今日フランスには多様なパートナーシップの形があります。法的結婚に加えて, 同棲(cohabitation)や別居を含む事実婚(union libre), 法的結婚と事実婚の中間的な存在のパックス(Pacs)です。
それに加えて, フランス人男性のパートナーは同性,異性どちらもあり得ます。フランスは日本と異なり,同性婚も認めています。
ここではフランス人男性がパートナーに対して一途か,それとも浮気者かについて考えていきます。
様々な形のカップルがあるという前提のもとに, 自分自身でカップルだと考えているカップルについて取り上げることとします。したがって,カップルが法的に結婚しているか,また同じ住居に住んでいるかについては問わないこととします。
また浮気の意味合いも日仏では異なります。一般にフランスでは一夜限りの短い関係を浮気とは言いません。ここでは相手が結婚しているパートナー以外の相手との関係で,ある程度の期間が続く関係を浮気と呼ぶこととします。
日本人の忖度とフランス人のプライバシー
フランスでは日本と違って,自分のプライバシーに他人が入ってこないように明確な線引きをする傾向があります。
フランス人の間では,親子,友人,夫婦であろうと,自分のプライバシーについて全面的に立ち入らせない文化があります。
そのため善意から他人に配慮する日本人の行為が拒絶されることもあり,そのような時,日本人はフランス人を少し冷たく感じるかもしれません。
例えば,相手のことを思って,でも相手の希望を聞かずにお茶を入れたとします。しかしその時お茶を飲みたくなかったら, フランス人はドライに「いらない」と言ってあなたが用意したお茶を受け取らないかもしれません。
またコーヒーがいいと言うかもしれません。
このようなシチュエーションに遭遇すると私はフランス人って個人主義だなあと思います。
相手のことを考えるということは思いやりを示すと言うことですから,それは推奨されるべき事です。でも日本人が先回りして相手のことを考えて行動することがフランス人にとってはお節介と映ることがあります。
同時に日本には「忖度する」と言う言葉があります。これも人のことを考えるという意味ですが,最近政治問題化しました。
ある役人が立場の政治家の立場について考え, 忖度して動いてしまった結果, 書類を改ざんしてしまったと説明しました。
この例は極端かもしれませんが,日本式の「相手のことを考える」態度に良からぬ面があることを示しています。
「人のことを考える」という日本人の国民性は一般の日本人が浮気をする人に対して取る態度にも現れます。
最近の日本社会は浮気をしている人に対して一斉に非難する傾向があります。それは日本人が他人のことを自分の延長線のように考えるという習慣があるため,つい相手の行動を自分の物差しで判断するからではないでしょうか。
上に書いたとおり,フランス人は一般的に根掘り葉掘り他人のプライバシーについて聞いてきません。本心ではどうかわかりませんが個人主義という建前の文化がある以上,表面的には無関心を装います。
そのため浮気についても,それが直接自分に関係する問題ではない限りその人の問題として突き放すことでしょう。「それはあなたのプライバシーですからご自由にどうぞ」というような感じで見守ることが多い気がします。
このような個人のプライバシー尊重の視点から,長いことフランスのメディアは政治家の恋愛スキャンダルにも沈黙を保ってきました。フランス人は政治家としての手腕と彼の恋愛を全く別物として考える傾向があります。
ミッテラン大統領が自ら隠し子,愛人が存在し,二つの家庭を持っていたことを告白した時にこのメディアの伝統は破られました。しかしながらこの時ミッテラン大統領が世論から厳しく糾弾されることはありませんでした。
浮気が個人のプライバシーに属する以上フランス人男性の浮気の正確な現状について知ることは難を究めます。
ここではフランス人の歴史の中で浮気とはどういうものだったのか,そして現代のフランス人男性の浮気の傾向について大まかに調べて見ました。
中世ヨーロッパでは恋愛は結婚の外にあった
そもそも恋愛は中世ヨーロッパで始まりましたが, もともと結婚の外にあるものでした。
恋愛は中世ヨーロッパの貴族階級の間で誕生しました。
