マリー・アントワネットと現代ファッション コロナの時代の「ロココ」精神

今年はコロナが猛威を振るいました。その結果、将来2020年とは中世のペストや1918-20年のスペイン風邪と同様に人類史に刻まれることでしょう。

実際コロナはあっという間に世界を駆け巡り、現在わたしたちはまだパンデミックの真只中にいます。

人々の意識や生活様式を変え、これまで目に見えなかった問題を可視化させ、年代や国籍やジェンダーを超えて私たちに価値観の変容を迫っています。

先の見えない霧の中。それでもわたしたちは同じ時代の刻印を抱えて共に生きていかなくてはなりません。まさに暗闇の時代です。

そんな時代に私たち女子が心の支えとするのは意外にファッションなのかもしれません。なぜなら困難な時代にもかかわらず毎日の装いはわたしたちにささやかな元気を与えてくれるからです。

ちなみにパンデミックもファッションも「流行」、つまり永遠には続かない、と意味では同じ言葉を使います。

コロナとファッション

コロナが一応収束した現在、私たちが直面する多くの問題は、コロナ以前にすでに存在していたものがより顕在化したものです。

例えばITの勢いは止まりません。その重要性が加速度的に強まっていることは、オンライン授業の一般化などから明らかです。

日本の債務問題、アメリカの失業問題、ジェンダー、人種による社会的、経済的不平等の問題などの問題もコロナ以前からあった問題ですが、コロナによってより深刻化しています。

どの国でも犠牲者は貧しい人々に集中しているという現実がありますが、これもそれ以前からあった格差社会の問題です。

そしてアパレル業界の危機というのもコロナ以前から言われていたことです。コロナ以前の日本のアパレルの消化率はすでに46パーセントだったそうです。

とりわけ顕著なのは、日本からのファストファッションの撤退です。

その背後には20世紀経済を象徴した大量生産によるファストファッションの経営ロジックの見直しがあったと言われています。

その結果ファッション性を追求する、という点で徹底していたZARAですら、最近は素材のよさを重視した洋服を展開するようになりました。

地球環境が破壊され、資源の枯渇化が叫ばれる中で、ファッション業界が「持続可能性」について初めて意識したのは1987年のことでした。それから33年経ってこの社会認識はこれまで以上に強まっています。

持続可能とは英語のsustainabilityですが、それは地球や環境に優しい、と言うことを意味します。

今後私たちの子孫がこれまでと同じように地球上で生活していけること。

社会的に地球上のすべての人々が平等な経済、社会的恩恵を受けられること。

このような意識はコロナによってより強まっており、強まりすぎて人々の購買意欲を失わせるほどではないでしょうか。

どう考えても現在はシーズンごとに安い服を着て捨ててしまうと言う時代ではありません。

2020年秋冬のコレクションの動向

それでも現在ファッションは2020年秋冬のコレクションに向けて動いています。

ファッションとは流行、移ろいを意味します。それがファッションに課せられた運命です。

そしてコロナが大流行する中さらに「サステナブル」の認識が強まっています。

人や環境に配慮し、デザイン、品質、経済性も兼ね備えたもの。

ベージュ、土色、白といったアースカラーを全面に押し出した、それこそ環境がそのままファッション化されたとも見えるスタイルです。

長く着るために高級な素材でできているのかもしれませんが、体全体を古代人のように包み込んで体の線が見えなくなる、というあの感じは意外に好き嫌いが分かれるスタイルでもあります。

とりわけ現在日本で流行っているファッションは体の線をあまり出さないもの。

着方によってはメリハリがなく「女らしさ」が打ち消されてしまいます。プロが着るならそれなりに素敵でも、一歩間違えるとドボっとしてやぼったくみえてしまうリスクがあります。

体の線を隠したい、購買力のある高齢の女性に向けられて作られている、という意味では現代の日本を象徴したファッションです。

「モスキーノ」の2020年秋冬ファッションのテーマはマリー・アントワネット

そうした時代の空気にあえて反発したのがイタリアの「モスキーノ」です。

何と2020年秋冬のテーマは「マリーアントワネットが現代でコスプレをしたら」というもの。

モスキーノのデザイナーのジェレミー・スコットは、マリーアントワネットが生きた18世紀後半のフランスの豪華絢爛な世界を、現代という退廃した時代に復活させました。

そこにはベルばらの目のでっかいかわいいマリーアントワネットのイラスト付きのミニドレス、マリーアントワネットが好んだという背の高いヘアスタイル、パニエ、パステルカラー、レース、フリルが全開です。

わたしたち日本人女性にとってそれはバブル時代へのオマージュでもあります。

しかしそれは持続可能ファッションとはあまりにも対局的なイメージです。

ではスコットはマリーアントワネットの何を現代に復活させたかったのでしょうか。それはマリーアントワネットが生きた「ロココ」の精神だったのではないでしょうか。

「ロココ」とは何か

「ロココ」とはもともと貝殻状の人造石です。可愛いけど人口的、というのはすでに語源にあったのです。

「ロココ」は優美さ、洗練さ、官能、軽妙などを象徴していると言われます。

特徴的なのは、非対称性、カーブ、パステルカラーや金などなど。それはルイ14世の形式や規則性を重んじる古典主義に反発したスタイルで、当初は魚の鱗という意味でした。

ロココスタイルとはもともと個人のプライバシーを重んじたインテリアデザインから出発し、彫刻、家具、銀食器、ガラスなどが中心でしたが、次第に芸術運動として、絵画、音楽、演劇などにも影響を与えました。

