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	<title>フランスシャポー</title>
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	<description>パリ移住経験のあるルバンがフランスの情報をお届けします。</description>
	<lastBuildDate>Tue, 09 Jun 2020 00:06:09 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>マリー・アントワネットと現代ファッション　コロナの時代の「ロココ」精神</title>
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		<pubDate>Mon, 01 Jun 2020 01:39:18 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[マリーアントワネット.ファッション.ロココ]]></category>

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		<description><![CDATA[今年はコロナが猛威を振るいました。その結果、将来2020年とは中世のペストや1918-20年のスペイン風邪と同...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今年はコロナが猛威を振るいました。その結果、将来2020年とは中世のペストや1918-20年のスペイン風邪と同様に人類史に刻まれることでしょう。</p>
<p>実際コロナはあっという間に世界を駆け巡り、現在わたしたちはまだパンデミックの真只中にいます。</p>
<p>人々の意識や生活様式を変え、これまで目に見えなかった問題を可視化させ、年代や国籍やジェンダーを超えて私たちに価値観の変容を迫っています。</p>
<p>先の見えない霧の中。それでもわたしたちは同じ時代の刻印を抱えて共に生きていかなくてはなりません。まさに暗闇の時代です。</p>
<p>そんな時代に私たち女子が心の支えとするのは意外にファッションなのかもしれません。なぜなら困難な時代にもかかわらず毎日の装いはわたしたちにささやかな元気を与えてくれるからです。</p>
<p>ちなみにパンデミックも<strong>ファッション</strong>も「流行」、つまり永遠には続かない、と意味では同じ言葉を使います。</p>
<h2>コロナとファッション</h2>
<p>コロナが一応収束した現在、私たちが直面する多くの問題は、コロナ以前にすでに存在していたものがより顕在化したものです。</p>
<p>例えばITの勢いは止まりません。その重要性が加速度的に強まっていることは、オンライン授業の一般化などから明らかです。</p>
<p>日本の債務問題、アメリカの失業問題、ジェンダー、人種による社会的、経済的不平等の問題などの問題もコロナ以前からあった問題ですが、コロナによってより深刻化しています。</p>
<p>どの国でも犠牲者は貧しい人々に集中しているという現実がありますが、これもそれ以前からあった格差社会の問題です。</p>
<p>そしてアパレル業界の危機というのもコロナ以前から言われていたことです。コロナ以前の日本のアパレルの消化率はすでに46パーセントだったそうです。</p>
<p>とりわけ顕著なのは、日本からのファストファッションの撤退です。<img class="size-medium wp-image-1411 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-300x191.jpg" alt="" width="300" height="191" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-300x191.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-768x488.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-1024x651.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-360x230.jpg 360w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/spring-276014_1920-728x463.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>その背後には20世紀経済を象徴した大量生産によるファストファッションの経営ロジックの見直しがあったと言われています。</p>
<p>その結果ファッション性を追求する、という点で徹底していたZARAですら、最近は素材のよさを重視した洋服を展開するようになりました。</p>
<p>地球環境が破壊され、資源の枯渇化が叫ばれる中で、ファッション業界が「持続可能性」について初めて意識したのは1987年のことでした。それから33年経ってこの社会認識はこれまで以上に強まっています。</p>
<p>持続可能とは英語のsustainabilityですが、それは地球や環境に優しい、と言うことを意味します。</p>
<p>今後私たちの子孫がこれまでと同じように地球上で生活していけること。</p>
<p>社会的に地球上のすべての人々が平等な経済、社会的恩恵を受けられること。</p>
<p>このような意識はコロナによってより強まっており、強まりすぎて人々の購買意欲を失わせるほどではないでしょうか。</p>
<p>どう考えても現在はシーズンごとに安い服を着て捨ててしまうと言う時代ではありません。</p>
<h2>2020年秋冬のコレクションの動向</h2>
<p>それでも現在ファッションは2020年秋冬のコレクションに向けて動いています。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1022 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/tall-3313478_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />ファッションとは流行、移ろいを意味します。それがファッションに課せられた運命です。</p>
<p>そしてコロナが大流行する中さらに「サステナブル」の認識が強まっています。</p>
<p>人や環境に配慮し、デザイン、品質、経済性も兼ね備えたもの。</p>
<p>ベージュ、土色、白といったアースカラーを全面に押し出した、それこそ環境がそのままファッション化されたとも見えるスタイルです。</p>
<p>長く着るために高級な素材でできているのかもしれませんが、体全体を古代人のように包み込んで体の線が見えなくなる、というあの感じは意外に好き嫌いが分かれるスタイルでもあります。</p>
<p>とりわけ現在日本で流行っているファッションは体の線をあまり出さないもの。</p>
<p>着方によってはメリハリがなく「女らしさ」が打ち消されてしまいます。プロが着るならそれなりに素敵でも、一歩間違えるとドボっとしてやぼったくみえてしまうリスクがあります。</p>
<p>体の線を隠したい、購買力のある高齢の女性に向けられて作られている、という意味では現代の日本を象徴したファッションです。</p>
<h2>「モスキーノ」の2020年秋冬ファッションのテーマはマリー・アントワネット</h2>
<p>そうした時代の空気にあえて反発したのがイタリアの「モスキーノ」です。</p>
<p>何と2020年秋冬のテーマは「マリーアントワネットが現代でコスプレをしたら」というもの。</p>
<p><iframe width="728" height="410" src="https://www.youtube.com/embed/W3IDkFDvqLQ?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<p>モスキーノのデザイナーのジェレミー・スコットは、<strong>マリーアントワネット</strong>が生きた18世紀後半のフランスの豪華絢爛な世界を、現代という退廃した時代に復活させました。<img class="size-medium wp-image-1466 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-240x300.jpg" alt="" width="240" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-240x300.jpg 240w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-768x962.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-818x1024.jpg 818w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1-728x911.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/MA-Lebrun-1.jpg 1000w" sizes="(max-width: 240px) 100vw, 240px" /></p>
<p>そこにはベルばらの目のでっかいかわいいマリーアントワネットのイラスト付きのミニドレス、マリーアントワネットが好んだという背の高いヘアスタイル、パニエ、パステルカラー、レース、フリルが全開です。</p>
<p>わたしたち日本人女性にとってそれはバブル時代へのオマージュでもあります。</p>
<p>しかしそれは持続可能ファッションとはあまりにも対局的なイメージです。</p>
<p>ではスコットはマリーアントワネットの何を現代に復活させたかったのでしょうか。それはマリーアントワネットが生きた「ロココ」の精神だったのではないでしょうか。</p>
<h2>「ロココ」とは何か</h2>
<p>「ロココ」とはもともと貝殻状の人造石です。可愛いけど人口的、というのはすでに語源にあったのです。</p>
<p>「ロココ」は優美さ、洗練さ、官能、軽妙などを象徴していると言われます。</p>
<p>特徴的なのは、非対称性、カーブ、パステルカラーや金などなど。それはルイ14世の形式や規則性を重んじる古典主義に反発したスタイルで、当初は魚の鱗という意味でした。</p>
<p>ロココスタイルとはもともと個人のプライバシーを重んじたインテリアデザインから出発し、彫刻、家具、銀食器、ガラスなどが中心でしたが、次第に芸術運動として、絵画、音楽、演劇などにも影響を与えました。</p>
<p>「ロココ」は別名「後期バロック」とも言われ、例外的なゴテゴテした装飾を全面に押し出した芸術スタイルでもあります。</p>
<p>この意味ではシンプルで無駄を最大限排除する「持続維持」ファッションの対局にあります。<img class="size-medium wp-image-1468 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-300x212.jpg" alt="" width="300" height="212" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-300x212.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-768x543.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-1024x724.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/vintage-5223741_1920-728x515.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>「ロココ」というとついマリーアントワネットを思い出しますが、実はこれは必ずしも正しい認識ではありません。</p>
<p>一般的に「ロココ」スタイルは1710-1760年のものとされていますが、マリーアントワネットが生きた時代は1755-1793年だからです。</p>
<p>「ロココ」スタイルの全盛はルイ15世ですが、マリーアントワネットはその次の王様、ルイ16世の妃でした。</p>
<p>フランスの98パーセント以上の人が農民として空腹、貧しさ、労働にあえぐなか、ほんの少数の特権階級のさらにトップに立ったのがマリーアントワネットでした。</p>
<h2>マリーアントワネットとアメリカのポップカルチャー</h2>
<p>マリーアントワネットはとりわけ本国フランスにおいては、軽率さというイメージが先行して、これまであまりプラスのイメージがありませんでした。</p>
<p>ところが現代におけるマリーアントワネットのイメージはアメリカ人の女性監督、ソフィーコッポラ監督の映画「マリーアントワネット」によって一新されました。</p>
<img class="size-medium wp-image-1481 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013-207x300.jpg" alt="" width="207" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013-207x300.jpg 207w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/Sofia_Coppola_Cannes_2013.jpg 477w" sizes="(max-width: 207px) 100vw, 207px" />
<p>コッポラはマリーアントワネット＝「オーストリアの若くて可愛いパーティーガール」というイメージを打ち出しました。</p>
<p>この映画によって、マリーアントワネットはアメリカのポップカルチャーのアイコーンになりました。</p>
<p>マリリンモンローが男性に向けられたアイコーンだったら、マリーアントワネットは女性に向けられたアイコーンです。</p>
<p>女王という地位にありながら、実際には自分の体すらコントロールできないほどの統制社会に生きていたマリーアントワネット。</p>
<p>Georges Biard, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=26392986による</p>
<p>朝から晩までお付きの者に付き添われて、下着すら自由に脱ぐことができない。</p>
<p>それもそのはず。当時のフランスの絶対王政ではパワーとは見るものだったからです。女王が見世物であることをパロディー化したのがあの映画でした。</p>
<p>そんな身動きがとれず、窮屈な世界にいるマリーアントワネットは、それでも自分の自由を求めます。贅沢を極め、おいしいお菓子、楽しい人に囲まれて現在を楽しもうとします。</p>
<p>それは大局においては時代の流れに逆らうことのできない、マリーアントワネットのささやかな反抗だったのです。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1470 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-225x300.jpg 225w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-768x1024.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920-728x971.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/wedding-cake-4002320_1920.jpg 1440w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" />そんな姿が一瞬先は闇を生きる現代の若者に強く支持されています。</p>
<p>その結果マリーアントワネットも庶民に関心を寄せないエゴイストな女王から、今を楽しむ現代的な女性というイメージへと変化しました。</p>
<p>不必要なものをすべて排除しなくてはならない現代と言う時代に、ごてごてに惹かれてしまうというのも、感覚的になんとなく理解できます。</p>
<p>それは多くの我慢を強いられる現状とは異なり、わたしたちを楽しく、わくわくさせるものです。</p>
<p>マリーアントワネットのファッションに対する過度の情熱、そして結果を顧みずに今を楽しむ、という態度は現代という時代だからこそ人々の共感を得る感覚なのです。</p>
<h2>現在に復活する「ロココ」の気分</h2>
<p>今季のモスキーノのコレクションはコッポラの映画からヒントを得ています。</p>
<p>ロマンティックでスペクタクルなショーの音楽はコッポラの映画『マリー・アントワネット』（2006）で起用された、ボウ・ワウ・ワウやスージー＆ザ・バンシーズといったバンドの曲が盛り込まれたサウンドトラック。</p>
<p>ピンク、黄色、ミントグリーン、マカロンなどの色合いも似ています。<img class="size-medium wp-image-1469 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-300x180.jpg" alt="" width="300" height="180" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-300x180.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-768x461.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-1024x615.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/macarons-2548827_1920-728x437.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>モスキーノもコッポラもスタイルばかりで内容がないと批判されがちです。</p>
<p>でも内容がなくとも、感覚的な楽しさ、快楽を追求することには意味があります。</p>
<p>人生に楽しさを追求する、ということは無意味なことではなく、それは人生に形と意味を与えるものだからです。スタイルを過度に強調することは、現状に対する反発をも意味します。</p>
<p>マリーアントワネットはそれまで部屋着、下着と思われていたシュミーズドレスを着て要人に会いました。それは周囲に大きなショックを与えたと言われています。</p>
<p>それが現代に残る「ロココ」スピリットです。</p>
<p>その結果「モスキーノ」のみでなく、現在アメリカではマリーアントワネットが大人気です。</p>
<p>カイリー・ジェンナー他人気モデル、女優が彼女たちなりの解釈でマリーアントワネットに扮したグラビアを次々と発表しています。</p>
<p><a href="http://blog.courtauld.ac.uk/documentingfashion/2020/02/20/constructing-images-of-kylie-jenner-and-marie-antoinette/">http://blog.courtauld.ac.uk/documentingfashion/2020/02/20/constructing-images-of-kylie-jenner-and-marie-antoinette/</a></p>
<p>https://the-sleeper.com/en/</p>
<p>ドーエン(Doen)やスリーパー(Sleeper)のコレクションにも「ロココ」のイメージが全開です。</p>
<p><a href="https://shopdoen.com/collections/dresses/products/adra-dress-papillion-floral">https://shopdoen.com/collections/dresses/products/adra-dress-papillion-floral</a></p>
<p><a href="https://the-sleeper.com/en/">https://the-sleeper.com/en/</a></p>
<h2>さいごに</h2>
<p>ルイ16世とマリーアントワネットが1774年に王位に就いた時、フランス王政はすでに道徳的に腐敗していました。</p>
<p>先代のルイ15世に比べたら彼らの生活習慣は健全でした。ルイ16世は愛人を一人ももたなかった唯一の国王であり、マリーアントワネットは子供との時間も重視しました。</p>
<p>しかし1785年にダイアモンドネックレス事件に巻き込まれてしまった時、マリーアントワネットはすでに債務と貧困を抱えたフランス王国のスケープゴートと化していました。<img class="size-medium wp-image-1472 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-300x201.jpg" alt="" width="300" height="201" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-300x201.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-768x514.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-1024x685.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/06/farmhouse-768177_1920-1-1-728x487.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>現代というエコの時代に華美を追求するモスキーノもエコや持続性を重んじるファッション業界の空気においては批判の対象となりえます。</p>
<p>それでも華美、過度を演出したい。現状に反発したい。生活を一新したい。</p>
<p>それが永遠の若さの意味です。</p>
<p>あなたは「<strong>ロココ</strong>」ファッション派ですか、「持続可能」ファッション派ですか。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>17世紀フランスの歴史映画ーバロックな恋愛とは？</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e6%ad%b4%e5%8f%b2-%e6%98%a0%e7%94%bb-%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9/</link>
		<pubDate>Wed, 29 Apr 2020 09:39:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランスの恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[映画]]></category>
		<category><![CDATA[歴史]]></category>

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		<description><![CDATA[今日は2020年4月29日。 実家に帰省することも見送ったほうがいいとの政府の勧告があり、こんなに静かなゴール...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今日は2020年4月29日。</p>
<p>実家に帰省することも見送ったほうがいいとの政府の勧告があり、こんなに静かなゴールデンウィークはこれまでも、今後もないことでしょう。（そうであることを祈ります）</p>
<p>一方では、これまでにないほど忙しい方々もいらっしゃるわけで、その方々に対して感謝をしつつ、家にいて負担を増やさないように心がけたいと思います。</p>
<p>この時期、フランス旅行を考えていて予定がキャンセルされた方もいるかもしれません。</p>
<p>今の時期はフランスでも緑が青々していて、でもそこまで暑くなく、こんなに素敵な時期はない、と言う頃ですよね。</p>
<p>でも日本もやっと気候が穏やかになってきました。今は、考えようによっては、普段できないことができる時期です。</p>
<p>例えば家にいつつ、フランス<strong>映画</strong>を見ながら、フランスの歴史に触れるなど・・・・。</p>
<p>ここでは17世紀フランス,つまりバロックの時代を舞台にした興味深い歴史映画を３つ紹介したいと思います。</p>
<p>取り上げるのは『巡り逢う朝』『恋こそ喜劇』『シラノ・ド・ベルジェラック』の３本の歴史映画です。</p>
<p>これらは、フランス人の恋愛観を知るのにとっておき、とも言える歴史映画です。</p>

