フランス・メディアはカルロス・ゴーン氏逮捕に対してこんな反応を示した ―日本の司法制度ー

(この記事は2019年2月14日のものです)

ゴーン日産元会長が2018年11月18日に突如逮捕されてから、ほぼ3ヶ月が経過しました。現在ゴーン氏は特別背任と金商法違反によって追起訴され、勾留が続いています。

日本ほどではないですが、フランスのメディアもゴーン氏の逮捕について取り上げました。

ではフランスのメディアはこの事件をどう捉えたのでしょうか。

結論から言えば、フランス・メディアは遠いかなたの国である日本で起こった事件をきっかけにして、自国とは異なる日本の司法制度に強い関心を示しました。

ゴーン氏の経歴

まずゴーン 氏の経歴から簡単にご紹介しましょう。

1954年 ブラジルで生まれる。両親はレバノン人。

1974年 20歳でフランスの超難関工学系グランゼコールのポリテクニックに入学、その後パリ国立高等工業学校も卒業。

フランスの高等教育機関は、通常の大学とグランゼコール(grandes écoles)に分かれています。原則として高校を卒業して大学入学資格(バカロレア)を取得すれば誰でも大学へ行けます。(だからと言ってすべての大学入学者が卒業証書を手にすることができるわけではありません。)

一方グランゼコールに入学するためには、厳しい受験勉強を経た後、高い倍率の入学試験に合格しなければなりません。パリを始めとした優秀な高校にはグランゼコール受験のための特別クラスが併設されています。

ゴーン氏はグランゼコールに入学しました。エンジニア養成としてフランス国内で第一位のランキングを誇るポリテクニックとパリ国立高等工業学校を卒業した生え抜きのエリートでした。

ゴーン 氏のほかにレバノン出身の数人の学生がポリテクニックに入学したそうです。彼らと同じ学年だったフランス人の話によれば、外国人であるためレバノン出身の学生は総じて内気で大人しかったが、ゴーン 氏のみ自分に自信があって、フランス人を前にしても押しの強い、アグレッシブな態度だったそうです。

1978年 フランスの大手タイヤメーカー、ミシュランに入社。

これらの全国の生え抜きのエリート養成機関を卒業した後、ゴーン 氏はフランスの田舎町クラモンフェランに本社のある伝統的なタイヤの製造会社ミシュランに就職しました。

これはゴーン 氏ほどの学歴を持つ人の選択としてはありえないもので、周囲のフランス人はとても驚いたそうです。

なぜならゴーン氏ほどの学歴を持っていた場合、通常なら金融業界に就職し、パリやロンドンなどの大都市で高額の収入を得ることを選択するからです。マクロン大統領などもこのパターンです。

大学卒業時から、ゴーン 氏は自動車業界で働きたいという気持ちがはっきりしていたのでしょう。そしてヨーロッパ随一のタイヤメーカー、ミシュランに18年勤務します。

ブラジル出身だったゴーン 氏は、例外的に若い年齢でブラジルのミシュラン工場の責任ある立場に立たされます。それはブラジルには彼のような人材がいなかったためでした。

それがその後のゴーン氏のキャリアの成功の鍵となったのです。

ちなみに日本では、ミシュランとはレストランのランキングが掲載されたミシュランガイドでおなじみです。ミッシュランガイドは1900年にスタートしました。

当初はミシュランのタイヤを購入した顧客に無料で配布されるパンフレットでした。美食と自動車はバカンスというフランスの国民文化を通じてつながりがあったのです。

1996年 ルノーの上席副社長に就任し、同社の再建に成功。

1999年 日産のCOO(最高執行責任者)に就任:この時ルノーは日産の株の36.8パーセントを買収するとともに、ゴーンは日産の企業再生に従事し、15パーセントの雇用を削減し、経営者として成功を収めた。

日産自動車の社長兼最高経営責任者(CEO)、ルノーの取締役会長兼CEP, ルノー・日産アライアンスの会長兼最高経営責任者(CEO)に就任。

その後三菱自動車工業の代表取締役会長に就任。

2017年日産の代表取締役社長兼CEOを退任するが、同代表取締役会長は続ける。

2019年1月24日 ルノーの会長を辞任

2019年2月日産代表取締役を退任

ゴーン氏の容疑

2008年 投資の損失を日産に付け替えた疑い(10月)            

2009年 知人の会社に資金を流出させた疑い(09-12年)

2010年 役員報酬の虚偽記載の疑い(10年〜)

2018年11月19 日 逮捕

ゴーン 氏の容疑についてはその後も検察側の情報のリークを中心に日本のマスメディアでも報道されています。今後裁判が始まれば、より正確な事件の概要が明らかになっていくでしょう。