「ロココ」は別名「後期バロック」とも言われ、例外的なゴテゴテした装飾を全面に押し出した芸術スタイルでもあります。

この意味ではシンプルで無駄を最大限排除する「持続維持」ファッションの対局にあります。

「ロココ」というとついマリーアントワネットを思い出しますが、実はこれは必ずしも正しい認識ではありません。

一般的に「ロココ」スタイルは1710-1760年のものとされていますが、マリーアントワネットが生きた時代は1755-1793年だからです。

「ロココ」スタイルの全盛はルイ15世ですが、マリーアントワネットはその次の王様、ルイ16世の妃でした。

フランスの98パーセント以上の人が農民として空腹、貧しさ、労働にあえぐなか、ほんの少数の特権階級のさらにトップに立ったのがマリーアントワネットでした。

マリーアントワネットとアメリカのポップカルチャー

マリーアントワネットはとりわけ本国フランスにおいては、軽率さというイメージが先行して、これまであまりプラスのイメージがありませんでした。

ところが現代におけるマリーアントワネットのイメージはアメリカ人の女性監督、ソフィーコッポラ監督の映画「マリーアントワネット」によって一新されました。

コッポラはマリーアントワネット=「オーストリアの若くて可愛いパーティーガール」というイメージを打ち出しました。

この映画によって、マリーアントワネットはアメリカのポップカルチャーのアイコーンになりました。

マリリンモンローが男性に向けられたアイコーンだったら、マリーアントワネットは女性に向けられたアイコーンです。

女王という地位にありながら、実際には自分の体すらコントロールできないほどの統制社会に生きていたマリーアントワネット。

Georges Biard, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=26392986による

朝から晩までお付きの者に付き添われて、下着すら自由に脱ぐことができない。

それもそのはず。当時のフランスの絶対王政ではパワーとは見るものだったからです。女王が見世物であることをパロディー化したのがあの映画でした。

そんな身動きがとれず、窮屈な世界にいるマリーアントワネットは、それでも自分の自由を求めます。贅沢を極め、おいしいお菓子、楽しい人に囲まれて現在を楽しもうとします。

それは大局においては時代の流れに逆らうことのできない、マリーアントワネットのささやかな反抗だったのです。

そんな姿が一瞬先は闇を生きる現代の若者に強く支持されています。

その結果マリーアントワネットも庶民に関心を寄せないエゴイストな女王から、今を楽しむ現代的な女性というイメージへと変化しました。

不必要なものをすべて排除しなくてはならない現代と言う時代に、ごてごてに惹かれてしまうというのも、感覚的になんとなく理解できます。

それは多くの我慢を強いられる現状とは異なり、わたしたちを楽しく、わくわくさせるものです。

マリーアントワネットのファッションに対する過度の情熱、そして結果を顧みずに今を楽しむ、という態度は現代という時代だからこそ人々の共感を得る感覚なのです。

現在に復活する「ロココ」の気分

今季のモスキーノのコレクションはコッポラの映画からヒントを得ています。

ロマンティックでスペクタクルなショーの音楽はコッポラの映画『マリー・アントワネット』(2006)で起用された、ボウ・ワウ・ワウやスージー&ザ・バンシーズといったバンドの曲が盛り込まれたサウンドトラック。

ピンク、黄色、ミントグリーン、マカロンなどの色合いも似ています。

モスキーノもコッポラもスタイルばかりで内容がないと批判されがちです。

でも内容がなくとも、感覚的な楽しさ、快楽を追求することには意味があります。

人生に楽しさを追求する、ということは無意味なことではなく、それは人生に形と意味を与えるものだからです。スタイルを過度に強調することは、現状に対する反発をも意味します。

マリーアントワネットはそれまで部屋着、下着と思われていたシュミーズドレスを着て要人に会いました。それは周囲に大きなショックを与えたと言われています。

それが現代に残る「ロココ」スピリットです。

その結果「モスキーノ」のみでなく、現在アメリカではマリーアントワネットが大人気です。

カイリー・ジェンナー他人気モデル、女優が彼女たちなりの解釈でマリーアントワネットに扮したグラビアを次々と発表しています。

http://blog.courtauld.ac.uk/documentingfashion/2020/02/20/constructing-images-of-kylie-jenner-and-marie-antoinette/

https://the-sleeper.com/en/

ドーエン(Doen)やスリーパー(Sleeper)のコレクションにも「ロココ」のイメージが全開です。

https://shopdoen.com/collections/dresses/products/adra-dress-papillion-floral

https://the-sleeper.com/en/

さいごに

ルイ16世とマリーアントワネットが1774年に王位に就いた時、フランス王政はすでに道徳的に腐敗していました。

先代のルイ15世に比べたら彼らの生活習慣は健全でした。ルイ16世は愛人を一人ももたなかった唯一の国王であり、マリーアントワネットは子供との時間も重視しました。

しかし1785年にダイアモンドネックレス事件に巻き込まれてしまった時、マリーアントワネットはすでに債務と貧困を抱えたフランス王国のスケープゴートと化していました。

現代というエコの時代に華美を追求するモスキーノもエコや持続性を重んじるファッション業界の空気においては批判の対象となりえます。

それでも華美、過度を演出したい。現状に反発したい。生活を一新したい。

それが永遠の若さの意味です。

あなたは「ロココ」ファッション派ですか、「持続可能」ファッション派ですか。

ABOUTこの記事をかいた人

こんにちは。 フランスやイギリスで10年ほど暮らしました。 現在は東京に住んでいます。 フランスの女性、文化、おしゃれ、ニュースなどの多彩な情報を発信していきます。 どうかよろしくお願いします。