること、希望すればチョコレートパンを買うこともできる、とエコー紙はフィガロ紙を修正しました。</p>
<p>アメリカのニューズウイーク紙によれば、独房室の広さはおよそ３畳。監視カメラとマイクが設置されている可能性があると言います。</p>
<p>布団、小さなテーブル、座布団があり、壁には流しがあり、食べた食器は自分で洗います。また部屋には暖房器具はないそうです。（「カルロスゴーン逮捕に見る日本の司法制度の異常さ、レジスアルノー、ニュースウイーク紙　2018年12月7日」</p>
<p>ゴーン氏自身は牢獄で夜間を通して電気がつけっぱなしなことについて不満を漏らしている、とのことです。</p>
<h2>ゴーン氏は推定無罪ではないか？</h2>
<p>ゴーン氏の逮捕、日産の西川社長の記者会見の後、日本のメディアは検察側の情報を根拠として、ゴーン氏告発に関する情報を一方的に報道しました。</p>
<p>またゴーン氏が容疑を否認したため、保釈も容易には認められませんでした。そしてその後ゴーン氏は再起訴され、勾留され続けています。</p>
<p>このような状況の中で、多くのフランスメディアは、ゴーン氏の推定無罪が尊重されていない点について指摘しました。</p>
<p>エコー紙は日本の法制度について次のように説明しています。</p>
<img class="size-medium wp-image-922 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/bookcase-335848_1920-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/bookcase-335848_1920-300x199.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/bookcase-335848_1920-768x510.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/bookcase-335848_1920-1024x680.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/bookcase-335848_1920-728x483.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>「日本では検察が強権を持っている。事件について徹底的に調査した結果有罪判決の率は極めて高い。一度容疑者が検察の捜査を受けるや否や、日本の司法は無慈悲になる。ゴーン氏はもはや有罪を避けられないように見える。」</p>
<p>「日本では検察官は危ない橋は渡らない。少しでも疑いがあったときは勾留をしない。毎年平均60パーセントの刑事事件は証拠を揃えられない、という理由で捜査にすらならない。例えばレイプなどである。」</p>
<p>「理論的には独立した立場を持つ裁判所であるが、実際には検察当局には逆らわない。しかし例外として、今回のゴーン事件では、東京地方裁判所は東京地検特捜部によるゴーン氏らの勾留延長請求を退けた。」（以上エコー2019年１月23日の記事から）</p>
<h2>ゴーン氏逮捕は策略だ</h2>
<p>ゴーン氏の勾留条件が厳しいこと、推定無罪が尊重されていないなどの問題に加え、フランスメディアで最も根強い意見として、策略説が挙げられます。</p>
<p>策略説とは、日本の司法が経済、政治的な道具となったのではないか、ゴーン氏の逮捕は経済的利権が絡んだ策略ではないか、日産がルノーに吸収合併される危険を避けるためにゴーン氏が逮捕されたのではないか、というものです。</p>
<p>当初フランスの全ての日刊紙はおしなべてこの説に同調していました。</p>
<p>しかし逮捕から１週間ほど経つとフランス・メディアは落ち着きを取り戻し始め、策略説も次第に弱まって行きました。</p>
<p>この点で最も明確な態度の変化があったのは、やはり左翼系のエコー紙でした。</p>
<p>エコー紙は当初「ゴーン氏と日産の日本人幹部の関係は良好ではなかった。これは策略だ」と書きたてました。</p>
<p>しかしそれから２週間後、エコーはこのような考え方と距離を置くようになり「策略説は信じがたい」と立場を豹変させました。</p>
<p>フランス<strong>メディア</strong>が考え方を変える理由となったのは、ルノー出身の日産のフランス人役員二人が、ゴーン氏の解任に賛成したためです。</p>
<p>またフランスメディアが策略説を退けた理由として、日本の政治的利害と一致しないとの理由も挙げています。</p>
<p>「今後日本経済が成長を持続するためには、海外投資家を呼び込まなければならない。しかし日産の日本の幹部には何ら悪影響がなく、外国人のゴーン氏のみ逮捕されるという今回の逮捕劇によって、西欧の投資家は日本から遠ざかるだろう。」（エコー、2018年11月27日）</p>
<p>ゴーン氏の逮捕は日本政府にとっても好ましくない事件である、というのはフランス・メディアの一致した見方です。</p>
<p>その結果、フランスメディアは最終的に、日本では司法が行政から独立している、という事実を学んだのです。</p>
<p>一方ゴーン氏自身は自分の容疑が「策略」であると主張し続けています。</p>
<h2>結論</h2>
<p>ここでは、ゴーン氏逮捕の後、フランス・メディアが日本の司法制度のあり方に強い関心を示したことを指摘しました。最後にそのなぜ？についてまとめます。</p>
<p>フランスは人権宣言の本拠本元です。フランス人は人権の視点から、日本の司法制度が容疑者の推定無罪を尊重していない点を憂慮しています。この点について、マクロン大統領は日本政府に憂慮の念を伝えました。</p>
<p>しかしフランス・メディアが日本の司法のあり方に注目した理由はそれだけではありません。それはズバリ、フランスこそ司法が政治の影響を受けやすい国だからです。</p>
<img class="size-medium wp-image-929 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/council-of-state-535721_1920-300x103.jpg" alt="" width="300" height="103" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/council-of-state-535721_1920-300x103.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/council-of-state-535721_1920-768x265.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/council-of-state-535721_1920-1024x353.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/council-of-state-535721_1920-728x251.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>司法の行政への依存という問題は、フランスの歴史の中の汚点であり続けたのです。絶対王政期のフランスでは、行政による司法の政治的支配が横行し、その慣習はフランス革命以後にも維持されました。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>行政による司法の政治的支配という問題がフランスで民主主義を確立する上で大きな障害となったことは否定できません。</p>
<p>このような政治的伝統の名残として、現在フランスで同じような事件が起きた場合、その罪状がいかなるものであろうと、ゴーン氏レベルの財界の要人が逮捕されることはありえないのです。</p>
<p>そのため、フランス人ジャーナリストは日本でのゴーン氏逮捕劇に関しても、自国と同様、その背後に政治的理由があると考えてしまいがちです。右寄りでナショナリスト的傾向の強いフィガロ紙がこの傾向を最も顕著に示しています。</p>
<p>フィガロははっきりゴーン氏逮捕劇を「政治スキャンダル」と決めつけ、その責任を（右寄りではなく、左寄りの）マクロン現大統領になすりつけました。</p>
<p>「たかが収入の一部を隠したというだけでここまでの告発を行う、とは全く度が過ぎている。マクロン大統領は何をしているのか。」（以上フィガロ）</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>なぜフランスで大規模「デモ」が起こったのか？  ―日本人旅行者が気をつけたいこと</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e3%83%87%e3%83%a2%e3%81%aa%e3%81%9c%e6%97%a5%e6%9c%ac%e4%ba%ba%e6%97%85%e8%a1%8c%e8%80%85/</link>
		<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 02:07:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[なぜ]]></category>
		<category><![CDATA[デモ]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[日本人旅行者]]></category>

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		<description><![CDATA[フランスでは昨年末から現在（2019年2月初旬）にかけて激しいデモが展開しています。 いわゆる黄色いベストデモ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>フランスでは昨年末から現在（2019年2月初旬）にかけて激しい<strong>デモ</strong>が展開しています。</p>
<p>いわゆる黄色いベストデモです。</p>
<p>黄色いベストとは、フランスの車のトランクに装備が義務づけられているものです。修理やタイヤの取り替えなどの作業時に身につける黄色い安全ベストです。</p>
<p>フランスで黄色い安全ベストは比較的お馴染みのものです。自動車の装備品として意外にも、様々な日常生活のシーンで使われてきました。</p>
<p>上の写真の通り工事現場でも着用されています。テレビでツールドフランスなどを見ていると、黄色いベストを着たサイクリストを見かけます。</p>
<p>このように黄色いベストはフランスで日常的に目にするアイテムでした。</p>
<p>しかし黄色いベスト運動が大規模デモに発展してしまった現在、フランス人は自分が黄色いベストデモ参加者であることをアピールする以外に、軽い気持ちで黄色い安全ベストを着用することはできなくなってしまいました。</p>
<p>ここではなぜ黄色いベスト・デモが起こったか、今後日本人旅行者としてフランスを訪れる場合、黄色いベスト・デモに関してどんな点に注意しなくてはならないか、についてご紹介します。</p>
<h2>黄色いベスト・デモはなぜ起こったか？</h2>
<img class="size-medium wp-image-907 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/light-bulb-2632075_1920-300x186.jpg" alt="" width="300" height="186" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/light-bulb-2632075_1920-300x186.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/light-bulb-2632075_1920-768x477.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/light-bulb-2632075_1920-1024x636.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/light-bulb-2632075_1920-728x452.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>2018年春マクロン大統領が「燃料税」の引き上げを決定しました。</p>
<p>それまでにも諸物価の値上がり、税金などの値上げがありました。庶民がそれらに不満を持っていたところへ、追い討ちをかけるように「燃料税」の値上げが決定しました。</p>
<p>その結果、ガソリン、とりわけディーゼル車用の軽油が14パーセント値上がりしました。フランスではディーゼル車が占める割合が多く、それは自家用車の半分以上も占めます。</p>