<h2>バロック音楽のすすめー『巡り逢う朝』</h2>
<p>バロックとは17世紀ヨーロッパに主流となった芸術様式です。バロックとはもともと「歪んだ真珠」という意味があるそうです。あと「極端な」「誇張した」などの意味も。</p>
<p>バロック様式とは、その前のルネッサンス様式の反動でした。ルネッサンス様式は規則正しさ、直線、などの特徴がありましたが、その次のバロック様式は、それとは真逆な大げさで、不規則な形が主流となったのです。</p>
<p>代表的なバロック様式と言えば、ヴェルサイユ宮殿です。</p>
<p>『巡り逢う朝』（1991）はこのバロック時代を舞台とした歴史映画です。時代は1680年頃で、背景にはもちろん、ヴェルサイユ宮殿を建てたルイ14世による強い王権国家があります。</p>
<p>ただこれはあくまでも歴史背景であって、主題ではありません。この時代に宮廷に仕えるという世俗的な出世欲を捨て、ひたすら亡き妻を思い、二人の間にできた二人の若い娘を育てる寡夫の話です。</p>
<p>寡夫は稀に見る音楽家で、でも宮廷に仕えるというオファーすら拒絶して、ひたすら孤独に音楽の道を邁進します。</p>
<p>まあ設定から言えば、３つの歴史映画の中でもっとも地味かもしれません。</p>
<p>ただ淡々と描かれる辛い人生に対して、それを和らげるべく一貫して流れてくるのがバロック音楽です。</p>
<p>映画の物静かさによってバロック音楽の良さがより際立っています。</p>
<img class="size-medium wp-image-1435 aligncenter" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Tous_les_matins_du_monde-film-226x300.jpg" alt="" width="226" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Tous_les_matins_du_monde-film-226x300.jpg 226w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Tous_les_matins_du_monde-film.jpg 274w" sizes="(max-width: 226px) 100vw, 226px" />
<p style="text-align: center;">By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=20609576</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>現在わたしたちが見る映画に使われる音楽の多くは現代音楽、もしくはロマン主義の時代の音楽です。普段バロック音楽を聞くことはありません。</p>
<p>リュートなどの楽器が使われているバロック音楽がこの<strong>歴史</strong>映画の聞きどころです。わたしたちには馴染みのない音楽であるのにかかわらず、これらの音楽を聞いていると、思いの外気分が落ち着きます。</p>
<p>それは時間に急かされて生きている現代人とは違う時間の流れの中でできた音楽だからでしょう。その意味でわたしたちを異次元の世界に連れていってくれます。</p>
<p>映画としての見所は、ジェラルド・ドュパルドゥーというフランスの国民的俳優の息子のギヨームが若くイケメンの主人公を演じているところでしょうか。</p>
<p>父親のジェラルドがナレーションをし、主人公の晩年も演じています。親子が演じているところがフランス人を喜ばせました。</p>
<p>残念ながらその後ギヨームは若くして亡くなってしまいました。</p>
<p>原因はバイク事故の後の手術による感染が悪化してしまうという、普通だったら避けられるような、残念な原因によるものでした。</p>
<p>それもこの歴史映画になんとも言えない悲哀さを与えています。</p>
<p>田舎の単調な生活の中で、主人公の若き音楽家は寡夫の娘の一人と恋仲になります。</p>
<p>しかし彼は最終的にはこの家族を離れ、ヴェルサイユ宮殿のオーケストラに入っていきます。そして二人は別れ、娘は悲しみのあまり病気になり、亡くなってしまいます。</p>
<p>ちなみに恋に破れた結果、美しく麗しい若い女性が憔悴し亡くなってしまう、というパターンはフランス映画ではよく見るパターンです。</p>
<p>17世紀フランスのエリートだった貴族の暮らしぶりも見所です。考える映画ではなく、感じる映画。好きか嫌いかが分かれる歴史映画でもあります。</p>
<p>ちなみにバロック音楽に興味がある方は、映画とは関係ありませんがこちらをご覧ください。</p>
<p><iframe width="728" height="546" src="https://www.youtube.com/embed/kX7dHGdVv7E?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<h2>『モリエールー恋こそ喜劇』</h2>
<p>『巡り逢う朝』が物悲しいトーンだとすれば、それとは反対にコミカルなシーンによって思わず笑ってしまうシーンが多いのが『恋こそ喜劇』です。</p>
<p>この歴史映画は本当に笑えてしまいます。それもそのはず。</p>
<p>17世紀フランスを代表する喜劇作家モリエールの人生について扱った歴史映画だからです。</p>
<p>モリエールの空白とされる青年期に、その後の名作を生むきっかけとなる恋愛があったと仮定した、彼の青年期についてのフィクションです。</p>
<p>売れない作家、世に認められない作家だったモリエールは、彼からこっそりと喜劇について学びたい金持ちの商人、ジョルダン氏のところに「末娘の教育係」として居候になります。</p>
<img class="size-medium wp-image-1434 aligncenter" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Moliere_film_2007-225x300.jpg" alt="" width="225" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Moliere_film_2007-225x300.jpg 225w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Moliere_film_2007.jpg 263w" sizes="(max-width: 225px) 100vw, 225px" />
<p style="text-align: center;">By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=15472359</p>
<p>ジョルダン氏の妻エルミールは、モリエールの作品とは知らずに彼の書いたものを絶賛し、モリエールとエルミールは不倫の関係になります。</p>
<p>不倫といっても今日日本人が想像するようなニュアンスではありません。</p>
<p>中世の領主（つまり上司）の妻に対して騎士が一方的に精神的愛を捧げたことがフランスにおける恋愛の歴史的ルーツです。</p>
<p>この歴史映画もこの流れを汲んでおり、恋愛相手は社会階層的には自分よりも上の年上の既婚女性です。</p>
<p>17世紀フランスの上流階級でも結婚は家と家の間の政略結婚が通常で、二人の人間の感情と思考の関わりによる真の恋愛感情というのは、ある程度人生経験を経た年齢の女性との不倫以外にはありえませんでした。</p>
<p>なぜなら若い女性がこのような体当たり的な体験をしてしまうと、『巡り逢う朝』のような結果になってしまう可能性があるからです。</p>
<p>この話はフィクションですが、17-18世紀のフランスでは、上流階級の女性の卓越した文学的感性によるサポートによって、多くの作家が誕生した、というのは歴史的事実です。</p>
<p>例えば「シンデレラ」や「美女と野獣」などのおとぎ話を残した作家ペローは貴族女性が自宅で開いていたサロンに出入りして、卓越した感性を備えた彼女たちとの交流や会話から刺激を受けました。</p>
<p>庶民の話を題材に書かれたドイツのグリムと比べると、フランスのペローが書いた童話は同じ題材を扱っているのにかかわらずエレガントで上品なのはそのような理由です。</p>
<p>『恋こそ喜劇』はコミカルな場面が多いです。例えばモリエールがジョルダン氏に馬を演じるところを教えますが、見ているだけで笑えてしまいます。</p>
<p>結末は『巡り会う朝』と同様、悲恋で終わります。でも当事者たちはわきまえているため見ている側も悲しくなりません。</p>

<h2>『シラノ・ド・ベルジェラック』</h2>
<p>17世紀フランスバロックの時代を扱った３つ目の歴史映画は『シラノ・ド・ベルジェラック』です。</p>
<p>主演は『巡り逢う朝』と同じジェラルド・ドュパルドゥーです。</p>
<p>『シラノ・ド・ベルジェラック』はもともと戯曲です。17世紀フランスに実在した剣豪作家、シラノ・ド・ベルジェラックを主人公としています。</p>
<p>主人公の『シラノ・ド・ベルジェラック』は、哲学者であり、理学者であり、詩人、剣客、音楽家と多彩ですが、類まれな醜い容姿に深いコンプレックスを持っています。</p>
<p>映画では異常に大きい鼻が特徴です。ヒロインのロクサーヌは、シラノのいとこで幼馴染です。若く明るい美女。</p>
<img class="size-medium wp-image-1433 aligncenter" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Cyrano1990-206x300.jpg" alt="" width="206" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Cyrano1990-206x300.jpg 206w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/Cyrano1990.jpg 262w" sizes="(max-width: 206px) 100vw, 206px" />
<p style="text-align: center;">https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=4739926</p>
<p>ロクサーヌは自分を一方的に愛するシラノを「お兄様」として慕う一方で、シラノの友人の美青年クリスチャンに恋をします。</p>
<p>容貌は美しいが文才のないクリスチャンは、シラノのサポートによって手紙や会話でもロクサーヌを魅惑し、二人はめでたく結婚。しかしまもなくクリスチャンは戦争で亡くなり、ロクサーヌは未亡人となります。</p>
<p>そして晩年までシラノとの交流を続けたロクサーヌはシラノが亡くなる時自分を才知によって魅惑した文才の持ち主が、クリスチャンではなくシラノだったことに気付きます。</p>
<p>でも「時すでに遅し」こちらも悲恋です。</p>
<p>この映画の見所は、シラノ・ド・ベルジェラックを演じるジェラルド・ドュパルドゥーの名演です。醜い外観に宿る美しい心が際立ちます。</p>
<p>彼はロクサーヌに対する深い愛を、クリスチャンを通じて、ロクサーヌに伝えます。ロクサーヌのクリスチャンとの愛が成就するように、自分の気持ちを押し殺して相手に尽くします。</p>
<p>シラノ・ド・ベルジェラックの助けなく、言葉に何の才覚もないクリスチャンに対して、ロクサーヌは興ざめをしてしまう場面があります。ロクサーヌはイケメンの外観と言葉に表現された美しい感情を天秤にかけた時、実は後者に惹かれます。</p>
<p>もしシラノ・ド・ベルジェラックにあそこまで自分の外観に対するコンプレクスがなかったら、二人の愛は成就していたかもしれません。外観より中身の方が重要なのです。フランスには「彼女は美しい、でも彼女はバカだ」ということわざもあります。</p>

<h2>最後に</h2>
<p>ここでは17世紀のバロックフランスを舞台とするフランスの歴史映画を３つ紹介しました。</p>
<p>話はそれぞれに異なるのですが、映画ポスターを並べると、同じような傾向があることがわかります。なぜかどれも自然が占める割合が大きく、中心となるのは男性です。</p>
<p>エリート社会で繰り広げられる歴史映画。３つの歴史映画ではどれも美しい恋愛シーンが描かれていますが、それらはどれも続きません。</p>
<p>さらにバロックの恋愛には常に芸術が関わっています。『巡り逢う朝』では音楽、『恋こそ喜劇』では喜劇、そして『シラノ・ド・ベルジェラック』も文才です。</p>
<p>わたしたち現代人は、ハッピーな恋愛感情を結婚に押し込めて永遠のものとしたい、という願望を持っています。</p>
<p>このような思い込みはハリウッド映画などにも表現されていますが、今日紹介したフランスの歴史映画からは、そのようなことは不可能だ、とのメッセージが読み取れます。</p>
<p>こうした文化背景を持つフランス人というのは恋愛に対して、現実的で冷徹な視線を持っているのかもしれません。</p>
<p>最後にこれらの３本の歴史映画の時代背景となった17世紀という時代についても少し説明しておきます。</p>
<p>一般に17世紀は「危機の時代」と言われています。ヨーロッパ各地では政治的危機や戦争が頻発し、農民の反乱が起き、人口も少なくなりました。</p>
<p>おまけに気候変動もあって住みにくい時代だったそうです。</p>
<p>上層階級の貴族の男性は度重なる戦争に兵士として出かけていかなくてはなりません。それこそ命がけの人生です。</p>
<p>そんな中、17世紀<strong>フランス</strong>では貴族と国王の関係が徐々に変化し、貴族たちはパワーを失うとともに、この時代から徐々に商人たちが経済力を背景に力を増していきます。このように経済的にも転換期でした。</p>
<p>それぞれの映画でも貴族出身の人、商人の家の人などが出てきて、マナー、振る舞いや価値観が違ったりします。フランスはイギリスと異なり、貴族階級がなかなか商人たちを仲間とすることを拒み両者は異なる社会グループとして存在し続けました。</p>
<p>登場人物が貴族か商人かを意識して見るだけでも面白いでしょう。</p>
<p>死と裏腹の人生、自分が愛する人と結婚できない人生、愛する人を死で失ってしまう人生、身分が高くとも、お金があっても何かと苦しいことが多い世の中を生きる中で、束の間の真実の愛が綺羅星のように輝いていたのでしょう。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランスのLGBT―芸術との深〜い関わり</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9-lgbt-%e8%8a%b8%e8%a1%93/</link>
		<pubDate>Wed, 29 Apr 2020 01:36:56 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランスの恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[LGBT]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[芸術]]></category>

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		<description><![CDATA[LGBTとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay (ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual (...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>LGBTとは、Lesbian(レズビアン、女性同性愛者)、Gay (ゲイ、男性同性愛者)、Bisexual (バイセクシャル、両性愛者)、Transgender (トランスジェンダー、性別越境者)の頭文字を取ったもので、セクシャル・マイノリティーの総称です。</p>
<p>今回はフランスの<strong>LGBT</strong>の現状についてご紹介します。芸術活動と深い関係があるのがフランスのLGBTの特徴です。</p>

<h2>LGBTについて</h2>
<p>LGBTはもともと英語から来たものですが、フランス語でもLGBTとなります。（Lesbiennnes, Gays, Bisexuels, Transgenres）</p>
<p>14世紀にgayというのは「幸せ、楽しい、心配がない」などの意味がありました。gayは1890年代に入ると、性的にゆるい＝楽しい、という意味から次第に売春宿を意味するようになりました。</p>
<p>その後英語でもフランス語でもgayは男性の同性愛者を意味するようになりました。</p>
<p>一方1940年代にhomosexuelという言葉も誕生しました。こちらは医学的意味合いが強く、どちらかと言えばgayのほうが言葉として気軽な印象があります。</p>
<p>今日日本やフランスなどではLGBTによって「性はグラデーション」という考え方が一般化しました。</p>
<p>つまり性について考えるとき単なる二項対立のオス、メスではなく、それらの間に横たわる多様なニュアンスを重視するようになったのです。</p>
<p>わたしたちのセクシアリティーは３つの要素で構成されていると言われています。</p>
<p>それらは「体の性」、「心の性」、「好きになる相手の性」で、その組み合わせによって個々人の様々なセクシュアリティーが想定されます。</p>
<img class="size-medium wp-image-1405 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-29-10.03.43-300x138.png" alt="" width="300" height="138" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-29-10.03.43-300x138.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-29-10.03.43-768x354.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-29-10.03.43-1024x472.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-29-10.03.43-728x336.png 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>日本でも近年LGBTは注目を浴びているのはご存知の通りです。</p>
<p>タレントのはるな愛さんやマツコ・デラックスさん、一ノ瀬文香さんなど芸能人の人もカミングアウトしています。</p>
<p>日本政府はいじめ対策として2017年にLGBTの生徒を保護する政策を打ち出しています。</p>
<p>（Tokyo Rainbow Pride 2020から）<a href="https://tokyorainbowpride.com/lgbt/">https://tokyorainbowpride.com/lgbt/</a></p>
<p>2015年に渋谷区議会ではLGBTを対象として「パートナーシップ証明」の発行が可決されたことは記憶に新しく、それ以来いくつかの市町村でLGBTに対する同様な動きがあります。</p>
<p>しかし現状では日本ではLGBTのパートナーシップについて法的な拘束力はありません。</p>
<h2>LGBTの法的認知はパートナーシップから</h2>
<p>日本と異なりフランスではLGBTのパートナーシップは法的に認知されています。それがフランスと日本の一番の違いでしょう。</p>
<p>フランスでは1999年からすでに異性間のカップルでもLGBTでも民事連帯契約、いわゆるPACSと呼ばれるパートナーシップや同棲が認められるようになりました。</p>
<p>しかしPACSは結婚ほどの法的保障をもたらすものではありませんでした。</p>
<p>一方フランスの国民議会は2012年に初めて同性婚についての法案を議論しましたが、他のヨーロッパの国々以上に強い反対があったと言われています。</p>
<p>それは従来同性愛を強く禁止するカトリック教会の影響が強いお国柄のせいでもありました。</p>
<p>それでも同性婚はフランス革命以来キリスト教の社会的影響を払拭しようとした左派の伝統をくんだ社会党のオランド大統領のもと2013年に合法化されました。</p>
<p>翌年フランスでは24192の結婚届が提出されましたが、そのうち同性婚は10522件の４、4パーセントに登り、またそのうちの46パーセントはレズビアンの同性婚でした。</p>