フランスメディアの当初の反応

日本でもフランスでもゴーン氏の逮捕は、晴天の霹靂でした。フランスの左翼系日刊経済新聞エコーは、東京のゴーン氏に近い外国人国籍の人々の驚きの声を紹介しました。

「経済的に正当な理由があるなら、企業が幹部のために海外の不動産を買い占める可能性を否定することはできないだろう」(エコー2018年11月21日)

「検察側はゴーンが報酬の一部を隠し、少なく見積もったと言っている。しかしこれらの報酬は公開されていたはずだ。ゴーン氏が果たしてそんなことをして個人的に利益があったとは考えにくい」(エコー2018年11月21日)

「誰が間違いを犯したのか。日産の関係者もこれらの情報を調べることはできたに違いない。とても不思議だ。」(エコー2018年11月21日)

「ゴーン氏と日産の日本人の役員の間で、日産とルノーの力関係についての認識がこじれていたようだ」(エコー2018年11月21日)

エコーを始め、すべてのフランス・メディアの当初の反応は、大きな驚き、そしてなぜこんな事件が起きたのかわからない、というクエスチョンマークでした。そのため「これはなんかの間違いじゃないか」「陰謀に違いない」というのがフランス・メディアの一致した意見でした。

ちなみに、羽田空港でゴーン氏がプライベートジェット機から降りたって逮捕された時、日本側に「カメラが準備されて」いたことも、こうしたフランス・メディアの疑わしい印象を強めた理由の一つでした。

またゴーン氏のみ厳しい取り締まりを受け、日産の日本人幹部が咎められないことも、フランス・メディアの陰謀説に信憑性を与えることとなりました。

 

日本の司法制度は厳しい

極東の日本で起こった事件は、フランス・メディアにとっても晴天の霹靂でした。

その後フランス・メディアは少しづつ事態を理解し始めました。しかし事件の詳細以上に、フランス・メディアは日本の検察当局によるゴーン氏の勾留条件を含めた「日本の司法制度の厳しさ」について関心を寄せました。

実際日仏では容疑者に対する法制度が大きく異なります。

フランスでは原則として容疑者の身柄の拘束は1日限りで、その後拘束が延長されるにしても、最大で数日程度のみです。それには推定無罪の原則が働いています。

推定無罪とは「何人も有罪を宣告されるまでは無罪と推定される」という基本原則です。この原則の歴史的起源はフランス革命のときに発布された人権宣言です。つまりフランスは推定無罪説の本拠本元です。

現在では推定無罪は国際人権条約にも明記されており、国際的に広く認められた人権の一つです。もちろん日本も批准しています。

そのためゴーン氏の保釈願いが拒絶されたとき、フランス・メディアは一様に驚きの反応を示しました。

フランスの新聞はゴーン氏の勾留について、フランス国内でゴーン容疑者のような勾留を被るのはテロリストぐらいしかいない、と指摘したほどです。

とりわけ日本の司法制度のあり方に批判的だったのは、保守の立場からフランスビジネス界の声を伝えるフィガロ紙です。

フィガロ紙は1月に、ゴーン氏の家族による、日本の検察に対する不満の声を掲載しました。

息子にインタビューするとともに、ゴーン容疑者の妻が夫に送った手紙も公開しました。(フィガロ紙、2019年1月6日)

フィガロ紙は、日本におけるゴーン氏の勾留が「非人間的」なことを指摘しました.

そしてゴーン容疑者の息子の話として、日本の拘置所では一日に白いご飯が三杯しか出てこない、畳二畳の狭いものだ、などと伝えています。

しかし時が経つにつれて、左翼系経済新聞エコー紙は、ナショナリスト的な反応を示すフィガロ紙とは異なる見方を示すようになっていきました。

エコー紙は、ゴーン氏の日本での勾留の条件がフランスの勾留の条件とは異なるものであることを認めつつ、だからと言ってゴーン氏の勾留が日本の他の囚人の状況と異なるわけではない、と指摘しました。

日本の拘置所では白飯に加え、野菜、おかずのついた定食が朝、昼、晩三度出ること、希望すればチョコレートパンを買うこともできる、とエコー紙はフィガロ紙を修正しました。

アメリカのニューズウイーク紙によれば、独房室の広さはおよそ3畳。監視カメラとマイクが設置されている可能性があると言います。

布団、小さなテーブル、座布団があり、壁には流しがあり、食べた食器は自分で洗います。また部屋には暖房器具はないそうです。(「カルロスゴーン逮捕に見る日本の司法制度の異常さ、レジスアルノー、ニュースウイーク紙 2018年12月7日」

ゴーン氏自身は牢獄で夜間を通して電気がつけっぱなしなことについて不満を漏らしている、とのことです。

ゴーン氏は推定無罪ではないか?