<p>フランス政府はこれまで燃費が安い、と言うことでディーゼル車に規制をかけてきませんでした。その結果深刻な大気汚染を引き起こしてしまいました。</p>
<p>その対策として、パリ市内でも、日にちによって偶数車、奇数車の走行を禁止するなどして、排気ガス規制を行ってきました。</p>
<p>マクロン大統領はガソリン以上に環境を汚染するディーゼル車を規制すべく、燃料税の値上げを決定したのです。</p>
<p>しかし今回の「燃料税」値上げによって、長年たまっていたフランス人庶民の不満が爆発し、全国的規模で黄色いベスト・デモを誘発しました。</p>
<p>初めは、org.comによる燃料税反対のためのネットによる請願運動です。</p>
<p>このデモの新しい特徴として、SNSやツイッターによって全国に広がっていったという点が挙げられます。ちなみに従来のデモでは、労働組合やNGOなどの組織化されたグループによって主導されてきました。</p>
<p>その後デモは全国規模で急速に拡大して行きました。フランス人は月曜日から金曜日まで働いているため、デモは空いている日、主に土曜日に起こります。</p>
<p>黄色いベスト・デモの参加者は、全国の高速道路の料金所、ガソリンスタンド、橋、トンネルの入り口などでバリケードを張って、交通を麻痺するようになりました。</p>
<h2>なぜ黄色いベスト・デモはスタバを狙ったか</h2>
<p>黄色いベスト・デモは次第に過激なものとなり、パリなどの都市部では店のウインドーを破壊したり、道路脇に停めてある車に火をつけるなどの騒動へと発展しました。</p>
<p>年末に勢いを失ったかのように見えた黄色いベスト・デモは年始になると再び盛り返し、11回目の黄色いベスト・デモではデモ参加者は８万人を上った、と発表されました。</p>
<img class="size-medium wp-image-908 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280-300x150.png" alt="" width="300" height="150" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280-300x150.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280-768x384.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280-1024x512.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280-728x364.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1295674_1280.png 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>年末年始は小売業者にとってはかき入れ時です。クリスマス、新年で家族、友人などが集い機会が多く、プレゼントを交換します。</p>
<p>しかし黄色いベスト・デモによって、小売業者は儲けの機会を逸する以上の大打撃を受けました。</p>
<p>なぜなら黄色いベストを着た<strong>フランス</strong>人たちのデモはエスカレートし、パリなどの都市では暴力、破壊活動が激化したからです。</p>
<p>多くの自動車が破壊され、店のショーウインドーが壊され、アメリカ資本系のスタバも対象とされました。小売業者らは雇用解雇をせざるおえず、それがフランス国内の深刻な社会問題である失業率をさらに悪化させるという悪循環となっています。</p>
<p>ちなみにアメリカ資本がバックにあるチェーン店を破壊する、という動きは今回が初めてではありません。これまでにも経済のグローバル化に反対した一部のグループによって、マクドナルドのチェーン店などが破壊されたこともあります。</p>
<p>その背景としては、フランスには社会主義的考えが根強く存在し、アメリカ型資本主義に対して強く反発する一部のフランス人が存在します。</p>
<p>一方、黄色いベスト・デモに対応して全国的に8万人以上の機動隊、治安部隊が出動しましたが、彼らも12時間以上の夜勤労働を命ぜられ、疲れ切っています。</p>
<p>黄色いベスト・デモが長期化する中、黄色いベストデモに疲れたフランス人たちの中から、暴力、破壊で訴えるのではなく、国レベルの話し合いによって解決を訴える「赤いマフラー」運動が立ち上がりました。</p>
<h2>これまでの黄色いベスト・デモの経過</h2>
<p>黄色いベスト・デモは2019年2月現在まだ続いています。以下の表はこれまでの経過を時系列的にまとめたものです。</p>
<p>2018年</p>
<table>
<tbody>
<tr>
<td width="138">5月29日</td>
<td width="428">　change.orgで「燃料税引き上げ反対」の請願運動が始まる。</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">10月21日</td>
<td width="428">燃料税引き上げを阻止するためのデモの呼びかけが起こる。</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">11月17　日</td>
<td width="428">第一回のデモ勃発</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">11月24日</td>
<td width="428">第二回のデモ勃発</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">11月27日</td>
<td width="428">マクロン大統領は、環境への配慮と市民グループとの対話を呼びかけ、黄色いベストからの二人の代表が環境庁と大統領と対話する。</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月１日と8日</td>
<td width="428">デモの過激化</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月4日</td>
<td width="428">燃料税引き上げ停止、冬の間のガスト電気の価格凍結、2019年に予定されていた税の値上げの中止</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月6日</td>
<td width="428">マントラジョリ市で高校生が逮捕される</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月10日</td>
<td width="428">事態を重く見たマクロン大統領は、打開案を採択：最低賃金の100ユーロ値上げ（およそ12000円）、年末ボーナスの無課税、残業手当無課税</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月15日、22日</td>
<td width="428">デモの弱体化</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">12月18日</td>
<td width="428">マクロン大統領の打開策を一部中止、その後再び採択</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<p>&nbsp;</p>
<p>2019年</p>
<table>
<tbody>
<tr>
<td width="138">1月3日</td>
<td width="428">事前の知らせをしないでデモを企画したとして、黄色いベスト主催者逮捕</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">1月5日</td>
<td width="428">多くの場所で警察との衝突事故が起こり、ボクサーが逮捕される</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">1月12日、19日</td>
<td width="428">再度デモの過激化</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">1月23日</td>
<td width="428">黄色いベストの指導者の一人が5月26日のヨーロッパ議会議員選挙に立候補することを宣言したが、黄色のベストを下支えする市民は直接民主主義を目指しているため、議会を通じた間接的方法では問題を解決することはできないと、拒絶される。</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">1月26日</td>
<td width="428">デモの規模は縮小、しかしデモは続く。参加者の一人が目に深刻な怪我を負う</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">1月27日</td>
<td width="428">黄色いベスト・デモによる破壊と暴力に反対し、政府主導のディベートに参加するよう呼びかける「赤いマフラー」運動が起こる</td>
</tr>
<tr>
<td width="138">2月初め</td>
<td width="428">黄色いベスト・デモは続いている</td>
</tr>
</tbody>
</table>
<h2>黄色いベスト・デモは地方のパリに対する逆襲か？</h2>
<p>黄色いベスト・デモは、もちろんパリでも起こっています。デモの参加者のみを見た場合、パリの参加者が地方の参加者を圧倒的に上まっています。</p>
<p>しかしこの全国規模のスケールを持つ黄色いベスト・デモの「<strong>なぜ</strong>」について考えた時、地方に対するパリへの異議申立て、と理解するとわかりやすい面もあります。</p>
<p>日本とは異なり市町村合併が進んでいないフランスでは、田舎の集落が現在でも独立した自治体を構成しています。そのうちの52パーセントに当たる18547村では人口が500人未満と言われています。</p>
<p>現在これらの村の財政が立ち行かないという訳ではありません。それにもかかわらず、これらの村に住むフランス人が将来に対して漠然とした不安を抱えている、というアンケート結果が最近発表されました。</p>
<p>これらの村に住むフランス人たちは、フランス政府が進めている地方分権化政策に強く反対しています。地方の市町村は、パリから「見捨てられた」感を強めているのです。</p>
<img class="size-medium wp-image-915 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/brexit-3575383_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/brexit-3575383_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/brexit-3575383_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/brexit-3575383_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/brexit-3575383_1920-728x486.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>地方の市町村では近年の国家の財政難により、公共施設に対する予算が大幅に縮小しました。その結果郵便局、医療施設、産院、学校といった施設が閉鎖しました。</p>
<p>これらの田舎に住む人々の多くは生活して行くのがやっとの月収で、バカンスにも行けません。食費、燃料費といった生活の基本となる出費も切り詰めなくてはならず、彼らは長年ストレス、不満を抱えて黙々と生きてきたのです。</p>
<p>国の地方分権化による田舎の切り捨てに加えて、田舎に住むフランス人は、首都と地方、都会と田舎の格差についても不満を持っています。彼らはグローバル化も都市を優遇し、田舎を切り捨てる要因となったと感じています。</p>
<p>フランスの黄色いベスト・デモはアメリカのトランプ大統領選出、イギリスのEU脱退と似た側面があることが理解できます。グローバル化の恩恵を受けられず、これまで中産階級として成り立っていた生活が苦しくなってことを感じる人がこのデモに関与していると考えられます。</p>
<p>このような見方は、フランスの極右政党として知られるマリーヌ・ルペン率いる国民連合支持者の42パーセントが黄色いベスト・デモにも参加したことからも裏付けられます。</p>
<p>一般に国民連合支持者はEUなどが象徴するグローバル化に反対し、国民国家としてフランスを奪回することを主張しています。</p>