<h2>フランスでは左翼政権がLGBTの社会的認知を促進</h2>
<p>歴史を振り返るとフランスでもLGBTは長い間政府から弾圧されてきました。</p>
<p>それでも最後にLGBTに死刑が執行されたのは1750年のことでした。フランス革命が始まるほぼ50年前のことです。</p>
<p>フランス革命後に制定された立憲君主制国家のもと、公私の区別をわきまえることを前提として私的行為としての同性愛は市民の自由となりました。</p>
<p>この立憲君主制国家は今日につながる市民権の多くを生み出したことで知られています。たとえばユダヤ教などのカトリック教以外のそれまで弾圧されていた宗教の自由もヨーロッパでいち早くこの時点で認められました。</p>
<p>ちなみにこの時離婚の自由も認められました。</p>
<p>LGBTの市民権も「おおっぴらにしない」ということを前提に認められました。<img class="size-medium wp-image-1410 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/flower-field-250016_1920-300x217.jpg" alt="" width="300" height="217" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/flower-field-250016_1920-300x217.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/flower-field-250016_1920-768x556.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/flower-field-250016_1920-1024x741.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/flower-field-250016_1920-728x527.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>それから再度<strong>フランス</strong>で同性愛が犯罪となったのは第二次世界体制下親ナチス政権として誕生したヴィシー政権の時代でした。</p>
<p>ヴィシー政権はフランス革命の価値観を否定してそれ以前のいわゆるアンシャンレジームの価値観を復興させようというもので、カトリック教の影響が復活しました。</p>
<p>第二次世界大戦後もLGBTに対する事情はそれほど変わりませんでした。</p>
<p>1960年代にLGBTは公共秩序を乱すものであるとしばしば糾弾されました。</p>
<p>1983年にLGBTなどを除外するいわゆる「良俗」の概念が取り除かれましたが、それもミッテラン大統領率いる社会党政権でした。</p>
<p>同性愛を含めてPACSによってパートナーシップを規定することが一般化するとともに、今度はLGBTに対する社会的偏見が糾弾されるようになっていきました。</p>
<p>そして2013年に社会党の大統領のイニシアティブによって同性婚が合法化されました。</p>
<p>歴史を振り返って見ると、フランス社会におけるLGBTの認知は確実に左翼政権によって推進されました。</p>
<p>フランス社会におけるLGBTの認知とは政治的価値と表裏一体ということです。つまり今日でもLGBTに反対し続ける人（政治的保守派）が存在する、ということです。</p>
<p>日本のようにいつのまにか社会がおしなべて認知していた、ということはありません。そのためにこの問題についていつまでも議論を続ける余地があります。</p>

<h2>芸術とLGBT:『アデル、ブルーは熱い色』</h2>
<p>日本でもLGBTを取り上げた『おっさんずラブ』などのドラマ、映画が大ヒットしましたが、フランスでも近年LGBTを描いた映画が増えいます。</p>
<p>映画『イブ・サンローラン』はファッションデザイナーのサンローランと彼の恋人の間の愛と別れを描いてヒットしました。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1403 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.58.27-278x300.png" alt="" width="278" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.58.27-278x300.png 278w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.58.27-768x830.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.58.27-728x786.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.58.27.png 848w" sizes="(max-width: 278px) 100vw, 278px" />一方レズビアンの愛を描いたフランス映画の代表作の一つとして『アデル、ブルーは熱い色』があります。</p>
<p>この映画は2013年に封切られており、それはフランスで同性愛婚が認められた年でした。</p>
<p>こちらに日本での公開の時の紹介があるので興味があればご覧ください。</p>
<p><iframe width="728" height="410" src="https://www.youtube.com/embed/1kDNChFzkco?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<p>この映画はまず長い。３時間も続きます。激しい性的シーンのためにフランスでは12歳未満は禁止、アメリカでは18歳未満は禁止の映画です。</p>
<p>この点が子供にも好かれる淡いプラトニックラブを描いた『おっさんずラブ』との大きな違いでしょうか。<img class="size-medium wp-image-1402 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32-300x294.png" alt="" width="300" height="294" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32-300x294.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32-768x753.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32-1024x1005.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32-728x714.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/スクリーンショット-2020-04-28-21.59.32.png 1482w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>レズビアンの愛は「特別な友情」(amitié particulière)という言葉で表現されています。</p>
<p>フランス人にとって、友情と愛の間にもグラデーションがあることが感じられます。</p>
<p>この映画の原作はグラフィックノヴェル（漫画）です。</p>
<p>そのようなものが映画化されたものがカンヌ映画祭のパルムドール賞などの栄誉ある映画賞を複数受賞した、というのもこれまでに例をみないことでした。</p>
<p>このフランス映画はいろいろな意味で「型破り」です。</p>
<p>でも芸術の一部と捉えられるところがフランスのLGBT的かもしれません。</p>
<h2>LGBTを公表したフランスの有名人</h2>
<p>フランスでは同性愛というと芸術家のイメージが強い気がします。小説や映画などでは芸術家の並外れた感性の一部として同性愛が描かれることが頻繁にあります。</p>
<p>イブサン・ローランの例もそうですし、先ほど紹介した映画『アデル』もアデルと画家のエマの間の恋愛と別れを描いているという意味では芸術に深く関係したテーマとなっています。</p>
<p>またLGBTを公表したフランスの有名人は圧倒的に芸術家が多い、というのもLGBT＝芸術というイメージを強めています。</p>
<p>男性では、作家のマルセール・プルースト、アンドレ・ジードや哲学者のミッシェル・フーコー、学者のピエール・ボルドューやローラン・バルテなど。女性ではフランソワ・サガン。</p>
<p>フランスにはLGBT＝芸術家や学者としてのステータスシンボル、という側面があります。</p>
<p>ここに何よりも芸術を尊ぶフランスのお国柄が反映されています。</p>
<p>しかし現実のフランス社会においては、LGBTは決して芸術家や学者に限られているわけではありません。実際にはLGBTには様々なタイプの人がいるという意味では日本と同じです。</p>
<p>ちなみに日本におけるLGBT人口の割合は8パーセントで、それはAB型の血液を持った人よりも多いのです。</p>
<h2>ポピュリズムとLGBT</h2>
<p>フランス社会においてLGBTは日本以上に社会的、法的に認知されている存在です。同時に社会や経済の行きづまり感が強まる中、LGBTに対する世間の見方は年々厳しさを増しつつあることもまた事実です。</p>
<p>アメリカではオバマ大統領がLGBTの人権擁護を促進した後、トランプ大統領が彼らの人権をもろに否定するような政策を次々に打ち出しています。</p>
<p>人権を重んじるフランスの現政権がこのような立場を取ることはありえません。</p>
<p>ただ現在フランスには極右政権（国民戦線）を支持する人が多く、ポピュリズムの波が押し寄せています。彼らは移民やマイノリティーに対する差別意識が強いため、LGBTへの差別感情も否定できないでしょう。</p>

<h2>最後に</h2>
<p>ここではフランスにおけるLGBTの状況について簡単にご紹介しました。</p>
<p>日本とは違ってフランスの歴史を振り返った時カトリック教の影響が強く、それがLGBTの社会的認知に対しても大きな影響を及ぼしていることを指摘しました。</p>
<p>同性婚が合法化した、ということは社会の世俗化を目指したフランス革命の精神がフランス社会に深く根付いたことを示しています。</p>
<p>フランス社会ではLGBTは一筋縄ではいかないテーマです。そこには宗教が絡んでいるため、フランス革命の時代と同様に現代でもカトリック教を大事にしたいフランス人からは反発を受けます。<img class="size-medium wp-image-1408 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/pride-3475043_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/pride-3475043_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/pride-3475043_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/pride-3475043_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2020/04/pride-3475043_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>最後にフランスでは近年庶民にとっては社会、経済的に危機的な状況が続いており、彼らのLGBTに対する差別意識は強まる傾向にあります。</p>
<p>それでも<strong>芸術</strong>大国フランスでは美しいものを生み出す芸術家に対する社会的尊敬の念が強く、同性愛は彼らのステータスシンボルのようにもみなされています。</p>
<p>芸術というのは人生を豊かにする、というコンセンサスがあるために人々はLGBTの芸術家を個性として受け入れやすいのです。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>フランスのセクハラ事情―フランス人男性議員のありえない性的発言</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%82%bb%e3%82%af%e3%83%8f%e3%83%a9-%e6%80%a7-%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e4%ba%ba%e7%94%b7%e6%80%a7/</link>
		<pubDate>Wed, 26 Jun 2019 11:24:51 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス人男性]]></category>
		<category><![CDATA[セクハラ.性.フランス人男性]]></category>

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		<description><![CDATA[常識的に考えて、議会というのは国政が執り行われる神聖な場です。 フランスでは最近、議会でフランス人男性議員が女...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>常識的に考えて、議会というのは国政が執り行われる神聖な場です。</p>
<p>フランスでは最近、議会でフランス人男性議員が女性議員に対して<strong>性</strong>的発言を発した結果、議会におけるセクハラが社会問題に発展しました。</p>
<p>今回はフランス人男性の国民議会議員が女性議員に発したありえない性的発言についてご紹介しましょう。</p>

<h2>フランスにおける議会の誕生</h2>
<p>フランスの議会制度が歴史的に誕生したのは、フランス革命のことでした。<img class="size-medium wp-image-1288 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/the-nile-2329912_1920-1-300x220.jpg" alt="" width="300" height="220" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/the-nile-2329912_1920-1-300x220.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/the-nile-2329912_1920-1-768x564.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/the-nile-2329912_1920-1-1024x752.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/the-nile-2329912_1920-1-728x535.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>1789年当初フランスでは国王による圧政（いわゆる絶対王政）が続いており、もう300年ほど国民の代表が国政に直接関与できない状態が続いていました。</p>
<p>世界史の教科書を紐解くと「絶対王政」というのは民主主義の前段階として、王様の専制という好ましからざるイメージが先行します。</p>
<p>しかしながら、16世紀以後フランスに絶対王政が成立し始めた当初、フランス王国はヨーロッパ一進んだ政治モデルとして高い賞賛を受けたのです。</p>
<p>なぜならフランスの絶対王政は常備軍や官僚機構を兼ね備えて、近代国家の雛形的側面があったからです。また税金の支払いを通じて国民と政府の間に具体的なつながりも生まれました。</p>
<p>しかしその後の度重なる戦争、とりわけアメリカの独立戦争への参戦、飢饉を契機として、フランス革命前夜のフランス王政は財政的に緊迫していきました。</p>
<p>硬直化を打開するため、ルイ16世はついに身分制に基づいた代表者会議を招集することを決心します。</p>
<p>こうして1789年５月以降開催された三部会は投票のあり方をめぐって炸裂しました。</p>
<p>代表者の頭数で計算すれば平民に有利だったのですが、身分ごとに投票をカウントすると特権階級に有利でした。</p>
<p>その時に第三身分（平民）の代表と特権身分の一部のメンバーがテニスコートに集まり、自分たちこそ国民の代表であることを自認し、国民議会が制度化されるまで解散しないことを誓いました。</p>
<p>その結果、国民議会が誕生します。これが現在のフランスにおける議会制度の歴史的起源となりました。</p>
<h2>フランス国民議会についてのフランス人の様々な考え方</h2>
<p>それから200年以上のフランスの歴史で、議会をめぐる複数の政治モデルが入れ替わり、立ち替わり変化しました。</p>
<p>ある時には革命、ある時にはクーデタ、ある時には暴動によって、既存の政体が倒れ、新しい政体が誕生しました。</p>
<p>恐怖政治、二度の帝政、第二次世界大戦のドイツによる占領下に成立したヴィシー政権などの時代には、議会は事実上機能不全に陥りました。</p>
<p>現在の第五共和政は大統領の権限が強く議会の力が弱い政治体制として知られています。その成立過程においては、議会を重視する多くの人が反対の意を唱えました。</p>
<p>このようにフランスでは議会がどうあるべきか、というテーマについてフランスでは多種多様な考え方が存在する、というのが実情です。</p>
<p>強力な議会制度に賛成するフランス人もいれば、議員を介さずに、国民投票を主体として大統領と国民の直接のコミュニケーションを望むフランス人もいます。</p>
<p>また欧州連合などが国民議会を超えて機能していることに反発を覚えるフランス人もいます。</p>
<p>近年政治的勢力を強める極右派が欧州連合を嫌っているのはよく知られています。</p>
<p>それなのに、フランス革命以来フランスの国民議会についてまわる不変なイメージがあります。それは議会が男性の場である、というものです。</p>

<h2><strong>パリテ法でも変化しない議会のマッチョなイメージ</strong></h2>
<p>フランス革命は女性を排除して、男性市民のみによって構成される民主主義制度を確立させました。</p>
<p>フランス語でhommeというのは人間、男性どちらも意味します。したがって人権宣言というのも事実上、男性の権利について規定したものでした。</p>
<p>それから100年以上もの間フランス人女性は政治の分野から完全に排除され続けました。</p>
<p>フランス人女性が投票権を得たのは、日本女性が投票権を得た1945年から１年早い1944年のことでした。</p>
<p>フランスでは日本よりも100年も早くから政治の民主化がスタートしたのに、フランス人女性の参政権が成立したのが日本とほぼ同じだったのです。</p>
<p>フランスの近代政治がどれだけマッチョなものだった、ということが理解されるのではないでしょうか。</p>
<p>そう、そのような状況に風穴を明けたのが「パリテ」でした。<img class="size-medium wp-image-1289 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/political-322467_1920-300x285.jpg" alt="" width="300" height="285" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/political-322467_1920-300x285.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/political-322467_1920-768x729.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/political-322467_1920-1024x972.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/political-322467_1920-728x691.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>「パリテ」（parité）とは同等、同一を意味するフランス語です。</p>
<p>2000年に通称パリテ法が制定され、男女の政治参画の平等化が促進されました。</p>
<p>「比例候補者名簿の記載順を男女交互にする」「政党からの候補者を男女同数にする」</p>
<p>これらの手段を通じて、議員の男女比率を同率にすることを目指しています。</p>
<p>パリテ法の結果、現在フランス国民議会では女性議員の割合は全体の40パーセントを占めるほど、女性議員の数が増えました。</p>
<p>それなのに、です。それなのに、フランス国民議会では男性議員による女性議員に対する性的発言、いわゆる<strong>セクハラ</strong>が後を絶ちません。</p>

