フランス映画は恋愛ものだけじゃない

日産のゴーン元会長の逮捕が連日日本のマスコミを騒がせています。今年は日仏友好160周年ということで両国の交流を記念する式典なども目白押しでしたが、この事件が将来の日仏関係にどのような影響を与えるのか、誰にもわからない状態になってしまいました。

この事件は外交問題にも発展しそうな複雑な様相を呈しています。これまで日本におけるフランスのイメージとしては、ブランド品、恋愛、文化などに限定される傾向がありました。

そんな中連日フランスの新聞記事が邦訳され日本の新聞、雑誌などに掲載されています。このようなことはかつてなかったのではないでしょうか。これによって日本でフランスの産業、工業、国家の仕組みなどがより知られるようになるのなら、それはそれで意味のあることかもしれません。

今回の事件から、私たちはフランス政府がルノーの重要な株主であることを知りましたが、実はフランスで国の保護を受けている産業は自動車産業のみではありません。それ以外の多くの産業も国家の介入を受けており、映画産業も例外ではありません。

フランスにおける映画産業は純粋なビジネスではありません。別名「第7の芸術」(le septième art)と言われるように、フランスの映画産業は国の重要な文化政策とみなされ、多くの助成金を受けて成り立っています。

映画に芸術性を求めるお国柄のフランスですが、同時にアメリカ映画の影響も大きく受けており、ハリウッド映画も人気です。

前置きが長くなってしまいましたが、ここでは、長い独自の映画製作の伝統を持つフランスにおいて、フランス人が好む映画、特に恋愛映画について紹介します。

フランス映画と言えば・・・・

私たち日本人がフランス映画と聞いて、どんなイメージが思い浮かべるのでしょうか。

現在70歳以上の世代だったら、『ヌーベルヴァーグ』が思い浮ぶことでしょう。『ヌーベルヴァーグ』とは、1950年代から60年代半ばに活躍した「ロケ撮影中心、同時録音、即興演出などの手法的な共通性のある一連の新しい作家、作品」を指します。

トリュフォー、ゴダールなどの映画監督を代表とする、これは戦後のフランス映画の黄金時代とも言える芸術運動でした。

その後アメリカ発のハリウッド映画が世界を圧巻するようになると、日本でもフランス映画があまり上映されなくなっていきます。商業的に成り立ちにくいというのが一番の理由でしょう。現在世代を超えて多くの日本人が知っているフランス映画の代表作といえば、近年国際的に大ヒットした『アメリ』でしょう。

たまたまこの作品は恋愛映画であり、恋愛の国フランスのイメージとぴったり一致します。それは『ハリーポッター』が児童文学の伝統のあるイギリス発であるのと同じように、私たち日本人にとっては自然なことに思えました。

日本人がフランス映画=恋愛と考える傾向が強いのは、明治時代以来日本に定着したフランスについての固定化されたイメージ像があるからです。

明治維新から2年後、突如フランスは普仏戦争に敗れてしまいました。フランスがあっけなくドイツとの戦争に敗れると、近代化に向けてフランスの軍事力、技術力に注目していた日本人にはあてが外れてしまった、という印象がありました。それをきっかけに日本人は、ドイツ=工業、軍事、フランス=文芸、文化という住み分けをするようになりました。

文芸、文化に加え、もう一つフランスと結びつけられるのが恋愛です。これについてはこのブログでも取り上げましたが、確かに他国とは異なる、中世、宮廷時代に由来するフランス的な恋愛、異性愛の伝統があるのは事実です。その結果、日本人はフランス映画と言うと恋愛映画を思い浮かべやすいのです。

ところが、フランス国内では多種多様な映画が上映されており、その多くは日本では上映されていません。そのため日本ではフランス人に人気が高い映画について、わかりにい状況になっています。そしてフランス国内で人気がある映画は必ずしも恋愛映画ではありません。

フランスは映画発祥の国

映画がこの世に誕生したのは19世紀末のことでした。映画の発祥国はアメリカとフランスです。それはアメリカのエジソン、フランスのリュミエール兄妹らが同時期に映画の技術を開発したためです。