中世ヨーロッパの貴族階級にとって結婚は家と家をつなぐ政治的な行為だったため政略結婚が当たり前でした。従って夫婦の間に暖かい感情が存在することはごく稀なことでした。
このような貴族階級の夫婦のあり方の傍,貴族階級の男性に使える騎士たちが自分たちのマスターの妻に対してキリスト教的な精神的愛,一方的にひたすら尽くす愛を捧げる習慣が生まれました。それは騎士道と呼ばれますが, この騎士道こそヨーロッパの歴史の中で「恋愛」の始まりとみなされています。
騎士と人妻との間で始まった精神的な愛を恋愛と呼ぶなら,恋愛とは決して成就することのない愛を意味します。
騎士道精神以来の精神的な恋愛の伝統と肉体関係を前提とする浮気との間には,結婚できない間柄だからこそ情熱が燃えあがるという共通点があります。
ルネッサンスや宗教改革が起こった近世以降ヨーロッパ各地で次第に恋愛と結婚が結びつけられるようになりました。
例えば16世紀のオランダの画家フェルメールはアムステルダムに住むブルジョワ階級の若い女性たちがラブレターを認めている絵を残しています。
フランスでもフランス革命前後から20世紀にかけて庶民階級では次第に恋愛結婚が一般化しました。そして20世紀後半になると恋愛結婚は富裕層,上流階級でも当たり前のものとなっていきました。
フランス人男性と5月革命
1968年の5月革命は別名「性の革命」とよばれます。この革命によってフランス人はより幸福な人生を生きるために性の重要性を強く認識するようになりました。
その結果5月革命は結婚に根本的な変化をもたらしました。5月革命はパリの郊外の大学で学生が性の自由を求めて立ち上がったことが直接的なきっかけとなり, その後社会全体を巻き込んでいきました。
それまでのフランス社会では,中産,上流階級では婚約した女性は結婚するまで処女であることが好ましいとされてきました。それが5月革命以後大学教育の恩恵を受けるこれらの階級の若者が率先して結婚前の同棲を始めたのです。
それ以来フランスでは結婚する前に同棲することが当たり前になりました。
フランス人と結婚
その後事実婚(同棲,別居),パックス,同性婚などのパートナーシップの形態が誕生し,性のあり方も多様化しました。しかしこれらの新たな動きによって, フランスでフリーセックスが一般化したり結婚制度が脅かされたり, ということにはなりませんでした。
最近実施された「幸福とは何か」に関するアンケート結果によれば,全体の54パーセントのフランス人男性が幸福とは家族,子供との関係が良好なことと答えています。二番目は恋愛関係で24パーセント,仕事で成功することを幸福と捉えるフランス人は8パーセントに過ぎません。
このように男女を問わずフランス人にとって幸福の原点は以前も今も家族なのです。この辺が仕事を優先しがちな日本人と価値観が異なる点です。
一般的に言って多くのフランス人男性にとって同棲とは一過性の遊びではありません。それは結婚する前に一緒に共同生活が送れるかについて問う, いわばお試し期間です。
同棲すると決めた時三分の一のカップルがすでに結婚を決めているそうです。後の三分の一は暮らしてみた結果によって結婚を決めようと考えています。
このことから同棲を婚約の一形態と捉えることもできます。
また若いフランス人男性の学生にとっては,同棲とは結婚に向けて親から独立するための準備期間でもあります。これは100年前のフランスとの大きな違いです。ヴィクトル・ユーゴーが書いた小説で映画化もされた『レ・ミゼラブル』を思い起こしてみてください。
孤児の少女コゼットの母親, フォンテーヌは女工で,地方からパリに出てきて,ソルボンヌ大学に通っていた地方の名望家の息子と同棲して子供を身ごもってしまいました。恋人は学業を終えた後自分と同じ階級に属する良家のお嬢様と結婚すべく,女工の恋人を捨てます。その結果フォンテーヌはシングルマザーになりました。
教育,仕事における男女平等が達成された今日,異なる階級間の恋愛関係は珍しいものとなりました。今日学生のフランス人男性は同じ学生の女性と付き合って結婚する確率が最も高いと言われています。彼らは家庭環境も似通っており共通の話題もあります。