<p>どちらもグローバル化の経済的恩恵を被ることができなかった社会階層である、という点が共通しているのです。</p>
<p>ちなみにマリーヌ・ルペン氏は先回の大統領選挙の最終選挙で、マクロン大統領と戦って敗退しました。次期大統領選挙ではどのような結果が待っているのでしょうか。</p>
<h2>SNSと新しい世論の形</h2>
<p>黄色いベスト・デモの参加者は複数の社会カテゴリーによって構成されています。</p>
<p>失業者、ホームレスなど完全に社会彼除外され通常の生活が送れない人々に加え、上に書いた従来中産階級に属していたが次第に困窮化が進む450万人のフランス人もデモに参加しました。</p>
<img class="size-medium wp-image-911 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1-300x150.png" alt="" width="300" height="150" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1-300x150.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1-768x384.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1-1024x512.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1-728x364.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1.png 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>彼らは社会の底辺を生きている、という実感を持っています。それは少ない給料の雇用者、ギリギリの経営を迫られる自営業者、小売業、職人、年金生活者などの人々です。</p>
<p>従来だったら中産階級とみなされてきた人たちです。</p>
<p>政治家はこれまでこれらの人々の声を代弁することはありませんでした。彼らは政治的には「無視」され続けてきた人々です。</p>
<p>彼らはまた上層階級の人々からは見下されてきた人々でもあります。黄色いベスト・デモに参加する人たちには、経済的理由に加え、感情的な理由も強く作用していると言われる所以です。</p>
<p>黄色いベスト・デモの参加者たちは、これまで一方的に傷つけられたプライド、自身のフランス市民としての尊厳を取り戻そうと初めて声を挙げたのです。</p>
<p>では<strong>なぜ</strong>このようなことが可能になったのでしょうか。一言で言えばそれは情報技術の発達によります。</p>
<p>これまで世論といえば、それを取りまとめる代表エリート、例えば、政治家、政党、労働組合、新聞などのメディアによって形成されてきました。直接フランス庶民が世論に訴えかけるということは不可能だったのです。</p>
<img class="size-medium wp-image-903 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/social-1206614_1920-300x233.png" alt="" width="300" height="233" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/social-1206614_1920-300x233.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/social-1206614_1920-768x597.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/social-1206614_1920-1024x796.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/social-1206614_1920-728x566.png 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>ところがTwitterやfacebookなどによって、フランス庶民も意見を訴えて、直接的に政治に参加することができるようになったのです。SNSによる異議申立てには、即効的効果がありました。</p>
<p>その結果、黄色いベスト・デモは瞬く間に全国的規模のデモに発展しました。</p>
<p>マクロン大統領は事態を沈静化するために、即座に黄色いベスト・デモ参加者にとって好条件となる措置を採用しました。</p>
<p>このように即座に対応したこと自体、このデモが社会的、政治的に重要であることを物語っています。</p>
<h2>黄色いベスト・デモは革命に発展するのだろうか</h2>
<p>日本人ジャーナリストによる「パリは革命前夜？黄色いベストデモの実態」という挑発的な見出しの記事を見つけました。</p>
<p>この記事では1848年にフランスで勃発した社会主義的傾向の強かった2月革命を引き合いに出して、黄色いベスト・デモについて「パリは革命前夜？」と書いています。</p>
<p>本当に現在「パリは革命前夜」なのでしょうか。ここで1848年の２月革命と2018年以来の黄色いベスト・デモの二つの運動は似て非なる性質のものであることを認識する必要があります。</p>
<p>まず時代が異なります。150年前の出来事と今日のフランスを同じ次元で語ることはできません。</p>
<p>1848年のパリはまだ中世以来の街並みが残っていました。細い通りが多くバリケードを築けばすぐにデモや暴動を起こすことができました。その後パリはデモを避ける意味もあって近代化され、広い大通りが整備されました。</p>
<p>今日のパリでは、もはや「レ・ミゼラブル」のようなデモや暴動の温床とはなり得ないのです。</p>
<p>またここが最も異なる点ですが、1848年の暴動を直接引き起こしたのは失業者たちでした。一方黄色いベスト・デモの参加者は、失業者に加えて、社会の底辺で生活できている人も多く含まれています。</p>
<img class="size-medium wp-image-902 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/instagram-3753436_1920-297x300.png" alt="" width="297" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/instagram-3753436_1920-297x300.png 297w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/instagram-3753436_1920-768x777.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/instagram-3753436_1920-1012x1024.png 1012w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/instagram-3753436_1920-728x736.png 728w" sizes="(max-width: 297px) 100vw, 297px" />
<p>1848年の２月革命を特徴付けたのは左翼的考え方、とりわけ社会主義的価値観でした。一方黄色いベスト・デモの中核となるのは極右派であり、政治的には正反対の立場です。</p>
<p>したがって黄色いベスト・デモは1848年のような急進的で労働者を中心とした2月革命のような発展をすることは考えにくいと言えます。</p>
<p>フランスはサービス産業化し、労働者の数が激減しました。そして今回のデモでは中産階級の人々の不満や思いがデモを突き動かしています。</p>
<p>黄色いベスト・デモの参加者たちは、生活条件の改善に加えて、自分たちの声を認知してもらいたい、という思いを込めて立ち上がったのです。</p>
<p>私が調べた限り、フランスの識者で、黄色いベスト・デモが革命に発展するかもしれない、と書いているものはありませんでした。</p>
<p>なぜかと言うと参加者の社会、経済的基盤が多様で、特定化できないからです。そうすると参加者の共通利害を割り出しにくいからです。</p>
<p>そのため黄色いベストデモは現状の政治を倒して、新しい政体を作り上げるほどの動員力がない、と言われています。それが従来のフランスにおける革命や「アラブの春」と異なる点です。</p>
<p>フランス革命勃発以来、フランス人は多くの政体の変容を経験してきました。それに加えて19世紀後半から20世紀前半には戦争を経験し、国境を紛争の原因としないために欧州統合を始めました。</p>
<p>現在グローバル化が引き起こす社会、経済、文化格差の問題に対しても、政治討論を通じて新たな民主的な解決法を見出して行くことでしょう。歴史は繰り返すのではなく、進化する。</p>
<p>間違いを正し、前に進んで行く、これがフランス式政治の考え方です。</p>
<h2>日本人旅行者として気をつけること</h2>
<p>最後に<strong>日本人旅行者</strong>としてフランスを訪れる際、黄色いベスト・デモについてどのような点に注意したら良いのでしょうか。</p>
<p>フランスではデモが頻繁に起こります。その多くは日本では報道されていません。まずそのことを理解してください。</p>
<p>今回の黄色いベスト・デモは日本のメディアでも大きく取り上げられましたが、これまでにもここまでの規模ではなくともたくさんのデモが発生してきました。例えば2018年には大学の制度改正に反対する学生によるデモがありました。</p>
<p>またデモではありませんが、昨年賃金値上げを要求する鉄道、航空会社のスタッフによるストライキなどによって外国人観光客にも影響がありました。</p>
<p>この全国的なストライキにおいて、全ての交通機関が麻痺してしまうことはありませんでした。一部の列車、飛行機のみ運休し、そのために予定を変更せざるお得なかった旅行客もいたでしょう。それでもなんとか交通機関を利用して移動することはできる状態でした。</p>
<p>一般にデモなどによってフランス国土が全面的に麻痺してしまう、ということはありません。デモは日本人には馴染みのないものではありますが、注意深く行動すれば、決して怖がる必要はありません。</p>
<p>例えば今回の黄色いベスト・デモの特徴として、土曜日にデモを起こす、という特徴がありました。デモ参加者の多くは月曜日から金曜日まで働いています。彼らは休みの時に活動を起こすのです。</p>
<p>ですから週の５日のうちは、旅行者としてデモに直接関わってしまうことはありません。</p>
<p>またフランスではクリスマス前後に社会、政治的不満が強まるという傾向があります。</p>
<img class="size-medium wp-image-870 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1-728x546.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/france-confectionery-83373_1280-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>実はパリの道路脇に駐車している自動車が破壊される、というのは今回の黄色いベスト・デモで初めて起きた事件ではありません。もう１０年以上毎年クリスマスから大晦日にかけて、都市部では自動車の破壊事件が起こっています。</p>
<p>なぜクリスマス前後か、と言いますと、フランス人はその時期に普段出会わない人々と会うからです。</p>
<p>クリスマスは楽しい時期でもありますが、それと同時に個々人がかかえ持つ不満やストレスも集合的に共有されるからです。黄色のベストデモの特徴は、これまでも起こってきた個々の出来事が同時多発するとともに、大規模化してしまった点です。</p>
<p>そうは言っても、マクロン大統領が打開策を採用した現在では、黄色いベスト・デモの中の「破壊者」たちも時間が経つに連れて疲弊し、暴力、破壊行為は次第に下火になって行くもの、と思われます。</p>
<p>旅行者として<strong>フランス</strong>を訪れる必要があれば、デモがどのような形態を取っているのか新聞、インターネットなどで把握して、土日については、デモが起こっている場所の近くには近づかないように注意することが大切です。</p>
<p>パリで起こっていると言っても、一駅離れたところ、通りを一つ隔てたところでは何も起こっていない可能性も大だからです。</p>
<p>こうしたパリの交通公団RATPのサイトやアプリを見ると、デモによって封鎖されたメトロ駅や路線運行状況を事前に調べることができます。ただしフランス語です。</p>
<p><a href="https://www.ratp.fr/travaux-manifestations/manifestations">https://www.ratp.fr/travaux-manifestations/manifestations</a></p>