<h2>わたしは、夏用のワンピースを着ただけなのに・・・・</h2>
<p>フランス人男性議員のセクハラに耐えかねた女性議員のセシル・デュフロさんは、you tubeで女性議員として自分に降りかかった災難について告白しました。</p>
<p>以下彼女の言葉をそのまま紹介します。</p>
<p>わたしの名前はセシル・デュフロです。わたしは４２歳です。</p>
<p>わたしは国会議員で、４人の子を持つ母です。パリの11区に住んでいます。</p>
<p>私の話は単純極まりないものです。</p>
<p>内閣の閣議が開かれた最初の日にジーンズを履いて出席したところ、非難を受けてしまいました。それで「問題が起こらないように」ワンピースを買いました。</p>
<p>今度はこのワンピースを着て国民議会で発言しようとしました。そうしたら最初の質問をしようとした時、わたしがまだ話し始めてすらいないのに、男性議員たちから性的発言が飛んできました。</p>
<p>事件が起きたとき、わたしは即座に何が起きたのか理解できませんでした。</p>
<p>「（ジーンズからワンピースに替えた後は）行け行けー、（次は）ボタンをはずせ！」</p>
<p>わたしは誰がこれを言ったのか知っています。</p>
<p>問題はその時の議会の雰囲気です。こうしたセクハラまがいの言葉と奇妙にマッチしており、セクハラの言葉がその場にいる他のフランス人男性の議員に自然に受け入れられていたました。</p>
<p>そして複数のフランス人男性議員が続いて、性的発言を飛ばしました。</p>
<p>その後性的発言を飛ばした男性議員たちはさらにわたしのことを次のように告発したのです。</p>
<p>「自分の意見から注意をそらせるために、わたしがこの夏用のワンピースを着たと・・・」</p>
<p>このような言葉をテレビカメラに向かって「しらっ」と言えるフランス人男性議員が存在する、というのは、わたしにはにわかに信じられません。</p>
<p>私個人としては、この事件を封印してしまいたい、と思いました。</p>
<p>しかしその後大騒ぎになってしまったため、わたしは覚悟を決めて公の場で話すことを決心しました。</p>
<p>国民議会における男尊女卑の傾向は続いており、マッチョな傾向は自然にはなくなりません。</p>
<p>男尊女卑の傾向は今でも厳然とフランス社会に存続しています。</p>
<p>この問題は、もはや私個人の問題ではなく、なってしまいました。すべての女性の問題です。</p>
<p>（you tubeでは途中フランス国民議会で性的発言が飛ばされたときの様子を見ることができます）</p>
<p><iframe width="728" height="410" src="https://www.youtube.com/embed/Qey7JwP09Jo?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<h2><strong>日本の都議会でのセクハラ発言と比較すると・・・</strong></h2>
<p>フランスの国民議会におけるセクハラ発言は、日本人にとっても他人事ではありません。</p>
<p>最近、日本でも都議会でセクハラ発言がありました。</p>
<p>塩村都議会議員が小さな子供を持つ母親に対する支援や不妊の問題について訴えたところ、男性議員より数々のセクハラ発言が飛びました。<img class="size-medium wp-image-1292 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/yes-3029367_1920-300x158.jpg" alt="" width="300" height="158" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/yes-3029367_1920-300x158.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/yes-3029367_1920-768x403.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/yes-3029367_1920-1024x538.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/yes-3029367_1920-728x382.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>「早く結婚した方がいいんじゃないか」「自分が産んでから」「がんばれよ」「動揺しちゃったじゃねいか」「いやー先生の努力次第」「やる気があればできる」</p>
<p>日本女性の議員の半数以上は日常茶飯事でセクハラにあっている、というアンケート結果も出ています。</p>
<p>セクハラの揶揄の内容がフランスと日本では異なります。<strong>フランス人男性</strong>議員はおもむろに性的なことを匂わせ、日本人男性議員は結婚していない女性を揶揄しています。</p>
<p>しかし日本もフランスも議会という場は相当にマッチョな場である、という事実には変わりがありません。</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>ブリジット・マクロンー年上妻、マクロン大統領夫人のたくみな夫操縦法</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%9e%e3%82%af%e3%83%ad%e3%83%b3%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98-%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e4%ba%ba%e5%a5%b3%e6%80%a7-%e7%b5%90%e5%a9%9a/</link>
		<pubDate>Wed, 26 Jun 2019 09:21:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランスの恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[マクロン大統領.フランス人女性.結婚]]></category>

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		<description><![CDATA[フランスのマクロン大統領の妻ブリジットさんが、大阪で開催されるG20に出席する夫に伴って、日本に来日します。 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>フランスの<strong>マクロン</strong>大統領の妻ブリジットさんが、大阪で開催されるG20に出席する夫に伴って、日本に来日します。</p>
<p>ブリジットさんはどんなフランス人女性なのでしょうか。</p>
<p>マクロン大統領が就任して以来、ブリジットさんはほとんどインタビューに応じません。</p>
<p>慎重に沈黙を保つことによって、大統領としての夫のイメージに傷をつけないよう配慮するブリジットさん。</p>
<p>それでも本国フランスではブリジットさんについての伝記、ドキュメンタリーなどが後を絶たないほど、人々の関心を集めています。</p>
<p>ブリジットさんのことを「小説の主人公」などと呼ぶメディアもあるくらいです。</p>
<p>ここではフランスのテレビ番組、書籍などを参考にして、謎に包まれたブリジットさんというフランス人女性がどんな女性で、どうやって生涯の愛、結婚にたどり着いたのか、についてご紹介します。</p>
<h2>15歳の高校生が39歳の女性教師に恋をした</h2>
<p><img class="size-medium wp-image-1271 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/theatre-430552_1920-300x205.jpg" alt="" width="300" height="205" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/theatre-430552_1920-300x205.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/theatre-430552_1920-768x526.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/theatre-430552_1920-1024x701.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/theatre-430552_1920-728x498.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />ご存知の通り、ブリジットさんとマクロン大統領の関係が注目を浴びる一番大きな理由は2人の年齢差です。ブリジットさんはマクロン大統領よりも24歳年上です。</p>
<p>2人が出会った状況についてはよく知られています。</p>
<p>高校の国語教員（つまりフランス語の先生）だったブリジットさんが指導していた演劇活動に生徒としてマクロン氏が入会しました。二人は演劇の台本を一緒に書いていて恋に陥りました。</p>
<p>ブリジットさん曰く、「金曜日の夕方にふたりで書いて、土曜日が始まると、次の金曜日を待っている自分がいたの。なぜだろう。この気持ち・・・わからない。わたしにはとんでもないことに思えた。この感情に必死で抗おうとした。」(elle france)</p>
<p>当時のブリジットさんはすでに社会的な地位が確立した大人の女性。「高校教師、既婚、３人の子供の母」でした。生徒に恋をするなんてご法度でした。</p>
<h2>マクロン大統領に出会う前のブリジットさんー典型的な上流階級の女性</h2>
<p>ではブリジットさんはどのような家庭環境に育ったフランス人女性なのでしょうか。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1276 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/black-coffee-1867753_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/black-coffee-1867753_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/black-coffee-1867753_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/black-coffee-1867753_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/black-coffee-1867753_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />ブリジットさんは、アミアン市という地方都市に生まれ育ました。実家は裕福なチョコレートメーカー、マカロンのメーカーとして有名です。</p>
<p>ブリジットさんはいわゆるブルジョワの裕福な育ちで、21歳で同じく裕福で後に銀行家となる夫と結婚しました。</p>
<p>夫は仕事に忙殺され、ブリジットさんは３人の子供を産み育てる伝統的な主婦でした。</p>
<p>ちなみに主婦、というのは当時のフランス社会において珍しい存在になりつつありました。戦後フランスでは女性が働きに出ることが一般化しつつあったからです。</p>
<p>ブリジットさんが属していた上流階級では、まだ結婚、家族観にはキリスト教に根付いた保守的な空気が流れていたのでしょう。</p>
<p>また経済的理由からブリジットさんは働く必要がなかったのでしょう。</p>
<h2>ブリジットさん　働き始める</h2>
<p>子供がある程度大きくなりました。夫は相変わらず忙しい。そんな生活の中で、ブリジットさんは社会との接点を求めます。</p>
<p>そして36歳で私立の中学校の国語教員として就職します。ブリジットさんが選んだ中学、高校はすべて宗教色のない公立の学校ではなく、キリスト教系の私立の良家の子女のための学校でした。</p>
<p>これは有産階級出身らしい選択ですが、そうするとブリジットさんの本来の政治的傾向は、マクロン氏よりも保守的、となるでしょう。<img class="size-medium wp-image-1270 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280-277x300.png" alt="" width="277" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280-277x300.png 277w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280-768x833.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280-944x1024.png 944w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280-728x790.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/action-2483679_1280.png 1180w" sizes="(max-width: 277px) 100vw, 277px" /></p>
<p>もちろん今日大統領夫人となったブリジットさんを悪くいう人はいないと思われますが、彼女のかつての教えげはブリジットさんのことをとても高く評価しています。</p>
<p>「ほかの先生とは違うものがあった。ただのフランス語の授業ではなく、それ以上の何かがあった。」</p>
<p>「すべてがよかった。彼女と接して自分に自信を持つことができた。」</p>
<p>「高いヒールをはいて、皮のジャケットを着ていて他の先生とは違っていた」</p>
<p>ブリジットさんは、教え子に人間的に自信を与えるような広い心を持っていた、というのが共通した意見です。</p>
<p>またブリジットさんはもともとお金持ちだったため、お金のために働いていなかったという点も他の先生とは異なる要因でした。</p>
<h2>ブリジットさん、教師としてマクロン大統領に出会う</h2>
<p>そんなブリジットさんは1993年に教師として、生徒のマクロン大統領に出会います。マクロン大統領は彼女の直接の教え子ではありませんでした。</p>
<p>マクロン大統領はブリジットさんの長女と同じクラスでした。長女は「クラスになんでも知っている変わり者がいる」と話したそうです。</p>
<p>ブリジットさんは課外活動として演劇のクラブで教えていましたが、そこに当時生徒だったマクロン大統領が入会します。（You tubeではマクロン氏が演劇で演じているシーンを見ることができます。）</p>
<p>そしてブリジットさんは出会ってすぐにこの１6歳の生徒と恋に陥ってしまいました。<img class="size-medium wp-image-1273 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/heart-1503998_1920-300x212.jpg" alt="" width="300" height="212" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/heart-1503998_1920-300x212.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/heart-1503998_1920-768x544.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/heart-1503998_1920-1024x725.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/heart-1503998_1920-728x515.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>ブリジットさんはかつてこの禁断の関係について次のように話しました。</p>
<p>「感情を自由に表現できる演劇活動をしていると先生に恋をしてしまう生徒は多い。でもそれは普通片思いなのです。」</p>
<p>このような関係はもちろん波乱含みです。とりわけショックを受けたのはブリジットさんの実家でした。</p>
<p>当時15歳以上の未成年との性的関係を持った場合最大で3年の実刑という法律もありました。</p>
<p>2006年まで二人は別々に暮らし続けました。ブリジットさんも最初の結婚をすぐにご破算にすることはしませんでした。</p>
<p>しかし二人はこの10年以上の間に多くのラブレターを交わし、そしてひそかに会っていたことも否定していません。</p>
<h2>結婚までの13年の道のり</h2>
<p>2人が出会って恋に落ちてから<strong>結婚</strong>までに13年もの月日が必要だった、と聞くとわたしたちはマクロン大統領が結婚を決心するのには時間がかかったのか、と考えがちです。</p>
<p>もちろんそれも理由の一つだったのかもしれません。ちなみに2人はマクロン大統領が30歳の時に結婚しています。</p>
<p>しかしそれと同じか、それ以上に大きな理由はすでに結婚していたブリジットの３人の子供の存在だったそうです。</p>
<p>ブリジットさんの長女は、ブリジットさんが慎重な母親で、子供を傷つけないように結婚までのプロセスに時間をかけた、と証言しています。</p>
<p>長女から見ても、2人の関係は真剣な愛であることはすぐにわかったそうです。<img class="size-medium wp-image-1274 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hands-2847508_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hands-2847508_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hands-2847508_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hands-2847508_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hands-2847508_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>ブリジットさんは子供が新しい状況に適応できるように時間をかけて周囲の関係を作っていった、ということです。</p>
<p>その結果ブリジットさんの３人の子供は両親の離婚に直面して苦しむことがありませんでした。</p>
<p>そして子供たちは母親の通常ではありえない愛に理解を示したのです。</p>
<p>そしてついに2006年に離婚をして翌年マクロン大統領と結婚します。</p>
<p>もちろん彼らが結婚を成就するためには、多くの障害を乗り越えなければなりませんでした。</p>
<p>周りの人によれば「その大変さに比べたら、マクロン大統領が大統領選挙に出馬したことなど、なんてことはない」そうです。</p>
<p>ブリジットさんが小説の主人公だと言われる所以です。</p>
<h2>ファーストレディーとしてのブリジットさん</h2>
<p>結婚後まもなくしてブリジットさんは教師を辞めます。それは彼女が退職する年齢に近づいたからでもあります。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1269 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280-274x300.png" alt="" width="274" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280-274x300.png 274w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280-768x841.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280-935x1024.png 935w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280-728x797.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ancient-2029708_1280.png 1169w" sizes="(max-width: 274px) 100vw, 274px" />ちょうどその頃マクロン氏は大統領選挙にチャレンジしたいと考えており、ブリジットさんは彼を後方支援することを決意します。</p>
<p>周囲の人の話によれば、ブリジットさんには相手を前に進ませてしまうような、頼もしいコーチのようなところがあるそうです。</p>
<p>ジャーナリストたちは、マクロン氏が経済大臣だったころ、ブリジットさんがいつも経済省に出入りしていて、夫をサポートしていたと証言しています。</p>
<p>マクロン大統領が経済大臣を辞任する記者会見を開いたときにも、傍にはブリジットさんがいました。これはフランスでも大変珍しいことだったそうです。</p>
<p>その場でマクロン大統領は妻に対する敬意を評します。（you tubeにあります）</p>
<p>そして常に夫に連れ添って、コーチングをして、前に進ませ、ついには大統領選でも勝利に導きました。</p>
<p>今日ブリジットさんはフランス大統領夫人として、どのように振舞っているのでしょうか。</p>
<p>確かなことは、ブリジットさんがヒラリー・クリントン氏のように自分も前に出て行って政策に関与するようなタイプではない、ということです。</p>
<p>従来フランスの歴史を紐解くと、イギリスとは異なり女王が君臨したことはありません。</p>
<p>その結果王妃となるフランス女性の役割としては、影で夫を支える、というものでした。</p>
<p>自分が前面に出ない、という点ではファーストレディーとしてのブリジットさんもこの傾向を引き継いでいます。</p>
<p>ブリジットさんにとって何よりも大切なのは、夫のキャリアと評判。夫が大統領ならなおさらでしょう。</p>
<p>フランス大統領の公式サイトには、ブリジットさんの簡単な紹介のページがあります。</p>
<p>生まれ、３人の子供と７人の孫がいること、マクロン大統領との出会いなどに関するプライベート、中学、高校のフランス語、ラテン語の教員だったことなどが簡潔に紹介されています。</p>
<p>このサイトには写真もあります。https://www.elysee.fr/brigitte-macron</p>
<p>夫婦はかつてオープンな形でカップルとしてのあり方について、一度メディアに語ったことがありましたが、世間から好意を持って受け入れられませんでした。</p>
<p>その後自分たちのプライベートな側面について語らなくなりました。</p>
<p>ブリジットさんは、典型的なカップルではないからこそ、用心深く沈黙を保っていると考えられます。</p>
<p>ブリジットさんの長女やかつての教え子がメディアに登場しブリジットさんを擁護する発言をするとともに、かつての夫は沈黙を保っています。</p>
<p>ブリジットさんがメディアを十分に意識して行動しているのは、彼女のいかにもフランスを代表するおしゃれな身なりにも現れています。</p>
<p>一方マクロン大統領は歴代大統領で初めて、ファーストレディーの法的地位に関する憲章を発布しまし、大統領の配偶者は国家から一切報酬を受けないことなどを明記しました。</p>
<h2>終わりに</h2>
<p>ここではフランス女性としての、マクロン大統領夫人、ブリジットさんについて紹介しました。</p>
<p>ブリジットさんは現在フランス国民から高い人気を得ています。</p>
<p>それにはいくつか理由があります。</p>
<p>まず彼女が愛のために、申し分ない富裕な夫と別れたこと。</p>
<p>そして現在の彼女が伝統に忠実で夫をたてる妻の役割を演じているからです。</p>
<p>ある種の奇想天外さと伝統が同居するブリジットさんは、フランス人にとってはとても魅力的な<strong>フランス人女性</strong>のタイプなのです。</p>
<p>愛人、不倫、隠し子などの話が多いフランスの大統領の中で、唯一マクロン大統領は1人の女性に愛を捧げている。</p>
<p>そのような一途なマクロン大統領の姿を見て、少なくともフランス人女性はマクロン大統領に好感を感じるのではないでしょうか。</p>
<p>人々が結婚に求める目的には、大きく分けて二つあります。</p>
<ul>
<li>子供を産んで幸せな家庭を築く。</li>
<li>唯一無二の相手を探りあて、その相手との関係性を楽しむ。</li>
</ul>
<p>ブリジット・マクロンさんの人生は、１）と２）を別々の結婚に求め、唯一無二の人生を生きています。</p>
<p>また夫との出会いのきっかけが「文学」だったこともフランス的恋愛に拍車をかけました。</p>
<p>あらゆる社会環境やタブーから自由になり、個人として、自分の感情を表現できる純粋に文化的な環境の中で、2人は気づいたら他者と隔離された、二人だけの愛という名の気泡の中にいたのです。</p>
<p><iframe width="728" height="410" src="https://www.youtube.com/embed/dw-1cdNpaJg?feature=oembed" frameborder="0" allow="accelerometer; autoplay; encrypted-media; gyroscope; picture-in-picture" allowfullscreen></iframe></p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>５つのグラフから読み解くフランス人の異性婚、同性婚の特徴ー結婚離れが進むー</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e4%ba%ba-%e7%b5%90%e5%a9%9a%e9%9b%a2%e3%82%8c-%e5%90%8c%e6%80%a7%e5%a9%9a/</link>
		<pubDate>Sun, 23 Jun 2019 13:36:50 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス発ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[フランス人]]></category>
		<category><![CDATA[特徴]]></category>
		<category><![CDATA[結婚]]></category>