今日フランス人女性の多くはピルを飲んでバースコントロールをするため,アクシデントで子供を身ごもってしまうケースも少なくなりました。また伝統的にカトリック教の影響が強いフランスでは堕胎はタブー視される傾向にあります。
フランス人男性が結婚相手に望むこと
日本人はフランス人がロマンチックで恋愛体質を持った国民だと思いがちです。
ところが当のフランス人たちは大恋愛による結婚など現実的ではないと意識しているようです。フランス人全体の三分の一が良い結婚とは必ずしも恋愛によるものではないと答えています。
フランス人がこのように結婚に対してシニカルな見方をするのは昨今離婚率が増えたからでしょう。
そうは言っても,今日若いフランス人女性は大きな期待を持って結婚にのぞみます。しかし時とともにこの幻想は消えていきます。そして30歳から50歳のフランス人女性の半数が,夫が面白味に欠け,性生活にも満足していないと答えています。
では等身大の独身のフランス人男性が結婚したいと思う理想の妻とはどんな女性なのでしょうか。
大手出会い系サイトが行なった『フランス人の男性が理想とする妻』に関するアンケート調査によれば(雑誌コスモポリタン,出会い系サイトVoyonsnous.fr), 現代の独身のフランス人男性は理想の妻として次の3つの条件を挙げているそうです。
1)整理整頓ができる女性。感情的に細やかな女性ではなく,実務面に優れた女性であること。
2)ぐんぐんと相手を引っ張っていけるような女性。リーダー的な性格で周りの人にインパクトを与える女性。こういう女性は自分の期待を裏切られることを恐れるため,相手の出方を待つことなく自分自身で全てを決定してしまうタイプだと解説されています。ややせっかちな女性です。
3)乳母的な女性。(日本で言えば保母さんのような女性ということでしょうか。)自分の幸せは横に置いておいても,周りの人の幸せを第一に考えられ女性であること。暖かく人間としての器も大きい女性で,家庭の中で采配をふるえる女性であること。
このアンケートを掲載した『コスモポリタン』にはこのアンケート結果を掲載した後で,どうしたらフランス人女性が未婚のフランス人男性の3つの要求に答えうるかについて,懇切丁寧にアドバイスまで掲載してありました。
どうも現実のフランス人男性はおとぎ話に出てくるような白馬に乗ってやってくる王子様ではないようです。
これらの3つの条件から,フランス人男性が結婚に何を期待しているのかが垣間見れます。
それは家事や子育てを全面的にやってくれる女性。夫であるフランス人男性すら子供のように扱ってくれる心の広い女性です。
感情表現が豊かで,レディーファーストで,女性をリードしてくれるタイプとは正反対の,精神的にも物理的にも妻に依存しがちで,家庭内においては子供のような存在でいたいと願うフランス人男性の本音が浮かび上がってきます。
このアンケート結果によれば,フランス人男性は理想の妻に対して恋人よりも母親役を期待していると言えるかもしれません。そのような結婚においては必然的にロマンス,恋愛の要素は少なくなっていきます。
そして一部のフランス人男性や女性は,彼らの結婚に欠ける恋愛,情熱の部分を浮気で補うことになるのです。
フランス人男性と浮気
これまでフランスでも日本と同様に,男性の浮気は許容され,女性の浮気は厳しく見なされる社会的傾向がありました。ところが近年男女平等が進展したフランスでは,浮気においても男女平等が達成されつつあります。
個人の充足を第一と考えるフランス人の生き方からすれば,浮気もありです。夫と父親,もしくは妻と母親という社会的責任ばかりに専心するのではなく,男は男,女は女なのです。
フランス人男性は全てをパートナーに求めることは不可能,と現実的に考えています。その結果37パーセントの既婚のフランス人男性が,妻を愛しながらも同時に別の恋愛も楽しんでもよい,と考えています。
ではフランス人の既婚の男性,女性はどこで浮気の相手を見つけるのでしょうか。
フランス人にとってはあらゆる場が「出会いの場」となり得ます。不倫の出会いも,職場,学校,バカンス先,クラブなど様々です。商談などをしている最中に,よく見るとフランス人男性が女性を口説いているなんてシチュエーションも見かけます。