ゴーン氏の逮捕、日産の西川社長の記者会見の後、日本のメディアは検察側の情報を根拠として、ゴーン氏告発に関する情報を一方的に報道しました。

またゴーン氏が容疑を否認したため、保釈も容易には認められませんでした。そしてその後ゴーン氏は再起訴され、勾留され続けています。

このような状況の中で、多くのフランスメディアは、ゴーン氏の推定無罪が尊重されていない点について指摘しました。

エコー紙は日本の法制度について次のように説明しています。

「日本では検察が強権を持っている。事件について徹底的に調査した結果有罪判決の率は極めて高い。一度容疑者が検察の捜査を受けるや否や、日本の司法は無慈悲になる。ゴーン氏はもはや有罪を避けられないように見える。」

「日本では検察官は危ない橋は渡らない。少しでも疑いがあったときは勾留をしない。毎年平均60パーセントの刑事事件は証拠を揃えられない、という理由で捜査にすらならない。例えばレイプなどである。」

「理論的には独立した立場を持つ裁判所であるが、実際には検察当局には逆らわない。しかし例外として、今回のゴーン事件では、東京地方裁判所は東京地検特捜部によるゴーン氏らの勾留延長請求を退けた。」(以上エコー2019年1月23日の記事から)

ゴーン氏逮捕は策略だ

ゴーン氏の勾留条件が厳しいこと、推定無罪が尊重されていないなどの問題に加え、フランスメディアで最も根強い意見として、策略説が挙げられます。

策略説とは、日本の司法が経済、政治的な道具となったのではないか、ゴーン氏の逮捕は経済的利権が絡んだ策略ではないか、日産がルノーに吸収合併される危険を避けるためにゴーン氏が逮捕されたのではないか、というものです。

当初フランスの全ての日刊紙はおしなべてこの説に同調していました。

しかし逮捕から1週間ほど経つとフランス・メディアは落ち着きを取り戻し始め、策略説も次第に弱まって行きました。

この点で最も明確な態度の変化があったのは、やはり左翼系のエコー紙でした。

エコー紙は当初「ゴーン氏と日産の日本人幹部の関係は良好ではなかった。これは策略だ」と書きたてました。

しかしそれから2週間後、エコーはこのような考え方と距離を置くようになり「策略説は信じがたい」と立場を豹変させました。

フランスメディアが考え方を変える理由となったのは、ルノー出身の日産のフランス人役員二人が、ゴーン氏の解任に賛成したためです。

またフランスメディアが策略説を退けた理由として、日本の政治的利害と一致しないとの理由も挙げています。

「今後日本経済が成長を持続するためには、海外投資家を呼び込まなければならない。しかし日産の日本の幹部には何ら悪影響がなく、外国人のゴーン氏のみ逮捕されるという今回の逮捕劇によって、西欧の投資家は日本から遠ざかるだろう。」(エコー、2018年11月27日)

ゴーン氏の逮捕は日本政府にとっても好ましくない事件である、というのはフランス・メディアの一致した見方です。

その結果、フランスメディアは最終的に、日本では司法が行政から独立している、という事実を学んだのです。

一方ゴーン氏自身は自分の容疑が「策略」であると主張し続けています。

結論

ここでは、ゴーン氏逮捕の後、フランス・メディアが日本の司法制度のあり方に強い関心を示したことを指摘しました。最後にそのなぜ?についてまとめます。

フランスは人権宣言の本拠本元です。フランス人は人権の視点から、日本の司法制度が容疑者の推定無罪を尊重していない点を憂慮しています。この点について、マクロン大統領は日本政府に憂慮の念を伝えました。

しかしフランス・メディアが日本の司法のあり方に注目した理由はそれだけではありません。それはズバリ、フランスこそ司法が政治の影響を受けやすい国だからです。

司法の行政への依存という問題は、フランスの歴史の中の汚点であり続けたのです。絶対王政期のフランスでは、行政による司法の政治的支配が横行し、その慣習はフランス革命以後にも維持されました。

 

行政による司法の政治的支配という問題がフランスで民主主義を確立する上で大きな障害となったことは否定できません。

このような政治的伝統の名残として、現在フランスで同じような事件が起きた場合、その罪状がいかなるものであろうと、ゴーン氏レベルの財界の要人が逮捕されることはありえないのです。

そのため、フランス人ジャーナリストは日本でのゴーン氏逮捕劇に関しても、自国と同様、その背後に政治的理由があると考えてしまいがちです。右寄りでナショナリスト的傾向の強いフィガロ紙がこの傾向を最も顕著に示しています。

フィガロははっきりゴーン氏逮捕劇を「政治スキャンダル」と決めつけ、その責任を(右寄りではなく、左寄りの)マクロン現大統領になすりつけました。

「たかが収入の一部を隠したというだけでここまでの告発を行う、とは全く度が過ぎている。マクロン大統領は何をしているのか。」(以上フィガロ)

 

 

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