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		<description><![CDATA[ここではフランス人の最新の結婚事情（2017年）について５つのグラフから読み取れる最新の特徴をお伝えします。 ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>ここではフランス人の最新の結婚事情（2017年）について５つのグラフから読み取れる最新の<strong>特徴</strong>をお伝えします。</p>
<p>結論から言えば、パックスに押されて、フランス人の同性婚を含めた結婚数は減少傾向が続いています。</p>
<h2>１）同性婚を含めても、結婚するフランス人の総数は減少傾向にある</h2>
<p>2012年以来フランスでは結婚する人の数が減少し続け、2016年は最低数を記録しました。<img class="size-medium wp-image-1224 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin1-mariage-300x161.png" alt="" width="300" height="161" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin1-mariage-300x161.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin1-mariage-728x390.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin1-mariage.png 738w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>それから1年経った2017年は結婚する人の数はやや持ち直したものの、結婚するフランス人が減少しつつある、という一般的な傾向には歯止めがかかっていません。</p>
<p>結婚とは、正確には、役所に婚姻届を提出したカップルの数を指します。</p>
<p>2017年フランスでは226.671件の異性間の結婚、そして7244件の同性間の結婚が執り行われました。</p>
<p>結婚が減少傾向を続ける理由としては、フランス人が結婚以外の関係を選択することが増えたからです。下のグラフを見ると結婚をやめてパックス（PACS)を選ぶ人が増加しています。</p>
<p>2017年には186.000件のパックスによるカップルが誕生しましたが、その割合は結婚の80パーセントに迫る勢いです。<img class="size-medium wp-image-1250 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin2-pacs-300x223.png" alt="" width="300" height="223" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin2-pacs-300x223.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin2-pacs-768x570.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin2-pacs-728x540.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin2-pacs.png 780w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>結婚とパックスを合計すると以前は優勢だった事実婚（ユニオンリーブル）を上回っています。</p>
<p>まったく何もしないで同棲するのではなく、何らかの枠組みのもとで関係を育みたい、と考えるフランス人が多いことがわかります。</p>
<p>つまりいわゆる「フランス婚」（事実婚）が本国フランスでそれほど人気が高いわけでもない、ことを示しており、フランス人のある種の安定志向が読み取れます。</p>
<h2>２）男性同士の同性婚の７パーセントのフランス人カップルでは、二人の年齢差が20歳以上に及ぶ</h2>
<p>2017年に7244件の同性婚が祝福されました。これは前年度をわずかに上回った数字です。<img class="size-medium wp-image-1247 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin6-differencesgay-300x227.png" alt="" width="300" height="227" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin6-differencesgay-300x227.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin6-differencesgay-768x580.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin6-differencesgay-728x550.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin6-differencesgay.png 796w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>同性婚が合法化された2013年以来フランスでは、これまでに合計4万組の同性婚カップルが誕生しました。</p>
<p>その中の男女の比率は男性間の同性婚が21.000件、女性同士の同性婚が19.000件です。</p>
<p>男性の同性婚の数が上回ってはいるものの、それほど差がありません。</p>
<p>先日テレビの対談でピーコさんのボーイフレンドが20歳以上年下の若い男性だ、と話されているのを聞きましたが、フランスでもそうした年齢差の離れた同性婚のカップルが目立つ特徴となっています。</p>
<h2>３）フランス人の結婚は晩婚化している</h2>
<p>過去20年の間にフランス人の結婚年齢は5歳以上も遅くなりました。1997年にはフランス人女性は平均30歳で結婚しましたが、現在フランス人女性の平均結婚年齢は35歳と晩婚がなりました。<img class="size-medium wp-image-1226 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin３-differences-300x233.png" alt="" width="300" height="233" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin３-differences-300x233.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin３-differences-768x596.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin３-differences-728x565.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/achin３-differences.png 790w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>フランス人男性の結婚年齢はかつては32歳だったのが、現在では38歳まで上がりました。</p>
<p><strong>結婚</strong>年齢が上昇すると、すべての人生のイベントも遅くなっていく傾向があります。</p>
<p>カップルとして成立するのが遅いと、別れるのも遅くなります。フランスでは同棲をせずに結婚するカップルというのがほとんどいません。</p>
<p>またパックスを交わした後で結婚に移行するカップルもいます。</p>
<p>何年か共同生活をしてカップルとしての適正を見極めてから、結婚に踏み切るカップルもいます。そうなると、必然的に子供を産む年齢も遅れていきます。</p>
<p><strong>同性婚</strong>をする男性の平均年齢は44.3歳、女性は39.3歳とこちらは異性どうしの結婚の平均年齢をさらに上回る結果となっています。</p>
<p>このように今日のフランスにおいて晩婚は一大特徴と言ってもいいでしょう。</p>
<h2>４）３組の内２組の結婚で、女性が男性よりも若い</h2>
<p>多くのカップルでは、女性が結婚相手の男性よりも年齢が若いという特徴はこの20年以来変わっていません。1997年に女性は平均で２．５歳若かったのですが、2017年も２．６歳とほぼ横ばい状態です。</p>
<p>一方、男性のほうが女性よりも若いカップルは全体の23パーセントで、１２パーセントのカップルは同い年です。これらの特徴も1997年以来変わっていません。</p>
<p>また年齢差の離れたカップルの割合も横ばい傾向が続いています。１０歳以上歳の離れた男性と結婚する女性のカップルは10パーセント、１０歳以上女性が男性よりも年上の結婚は２パーセントにすぎません。</p>
<p>フランス人は自由恋愛を楽しむというイメージがありますが、実際にはフランス人は子供を産めるか産めないか、産むか産まないかを見極めてからパートナーを選んでいることが読み取れます。</p>
<h2>５）異性婚よりも同性婚のほうが、パートナー間の年齢差が拡大傾向にある</h2>
<p>同性婚では配偶者間の平均年齢差が６．1年と異性婚の４．３歳を上回ります。<img class="size-medium wp-image-1251 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin5-hogays-300x236.png" alt="" width="300" height="236" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin5-hogays-300x236.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin5-hogays-768x603.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin5-hogays-728x572.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/bchin5-hogays.png 774w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>とりわけ男性どうしの同性婚のカップルでは、平均で７歳以上も年齢が離れています。</p>
<p>同性婚が合法化された2013年当初、男性のカップルで50才、女性のカップルで40才が同性婚の平均でした。</p>
<p>ところが４年だって同性婚に踏み切る年齢も下がってきています。</p>
<p>2017年現在、男性では平均で45才、女性では40才で同性婚に踏み切っています。これは同性婚が社会に根付いてきたことを示しているのではないでしょうか。</p>
<h2>最後にー日本の状況と比較して言えること</h2>
<p>総じて、社交的な国民性を持つフランス人は、結婚に背を向けつつも、人生を謳歌するにはパートナーの存在が不可欠だと考えています。</p>
<img class="size-medium wp-image-1232 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280-300x195.png" alt="" width="300" height="195" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280-300x195.png 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280-768x498.png 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280-1024x664.png 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280-728x472.png 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/hearts-37308_1280.png 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>フランスでも異性婚においては、男性のほうが女性よりも年齢が高いことが「ふつう」です。</p>
<p>それでも全般的に結婚が晩婚化しているため、女性が子供を産む年齢も上昇しています。</p>
<p>現在先進国の中では、フランスはアメリカとともに比較的高い出生率を保っています。この二つの国では合計特殊出生率が２で、これはなんとか人口を維持するだけの頭数の子供が生まれていることを意味します。</p>
<p>ちなみに日本は1.4で少子化傾向に拍車がかかっています。</p>
<p>フランスの例から読み取れることは、子供が生まれてからの負担を軽減する措置に加えて、不妊治療の財政的援助も少子化に歯止めをかけるための一案である、ということです。</p>
<p>ちなみに、フランスでは社会保障制度の中に制限回数付きの不妊治療が含まれるようになりました。</p>
<p>しかし今後<strong>フランス人</strong>女性の晩婚化がさらに進んだ場合、いくら不妊治療を促進しても、年齢的な理由から出生率に悪影響を及ぼす可能性も出始めるのではないでしょうか。</p>
<p>同性婚において、フランス人のカップル事情は子供を持つことを前提とした異性婚よりも自由である、という結果が出ました。</p>
<p>それは平均すると、同性婚の平均年齢が異性婚のそれよりも遅いという点に端的に現れています。またパートナー間の年齢差も同性婚の方が異性婚よりも大きいという特徴があります。</p>
<p>これらの同性婚の傾向は、子供ではなく、純粋に人生の最前のパートナーを選び取った結果を示していると言えるのではないでしょうか。</p>
<p>生涯を共にする、と思えるようなパートナーをフランス語でhomme de sa vie, femme de sa vieと言いますが、そのような相手に巡り合うためには、ある程度の人間的成熟が必要になることを示しているのではないでしょうか。</p>
<p>20才以上の年齢の開きがある男性の同性婚のカップルにしても、どちらか一方の人間的成熟度がカップルのバランスの決め手となっていると考えられます。</p>
<p>現在日本でも比較的年齢の高い層の人たちの婚活もあたりまえになりつつありますが、その背景には人間的成熟度に焦点を当てたパートナー探し、といった側面もあると思います。</p>
<p>25才で求める相手と35才で求める相手は多少異なるかもしれませんが、40才を超えたパートナーの場合、その違いはさらに際立っていきます。</p>
<p>40才を過ぎれば、それ以下の年齢に比べ、人生における取捨選択がある程度明確になっているため、自分が望むパートナー像も明確化しています。</p>
<p>しかし、酸いも甘いもかみわけた成熟した女性は子供を産みにくい年齢に達している、というジレンマがあります。</p>
<p>そう考えると、多くのフランス人が若い頃に子供を持ちつつも、その後別れと出会いを繰り返す理由も透けてみえてきます。</p>
<p>子供かパートナーシップのどちらの充実を望むか。</p>
<p>現代のような変化の多い世の中で、一度の結婚で求めうるものをすべて同時に手中に入れられる人というのは、相当ラッキーな人だと言えるでしょう。</p>
<p>フランスフィガロ紙より　https://apc01.safelinks.protection.outlook.com/?url=http%3A%2F%2Fwww.lefigaro.fr%2Factualite-france%2F2019%2F02%2F26%2F01016-20190226ARTFIG00192-le-nombre-de-mariages-en-france-reste-historiquement-bas.php&amp;data=02%7C01%7C%7Cd6d7e2d7fd3349ca5b9508d6f21f58b0%7C84df9e7fe9f640afb435aaaaaaaaaaaa%7C1%7C0%7C636962613788349421&amp;sdata=uJqwUzMykFMfN5X7ar2hQOxK4fdZhW8E4zAzgE6YdKg%3D&amp;reserved=0</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>ゴーン 被告の妻のキャロルさん、トランプ大統領に窮状を訴える</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%82%b4%e3%83%bc%e3%83%b3%e6%b0%8f-%e5%a6%bb-%e3%83%88%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%97%e5%a4%a7%e7%b5%b1%e9%a0%98/</link>
		<pubDate>Wed, 19 Jun 2019 10:06:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス発ニュース]]></category>
		<category><![CDATA[ゴーン氏.妻.トランプ大統領]]></category>