<p>Globe編集長が読み解く今時の世界</p>
<p>フランスで吹き荒れる「黄色いベスト」、彼らはどこからきたのか、調査で見えてきた</p>
<p>山口昌子：「パリは革命前夜？黄色いベストデモの実態」</p>
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		<title>フランス人は本当にケチ？ーフランス人のマネー事情と金銭感覚を紹介します</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e4%ba%ba%e3%83%9e%e3%83%8d%e3%83%bc%e9%87%91%e9%8a%ad%e6%84%9f%e8%a6%9a/</link>
		<pubDate>Tue, 12 Feb 2019 01:19:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[フランス人]]></category>
		<category><![CDATA[マネー]]></category>
		<category><![CDATA[金銭感覚]]></category>

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		<description><![CDATA[今回は昨今のフランス人のマネー事情と金銭感覚についてご紹介します。 昨年からフランスでは、全国的規模の黄色いベ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今回は昨今のフランス人の<strong>マネー</strong>事情と金銭感覚についてご紹介します。</p>
<p>昨年からフランスでは、全国的規模の黄色いベスト・デモが猛威を奮っています。このデモの詳細については別に紹介しました。</p>
<p>ここではこのデモがきっかけとなって、マスコミ（ル・モンド紙）が取り上げたフランス人庶民のマネー事情と、それに対する有産階級の反応についての記事をご紹介します。</p>
<h2>黄色いベスト・デモの発端</h2>
<img class="size-medium wp-image-888 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-300x150.png" alt="" width="300" height="150" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-300x150.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-768x384.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-1024x512.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280-728x364.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/crowd-1294991_1280.png 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>自動車に装備することを義務付けられた「黄色いベスト」を着て、黄色いベスト・デモに参加したフランス人たちは、現状の生活の苦しさを強く訴えました。このデモの根幹にはフランス人庶民の生活の困窮化という問題があったのです。</p>
<p>しかし家賃や光熱費が支払えない、日常生活が送れないほど生活に困窮している、という訳ではありませんでした。</p>
<p>もちろん失業者、ホームレスなど、社会生活から完全にリタイアしてしまった人も黄色いベスト・デモに参加しました。しかしこれらの人々のみの参加だけでは、黄色いベスト・デモがここまで大規模化することはありませんでした。</p>
<p>黄色いベスト・デモの主張の中でよく言われたことがあります。それはデモ参加者の多くが給料をもらっていること、しかし彼らはそれから２週間後には口座にマネーがなくなっており、それから月末までなんとかやりくりするのがとても大変だ、という不満です。</p>
<p>黄色いベスト・デモ参加者の多くが全く社会から阻害された人々ではなく、一応中産階級に属している人たち、と言われるゆえんです。</p>
<p>そうした「切り詰めた」生活を強いられていたところに、マクロン大統領による燃料税の値上げによって彼らのマネー事情はさらに追い込まれた、と言われています。</p>
<p>では黄色いベスト・デモに参加したフランス人庶民のマネー事情とは具体的にどのようなものなのでしょうか。</p>
<h2>共和主義的実力主義の終焉</h2>
<p>富裕層と庶民の経済格差が激しいイギリス社会と比べると、フランス社会は相対的に格差のない社会だ、と言われてきました。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-892 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/star-209371_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/star-209371_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/star-209371_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/star-209371_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/star-209371_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />その理由の一つは、フランス革命で貴族や教会などの土地が手頃な値段で市民に売却されたためです。その結果フランスでは小規模不動産を持つ小市民の数が増加しました。</p>
<p>これらの小市民たちというのは、自営農業従事者、公務員、小売業、職人などの人たちです。彼らは次第にフランス社会で中流層を占め、政治的力を持つようになりました。</p>
<p>イギリス社会のように大土地所有層である貴族やブルジョワのエリートが牛耳る社会とは異なっていたのです。</p>
<p>とりわけ19世紀末から、フランス社会はより流動的、民主的となり、男性市民に限って言えば実力主義が横行するようになりました。そしてその頃から、フランスでは全くの庶民階級のメンバーがエリート階級に上昇するためには３世代必要だ、と言われるようになりました。</p>
<p>例えば代々コルシカ島に羊飼いとして従事してきた家があったとします。平等な義務教育制度が整備された19世紀末以後、この家に生まれた子供は学校の成績が良ければ羊飼いの仕事を離れることができました。</p>
<p>例えば息子は学校の成績が良かったため、その後国家試験にも受かって公務員になったとします。さらにその子供も成績優秀な場合には、医者、弁護士などの職業についたり、政治家になったりする道も開けるようになったのです。</p>
<p>シラック前大統領はこのパターンで、大統領まで上りつめました。祖父の代は農家で、父親は小学校教師、そしてシラック前大統領は、パリ政治学院、国立行政学院を卒業して、パリの由緒ある有産階級の女性と結婚した後、大統領にまで上り詰めました。</p>
<p>このような社会上昇の原則を共和主義的実力主義と言います。この原則が機能していた1970年代ぐらいまで、<strong>フランス人</strong>庶民の間にはこれといった不平等感はありませんでした。</p>
<p>ところが1973年の石油危機ショック以後、経済成長が鈍化し、このような社会的上昇のシステムが次第に機能しなくなっていったのです。</p>
<h2>グローバル化の進展と中間層の経済的困窮化</h2>
<p>現在多くの先進国ではグローバル化による勝ち組と負け組の格差が社会問題化しています。もともと日本以上に階級社会のフランスですが、グローバル化によって勝ち組と負け組の格差は広がりました。</p>
<p>しかしフランスでは国家が税収入によって、富裕層とそうではない層の収入の調整を図っているために、日本と比べると相対的には経済、社会格差が少ないと言われてきました。</p>
<img class="size-medium wp-image-890 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/swan-2494925_1920-300x141.jpg" alt="" width="300" height="141" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/swan-2494925_1920-300x141.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/swan-2494925_1920-768x360.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/swan-2494925_1920-1024x480.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/swan-2494925_1920-728x341.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>そんなフランスで社会的閉塞感が強まっています。</p>
<p>フランスはもはやかつてのように、才能と努力で上に登っていける社会ではなくなったのです。共和的実力主義の終焉です。</p>
<p>とりわけいわゆる貧しい人ではなく、中産階級の貧困化が問題になっています。そのような状況で黄色いベスト・デモが勃発しました。</p>
<p>ル・モンド紙は、貧困化してしまった中産階級層の一例として、四人の子持ちの若い夫婦、アーノルドとジェシカの生活の実態と<strong>金銭感覚</strong>についてリポートしました。</p>
<p>家計は世帯主として夫が担当するのがフランス流です。アーノルド（夫）は、お給料の１ユーロ（125円程度）の動きにまで目を光らせて、家族のマネー事情を厳しく管理しているそうです。</p>
<p>現在26歳のアーノルドの一家はフランスの地方の公営住宅に住んでいます。２、３年前からどんなに節約しても、給料を受け取った後２週間たつと銀行口座が赤字になってしまうようになったそうです。</p>
<p>アーノルドと妻は生活が苦しくなったことをひしひし感じています。26歳と、同い年の妻のジェシカも四人の子持ちで主婦をしていますが、生活に疲れた表情です。</p>
<p>彼らは自分たちには購買力がない、と繰り返します。彼らには自分たちは節約をして暮らしているという強い自負心もあります。彼らの話から彼らの金銭感覚がしっかりしているように見えます。</p>
<p>実態はどうなのでしょうか。アーノルドは末っ子のおしめを変えた後で、生活費の内訳について大まかに説明してくれました。</p>
<p>アーノルドの給料は185100円（1493ユーロ）。それに113000円（914ユーロ）の家族手当、12400円（100ユーロ）の住居手当、22320円（180ユーロ）の児童手当が加わります。合計の月の収入は日本円にして、ざっと332820円です。</p>
<p>「３年前まではこれでやってこれた。俺はいつも値段を見て買っている。当時と今では雲泥の差だ」</p>
<p>家賃は62800円（506.74ユーロ）と変化なし。光熱費は月4000円（30ユーロ）から6076円（49ユーロ）に値上がりしました。通信費も値上がりしました。<img class="size-medium wp-image-894 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/money-2180330_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/money-2180330_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/money-2180330_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/money-2180330_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/money-2180330_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>妻の携帯電話費用は620円（5ユーロ）から4464円（36ユーロ）に、夫のそれは2480円（20ユーロ）から5200円（42ユーロ）に値上がりしました。</p>