パリでは1895年3月にパリ郊外の女子労働者が工場から出てくる光景が動く映像として初めて公開されました。その後パリのカフェで有料の映画の試写会が始まりました。

それ以来フランスはアメリカとともに世界の映画産業を牽引しました。

とは言っても現代の日本で上映される外国の映画の大半は、商業的成功が確約されるアメリカのハリウッド映画が中心となり、必ずしも商業ベースで製作されているわけではないフランス映画というのは、一般の日本人にとってはあまり馴染みのない存在になりつつあります。

過去73年のうちフランスで最も観客動員数が多かった映画のランキングは?

では映画の発祥国であるフランス国内では、どのような映画が人気を博すのでしょうか。ここでは1945年から2018年までの73年の間に、フランス国内で最も商業ベースで成功した映画のランキングから、フランス人が好む映画について紹介します。

まず入場者数が最も多かった映画の1位から20位までは以下の通りです。

表1:1945年から2018年まででフランス国内で最も観客動員数が多かった映画

この表から1944―5年にかけての第二次世界大戦の終結後、フランスにも日本と同様にアメリカ文化の波が押し寄せたことが理解できます。日本で人気の高かったアメリカ映画は、フランスでも大ヒットしています。

一方、過去73年においてフランス人が好んだ映画は必ずしも純粋なラブストーリー、恋愛ものではなかった、ということが読み取れます。フランス国内の人気映画は、『タイタニック』、『ウエスタン』、『大進撃』、『風と共に去りぬ』など冒険もの、歴史物などのいわゆる大作です。

史上第二位にランクされた『ようこそシュティの国へ』は日本では未公開映画です。『シュティ』とはフランス北部の人たちの訛りを指しますが、2018年現在この訛りがわかる人は1万人にも満たないそうです。

この地方はもともと炭鉱として栄え、ポーランドやイタリアから多くの移民がやってきた場所です。第一次世界大戦中は多くの労働者が兵士として戦線に送られました。

現在炭鉱は閉鎖され、フランス人がシュティと聞いて思い浮かべるのはボタ山、灰色の街、アル中、雨、風邪、寒さと暗い内容のものばかりです。

この映画はこの地方の人々のユーモアや厚い人情をうまく表現して、フランス全国封切り1週間で観客動員数350万を記録したそうです。つまり成人フランス人の十人に一人が1週間の間にこの映画を見に行ったことになります。

国家権力による文化的統合を推し進めたフランスにおいて訛り、というのは過去200年の間偏見の対象でしかありませんでした。この映画はこの訛りが下品で歪められたフランス語と一般的に捉えられている傾向に反して、実際には感情と詩的イメージに富んだ豊かな言葉であることを示し、多くのフランス人観客の涙を誘いました。

この映画が過去73年において、『タイタニック』というアメリカ制作で世界的ヒットに続く、つまりフランス映画としては歴代観客動員数がナンバーワンのフランス映画なのです。

近年大ヒットした移民とフランス人の(男性間の)博愛主義を表現したと言われる『最強の二人』とともに、フランス人が最も好むフランス映画は、その時代のフランス社会の空気を伝えるユーモア、人情ものであることがわかります。

フランス人が好む恋愛映画とは?

では次に、フランスでヒットした恋愛映画のランキングをご紹介します。以下の恋愛映画は過去73年において、フランスで500万人以上の観客動員数を記録した恋愛映画です。観客入場数においては表1とは桁違いですが、表2の1945年から2018年までで、フランス国内で最も観客動員数が多かった恋愛映画のランキングから、フランスにおける恋愛映画の立ち位置が理解できます。

表2:1945年から2018年まででフランス国内で最も観客動員数が多かった恋愛映画(ただし恋愛映画という分類は曖昧であるため、それ以外の映画でも恋愛が含まれている映画も加えた。)