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		<description><![CDATA[ゴーン被告が一度目に東京拘置所から保釈された後、わたしたちはマスコミを通じて頻繁に彼の近況について見聞きするこ...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p><strong>ゴーン</strong>被告が一度目に東京拘置所から保釈された後、わたしたちはマスコミを通じて頻繁に彼の近況について見聞きすることになりました。</p>
<p>ゴーン被告が彼の財力とは似つかわしくない「普通のマンション」に住み、新宿御苑を家族と仲良く散歩し、ホテルの高級レストランで食事を取る、などのニュースが流れました。</p>
<p>しかしゴーン被告の二度目の保釈以来現在まで、日本でゴーン被告の近況を耳にすることは全くありません。ゴーン被告がマンションから一軒家に移ったことぐらいでしょうか。</p>
<p>しかし海外では、ゴーン被告の妻、キャロルさんが活発な発言を続けています。それは日本におけるゴーン被告の沈黙とは「真逆」と言っていいほどのものです。</p>
<p>ここではキャロルさんがイギリスのBBC放送に応じたインタビューを中心に、彼女の公の発言について紹介するとともに、その国際世論、ゴーン被告の公判への影響について考えてみましょう。</p>
<h2><strong>キャロルさんの現在の微妙な立場</strong></h2>
<p>ゴーン被告の二人目の妻、キャロルさんは現在52歳です。2016年にキャロルさんにとっても二度目の結婚を果たしたわずか２年後に夫であるゴーン被告のスキャンダルが発覚しました。</p>
<p>キャロルさんは、ゴーン被告と同じくレバノン出身。長らくアメリカに住み、ニューヨークをベースにして中東から着想を得たファッションビジネスを手がけてきた生粋のビジネスウーマンです。</p>
<p>ところが現在のキャロルさんは、これまでのキャリアウーマンとしての人生を払拭して、自分が何よりも家庭の主婦として生きてきたことを強調します。</p>
<p>「わたしは３人の子供たちを育て上げた主婦にすぎません。それなのに（日本のメディアは）わたしのことを共謀者に仕立て上げようとしています。」</p>
<p>これはとても興味深い「豹変」です。この発言はゴーン被告のスキャンダルにおけるキャロルさん自身の微妙な立場を意識した発言だと考えるべきでしょう。</p>
<h2>ゴーン 被告の妻キャロルさん、トランプ大統領に窮状を訴える</h2>
<p>ゴーン被告は自動車業界において世界的成功を手中に収めました。しかし現在では「かつての日産の経営者」として、日本において複数の容疑にかけられています。</p>
<p>２年前からゴーン被告の妻となったキャロルさんは、それまで夫が社長だった「ビューティーヨット」という会社の代表を受け継ぎました。この会社はタックスヘブンとして知られるイギリス領ヴァージン諸島に所在の会社です。</p>
<p>今回ゴーン被告から数億円のお金がこの会社に流れたのではないかと言われています。</p>
<p>そのような事実が明らかとなった後2019年４月の早朝に警察が東京にあるゴーン夫妻のアパートを再度家宅捜査しました。この時ゴーン被告は再度身柄を拘束されました。</p>
<p>キャロルさんは、早朝の５時１５分に２０人の警官が自宅に入ってくる、というのは涙なしには語ることのできないエピソードだったと強調します。</p>
<p>「それはわたしたちを怖がらせ、辱めるためのものだった」とキャロルさんはBBCに説明しました。シャワーを浴びたあと婦人警官から「タオルを渡された。」</p>
<p>ゴーン被告の二度目の保釈後、夫妻はお互いとの接見を禁じられました。そしてキャロルさん自身、検察当局の聞き取り調査を受けました。</p>
<p>それ以後もキャロルさんは、欧米諸国のメディアに対する働きかけをあきらめません。</p>
<p>キャロルさんは日本の検察当局による聞き取り調査について、「夫の立場を弱体化するために、わたしをスキャンダルの一部に巻き込むための策略にすぎない」と説明しています。</p>
<p>日本でG20が開催される前夜には、メディアを通じてトランプ大統領に夫の救済を求めました。</p>
<p>「今月末にG20で主要先進国の指導者が集まる。だからわたしは<strong>トランプ大統領</strong>が安倍首相に対して公正な条件のもとで裁判が行われるよう、頼んでもらいたい、と思っています。」</p>
<p>「（わたしが直接）夫と話せるようにとりはかってもらいたい、ゴーン被告の推定無罪も尊重してもらいたい」と訴えました。</p>
<p>その一方でキャロルさんはあくまでも自分で判断して行動していることを強調しています。</p>
<p>「（夫の日本人）弁護士たちからは、わたしが何を言っても公判では夫に不利に働いてしまうから、何も言わないようにと口封じをされました。でもわたしは夫を取り返したい。彼と一緒に戦いたい。わたしは彼が無実だと信じている」</p>
<p>キャロルさんによれば、ゴーン被告が逮捕されたのは「彼がルノーによる日産の買収を計画していたからだ。夫を排除するための陰謀だった」と答えています。「そして夫が決して公正な裁判を受けることはなない」とも。</p>
<p>キャロルさんは夫が無実だと強く主張する一方で、ゴーン被告の容疑については沈黙を保っています。</p>
<p>この点でキャロルさんの態度は日本におけるゴーン被告の態度と一致します。</p>
<p>以上のことから、キャロルさんはゴーン被告の事件については沈黙を保っている一方で、国際世論に向けて日本の司法が公正ではないことを強く強調していることがわかります。</p>
<h2>フランスではゴーン被告の家宅捜査が始まる</h2>
<p>一方フランスでも、ゴーン被告に対する（日本とは）別の捜査が始まっています。2016年10月にゴーン被告はベルサイユ宮殿でキャロルさんと結婚式を執り行いました。</p>
<p>緑色のドレスを着たキャロルさんがゴーン被告と微笑んでいる写真は日本でもおなじみのものとなりましたが、それはベルサイユ宮殿の結婚式の時のものでした。</p>
<p>ゴーン被告に対する新たな容疑とは、ルノーがヴェルサイユ宮殿と交わした芸術支援協定を乱用して、ゴーン被告は自分の私的イベントである結婚式会場として、ヴェルサイユ宮殿を無償に借りうけたというもの。</p>
<p>もし自分で支払っていればその費用は50000ユーロ（およそ600万円）に上った、ということです。</p>
<p>これ以外に別の疑いも上がっています。とりわけ昨年３月末に交わされた数百万ユーロにのぼる契約書に対してフランスの警察当局は疑いの目を向けています。</p>
<p>この契約書はルノーからオマーンの会社に自動車を販売したことを示すものですが、それは日本のマスコミでも報道されたのと同じ自動車輸入、販売会社だということです。</p>
<p>同じようなお金の流れがすでに日産からも報告されており、それは日産ではなくゴーン被告が私的に流用するための資金だったのではないか、との容疑があります。</p>
<p>ゴーン被告の<strong>妻</strong>であるキャロルさんも一連のお金の動きに関わっていたのでしょうか。</p>
<img class="size-medium wp-image-1185 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/archaeology-3504441_1920-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/archaeology-3504441_1920-300x199.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/archaeology-3504441_1920-768x510.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/archaeology-3504441_1920-1024x681.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/archaeology-3504441_1920-728x484.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>最近では日本の検察当局の要請に応じて、スイスもゴーン被告のお金について調査を始めたそうです。</p>
<p>世界をまたにかけた金の動きの倫理的是非については、今後裁判の中で明らかになっていくでしょう。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<h2><strong>日本でのあの事件発覚さえなかったら・・・・</strong></h2>
<p>今回の事件の結果、ルノーと日産の関係は大きく変わりました。ルノーのスタッフで日産に出向していたフランス人の中には、プロジェクトがなくなってしまったため、本国に帰ることになってしまった人もいました。</p>
<p>彼らは、自国ではゴーン被告ほどの要人が検察当局からこのような対応を受けることはまずないために、いまさらのように日本とフランスのギャップに気づいてショックを受けました。</p>
<p>確かに、日本でのスキャンダルが発覚せずに、ゴーン被告に対する嫌疑がフランス国内、つまりルノーに関するものだけだった場合、ここまで信用と実績を失うことはなかったでしょう。</p>
<p>フランスでは、シラク元大統領を始め、国家の要人による金銭スキャンダルに対して、厳しいお咎めがなされたことがないからです。</p>
<p>政治家や著名人を逮捕するか、否か、それが日本とフランスの司法の違いである、と言えるほど、この点は日本とフランスで異なる点です。</p>
<p>このようなフランスをめぐる状況も、当事者が事件を受け入れることを難しくしているのでしょう。</p>
<h2><strong>最後に</strong></h2>
<p>最後にキャロルさんのメディアへの発言の動機について整理してみましょう。</p>
<p>まず第一に、かつてのセレブが現在の窮状に対する特別扱いを求めている、という解釈が可能です。</p>
<p>少なくとも日産内においてはかつてのフランスの絶対君主のように振舞っていたゴーン夫妻が今更「わたしたちは傷ついた、苦しい」といくら強調したとしても一般の人々からのシンパシーを受けるのは難しいのではないでしょうか。</p>
<p>次に、自分が主婦である、と強調するキャロルさんは自身の事件への関与を否定しているようにも思えます。</p>
<p>彼女は３人の子供を生み育てた、と強調することで、あたかもゴーン氏との再婚前の自分の人生についてより強調している印象を与えます。</p>
<p>その点では自分の保身のために発言していると取れます。</p>
<p>最後に日本の司法に対する批判について。</p>
<p>これは欧米の国際世論の合意を取り付けることができる唯一のポイントです。</p>
<p>キャロルさんはゴーン被告のいわゆる「人質司法」を問題視し、推定無罪の原則に反していると指摘します。「非人間的であり残酷だ」と強調し続けています。</p>
<p>これについては欧米のメディアも同じ態度です。</p>
<p>例えばフランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュは「自白第一主義」を問題視し、「強く問題を指摘したいのは『まず拘束し次に罪状を決める』ことだ」と批判しています。</p>
<p>その上で「ゴーン被告はその論理をはね返すことができず、その結果自分を守るすべが無かった」とゴーン被告寄りの見方を示しました。</p>
<p>この見方が正しいかどうかは、今後裁判が始まることによって明らかになるでしょう。</p>
<p>少なくともゴーン被告の視点から見た場合、日本の司法に対する国際世論を自分たちの味方につけることによって、裁判を少しでも自分たちに有利に運ぼうとする可能性は否定できません。</p>
<p>これは一種のイメージ戦略とも考えられます。ゴーン被告がyou tubeで日本人に対して自分がお金のみに執着した悪者ではない、と強調したのと同じ類のものです。</p>
<p>その意味ではキャロルさんの言葉とは裏腹に、キャロルさんの行動の背後にはゴーン被告の弁護士が控えているでしょう。</p>
<p>日本でゴーン被告がどのように裁かれるのかは今後の裁判を待つしかありません。</p>
<p>一方、キャロルさんの発言は現在の日本の司法をめぐる国際世論の批判的な見解と一致するため、人権をめぐる日本の好ましくないイメージを助長する側面があります。</p>
<p>その結果、国際世論が今後の日本の司法のあり方に何らかの影響を与える可能性を否定することはできません。</p>
<p>https://www.bbc.com/news/business-4860407</p>
<p>https://www.jiji.com/sp/v4?id=20190308CarlosGhosn0003</p>
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			</item>
		<item>
		<title>フランス食文化の意外な特徴-ブラスリーとビール</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9-%e9%a3%9f%e6%96%87%e5%8c%96-%e7%89%b9%e5%be%b4/</link>
		<pubDate>Sun, 16 Jun 2019 02:44:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[未分類]]></category>
		<category><![CDATA[フランス文化]]></category>

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		<description><![CDATA[フランス料理と言えば、中国、トルコとともに世界の三大料理と言われるほど、世界を代表する料理として有名です。 と...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>フランス料理と言えば、中国、トルコとともに世界の三大料理と言われるほど、世界を代表する料理として有名です。</p>
<p>ところがフランスの<strong>食文化</strong>というのは、一つにまとめることができないほど、多種多様です。</p>
<p>わたしたちがイメージする伝統的なコース料理に加えて、地域の特産物を使った郷土料理、外国の影響でフランスの食文化に取り入れられたものなど様々です。</p>
<p>例えば北アフリカで食されるクスクスやタンジン などは、今日フランスの食文化に欠かせないものです。</p>
<p>ここではフランスの食文化の知られざる特徴として、ブラスリーを紹介します。</p>
<p>ブラスリーではワインではなくビールが通常ですが、そんなブラスリーで最近話題になっているゴスというビールの独特な特徴についてもご紹介します。</p>
<h2>フランス革命とフランスの食文化</h2>
<p>フランス料理というと結婚式などのコース料理、宮中の晩餐会や外国人要人のおもてなしの際に食されるいわゆるフランス料理のイメージが強いのではないでしょうか。</p>
<p><img class="size-medium wp-image-1195 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-300x162.jpg" alt="" width="300" height="162" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-300x162.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-768x415.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-1024x554.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/ham-4059237_1920-728x394.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />このイメージの原型となったのが、ベルサイユ宮殿に象徴される絶対王政の時代の宮廷の食文化でした。</p>
<p>当時のフランス（17世紀後半から18世紀にかけて）はヨーロッパでもっとも文明の進んだNo1の国家でした。</p>
<p>フランス語はヨーロッパの共通語で、ヨーロッパ諸国の上流階級の若い男性たちは、ヴェルサイユ宮殿を訪れて、当時最も洗練されていると考えられていたフランスの王室のプロトコール、マナーについて学びました。</p>
<p>フランスのブルボン王朝に仕えたコックたちはヨーロッパで随一と言えるほどの食文化のマジシャンだったのです。</p>
<p>しかしフランス革命が起こると、これらの腕利きのコックたちは職を失ってしまいます。</p>
<p>彼らは民主化が進行するフランスで、パリなどの都市にレストランを開業し、それまで王侯貴族文化とは縁がなかった、しかし財政力を持つ裕福な人々を顧客として招き入れます。</p>
<p>革命の混乱を収拾したナポレオンは、王政の時代のフランスの文化を復活させました。その一例がフランスの宮廷料理でした。</p>
<p>ナポレオンは過去のフランス王政の栄光となった食文化をフランスの国民性と結びつけ、フランス文化として世界中に伝搬しようとしました。</p>
<p>この目的のために、ナポレオンはかつての王侯文化の極みとも言える食文化をもとにした食の百科辞典を編纂するとともに、「美食学」を打ち立てました。<img class="size-medium wp-image-1151 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-1024x683.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/restaurant-1763081_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>ナポレオンは、どんな文化背景を持った人でも、普遍的な文明的価値を持つフランス料理を同じように作ることができるように、とこの百科事典を編み出したそうです。</p>
<p>美食学とは、フランスの食文化の「人権宣言」と言ってもいいかもしれません。</p>
<p>20世紀になると、さらにフランス料理の体系化が進みました。しかしこの時も王侯貴族の伝統に基づいたフランス料理が中心で、フランスの地方にある様々な固有な食については軽視される傾向がありました。</p>
<p>実はフランスの食文化の醍醐味は地方にあります。フランスの食文化のユニークな特徴を知りたければ地方で食事を堪能するのが一番なのです。</p>
<p>それぞれの地域にはその地域の気候や土地の種類から影響を受けた郷土的特徴（terroir）があり、異なる郷土には異なる味、食文化が育つと考えられています。</p>
<p>そして近年食材のクオリティーに対する関心が高まるにつれて、地域によって異なる特徴を持つフランスの地方の食文化も見直されつつあります。</p>
<p>フランスの食文化のもう一つの特徴として、外国の影響を受けてきた、という点が挙げられます。</p>
<p>島国の日本とは違って、フランスは四方を外国に囲まれた典型的な大陸国家です。イギリス、ドイツ、ベルギー、スイス、イタリア、スペインなどと国境を接しているのです。</p>
<p>そして古代ローマの時代から、これらの国境を通じて、異なる食文化がフランスにもたらされました。</p>
<p>ここではその一例として、ライン川を超えたドイツの料理の影響のもとにできたブラスリーとそこで食されているドイツに影響を受けたフランス料理についてご紹介します。</p>
<h2>Brasserie： ブラスリーとは何か</h2>
<p>最近日本でもブラスリーが増えてきました。ブラスリーとはもともとフランスのレストランの一形態です。</p>
<p>ここではフランスの食文化の視点から見た、ブラスリーが持つユニークな<strong>特徴</strong>をご紹介します。</p>
<p>フランス語のbrasserieとは、中世フランス語に由来します。もともとビール醸造所、を意味しましたが、その後それが派生してビール醸造ビジネス、などの意味も持つようになりました。<img class="size-medium wp-image-1144 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/brasserie-1329543_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>1870年の普仏戦争に敗戦し、ドイツとフランスの国境地帯にあるアルザス・ロレーヌ地方がドイツに属すことになりました。</p>
<p>アルザス・ロレーヌ地方に住む人たちの食生活は、フランス的でありながら、同時にドイツの影響も強く受けています。フランス語ではドイツ料理で知られるザワークラフトはフランス語ではシュークルート(choucroute)と言いますが、フランスではザワークラフトはアルザス・ロレーヌ地方特産の料理として知られています。</p>
<p>1870年にドイツに占領されたアルザス・ロレーヌ地方を離れて、パリへ移住してきたこの地方の人々が始めたザワークラフトとビールを提供する店がフランスにおけるブラスリーの始まりでした。</p>
<p>その後ブラスリーはフランスに在住するドイツ人向けのレストランとして知られることとなります。<img class="size-medium wp-image-1158 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-300x300.jpg" alt="" width="300" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-300x300.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-150x150.jpg 150w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-768x768.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-1024x1024.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/glass-3467598_1920-728x728.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>そこで給されるのは、ソーセージ、ハムなどのドイツの食材、ビールなどでした。</p>
<p>そして次第にビアホールのようにビールを主体とした酒と食事を提供するレストランとして知られるようになりました。</p>
<p>ブラスリーには給仕がつき、印刷されたメニューがあり、テーブルには、白いリネンのテーブルクロスが敷かれており、それなりにきちんとしたイメージです。</p>
<p>19世紀末のヨーロッパはアールヌーボーたけなわ。その関係で同じ時代にできたブラスリーの内装は、ステンドグラスなどを含めたアールヌーボーの内装をもつ高級ブラスリーも少なくありません。</p>
<h2>今フランスで最も旬なビール：ゴス（la gose）</h2>
<p>最後に、現在フランスで最も注目されているユニークなビールについて紹介しましょう。</p>
<p>フランス人の中には旅行好きが多いですが、彼らは料理を通じた旅行も楽しみます。そんな新しもの好きのフランス人の間で現在注目されているのが、ドイツのビール、ゴスです。</p>
<p>ゴスというのは日本では全く知られていないビールの種類ですが、フランスでもつい最近知られるようになってきたビールです。</p>
<p>同時にゴスは、実はヨーロッパ中世の時代から存在する、古く由緒のあるビールでもあるのです。</p>
<p>14世紀の中世後期、ドイツのゴスラーという中世都市でゴスという変わったビールの製法が考案されました。ちなみにゴスラーというのは現在では中世の面影を残した観光地になっているようです。</p>
<p>（ゴスラーについては以下のリンクをご覧ください）<img class="size-medium wp-image-1208 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-768x513.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-1024x684.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/goslar-354225_1920-728x486.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" /></p>
<p>https://www.google.com/maps/place/ドイツ+ゴスラー/@51.9253361,9.9232232,9z/data=!4m5!3m4!1s0x47a5409a8340441b:0xa340eceac807c2b!8m2!3d51.9059531!4d10.4289963</p>
<p>ゴスというビールの名前はゴスラーを貫いていた川の名前に由来します。</p>
<p>しかしゴスがビールの名前として一般的に知られるようになるのは18世紀のことでした。このころになるとこの地方特有のビールとしてその名前を知られるようになりました。</p>
<p>この地域が第二次世界大戦後ソ連によって占領されるようになると、ゴスの製造が止まってしまいました。ソ連邦が崩壊し、東西ドイツが統一された結果、再びゴスの製造が再開しました。</p>
<p>ゴスは一般的ないわゆるビールとは、その醸造の仕方が異なります。<img class="size-medium wp-image-1155 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-181x300.jpg" alt="" width="181" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-181x300.jpg 181w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-768x1272.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-618x1024.jpg 618w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose-728x1205.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/gose.jpg 1208w" sizes="(max-width: 181px) 100vw, 181px" /></p>
<p>ビールの純粋さによってビールのランク付けをしているReinheitsgebotによれば、ゴスはモルト、ホップ、水以外の成分を含むため、実は正式にはビールとしては認められていません。</p>
<p>ゴスは乳酸発酵を採用しており、その醸造方法が極めて特殊です。</p>
<p>その結果、一般のビールは小麦を主体としたモルトが原材料を使っているため透明ですが、ゴスは濁っています。さらにゴスに加える原材料によって、その色が変わっていきます。</p>
<p>味の特徴としては、苦くて甘い、かすかに塩と香料が効いていて、とてもユニークな特徴を持っています。</p>
<p>このビールに特有な清涼感は、乳酸化によって、酸っぱさと甘さが同居しているためです。</p>
<p>こうした複雑な特徴を持つため、ゴスの酸っぱさと相性のいいフルーツなどを加えたり、塩気を強めるために海藻を加えたりして、味の変化を楽しむことができます。<img class="size-medium wp-image-1146 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-200x300.jpg 200w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-768x1152.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-683x1024.jpg 683w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920-728x1092.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/raspberry-756484_1920.jpg 1280w" sizes="(max-width: 200px) 100vw, 200px" /></p>
<p>一般的にアルコール濃度は５%です。しかし製造者によってはもう少し強いアルコール度のゴスもあります。</p>
<p>カルパッチョなどをつまむと、ゴスの酸っぱさと清涼さが強調されますし、生牡蠣を食べつつ飲むとヨウ素の匂いが強まります。</p>
<p>いちごなどの少々酸っぱいフルーツとともに飲むと、ビールの甘さが引き立ちます。</p>
<p>このようにゴスはこの酒を作る製造者の好みによって異なる風合いを楽しむことができます。個々人の好みによって様々な前菜のお供となるため、飲み手を選びません。</p>
<p><strong>フランス</strong>のブラスリーを訪れた際には、ぜひゴスを試してみてください。初夏から夏にかけて清涼感とともに楽しめるビールに間違いありません！</p>
<img class="size-medium wp-image-1150 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1-728x546.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/06/beer-968496_1280-1.jpg 1280w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
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			</item>
		<item>
		<title>マリーアントワネットは、実はファッションの女王だった？</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%9e%e3%83%aa%e3%83%bc%e3%82%a2%e3%83%b3%e3%83%88%e3%83%af%e3%83%8d%e3%83%83%e3%83%88%e3%83%95%e3%82%a1%e3%83%83%e3%82%b7%e3%83%a7%e3%83%b3%e5%a5%b3%e7%8e%8b/</link>
		<pubDate>Thu, 14 Feb 2019 02:31:34 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランス豆知識]]></category>
		<category><![CDATA[ファッション]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[マリーアントワネット]]></category>
		<category><![CDATA[女王]]></category>