<p>買っているペットの犬の餌も値上がりしました。このペットの餌については、黄色いベストのフェイスブックでも取り上げられたトピックでした。</p>
<p>夫が派遣から定職に変わると、配偶者手当は27900円（225ユーロ）から20212円（163ユーロ）に減少しました。</p>
<p>妻は四人目を生んだ後、派遣の仕事をやめてしまいましたが「今後は家計のために働きに出なくてはならない」と考えています。</p>
<p>以上がこの若い家族のマネー事情と金銭感覚です。</p>
<h2>フランス富裕層、若い世帯の金銭感覚を批判</h2>
<p>この記事が掲載された後、ル・モンド紙には多くのコメントの書き込みがなされました。そしてル・モンド紙が驚いたことには、その大半が富裕層によるこの家族の金銭感覚に対する批判のコメントだった、ということです。</p>
<p>この若い夫婦が26歳で4人も子供を持ったこと、113000円（914ユーロ）に上る家族手当を受け取っていること、それが保育費を節約するため、という理由ではあるにしろ、妻が働いていないこと・・・。</p>
<p>フランス富裕層はこれらの金銭感覚をまず批判します。それに加えて・・・。</p>
<p>この若い夫婦の携帯電話代、マックに行くこと、そして子供にブランドの服を買い与えていること、ペットを飼っていること・・・・。</p>
<img class="size-medium wp-image-889 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hamburger-1238246_1920-300x226.jpg" alt="" width="300" height="226" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hamburger-1238246_1920-300x226.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hamburger-1238246_1920-768x578.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hamburger-1238246_1920-1024x771.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/hamburger-1238246_1920-728x548.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>こうしたことが富裕層にはこの若い家族には不釣合いな<strong>金銭感覚</strong>と映りました。ル・モンド紙によれば、この記事に対する書き込みには「異なる社会階層に対する憎しみ、侮蔑の感情」すら感じられる、ということでした。</p>
<p>アーノルドは全ての出費について語ったわけではありません。例えば子供達の昼食代、交通費、保険などは含めていません。</p>
<p>それでも富裕層たちは自分たちで電卓を叩いた後で「この若い世帯は家計をまかなうことができていない」「金銭感覚をしっかりさせないといけない」との結論を出したのです。</p>
<p>コメントの一例を紹介しましょう。</p>
<p>「僕はわからないな。総収入は332000円（2700ユーロ）。家賃と光熱費で74000円未満（600ユーロ以内）。それで26万円強（2100ユーロ）残るから大人二人子供四人でやっていけるだろう。僕も値段をみるけど、これだけもらっていて2週間たったら口座にお金がなくなるなんて考えられないな。彼らは残りを何に使っているんだろう？」</p>
<h2>フランス富裕層の「上から目線」</h2>
<p>フランスの歴史を辿ると、富裕層には、貧しい人たちには金銭感覚がかけている、という根強い思い込みがあったことがわかります。それは19世紀後半に産業革命以来ずっと富裕層が貧しい人に対して抱いてきた意識です。</p>
<p>産業革命が勃発した当時、田舎の農村で育った若者は、仕事を求めて都会へ出て行きました。キャッシュ・フローのない現物交換がまかり通っていた農村からお金が支配する都市へ移動することによって、彼らのライフスタイルは大きく変化しました。</p>
<p>雇い主たちは、労働者が都会に住む上で正しい金銭感覚を持たずに、給料を全部飲み代に使ってしまうのではないか、と心配しました。</p>
<p>工場労働者に対する法規制も整備されておらず、彼らは安い賃金、重労働を押し付けられていた時代の話です。また工場労働者に対しては十分な教育、職業教育が施されていなかった時代です。</p>
<p>労働者がアルコールに向かう理由はあったのです。</p>
<p>都市で家計のやりくりをしていくためには、節約、将来計画が必要です。世帯主としての夫は、理性的な金銭感覚を持ち、妻や子供に対しても責任ある経済行動を取ることが期待されるようになりました。</p>
<p>ちなみにこの時代と比べると、現代の事情はかなり異なります。男女平等の波が押し寄せた結果、2014年にフランス民法から「責任ある世帯主（夫）」という項目は削除されました。</p>
<p>男性も女性も同じように家計を管理できるような金銭感覚を持ち合わせることを期待されています。</p>
<p>時代は変わったと言えども、貧しい階層の金銭感覚に対しては「上から目線」を持ち続けるフランスの富裕層の態度は厳然と変わっていないのです。</p>
<p>あたかも彼らは「俺たちが持っているお金の額がより多いのは、俺たちが家計のやりくりができるからだ」と言っているかのようだ、とルモンド紙は皮肉を込めて書いています。</p>
<h2>税金に対する国民感情</h2>
<p>「アーノルドたちの世帯が貧しい世帯とは言えない」という意見もあったそうですが、それは果たして事実でしょうか。</p>
<p>総収入が332000円というのは、貧困層として規定される343000円（2770ユーロ）を下回っているため、アーノルドの世帯は貧困層に属します。一般的に子供が４人いる夫婦の平均収入は533000円（4300ユーロ）です。</p>
<p>富裕層は庶民階級の生活水準について知らないで、彼らの金銭感覚を批判するコメントを書き込んだのです。</p>
<p>相対的に貧しい世帯に対する批判的な書き込みを通じて、フランス社会の富裕層と庶民の間の心理的亀裂が明らかになった具合です。</p>
<p>富裕層がそうでない層のマネー事情に厳しい目を向けるのは、アーノルド家が家族手当を受け取っているからに違いありません。自分たちの税金がアーノルド家に渡っていると考えるからこそ、これだけ批判の目が強くなるです。</p>
<p>どこの国でも税金が絡むと人々の目は厳しくなりがちです。</p>
<img class="size-medium wp-image-862 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/croissant-101636_1280-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/croissant-101636_1280-225x300.jpg 225w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/croissant-101636_1280-768x1024.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/croissant-101636_1280-728x971.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/croissant-101636_1280.jpg 960w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" />
<p>現在日本でも皇室と税金の関係が社会問題化しています。王室を廃止してしまったフランスですが、税金に対する国民感情、という意味では、日本もフランスも違いがありません。</p>
<p>従来フランスには、貧困層、中産階級層、富裕層の間には、超えることのできない階級的分断があります。階級は、心理、文化、教育、ライフスタイル、あらゆる面で異なることを意味します。</p>
<p>フランスではこれまでどのような階級に属そうと、家族としての幸福に対しては国が保証してきました。手厚い児童手当、働く女性に対する保護を与えることによって、高い出生率を維持させてきました。</p>
<p>そのためこれまでフランスでは貧しい世帯でも子供の数を制限するという感覚はありませんでした。児童手当と無償教育でやっていけたからです。</p>
<p>現在こうした社会福祉が見直されつつあります。大学への入学も厳しくなりつつあるのです。それに加えて、中産階級的価値観を持ち続けてきたフランス人が貧困層に近づいている、という客観的現実があります。</p>
<p>フランス人の一部は今後日本人と同じように家計と相談して子供の数を決めなくてはいけない時代が来るのでしょうか。</p>
<p>最後に、多くのフランス人庶民が以前より貧困化しつつあるという認識を持っている中で、大企業の経営者として破格の給料を得てきたゴーン氏に対する<strong>フランス人</strong>庶民の目は、日本人以上に厳しいものだろうことも理解できます。</p>
<p>Le monde</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランス人の家庭にお呼ばれしたら？ー最低限のマナーとエチケット</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9-%e3%83%9e%e3%83%8a%e3%83%bc-%e3%82%a8%e3%83%81%e3%82%b1%e3%83%83%e3%83%88/</link>
		<pubDate>Mon, 11 Feb 2019 12:11:19 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[フランス人]]></category>
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		<description><![CDATA[フランスに１週間旅行に行く人も、１年滞在する人も、フランスの伝統文化についてあらかじめ知っておくことは有益です...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>フランスに１週間旅行に行く人も、１年滞在する人も、フランスの伝統文化についてあらかじめ知っておくことは有益です。ここではフランス人と付き合う際の基本的なマナーや<strong>エチケット</strong>を中心に紹介します。</p>
<h2>フランス国の基本的な特徴</h2>
<p>フランスの人口           　6718万人</p>
<p>フランス領土の総面積     54万4000㎢　（フランス本土のみ）</p>
<p>フランスの宗教             　カトリック、プロテスタント、イスラム、ユダヤ、仏教</p>
<p>フランスの政体　　　　　共和制</p>
<p>フランスは、フランス革命以来今日まで、王政、共和制、帝政などの複数の政体を経てきました。現在のフランスは第五共和政と呼ばれます。第五共和政とは、フランス革命以来5番目の共和制、を意味します。それまでの共和制とは異なる新たな憲法を発布することによって、第五共和政は1962年に誕生しました。</p>
<p>第五共和政の特徴</p>
<p>大統領以外に国民議会（下院）の議決によって選出される首相が設けられているため、半大統領制と呼ばれます。議員内閣制の枠組みを取りながら、より権限の強い大統領を配した政治体制です。大統領の任期は五年で、二期まで再選可能です。</p>
<h2>フランスの言葉</h2>
<p>フランスではもちろんフランス語が話されています。従来アメリカや日本では「フランス人はフランス語しか話さない」と言われてきましたが、今日ではもはやそのようなことはありません。</p>
<p>パリなどの都会では、多くのフランス人が英語で外国人と話してくれます。また多くの外国人留学生を受け入れている高等教育機関では英語による授業も実施されています。<img class="size-medium wp-image-863 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-1836415_1920-300x149.jpg" alt="" width="300" height="149" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-1836415_1920-300x149.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-1836415_1920-768x382.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-1836415_1920-1024x509.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-1836415_1920-728x362.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>フランス本土にはかつて少数言語を話す人々が存在しました。それは他国との国境沿いの地域や、パリから離れた地域のことでした。主な少数言語としては、ブリュターニュ語、バスク語、カタラン語、フラマン語、コルシカ語などがあります。</p>