ここには厳密に言うと恋愛映画とは言えない映画も含まれています。例えばアメリカ映画の『風とともに去りぬ』、『タイタニック』などはフランス映画の『レ・ミゼラブル』や『ノートルダムの鐘』と同様、歴史物、冒険物などですが、その壮大なストーリーにおいて恋愛は重要な役割を果たしているため、表2にも含みました。

表2によれば、フランスにおける人気の恋愛映画のランキング第一位は『赤ちゃんに乾杯』です。これも厳密には恋愛映画ではありません。赤ちゃんを育てる羽目に陥った三人の独身男性のてんやわんやぶりを描いたコメディーです。

三人の独身男性が豪華なアパートで共同生活ながら、独身貴族的生活を満喫していたところ、そのうちの一人が突如マンションの前に生後6ヶ月の赤ちゃんが置き去りにされているところを見つけてしまいます。

その後三人は大変な思いをして赤ちゃんの世話をする羽目になります。そして6ヶ月後に母親がニューヨークから戻ってきて三人はそれまで通りの静かな独身生活に戻ります。

ところがなぜか赤ちゃん、つまりマリーのいない生活が空虚なものと感じられ・・・と言う恋愛ものというよりは、「最強の二人」との共通点もある男性間の連帯意識を追ったユーモア、コメディが恋愛に先に立つ映画です。

第二の『レ・ミゼラブル』にしても、恋愛はストーリーの一部ではありますが、メインとなるストーリーは19世紀フランスの革命の時代を背景とした、壮大なジャン・バルジャンの一生です。

第3位の『エマニュエル夫人』は恋愛映画以上に上品なポルノグラフィーと言った側面が強い映画でした。純粋に恋愛映画というのは第4位の『アメリ』です。

表2から読み取れる特徴として、フランス国内で人気の恋愛映画はシリーズものが多い、ということでしょうか。例えば『愛と宿命の泉』やシシーシリーズなどです。これらを除くと近年上映された恋愛映画で、日本人をほっこりさせるのは、結局オドレア・トトゥの『アメリ』と『エディット・ピアフ』のみです。

このようにフランス国内で人気のフランス映画の中心は恋愛映画ではありません。ただこれらのフランス人に人気の映画はフランスの事情、歴史などを知らない外国人には理解しにくい内容であることには違いありません。

私たち日本人にとって理解しやすいのは、普遍的なストーリー展開が期待される恋愛映画です。そのため『アメリ』『ピアフ』『レ・ミゼラブル』の恋愛のイメージが強く日本人の記憶に焼き付けられるのだと思います。

上に挙げた二つの表には登場しませんでしたが、同じ理由から『シェルブールの雨傘』も日本で大変人気のフランスの恋愛映画として知られています。美しいミュージカル仕立てで、若き時代のカトリーヌ・ドヌーブが主役を演じ、社会階層の異なる男女の悲恋を描いた名作です。

フランス人にとって、この映画は恋愛映画であるのには違いないですが、恋愛映画のみではありません。このミュージカルには世相が大きく変わりつつあった1950年代のフランス社会の様子がさりげなくオーバーラップされているからです。

アルジェリア戦争、そして政治的不安定化による第4共和制の崩壊と第五共和政の成立、女性のセクシャリティや社会的地位の変化、などの社会、政治問題が詩的に描かれています。

ところが外国人から見るとこれらのドキュメンタリー的要素は抜け落ちて、美しい悲恋が中心のミュージカルとなります。

フランス人が好む映画のジャンルは?