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		<description><![CDATA[今日ファッションの都は世界にあちこちにあります。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京、アントワープ・・・・・・...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>今日ファッションの都は世界にあちこちにあります。ニューヨーク、ロンドン、ミラノ、東京、アントワープ・・・・・・。</p>
<p>今日パリは世界で唯一の<strong>ファッション</strong>の都ではないかもしれません。でもハイファッションに限定すれば、パリは現在でも「世界で唯一のファッションの都」であり続けています。</p>
<p>ハイファッションとはフランス語のhaute couture（オートクチュール）の訳で、日本語で言えば高級ファッションです。プレタ・ポルテ、ストリートファッションではなく、注文服を指します。</p>
<p>パリがハイファッションの都となったのは、18世紀の絶対王政のこと。とりわけフランス革命に断頭台に消えた悲劇の女王、マリーアントワネットは彼女の卓越した美的感性によって、パリを現代に続くハイファッションの世界的都市に押し上げるのに貢献しました。</p>
<h2>18世紀後半、パリは世界のファッションの都になった</h2>
<p>今日パリ発のファストファッションは存在しません。</p>
<img class="size-medium wp-image-1028 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-300x200.jpg" alt="" width="300" height="200" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-300x200.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-768x512.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-1024x682.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/three-3075752_1920-728x485.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>その一方でパリの街にはハイ・ファッションを作り出す空気が漂っています。イブ・サンローランやシャネルは、パリ以外の街で誕生することはなかったでしょう。</p>
<p>それはパリには他の都市にはないファッションの歴史的伝統があるからです。フランスにおけるファッションのルーツは厳密には中世にさかのぼります。</p>
<p>でもパリがハイ・ファッションの都となった決め手は、17世紀から18世紀にかけての絶対王政の頃のことでした。それにはおよそ３つの要因があります。</p>
<p>１）フランスが贅沢品の生産国、輸出国としてリーダーになったこと。</p>
<p>２）ファッション、インテリア、コーヒー、ココア、お茶などの新しい習慣や食事を含めて、時代の最先端を行くライフスタイルを作り上げたこと。</p>
<p>３）植民地から様々な資源や新しいスタイルを取り入れることができたこと。</p>
<p>太陽王と呼ばれたルイ14世から始まって、ルイ15世、ルイ16世の妻や愛人たちは、パリファッションのトレンドセッターとなりました。ポンパドール夫人は「私の楽しみは金庫に入っている金について考えることではなく、それを出費してしまうことよ」と言っています。</p>
<p>今日のファッションの都、パリを築いたのは王室の伝統だけではありません。とりわけ1715年はフランスのハイファッションの歴史の分岐点でした。</p>
<p>それまで宮廷を支配していたのは堅苦しいまでのエチケットやマナーでした。1715年以降パリには形式を重んじない、自由な気風が生まれたのです。</p>
<img class="size-medium wp-image-1023 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-237x300.jpg" alt="" width="237" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-237x300.jpg 237w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-768x973.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-808x1024.jpg 808w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920-728x923.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/franz-winterhalter-92250_1920.jpg 1515w" sizes="(max-width: 237px) 100vw, 237px" />
<p>当時パリでは上層階級の女性はまばゆいばかりの内装が施された自宅のリビングをサロンとして解放し、顧客を招き入れ、会話を楽しみました。そしてパリにはオープンで都会的な文化が開花したのです。</p>
<p>当時イギリスやアメリカな裕福な旅行者たちはこぞってパリへ旅行に出かけましたが、パリジャンが新しい装いに夢中になっていることを目の当たりにして、強い驚きを示しています。</p>
<p>ある程度裕福な<strong>フランス</strong>の地方に住むフランス人や、外国人も、当時発刊されるようになったパリ発のファッションを読んで、こぞってパリのファッションを真似しようとしました。</p>
<p>こうした自由な気風、ファッションは古くからの宮廷の伝統とブレンドされることによって、パリは世界のハイファッションの都となったのです。その結果フランスでは、ファッションを「装う人の個性の表現」と捉えられる伝統が誕生しました。</p>
<h2>技術革新とファッション</h2>
<p>18世紀パリのファッションブレークを下支えしたのは、好調なフランス経済と技術革新でした。とりわけそれまで存在しなかった新しい布、素材が次々と誕生しました。</p>
<p>白いコットンのモスリン、絹や毛のジャージーなどです。</p>
<p>刺繍の入ったベルベットのコート、肘までのズボン、音のするシルクのタフタドレス、パニエによって膨らんだ腰、パウダーのかかった髪型。これらが当時のパリ発の最新のファッションでした。</p>
<h2>ファッションブームの立役者、ローズ・ベルタン</h2>
<p>パリをハイファッションの都に仕立て上げた立役者が、庶民階級出身の女性、ローズ・ベルタンです。</p>
<p>ベルタンは衣服やレース、羽、ボネ、センスなどのアクセサリーを売るばかりでなく、王室を中心とした顧客に対してスタイリストの役割を果たしました。実際ベルタンはマリーアントワネットのスタイリストとしても知られ、彼女は別名「ファッション大臣」として知られるようになりました。</p>
<h2>ロココスタイルから古典主義へ</h2>
<p>1770年マリー・アントワネットは14歳でオーストリア・ハンガリー帝国からフランスに嫁ぎます。当時ヴェルサイユ宮殿を含めてヨーロッパ全ての宮廷で、フランス風宮廷服が唯一の模範でした。もちろんマリーアントワネットも当初はそれに従っていました。</p>
<p>それは前開きのゆったりしたローブ・ヴァラントを盛装用にしたもので、後肩に縫い付けられた幅広い平たいダブルプリーツが流れるような裾のラインに特徴があります。</p>
<p>また逆三角形のボディス、数段のレース、薄い布の裾飾り、パニエで左右に大きくはったペティコートなどもその特徴でした。コルセットで胴体をきつく締め付けて胸を高くすることによって、逆三角形のボディーにほっそりしたウエストを強調させていました。</p>
<p>ところがパリの都会文化が育つに従って、次第に伝統的な宮廷のドレスが古臭く見えるようになって行きました。とりわけ締め付け型のドレスや重々しいガウンは旧態依然とした宮廷のしきたりを象徴しているかのように見えたのです。</p>
<p>そんな中でマリーアントワネットはベルタンを自分の衣装係に採用します。「ファッション大臣」に支えられたマリー・アントワネットは、ヨーロッパのファッション女王として君臨しました。</p>
<img class="size-medium wp-image-1032 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-240x300.jpg" alt="" width="240" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-240x300.jpg 240w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-768x962.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-818x1024.jpg 818w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun-728x911.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/MA-Lebrun.jpg 1000w" sizes="(max-width: 240px) 100vw, 240px" />
<p>とりわけ自由な気質で美しいものや新しいもの好きだったマリー・アントワネットは、率先してコルセットを外してシュミーズドレスを着用しました。</p>
<p>これは当時の宮廷では「革命」と捉えられるほどの事件でした。シュミーズドレスは当時は部屋着のようなもので、公の場で着用することは考えられませんでした。</p>
<p>ところが当時の記録によれば、マリーアントワネットはシュミーズドレスを着て宮廷の要人とも会見したそうです。このような女王のファッションは宮廷に大スキャンダルを巻き起こすとともに、多くの上流階級の女性がこぞって女王の真似をしました。</p>
<p>その後フランス革命が勃発した後シュミーズドレスはパリで大流行します。そしてパリばかりかフランス全体に普及して行きます。</p>
<img class="size-medium wp-image-1030 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-222x300.jpg" alt="" width="222" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-222x300.jpg 222w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-768x1039.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-757x1024.jpg 757w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/David_-_Portrait-728x985.jpg 728w" sizes="(max-width: 222px) 100vw, 222px" />
<p><strong>マリーアントワネット</strong>が流行らせたのはシュミーズドレスばかりではありません。彼女は重たい金やパールのジュエリーを嫌がり、手袋、レースのハンカチ、センス、リボン、ストールなどを愛用しました。</p>
<p>マリーアントワネットは宮廷の重たい装いではなく、パリの都会的で軽やかなファッションを好んだのです。そんなマリーアントワネットのファッションは現在のフランス人女性のファッションにも受け継がれています。</p>
<p>例えばストールの掛け方として、フィシュマリーアントワネット、というスタイルがあります。それは四角いストールを三角の形にして女性の頭や肩にかけることを意味しますが、これもマリーアントワネットが流行らせたスタイルでした。</p>
<h2>マリーアントワネットはファッションクイーンであり続ける</h2>
<p>今日世界中の人々がマリー・アントワネットに抱くイメージは様々です。</p>
<img class="size-medium wp-image-1021 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-300x225.jpg" alt="" width="300" height="225" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-300x225.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-768x576.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-1024x768.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/paris-291604_1920-728x546.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>日本では悲劇のクイーンとしてマリー・アントワネットは大人気です。マリーアントワネット展が頻繁に開かれています。</p>
<p>本国フランスでは少し事情が違います。人々は政治的な目でマリーアントワネットを見ます。</p>
<p>現在でもフランスにはかつてのフランス王政を支持する人がいますが、彼らはマリーアントワネットに親愛の情を持っているでしょう。しかし大半の庶民のフランス人たちは、マリー・アントワネットはフランス王国の女王に値しない外国の女性だった、と冷たく見放しています。</p>
<p>歴史舞台の中心人物であったマリーアントワネットについての見方が、人や文化によって異なるのは避けられません。しかし文化の視点から見たとき、ファッションクイーンとしてのマリーアントワネットを否定する人はいないでしょう。</p>
<p>マリーアントワネットは唯一愛人を持たない堅物の国王の妻でした。そんな夫はマリーアントワネットにベルサイユ宮殿の娯楽係を命じました。</p>
<p>マリーアントワネットのおかげでベルサイユ宮殿はお祭り気分で盛り上がりました。週に２回のダンスパーティーと演劇。それに加えて多くの儀式、晩餐会。そしておしゃれなファッションや遊び・・・・。</p>
<p>当時それまで固定されていた身分や階級の違いは薄れかけていました。お金のあるブルジョワ階級は金欠のフランス王政から貴族の位を買うこともできました。</p>
<p>そんな社会の流動性と閉塞性が混在する中、ヴェルサイユ宮殿を訪れる全ての人にとっても着飾ることの意味合いが変化して行きます。衣装は身分を表現するものではなく、個人としてのアイデンティティーを示すものへと変化して行きました。</p>
<p>そして個人としてのアイデンティティーからファッションを楽しんだ最初の人がマリーアントワネットだったのです。その意味でマリーアントワネットは現代に続くファッションのあり方を規定した最初の女性、と言えます。</p>
<p>ディオールの専属デザイナーを突如退任したイギリス人デザイナー、ジョン・ガリアノ。</p>
<p>彼は2010年春夏のディオールのコレクションで驚くべき斬新なマリーアントワネットスタイルを復活させました。詳しくは下のブログを訪問して見てください。</p>
<p>http://sfair.blogspot.com.sanityfairblog.com/2010/02/john-gallianos-marie-antoinette.html</p>
<p>マリーアントワネットは今日でもフランスのファッションの<strong>女王</strong>であり続けています。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
			</item>
		<item>
		<title>あなたもこれで恋愛上手になれるー『星の王子さま』 の名言から読み解くフランスの恋愛ー</title>
		<link>https://francechapeau.com/%e3%83%95%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%82%b9%e6%81%8b%e6%84%9b%e5%90%8d%e8%a8%80/</link>
		<pubDate>Wed, 13 Feb 2019 01:57:09 +0000</pubDate>
		<dc:creator><![CDATA[francechapeau]]></dc:creator>
				<category><![CDATA[フランスの恋愛]]></category>
		<category><![CDATA[フランス]]></category>
		<category><![CDATA[名言]]></category>
		<category><![CDATA[恋愛]]></category>