<p>今日これらの地域の人々はフランス語を話します。少数言語を話す人が少なくなってしまったために、近年これらの言語を温存させようという機運が高まっています。</p>
<p>それに加えて、イスラム系のフランス人の中にはアラビア語を話す人もいます。</p>
<h2>フランスにおける最低限のエチケット</h2>
<p><strong>フランス</strong>では人に会ったら、その人を知っている、知らない人に関わらず、Bonjour (ボンジュール), Bonsoir（ボンソワール）と挨拶します。おはようございます、こんにちは（Bonjourの場合）、こんばんは（Bonsoirの場合）を言うのは最低限のエチケットです。</p>
<p>クリニックへ行った時、受付の人や先生だけに挨拶するのではなく、待合室で待っている他の患者さんにもBonjourと声をかけます。</p>
<p>特に重要なのが小さなブティックに入る時です。日本では「お客様」中心と考えがちで、何も言わずにお店に入っていくと「いらっしゃいませ」と言われます。</p>
<p>しかし<strong>フランス</strong>でのエチケットは、あくまでも客がその店の中に入らせてもらう、という感じです。</p>
<p>あらかじめBonjourなどの挨拶をしないで入ると、店員さんから無視されるなど、不快な態度を取られてしまうこともあるので、注意が必要です。</p>
<p>知っている人に対しては名前をつけましょう。Bonjour, Monsieur Suzuki, （ボンジュール、ムッシュースズキ）, Bonsoir, Madame Sato (ボンソワール、マダムサトー)という感じです。友人の間では　Bonjour, Keiko （ボンジュール、ケイコ）, Bonsoir, Taro (ボンソワール、タロー)と言います。</p>
<p>知らない人に話しかけるときには、Bonjourの後にMadame かMonsieur （マダムかムッシュー）をつけます。マダムは婦人に対して、ムッシューは男性に対して使います。</p>
<p>厳密に言えば未婚の、若い女性に対してはMademoiselle (マドモワゼル)と言います。</p>
<p>知らない人の場合、ムッシューやマダムの後に名前をつける必要はありません。例えば、バスや地下鉄で切符を買わなくてはならない時、必ずBonjour Madame, Bonjour Monsieur とマダムやムッシューをつけましょう。</p>
<p>これらの挨拶はフランスにおける対人関係の重要なエチケットです。それによって相手のあなたに対する態度が大きく変わる可能性があります。</p>
<p>エチケットとしての挨拶で外国人が一番失敗しやすいのは、電話での対応かもしれません。急いでいたり、困っている時、電話では要件から話してしまいたくなるものです。</p>
<p>それが外国語ならなおさらです。そこでBonjour Madame, Bonjour Monsieur を言わないと、何もしてもらえないで電話をガチャンと切られてしまうこともありえます。</p>
<p>電話の場合、挨拶をすることによって、顔の見えない相手に対してあらかじめ配慮を見せることが大切なエチケットとなります。</p>
<h2>インフォーマルな挨拶</h2>
<p>フランス人が両側のほっぺにキスをし合っているのをご覧になったことがあるかと思います。知り合い、友人などが顔を合わせた時、そして知らない人を知人から紹介された時、両側のほっぺにキスをするのが<strong>エチケット</strong>です。</p>
<p>これをビズ（bise）と言います。ビズは親愛の情を表現しているだけで、恋愛などの意味合いは全くありません。</p>
<p>挨拶のエチケットがよくわからない場合は、周囲のフランス人の真似をしましょう。ビジネス以外の場では、女性はビズをしますが、男性はビズに加え、握手を交わすだけのこともあります。</p>
<img class="size-medium wp-image-867 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/handshake-2056023_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/handshake-2056023_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/handshake-2056023_1920-768x511.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/handshake-2056023_1920-1024x681.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/handshake-2056023_1920-728x484.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>日曜日にフランスのレストランなどへ行くと、友人や家族が大人数で食事をしている場面に出くわすことがあります。</p>
<p>彼らが並んで一人づつビズを交わしている、なんていう微笑ましい風景に出会うこともあります。</p>
<p>また出会った時だけではなく、サヨナラをするときにもビズをします。サヨナラのビズの時には、また近いうちにね（A bientôt, アビアトー）などの優しい言葉を交わし合うと関係が深まります。</p>
<h2>人間関係</h2>
<p>なぜか日本では「フランス人は自由を好む」というイメージが定着しています。確かにフランス革命の時に人権宣言が発布され、個人の自由が宣言されました。しかし第五共和政の憲法では人権について触れられていません。</p>
<img class="size-medium wp-image-868 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-300x193.jpg" alt="" width="300" height="193" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-300x193.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-768x494.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-1024x658.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-360x230.jpg 360w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/pink-2254970_1920-728x468.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>近年フランス人女性が仕事と家庭を両立しつつ、高い出生率を維持していること、また共働きのフランス人女性には自由に人生を謳歌している、というイメージが日本で定着していることも、私たち日本人がフランス人を自由だ、と感じる理由かもしれません。</p>
<p>しかし実際のところ、フランス人は個人の自由と同じか、それ以上に他人との関係を重視します。</p>
<p>実際フランス人は孤独でいるよりも、仲間で集まってワイワイするのが大好きです。</p>
<p>フランス人の家に招待されると、招待者はあなたが居心地よく時間を過ごしているのか、料理を楽しんでいるのか、常に気にかけてくれます。</p>
<p>また疲れているときは「少し休んだら」などと別室に案内してくれたりもします。このようにフランス人は家族、友人、親戚関係をとても大切にします。</p>
<p>会話を楽しんで食事をすることがフランス人にとっては何よりの楽しみです。それはフランス人にとって「生きる歓び：と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>フランス料理が無形世界遺産に登録されたのも、フランス料理の中身のため、というよりはフランス料理を含めた社会性を育む文化として認められたのです。</p>
<p>ですから「フランス人は冷たい、閉鎖的だ」などと言われることもありますが、それは必ずしも正しくありません。</p>
<p>フランス人は、知らない人に対しては、アメリカ人なんかよりは形式を重んじ、距離を置いたりします。しかし数ヶ月、数年をかけて次第に距離を縮めて、次第に親密な関係になることもあります。</p>
<p>しかし一度親密になると、とても信頼のおける友情関係に発展することもあります。アメリカ人が最初の時も10年経った後も同じ種類のフレンドリー差で、一定の距離感のある関係を維持するのに比べ、フランス人の人間関係は徐々に変化していきます。</p>
<p>しかしフランス人は人間関係をシビアに見ている面もあります。家族、友人、恋愛以外のシーンでは、人間関係を合理的に捉えることもあります。</p>
<p>例えば職場の人間関係です。日本のように職場の人々との親睦のため食事をする、というのはフランス人には考えにくいことです。それでも職場で友人関係になれば、一緒に出かけます。</p>
<h2>フランス料理</h2>
<p>フランスの文化で最もよく知られているのは、フランス料理とワインではないでしょうか。</p>
<p>フランス料理というのはフランスで食べられている全ての料理を含みます。フランスは地域によって異なる食文化があるため、それぞれの地域には、独自な素材を生かした特産物や食事のスタイルがあります。</p>
<p>ノルマンディーには農園があり、大西洋に面しているために、シーフード、りんご、バター、クリーム、チーズなどの乳製品が有名です。日本でもよく食されるカマンベールチーズはノルマンディー地方で生まれたチーズです。</p>
<p>ブルゴーニュ地方では畜産業が発達しており、とりわけビーフシチュー（Boeuf Bourguignon）が有名です。これはサイコロ状に切った牛肉を赤ワインで長い時間煮込んだ料理ですが、日本のビーフシチューとは味が異なり、より赤ワインの酸味が効いています。</p>
<p>地中海沿いの南フランスではバターよりもオリーブオイルを使った料理が有名で、シーフード、トマト、ニンニク、バジルなどのハーブをふんだんに使った料理が数多くあります。</p>
<p>南フランスでは北フランスよりも平均寿命が長く、それは食生活に体に負担になる油脂を使ったものが相対的に少ないから、と言われています。日本でも健康の視点から沖縄の食生活が注目されているのと似ていますね。</p>
<h2>フランスワイン</h2>
<p>フランス文化を最も象徴するのがフランスワインです。フランスワインはもともと中世の修道院で製造されていたもので、とりわけボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ地方が有名です。</p>
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<p>フランスでは美味しいワインを生み出すために、多様なぶどうの栽培も行っています。</p>
<p>フランス人は通常ワインのみ飲むことはありません。通常食事と一緒にワインを飲みます。</p>
<p>食事の前に飲むアルコールは食前酒と言われており、シャンパーニュ、ビール、カクテル、ソフトドリンクなどがあります。</p>
<p>また食後は食後酒があり、ブランデー、コニャック、カルヴァドスなどのリキールは消化を助けると言われています。</p>
<h2>フランス人の家に招待されたら</h2>
<p>フランス人の家に招待された時、彼らがフランス文化にかなったエチケットではなくとも大目に見てくれることが多いようです。多いようです、というのは、それはケースバイケースだからです。</p>
<p>フランス人の中にはフランスのエチケットを絶対に守らなくてはならない、と考えている人もいます。それは年齢が上の男性に多い気がします。若いフランス人はもっとざっくばらんです。</p>
<p>フランス人の家に招待されたとき、時間通りに到着するのはお勧めできません。それは少し失礼、と思われてしまうほどです。</p>
<p>招待する側にとっては、料理や配膳の準備で忙しいからです。予定より15分ぐらい遅れるのが適度ですが、それ以上遅れてしまうとよく思われません。</p>
<p>食前酒を振舞われた時には、全ての人のグラスに食前酒が注がれるまで待ちましょう。そして招待者が簡単な「乾杯の音頭」を取った後で、グラスに口をつけましょう。</p>
<p>最後にフランス人の家に呼ばれたら手ぶらで訪問するのはご法度です。必ずワイン、花束、チョコレートなどのお土産を持って行くのがエチケットです。</p>