ではフランス人が好む映画のジャンルは何なのでしょうか。以下の表は上に挙げた二つの表、表1、表2の結果を合わせて、フランス人が好む映画のジャンルをランキング化したものです。

 制作国ジャンル
フランス99恋愛18
アメリカ93冒険69
イタリア6ユーモア40
イギリス18子供向け47
そのほか9そのほか51
総合225総合225

この表から、映画大国として知られるフランスですが、フランス人は自国の映画と同じぐらいアメリカ映画をよく見ていることが理解できます。この状況は日本に似ています。

それに加え、フランス人が好む映画のジャンルは、冒険もの( 30パーセント)、子供と一緒に楽しめる映画(20パーセント)、そしてユーモア溢れるコメディ(18パーセント)となります。恋愛映画は全体の0.8パーセントにしかすぎません。

フランス国内で人気を博したフランス映画のなかで、恋愛映画の比率が低いことを指摘してきました。フランス人も大河ドラマや歴史物、人情ものを好む点では日本人と同じで、恋愛映画ばかり見ているわけではありません。

フランス人女優と恋愛映画

最後にフランス映画=恋愛映画というイメージに貢献するのは、魅惑的なフランス人女優の存在があります。

フランスの恋愛映画を代表するような女優としては、『愛と宿命の泉』ではエマニュエル・ベアー、シシーシリーズでは、アラン・ドロンの婚約者だったロミー・シュナイダー、若き頃のカトリーヌ・ドヌーブ、そして現在のオドレア・トトゥなどが挙げられます。

この中でロミー・シュナイダーは唯一フランス女性ではありません。彼女はオーストリア・ウィーンの出身です。

彼女はご覧の通り、シシーシリーズでフランス人に人気を博しました。シシーというのはロミーのその後のニックネームになったほどです。

ロミーはフランス映画で成功を博した後に、ハリウッドに進出し、ゴールデングローブ賞なども受賞し国際的な女優になりました。ロミーをフランスとつなげた直接的なきっかけは、名優アラン・ドロンと国境をまたいだ恋でした。ドイツを棄て、それまでに培った「清純な乙女、お姫様女優」というイメージを投げ捨て、ロミーシュナイダーはフランスに住むドロンの元へやってきて、二人は婚約します。

このようなロマンチックなエピソードも、フランス映画=恋愛というイメージを強める要因でしょう。

カトリーヌ・ドヌーブは正統派の美人、クールビューティーです。カトリーヌは19歳で有名監督との子供を未婚の女性として産んでいます。このような体験は、彼女が『シェルブールの雨傘』で時代に逆らって私生児を生む、という役柄と重なります。

その後カトリーヌが産んだ子の父親となったこの映画監督は、彼女が決して自分の素を見せないところに苛立ちを感じ別れた、と自伝に書いています。誰にも素顔を見せず、神秘性を保ち、少女と娼婦の二面性をうまく表現できるのがドヌーブです。

エマニュエル・ベアーにはセクシーな小悪魔的な魅力が漂っています。彼女が上唇の整形手術をして異常に突き出ていることも、このイメージに一躍買いました。

ベアーは2012年, 自身が49歳の時に27歳でこの整形手術をしたことを後悔していると告白しています。

若き頃にはベアーは男性を魅惑するようなセクシーさを求めていましたが、その後年齢を経て彼女は社会運動に目覚めていきました。

日本では黒柳徹子さんが行なっているユニセフ大使をベアーも長年務めるとともに、移民に関する法律に反対するためのデモに参加して当局の取り締まりを受けたこともあります。

『アメリ』とインテリのフランス映画批評家たち

最後に現在フランスを代表する「恋愛女優」といえばアメリを演じたオドレイです。彼女はこれまでに挙げた女優と違って、いわゆる正当なクールビューティーやセックスシンボルではありません。また華麗な恋愛などの噂がない、という点でも珍しいタイプのフランス人女優です。

オドレイが世界的ヒットを勝ち取った『アメリ』にしても、大人の女性というよりは永遠の純粋なる少女のイメージが強く、国籍、文化に関係なく全人に訴えかけるハリウッド映画的要素を兼ね備えたフランス映画です。

例えば笑いの取り方についても、ジェスチャーや仕掛けなどによるものです。これらは国が違っても誰でも理解できるようなタイプのユーモアです。

そのおかげでこの映画は世界的にヒットしたのです。そのおかげでオドレイ・トトゥ (Audrey Tautou)もフランスを代表する国際的な女優になりました。

オドレイの父母は歯医者と教師で、明らかにアッパーミドルクラスの出身です。

オドレイは『エステサロン・ヴィーナス・ビューティ』(1999)アメリ(2001) 堕天使のパスポート(2002/イギリス映画)「ロング・エンゲージメント」(2004)「ダ・ヴィンち・コード」(2006)「ココ・アヴァン・シャネル」(2009)などの映画に出演しています。