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		<description><![CDATA[アントワーヌ・ド・サン＝テグジュペリ（D’Antoine de Saint-Exupéry, 1900 年―1...]]></description>
				<content:encoded><![CDATA[<p>アントワーヌ・ド・サン＝テグジュペリ（D’Antoine de Saint-Exupéry, 1900 年―1944年）が書いた『星の王子さま』は、フランスの文学作品として世界で絶大な人気を誇っています。</p>
<p>『星の王子さま』は、聖書の次に世界中で一番読まれているストーリーです。もちろん日本でも老若男女、多くの人が『星の王子さま』のファンです。</p>
<p>『星の王子さま』には友情、旅行、愛、空間、危険など様々なテーマが盛り込まれています。そして『星の王子さま』はフランス的恋愛に関する名言の宝庫でもあります。</p>
<p>ここでは『星の王子さま』が伝えるフランス的<strong>恋愛</strong>観について、３つの視点からご紹介しましょう。</p>
<p>１）恋愛とは手間と時間によって育まれるもの</p>
<p>２）魅惑するとは隠すこと</p>
<p>３）なぜ本当に重要なものは目で見えないのか</p>
<h2>『星の王子さま』のあらすじ</h2>
<p>『星の王子さま』は27章から構成された短いお話です。基本は子供のために書かれた童話ですが、大人が読んでも意味深いストーリーです。</p>
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<p>主人公は、まだ子供で、可愛らしい王子様。自分の惑星を出て地球に来ましたが、また帰っていくという話です。</p>
<p>フランス語ではle petit prince, 英語ではthe little prince、日本語では『星の王子さま』です。フランス語や英語の「小さい」とは単に小さいのではなく可愛い、の意が込められています。</p>
<p>ここでは簡単に粗筋を紹介します。</p>
<p>操縦していた飛行機のエンジンの故障によって、パイロットはサハラ砂漠に着陸します。彼はそこで、羊を書いて欲しい、と言う星の王子さまに出会います。</p>
<p>パイロットはとても驚き、この子供が誰で、どこから来たのか知りたくなります。でも星の王子さまはパイロットの質問に答えません。</p>
<p>しかし日が経つに連れて、パイロットは美しいブロンドの髪を持つこの少年の話の全容を次第に理解していきます。</p>
<p>星の王子さまはアステロイドB612という惑星に住んでおり、そこには３つの火山があり、バオバブと面倒臭いバラも生息していることも・・・・。ある朝、星の王子さまは自分の星を抜け出し、アフリカ大陸に到着し蛇と話します。</p>
<p>その後地球を一回りして、狐と出会います。その狐から友達を作るためには「（相手を自分に）なつかせないといけない」と教わります。</p>
<p>地球への旅を続ける中で、星の王子さまは、次第に周囲の大人たちが「存在」の本質的意味について忘れてしまっていることに気づきます。</p>
<p>８日目に、パイロットと小さな王子さまが砂漠の中で井戸を探し回っていると、そのまま日が暮れてしまいました。そして朝日が登る頃、二人はやっと井戸を見つけます。</p>
<p>それはあと１日で、星の王子さまがお国の惑星を去ってちょうど１年が経つという時でした。星の王子さまはその時自分の惑星に戻ることを決心します。</p>
<p>自分の惑星に戻るために、星の王子さまは毒を持った蛇に噛んでもらって、あまりにも重たい自分の体から自由になろうとします。</p>
<p>星の王子さまは言います。「僕は死んだように見えるけどそれは本当ではないからね。」</p>
<p>６年後、パイロットは無事帰還し、星の王子さまが地球に戻ってくるのを待っています。空の星を眺めて、パイロットは星の王子さまが、そのうちのどれかの星にいると考え、星の王子様について思いを巡らします。</p>
<p>では次に『星の王子さま』の三つの名言を挙げて、フランス的恋愛観について見ていきましょう。</p>
<h2>１）恋愛とは手間と時間によって育まれるもの</h2>
<p>君がバラのために費やした時間に比例して、バラは（君にとって）とても重要な存在になるんだよ。（21章）</p>
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<p>君は君がなつかせた物や人に対して永久に責任を持たなくちゃならないんだ。（21章）</p>
<p>愛を育むためには時間がかかります。一方で現代に生きる私たちは時間が砂時計の砂のようにどんどん無くなっていくことを感じています。</p>
<p>ITの発達により、多くの情報が伝播し、それらが刻々と変化すると、国際的な経済競争が激化し、技術革新のサイクルも早くなり、私たちは即座にそれらの変化についていかなくてはなりません。</p>
<p>そんな社会では、恋愛を育むために時間をかける、ということがますます難しくなってきます。</p>
<p>こんな社会だからこそ、手早く出会って、手早く関係を作って行きたい、と思うのではないでしょうか。とにかく立ち止まっている、ということがないのですから。</p>
<p>サン・テグジュベリは、私たちに忘れがちなことを教えてくれます。恋愛は、無為に思える手間や時間をかけることによって膨らんでいきます。</p>
<p>そのような時間を繰り返すことによってのみ、それまでほかの物や人と同様で、特別な存在でなかった物、人が、あなたにとって唯一無為の特別な存在になっていきます。</p>
<p>この名言を初めて口にしたのは狐です。彼は「なつかせて」「仲良くなっていく」時間と言っています。</p>
<p>サン＝テグジュペリ自身は私たちよりも半世紀以上も前に生きた人なので、現代人のような社会について知らなかっただろう、と思われるかもしれません。</p>
<p>ところがそうでもないのです。サン＝テグジュペリは人生における時間の速さについて、強く意識していたからこそ、このようなことを強く感じたのでしょう。</p>
<p>なぜならサン＝テグジュペリは旅人だったからです。それもただの旅人ではなく、長距離を旅する飛行士だったからです。</p>
<p>フランスがナチスドイツに占領された後、サン＝テグジュペリはアメリカへ亡命します。ところがやはりフランスのことが気になり、ヨーロッパへ戻ってきます。</p>
<p>そして自由フランス（ドイツへの抵抗運動を行った政治グループ）に加担し、占領されたフランスを奪回すべくパイロットになったのです。</p>
<p>サン＝テグジュペリは地中海をパイロットとして飛んでいた時、敵国に撃たれて亡くなりました。彼は亡命者、パイロットなどとして、国境を超えて、生涯色々な国を旅しました。</p>
<p>同じところにとどまっている時間、愛する人といる時間は普通の人よりも格段に限られていたからこそ、サン＝テグジュペリは恋愛が深まることと時間の長さが比例することを、強く意識したに違いありません。</p>
<h2>２）魅惑するとは隠すこと</h2>
<p>『星の王子さま』から、エロチシズムのあり方について知ることができます。それは主に24章に書かれています。</p>
<p>この点について甲田純生氏による興味深い解釈を紹介します。</p>
<p>パイロットと星の王子さまは広大な砂漠の中で、井戸を探して歩き回ります。</p>
<p>その時星の王子さまは言いました。</p>
<p>「砂漠は美しいね」「砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ・・・」</p>
<p>するとパイロットはハッとしました。小さい頃自分の家にも秘密があったことを思い出したのです。</p>
<p>ただ砂漠の中の井戸と家の中の秘密は、同じ秘密でも異なる秘密です。</p>
<p>砂漠の中の井戸は探してもいいけど、家の中の宝物は探してはいけません。家の中の宝には性的な意味あいが込められているからです。</p>
<p>人間の性が文化の域に達するためには、性は社会的タブーとなる必要があります。「禁止」されることによって、性に対する関心が強まります。</p>
<p>カトリック教のフランスでは、同時に性的に奔放な文学や哲学などの伝統があります。それはもともとカトリック教が子供を持つこと以外の理由で性的行為を禁止したため、性的行為自体が大きな魅力を放つようになったのです。</p>
<p>カトリック教の影響が弱まった現代のフランスでも、性が文化として生き続けています。</p>
<p>例えばフランス人にとってヌードとは、単に服を脱ぐことではありません。</p>
<p>「フランスでは妻は決して裸で夫の前を歩きません。歩いてはいけないのです。そんなことをしたら夫はお昼のランチを買ってくれません。」（Elaine Sciolino, La seduction, 151）</p>
<p>パリのダンスショーでは、暗闇の中女性のダンサーたちがバッキンガム宮殿で女王を護衛する警備隊のようなユニフォームを着用して踊ります。目を凝らしてみると、お尻と胸だけがあらわになっています。</p>
<p>軍服や警官などの制服は社会秩序を象徴しており、エロチシズムからみれば一番遠い存在です。そのような制服に身を包んだダンサーが踊るという、秩序と無秩序が計算し尽くされた演出です。</p>
<img class="size-medium wp-image-992 alignright" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/royal-guard-1815020_1920-300x207.jpg" alt="" width="300" height="207" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/royal-guard-1815020_1920-300x207.jpg 300w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/royal-guard-1815020_1920-768x530.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/royal-guard-1815020_1920-1024x706.jpg 1024w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/royal-guard-1815020_1920-728x502.jpg 728w" sizes="(max-width: 300px) 100vw, 300px" />
<p>このダンス・ショーに似たシーンが『星の王子様』にもあります。それは星の王子さまが故郷の惑星で、赤い薔薇に初めて出会うシーンです。</p>
<p>花は緑色の小部屋にこもったきり、いつまでも身支度を終えようとしない・・・・彼女の望みはまばゆいばかりの美しさでデビューすること。</p>
<p>星の王子さまが待ちわびていた後で、やっと赤い薔薇が咲きます。王子さまは思わず叫びました。「あなたはとても綺麗です。」</p>
<p>赤い薔薇は、化粧、すました態度などを通じて相手を素の自分から遠ざけます。禁止のメッセージを送ることによって、逆に星の王子様の関心を惹きつけたのです。</p>
<p>フランス人男女にとって、エロチシズムとは何よりも隠すことから始まります。</p>
<h2>３）本当に重要なものはなぜ目に見えないのか</h2>
<p>『星の王子様』の中で最も有名な<strong>名言</strong>の一つは、重要なものは目に見えない、と言うものです。ストーリーの中でこの名言は何度も言葉を変えて出てきます。</p>
<p>目で見えるものは人を盲目にする。心で見つけなくちゃいけない。（15章,21章）</p>
<p>砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからだよ。（23章）</p>
<p>でもね、目は盲目だよ。心で見つけなきゃ。（25章）</p>
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<p>重要なものは目に見えない。この言葉は恋愛にも当てはまります。</p>
<p>『星の王子さま』の中で恋愛に関わる場面と言えば、赤い薔薇と星の王子さまの出会いの場面です。ところが、意外なことに、赤い薔薇と星の王子さまの出会いは、まず見かけから始まっています。</p>
<p>星の王子さまは赤い薔薇の美しさにまず心を打たれます。そしてその後、彼女の気まぐれに悩まされることになります。赤い薔薇は見栄っ張りで、すぐ機嫌を損ねるからです。</p>
<p>赤い薔薇「私、風がとても苦手なの。衝立はお持ち？」</p>
<p>星の王子さま「風が苦手だなんて・・・・植物なのにかわいそうだな」「この花は一筋縄ではいかないんだ・・・」(21章)</p>
<p>こうして王子さまは、心の底では赤い薔薇を愛したいと思いながら、にわかには彼女のことが信じられなくなります。些細な言葉をいちいち間に受け、そしてその度にひどく傷つきます。</p>
<p>星の王子さまは次第に、恋愛する男女が言葉を交わし理解しあうことに限界があることに気づきます。あたかもそれは赤い薔薇が美しい容姿を持っていたため、余計難しいものだったかのような印象を与えます。</p>
<p>そんな美しい赤い薔薇との紆余曲折を経て、星の王子さまは、言葉を超えた愛や心について、次第に感じ取っていくのです。</p>
<p>「言葉は誤解の源だ。」（21章）、「花の言葉ではなくて、振る舞いで判断すればよかったのに。・・・つたない駆け引きの裏に、優しさが隠れていることに気づくべきだった。」(21章)</p>
<p>そして地球で、赤い薔薇との関係について反省する中で、重要なものは目に見えないことを確認します。</p>
<p>「僕は経験が足りなかったんだよ。だからどうやって花を愛してあげたらいいか、分からなかったんだ。」(21章)</p>
<p>「これが僕の秘密だよ。至極簡単なことさ。心でしか見えない、ということ。本当に重要なことは目では見えないんだよ。」（21章）</p>
<p>以上の赤い薔薇と星の王子さまのやりとりから、フランス的愛とは目から入って行って、目に見えない貴重なものを見つけるプロセスである、と理解できます。</p>
<p>パイロットも星の王子さまの言葉の真意を理解しました。</p>
<p>僕は彼（星の王子さま）の青白い額や閉じた両目、風にそよぐ髪の房が月光に照らされるのを見て、こう思った。「いま見えているものは外側にすぎない。大切なものは、目に見えない。」(24章)</p>
<p>フランス人は元来見かけが美しいものがとても好きです。美しくないものには関心を持ちません。</p>
<p>星の王子さまも同じです。美しいから赤い薔薇に惹かれたのです。でも星の王子さまは、時間をかけて、外側から内側の重要性へと辿り着きます。</p>
<p>美しいゆえプライドの高い赤い薔薇を、それでも星の王子さまは愛おしく感じ続けています。実際サン・テグジュペリも相当な面食いだったのです。彼の奥さんは大変な美人でしたから。</p>
<p>こうして見ると「大事なものというのはねえ、目には見えないんだよ。」という名言も額面通りに受け取るだけでは不十分ではないか、と思えてきませんか・・・。</p>
<h2>まとめ</h2>
<p>ここでは３つの名言から、『星の王子さま』に表現された<strong>フランス</strong>的な恋愛観について紹介しました。「フランス的恋愛」というのはそれだけで完結してしまうものではありません。</p>
<img class="size-medium wp-image-994 alignleft" src="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920-200x300.jpg" alt="" width="200" height="300" srcset="https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920-200x300.jpg 200w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920-768x1152.jpg 768w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920-683x1024.jpg 683w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920-728x1092.jpg 728w, https://francechapeau.com/wp-content/uploads/2019/02/door-2082742_1920.jpg 1280w" sizes="(max-width: 200px) 100vw, 200px" />
<p>フランス的恋愛とは、そこからもっともっと広くて深い世界へ行くための入り口です。</p>
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<p>&nbsp;</p>
<p>参考文献　甲田純生　『「星の王子さま」を哲学する』</p>
<p>星の王子さま</p>
<p>&nbsp;</p>
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