<p>食べ物を持って行くのは招待する相手に対して失礼にあたるのでやめましょう。</p>
<p>私は学生時代に、とてもお腹が空いていたため、マックでバーガーを買って女の子の友人のところへ行ったことがあります。相手に気を使わせない、という配慮だったのですが、もともと料理ベタとして知られていた彼女は、私の態度に気を悪くしてしまいました。</p>
<h2>フランス人のテーブルマナー</h2>
<p>フランス人の家に招待された時、最初は食前酒を囲んで談笑することから始まります。それはソファに座れるリビングなどです。</p>
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<p>その後食事の準備がされたダイニングテーブルに移動します。この時勝手に席に座らないようにします。</p>
<p>基本的には、招待者が誰がどこに座るのかを決めます。普通招待した夫婦は長テーブルの両端に離れて座り、その間に招待客が座りますが、男女交互に座って行きます。</p>
<p>夫婦で招待されたとしても、通常夫婦は隣同士には座りません。それは普段あまり話さない人とも会話を楽しむための配慮からです。</p>
<p>フランス社会はカップル社会であるため、シングルの人はそのような場に招待されないこともあります。一人でやってくるシングルの女性に対して身構えてしまう既婚のフランス人女性もいるかもしれません。</p>
<p>全ての人のお皿に食事が盛られるのを待って、食事を始めます。その時「bon appétit」(ボナペティ、いただきます)と言うのが<strong>マナー</strong>です。</p>
<p>食事中ワインや水を注ぐのは男性の役割です。日本とは反対なので、フランス式テーブルマナーでは女性は飲み物を注がない、と覚えて起きましょう。</p>
<p>またグラス一杯ワインを注ぎません。だいたいグラスに３分の２ぐらい注ぎます。</p>
<p>お酒が飲めない場合にワインを断ると、気を悪くするフランス人ホストもいます。その場合は形だけでもいいので、グラスに少しだけワインをいただいておきましょう。</p>
<p>フランスでは箸ではなくフォークとナイフで食べますが、肉を切る時は、ナイフを右手に持ちますが、それ以外は右手でフォークを持ちます。フォークとナイフは用途によってさりげなく持ち替えます。</p>
<p>食事が終わったら、ナイフとフォークで十字の形を作ります。もしくは左か右にまとめて置きます。そうすれば食事が終わった、との合図になります。</p>
<p>食後にチーズが出されます。地方、またチーズの種類によってチーズの切り方は微妙に異なります。</p>
<img class="size-medium wp-image-861 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/cheese-1149471_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/cheese-1149471_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/cheese-1149471_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/cheese-1149471_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/cheese-1149471_1920-728x486.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>とりあえず周りの人のやり方を見て、真似ましょう。先の尖ったチーズの場合、先だけを三角形に切ってしまわないよう、全体の形を止めながら、チーズを切って行くのがマナーです。</p>
<p>この写真で言えば横にナイフを入れるような切り方はご法度です。</p>
<p>されどチーズ、それでもチーズ？とこちらが思ってしまうほどに、チーズの切り方にこだわりを見せるのがフランス流マナーです。</p>
<p>特に上層階級の一部のフランス人はチーズの切り方に対して強いこだわりを持っている、と聞いたことがあります。そう考えると日本人にとってフランス式マナーの難関は日本人が食べ慣れないチーズの切り方にこそある、と言えるかもしれません。</p>
<p>少なくとも筆者はチーズを切るとき一番緊張します。チーズのプレートが片付けられて緊張のクライマックスが解かれた後、デザート、コーヒー、食後酒などが続きます。ディナーは間も無く終わり、お開きとなります。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>なぜフランスのセレブは改名したのか？ーフランス人にとっての「かっこいい名前と苗字」</title>
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		<pubDate>Mon, 11 Feb 2019 09:31:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[かっこいい]]></category>
		<category><![CDATA[フランス人]]></category>
		<category><![CDATA[名前]]></category>
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		<description><![CDATA[日本人から見るとフランス人の名前もフランス語の一部には違いないので、どれもかっこいい響きのように聞こえるもので...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>日本人から見るとフランス人の<strong>名前</strong>もフランス語の一部には違いないので、どれもかっこいい響きのように聞こえるものです。でも実際には、フランス人の中で特に人気があって、自分のイメージ向上に役立つ名前もあります。</p>
<p>ここでは数名のフランス人のセレブがなぜ芸名を名乗るようになったのか、その理由を探ることによって、フランス人にとっての「かっこいい苗字」をご紹介します。</p>
<h2>フランス人の名前の成り立ち</h2>
<p>通常日本人とは逆で、フランス人は、名前、苗字の順番で自己紹介をします。例えば、カトリーヌ・ドヌーブで、ドヌーブ・カトリーヌとは言いません。</p>
<p>実は、フランス人の名前、苗字に対する態度はこの数十年で大きく変わりました。<img class="size-medium wp-image-831 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-298x300.jpg" alt="" width="298" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-298x300.jpg 298w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-150x150.jpg 150w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-768x774.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-1016x1024.jpg 1016w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280-728x734.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/passport-315266_1280.jpg 1270w" sizes="(max-width: 298px) 100vw, 298px" /></p>
<p>1940-50年代まで、フランス人は友人の名字を呼び捨てで読んでいました。上の例で言えば、ドヌーブ（だけ）です。</p>
<p>さんに当たる、マドモアゼルやマダムなどもつけず、日本人から見るとなんとなく相手に対する敬意が足りない感じがしますが、そんなことはありませんでした。これが習慣だったのです。</p>
<p>ところがその後、フランス人の友人に対する呼び方は大きく変わりました。そして苗字を呼び捨てにするのではなく、名前で呼び合うという習慣が定着しました。</p>
<p>また今では、相手を苗字で呼ぶ場合、苗字の前にムッシュー、マダム、マドモアゼルなどをつけるようになりました。呼び捨ては日本と同じで失礼な印象を与えるようになったのです。</p>
<p>ちなみに名前ではなく苗字で呼ぶ時、二人の間には少し距離があることを意味します。</p>
<p>また通常一人の<strong>フランス</strong>人が、３〜４の名前（prénom）と１〜２の名字（nom de famille）を持っています。これには、キリスト教の伝統と家族制度が関係しています。</p>
<p>フランス人は一般に、一番重要な名前の他に２〜４の名前を持っています。現大統領は、エマニュエル・ジャン＝ミシェル・フレデリック・マクロンでエマニュエルという主となる名前の他に、二つ名前を持っています。</p>
<p>女優の、シャルロット・ゲンズブールは、メインのシャルロットという名前に加えて、ルーシーという名前も持っており、本名はルーシー・ゲンズブールです。</p>
<p>複数の名前を持つのは、キリスト教の伝統に由来します。中世以来、フランスではメインの名前とともに、代父母の名前を加えることが習慣でした。</p>
<p>代父母とは、子供達の洗礼式に立ち会い、神に対して契約する際の証人となる大人のことです。代父母となるのは、親自身より少し年上の家族、親戚、友人でした。</p>
<p>代父母になるにはそれなりの覚悟が必要でした。なぜなら寿命が短かった中世の時代、代父母を引き受けるということは、もし証人として立ち会った子供の親が早くに亡くなってしまった時には子供の面倒をみる、という暗黙の了解があったからです。</p>
<p>現在では平均寿命が延びたため、親が早くに亡くなってしまった時のために身元引き受け人をあらかじめ決めておく、ということはもはや必要ではありません。それでも中世以来この複数の名前の習慣は続いており、パスポートにも全ての名前が記載されます。</p>
<h2>フランス人の名前の由来</h2>
<p>フランス人の名前の多くはギリシャ語やラテン語に由来し、その多くがキリスト教に関連するものです。聖書やギリシャ神話から名前をつけることが良くあります。</p>
<p>フランスのカレンダーの日付には聖人暦という特定の聖人の名前が書いてあることがあります。誕生日や誕生月の聖人の名前を選ぶ人もいます。</p>
<p>または音の響きが良いから、という理由で名前を選ぶ人もいます。</p>
<h2>フランス人の混合名の色々</h2>
<p>フランス人の名前の中には、二つの名前をハイフン（―）で繋げて一つの名前にする、ということがよくあります。ここではこのような名前を複合名と呼ぶこととします。<img class="size-medium wp-image-840 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920-229x300.jpg" alt="" width="229" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920-229x300.jpg 229w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920-768x1006.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920-782x1024.jpg 782w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920-728x953.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/queen-67484_1920.jpg 1466w" sizes="(max-width: 229px) 100vw, 229px" /></p>
<p>例えばマリー・アントワネット（Marie-Antoinette）はその最たる例ですが、これはオーストリアの名前で、フランスでは珍しい名前です。</p>
<p>一般にフランス人の混合名は、マリー、ジャン、ピエールから始まります。マリー・ノエル、マリー・クレール、ジャン・クロード、ジャン・フランソワ、ジャン・ポールなどです。</p>
<p>フランスに特徴的な混合名ですが、その理由はいくつかあります。</p>
<p>家族、親戚の中に同じ名前の人が二人いるとわかりにくいので、区別するために、そのうちの一人には、もう一つの名前を加えて混合名にすることによって、二人を区別した、というのも一つの理由です。</p>
<p>例えば一人をピエールと呼んで、もう一人をシモン＝ピエールと呼ぶ、という具合です。ちなみにどちらの名前も聖書に由来します。</p>