オドレイの性格は恥ずかしがり屋で、おとなしいタイプ。『アメリ』の成功によって、他のフランス人女優を押しのけて、一晩にして世界的な女優となりました。

日本でも唯一彼女が出演すれば注目される、と言えるほどの大人気のフランス女優ですが、意外なことではありますが、本国フランスにおいてオドレイの女優としての評判は分かれました。

フランス人批評家たちは次のように書いています。「オドレイは一般のフランス人には好かれています。でもインテリと言われる層のフランス人はアメリを受け入れておらず、コテンパンに批判しました。そのためオドレイはアメリの主役を演じたために、オドレイ自身も随分フランスのメディアに叩かれてしまったのです。」

「一部のフランスのインテリはなぜアメリがこんなに商業的に成功したのか理解できません。それに加えて彼らは世界的成功を博したことにジェラシーを感じ、オドレイを叩きました。」

このようなコメントを成功した若い女性に対する、キザなインテリ層のやっかみと考えることには一理あるでしょう。ただ彼らがそう考える理由もあるのです。

「アメリが上演されてからもう10年以上も立ちますが、女優オドレイのイメージは、モンマルトルに住む無邪気で、ナイーブな女の子のイメージから脱することができません。」

オドレイは何を演じても『アメリ』として見られてしまいます。丸くて大きな瞳や顎などの顔の特徴から、彼女には小さな女の子的イメージが定着し、それ以外のイメージに転換することができません。

この可愛らしく、無邪気な「オタク的」イメージすら感じられるオドレイは殊の外日本人が好きな女の子のイメージにマッチします。しかしフランスで人気の女優は、可愛いよりは、大人の女性の成熟さが求められます。

それに加えて、フランスのインテリの映画批評家は、笑いを誘う映画よりも考えさせられる映画を、政治的には右よりも左を好みます。例えば彼らは「万引き家族」のような映画が好きです。

オドレイ自身もこの点をよくわかっており、アメリのイメージから脱皮して、フランスの正当な大人の女優のイメージに近づこうと努力したに違いありません。しかし『ココ・シャネル』や『ダヴィンチコード』を演じても、観客はオドレイをアメリのイメージと引き離して見ることはできませんでした。

2018年にオドレイはカンヌ映画祭で司会をすることになりました。このような大役はオドレイがやっとフランスの国民的女優として認められたことを意味します。

それなのに、フランスの映画雑誌にとっては再びアメリを思い起こさせる出来事になってしまったのです。そして「アメリは見るに耐えらない」「この映画は悲劇だ」などのコメントを再び蒸し返し、暗にオドレイがこの10年で女優として成長しなかった、と揶揄しました。

でもオドレイとフランス映画の関係は、2018年にオドレイがカンヌ映画祭で司会をすることによって確実に変化しつつあります。

フランスの映画批評家たちは、オドレイの今後の女優としてのキャリアがハリウッド的なユーモアではなく、『貴重で、珍しく、ユニーク』つまり従来のフランス映画の伝統に沿った魅力へと変化していくことを期待しています。

フランス国内の評価が思わしくないためか、オドレイ自身もなかなか女優としての自分に自信が持てないようです。

小さい頃のオドレイは絵を書くことに興味がある静かな女の子でした。彼女はソルボンヌ大学で文学を勉強し卒業した後1年だけ女優にトライしようと決心しました。

「私はもし仕事が来ないのなら、女優をずっとやる気はなかった」「人生には他にもたくさん楽しいことがある」と答えています。

この1年のトライアルの期間に幸運にも『ビーナス・ビューティー』という映画に出演することが決まり、おまけに賞も受賞しました。驚いたのは誰よりも本人でした。「私はいたずら電話ではないかと耳を疑ったほどです」と彼女は答えています。