<p>混合名には特殊なイメージを与えるものもあります。</p>
<p>例えば上にあげた、３つの名前の混合名ではなく、別の名前が混合名になるとそれは大変に珍しい名前になります。その代表例がシャルルです。</p>
<p>シャルル＝エドワード、シャルル＝アンリ、シャルル＝ピエールなどの名前には、ブルジョワ的響きがあります。</p>
<h2>ブルジョワとは何か？</h2>
<p>ちなみにブルジョワというのはフランス革命後社会の中心となった、元々は庶民階級出身だった有産階級をさします。フランス革命以後今日までのブルジョワのイメージというのは、お金持ち、ということに加えて、秩序、整頓、物にこだわる、でしょうか。</p>
<img class="size-medium wp-image-852 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/roses-821705_1920-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/roses-821705_1920-300x199.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/roses-821705_1920-768x508.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/roses-821705_1920-1024x678.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/roses-821705_1920-728x482.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>彼らは自分たちがブルジョワに属することをアピールするために、とにかく見かけにこだわります。そして綺麗な洋服、靴、インテリアなどにお金をかけます。</p>
<p>それは自分たちが心地よく暮らすために、という意味もあるのでしょうが、歴史的に見ると、貴族に変わって社会の支配的階層となり「自分たちの社会的地位を見せびらかした」ことと関係しています。</p>
<p>19世紀から20世紀にかけて、フランスに主婦が誕生しましたが、主婦はブルジョワ階級の産物でした。この時代の主婦たちは、現在の主婦みたいに、家のことを何もかもする必要はありませんでした。</p>
<p>彼女たちはお手伝いさんたちに助けられながら、自分は洗練された身なり、インテリアを演出することによってその家のショーウインドーとなっていたのです。</p>
<p>そんな姿は印象派の絵に描かれています。100年前のフランスの主婦とは、きついコルセットを締めて、ドレスを着て、パラソルをさして、ブルジョワ的優雅さを社会にアピールしていたのです。</p>
<p>今日のフランスでは主婦は珍しい存在になってしまいました。フランス人女性は、お金が必要ではない階級の既婚女性でも、自己実現のために働くようになったのです。</p>
<p>でも過去のブルジョワ文化の名残は色濃く残っています。例えばパリの16区でそんなブルジョワ階級の人々とすれ違うことができます。彼らは豪華なアパートに住んで、とびっきりおしゃれです。</p>
<p>パリの駅でブルジョワたちが列車に乗ってバカンスに出かけるのを見かけるときがありますが、彼らの身なりは一般のフランス人の身なりとは全く異なるのですぐ見分けがつきます。</p>
<img class="size-medium wp-image-850 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-692005_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-692005_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-692005_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-692005_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/people-692005_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>とりわけ違いがわかるのが子供の身なりです。今時のギャップなどに典型的なアメリカンスタイルはご法度です。女の子だったら、ワンピースにカーデガン、帽子、革靴が定番となります。男の子だったらブラウスとズボン、同じく革靴です。</p>
<p>上に挙げた外見に加えて、名前にもブルジョワ的名前が存在するのです。シャルルがつくようなブルジョワ的混合名には、イギリスの国王、王女の名前がフランス語読みとなって含まれています。</p>
<p>そのため、これらの名前は庶民的なフランスの混合名、例えばジャン＝クロード、ジャン＝ミッシェルなどと違った「気取った」印象が伴うのです。</p>
<p>またコケティッシュ、つまり異性の心をくすぐる響きを持つ混合名もあります。</p>
<p>例えばジャックリーヌ＝アンという名前は、可愛い名前を二つつなげて、大変女性らしい印象を演出しています。そしてこの名前もとてもブルジョワ的な響きを醸し出します。</p>
<p>では次にフランス人のセレブが本名から芸名に名字を改名した例を取り上げて、その理由について探って行きましょう。</p>
<h2>フランスのロックンローラー</h2>
<p>日本では矢沢永吉、沢田研二、西城秀樹らの歌手がアメリカのロックンロールの影響を受けて、新たな音楽のジャンルを切り開きました。彼らの名前は芸名かもしれませんが、その芸名はとくにイギリス、アメリカの響きとは関係ないようです。<img class="size-medium wp-image-838 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/guitar-1015750_1920-300x175.jpg" alt="" width="300" height="175" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/guitar-1015750_1920-300x175.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/guitar-1015750_1920-768x448.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/guitar-1015750_1920-1024x597.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/guitar-1015750_1920-728x425.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>日本でロックンローラー的響きがするのは、むしろグループの名前です。タイガース、グループサウンズなどの名前にはアメリカの影響がうかがわれて、かっこいい印象です。</p>
<p>フランスではあくまでも個人のロックンローラーがアメリカ的イメージを取り入れた苗字を芸名として採用する傾向があります。戦後のフランスのロックンロールを代表する二人の歌手、ジョニー・ホリデーやエディー・ミッチェルがその最たる例です。</p>
<p>ロックシンガーのジョニー・ホリデーはベルギー出身で、本名はジャン＝フィリップ・スメでした。スメという名字は伝統的な響きですが、これでははロックンローラーとしてかっこよくありません。</p>
<p>それで芸名の苗字を英語的響きのあるホリデーとし、フランスの国民的ロック歌手、ジョニー・ホリデーが誕生しました。</p>
<p>同じくロックンロール系でジョニー・ホリデーの親友のエディー・ミッチェルの本名は、クロード・モワンヌと言いました。モワンヌはモワン、つまり「お坊さん」を想像させてしまいます。「お坊さん」がロック、というのはかっこよくないのです。</p>
<p>それでフレンチロックンローラーのイメージに合わせて、自分が尊敬するアメリカ生まれでヨーロッパで活躍した歌手で俳優のエディー・コンスタンティーヌからエディーを拝借しました。</p>
<p>フランス語も英語も元々インド＝ヨーロッパ語系の言語なので、個人の名前として取り入れてもそれほど違和感がないのが、日本語との違いかもしれませんね。</p>
<h2>苗字に難あり？</h2>
<p>本名の響きが心地よくないため、よりかっこいい芸名を名乗ることもあります。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-812 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-1348771_1920-1-300x155.jpg" alt="" width="300" height="155" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-1348771_1920-1-300x155.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-1348771_1920-1-768x397.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-1348771_1920-1-1024x529.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/woman-1348771_1920-1-728x376.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />俳優のヴァンサン・カセルの本名はクロションでした。しかしクロションという苗字は豚（コッション）を思い起こしてしまうので、彼は苗字をもっとかっこいいカセルに変えました。</p>
<p>日本でも有名なフランス人女優、ソフィー・マルソーの本名はソフィー・モープと言います。モープのプは蚤という意味があり、女優として好ましくないと判断したのでしょう。彼女はマルソーというかっこいいパリの有名な大通りの名字を選びました。</p>
<p>同じく俳優のファブリス・ルチニの本名はロベールでした。しかしファブリスの方がブルジョワ的でかっこいい響きがあります。</p>
<p>有名な歌手、エディット・ピアフの本名の名字はピアフではなくガッションでした。ガッションという音には男性的な響きがあるため、ピアフ（可愛い小鳥）という名字に変えました。ピアフとは彼女のイメージにあったかっこいい苗字だったのです。</p>
<p>有名な歌手、イブ・モンタンはもともとイタリア移民で、名前もイタリアの名前で、イヴォ・リヴィと言いました。モンタンという響きには出世するというニュアンスがありますが、それはモンタンの母親がいつも「イヴォ、上に登って行きなさい」と言っていたからだそうです。その結果イブはモンタンという苗字を芸名にしました。</p>
<p>また兄弟、姉妹で俳優、歌手などをしている場合、区別するために別の名字を名乗ることもあります。</p>
<p>カトリーヌ・ドヌーブの本名はドヌーブではなくドルレアックという、ドヌーブと変わらないほど素敵な響きの名字でした。しかし同じく女優として活躍していた妹がすでにこの名字を使っていたので、妹と区別するためにドヌーブという苗字に変えました。</p>
<h2>名前に現れる民族と文化</h2>
<p>最後に移民の出身で、出自を隠すためにフランス的名前を芸名にすることがかっこいい、といるケースもあります。</p>
<p>女優のシモン・シニョレはもともとポーランドの出身で本当の苗字をカミンカーと言いましたが、これはとてもポーランド的な響きだったので、よりかっこいいフランス的響きの芸名の苗字に変えました。</p>
<p>アルジェリア出身の人気歌手パトリック・ブリュエルの本名は、パトリック・モーリス・ベンギギで、北アフリカのベルベル人の出身でした。典型的なフランスのシャンソンを歌うブリュエルは、北アフリカのイメージが強い自分の本名であるベンギギを削除しました。</p>
<p>しかし近年のフランスでは、別の国、文化に由来する自分の名前、名字ではかっこよくないから改名する、またはよりフランス的でかっこいい名前に改名する、ということは次第に少なくなっています。</p>
<p>フランスの人々は自分の民族、文化的出自についてオープンになりつつあります。</p>
<p>映画『アメリ』に八百屋さんの店員として出演した人気コメディアンのジャメルはモロッコの出身です。彼は苗字を変更せず、自分の文化的出自をオープンにしています。そして役柄にもよりますが、自分の出自を隠さないこと自体がかっこよくなりつつあるのです。</p>
<p>このようにフランスのセレブも日本のセレブと同様に、苗字や名前が醸し出すイメージを重視し、それらに自己イメージを投影させようとしていることがわかります。</p>
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