この映画の成功が後の『アメリ』に繋がりました。その後数々の映画で成功し、シャネルの香水No5のモデルになった後もオドレイは女優としての自分に自信を持つことができませんでした。

2011年のインタビューでは「昔自分が出演した映画を見て、よくこんなひどい演技をしていたものだと思った。今そう感じるとしたら、これから10年後今演じている役を振り返った時に下手だと思うのだろうか」と告白しています。

『ダヴィンチ・コード』以来、オドレイはハリウッド映画には出演していません。オドレイ自身「私は大きな波を避けるサーファーのような女優かもしれません」と自虐的に語っています。「誰も私のことを理解できないだろうけど、私は他の誰かになることはできません。」とも。

確かにその後ハリウッドの女優としての地位を確立したならば、オドレイは次々にアメリをもう少し明るくしたような役柄を演じることになったかもしれません。ハリウッド映画と縁を切ったのは、オドレイもフランス人女優として、フランスの映画批評家の言うことに一理あると感じたからでしょう。

ここまでのインタビューから、確かにオドレイの性格はその暗いところを含めて『アメリ』と重なります。しかしながら、二人とも「ここぞ」という本当に魅力的な波については直感的に感知してうまく乗れる性格に違いない、と確信させます。

低姿勢のアメリーですが、本当はそんなパワーを秘めていると感じさせます。

『テレーズ・デスケルウ』(2013)(テレーズの罪)(Therese desqueyroux)でオドレイは初めてフランスの映画批評家のポジティブな批評を受けました。

『テレーズ・デスケルウ』とはノーベル賞作家フランソワ・モーリアックの代表的小説の映画化で、1920年代のフランス・ランド県の地主の娘テレーズの政略結婚に関する心理的なストーリーです。

この映画は日本では2013年にフランス映画祭で上映された後、2015年にはwowowでも放映されていますが、劇場公開はされていません。日本では収益が見込めない種類の映画です。

このようにフランスの映画評論家が好むような映画というのは、外国人にはわかりにくい、極めてフランス的な内容を持ったものであることが多いのです。そのためフランス映画の全容を外国人が理解することの妨げとなっています。

オドレイが『テレーズ・デスケルウ』を主演した後、フランスの映画評論家たちはオドレイに優しくなりました。「オドレイにとってより複雑で影のあるキャラクターを演じたからです」というのがその理由です。

「これまでよりも野心的な役を演じることによって、オドレイはセザール賞受賞にすら値するような迫真の演技を披露した」との批評もありました。

結局オドレイはこの映画ではセザール賞を逃しましたが、彼女自身もテレーズの役を演じたことは楽しかったと認めています。「テレーズは反逆的ではなく、従う人です。しかしそうすることによって彼女の人としての深みが出ました。ジェラシーを感じる場面は難しかったです。私はそのような感情を恥ずかしいと思うからです」

「私と役の共通点は二人とも従うタイプの人だということです。テレーズは周りで起こることを俯瞰して眺め、人々を心理的に痛めつけるような社会常識、偽善、隠れた暴力に疑問を持つ。(私もそういう性格なので)役についてよくわかるため、演じるのが難しくなかった。」

オドレイには一生アメリのイメージが付いて回るでしょう。でもフランス人のインテリを自負する映画評論家がいくらこの映画を嫌っても、アメリによってオドレイが世界的スターとなり、世界中のファンから愛されているという事実は変わりません。

『アメリ』がフランスの映画評論家からこき下ろされたことを指摘しましたが、実際は『アメリ』は極めて保守的なフランスの映画産業に風穴を開けた、と考えることもできます。

‘Audrey Tautou: How the French learned to love the star of Amelie’

The Guardian. https://www.theguardian.com/film/2013/apr/14/audrey-tautou-french-love-amelie

Le box office entre 1945 et 2010 pour les films les plus vus en France. Source : Centre national de la cinématographie.

Le box office depuis 2010. Source : Wikipédia.