積極的なのはフランス人男性ばかりではありません。以前パリの公共バスのバックに既婚女性専用の「出会い系サイト」の広告を見つけたことがあります。家と仕事場の往復になりがちな,忙しい既婚女性の心の隙を狙った広告戦略です。
私たちが想像する以上に, フランス社会では浮気が当たり前のものなのかもしれません。
実際最も浮気をしやすいタイプというのは,パリのような都会に住んでいて,社会階層が高く,年齢的には35から49歳ぐらいフランス人男性です。
個人のパワーが強まるに連れて浮気の頻度が高まるという統計結果もあります。それによれば,上級管理職の浮気率は40パーセントで,その他の社会カテゴリーを上回ってトップでした。
ちなみに既婚のフランス人男性が浮気をするのは,積極的に新しい出会いやパートナーを求めてるからではありません。彼らは働き盛りの年代で, 圧力,ストレス,責任などが詰まった日常生活の中で一息つける時間を求めています。
一方エネルギッシュな若いフランス人男性は,自分の男性としての魅力を試すために浮気をすることもあります。彼らは「自分大好き世代」の真っ只中で,浮気を通じて自己満足感を得ようとします。
このようにフランスでは,それほど強い罪悪感を持たずに自分の都合で浮気を楽しむことができる文化的土壌があります。68パーセントのフランス人の男女は,浮気がカップルを長く続けていくための秘訣とすら考えています。
フランスにおける離婚と浮気の関係
ところが新聞『リベラシオン』によれば,最近フランス人男性の浮気は減少傾向にあるということです。
1992年に行われたあるアンケートによれば,浮気をするフランス人男性は全体の6パーセント,フランス人女性は3パーセント、と思いの外低い数字でした。
浮気の数が少なくなったというのは,社会が浮気を容認しなくなったことを意味します。1980年には容認されていた浮気が2010年にはそうではなくなったのです。フランス人男性が浮気をやめてモノガミーに戻った理由は,離婚率が上昇したからです。
フランスでは性の革命の結果,過去50年の間に離婚率が大きく上昇しました。
また離婚にまつわる法改正も離婚上昇に一躍買いました。フランスは伝統的にはカトリック教の国で,1975年まで協議離婚は禁止されていました。それ以降も離婚するには裁判が必要でした。ところが2007年以来双方が合意している場合,公正証書を作って裁判所に行けば離婚できるようになりました。
しかし離婚に関する過去の法的煩わしさが人々の記憶に残っているため,特に収入の高いフランス人男性は結婚をためらい,事実婚を選択するケースもあります。
現在フランス人の離婚率は45パーセント前後です。今日フランス人男性と結婚する際,ほぼ50パーセントの確率で離婚に終わるということを覚悟しなければなりません。
そもそもフランス社会とは,社会的紐帯を感じにくいお国柄です。フランス革命によって10年に及ぶ市民戦争が勃発し,国民は政治的考えによって真っ二つに分断されました。
その後のフランスの歴史はこの社会的分断をいかに超越するかというテーマに貫かれていたといっても過言ではありません。
絶え間ない政治不安が社会的不安定を生むお国柄で,社会の安定を支えてきたのが家父長制,良妻賢母に支えられた家族制度でした。ところが5月革命以来,家族は社会秩序を維持するための社会的制度ではなくなり,愛情の場となりました。
人とのつながりがもともと脆弱な社会において努力してやっとパートナーを見つけた後に浮気をしてしまったら,その関係は「砂上の城」のようにご破算になる確率が高まります。多くのフランス人女性が経済的に自立しているので、離婚のリスクはさらに高くなります。そのためにフランス人男性も浮気に対して慎重にならざるをえません。
終わりに
フランスは元来キリスト教のお国柄です。性的な関係を含めて,伝統的に一夫一妻制への社会的圧力が日本よりもずっと強い社会でした。宗教的な面から見れば浮気とは許されざる行為だったのです。
宗教の影響が弱まり世俗化が進行した現代,フランス人男性の生きる支えは愛の伝統に支えられたパートナーシップであり続けています。フランスの文化に根づくこの愛の伝統は現代では結婚とイコールとなったのです。
フランス人男性は一途か,浮気者か。この問題に対する答えは,フランス人男性の個々の性格というよりも彼が納得いく愛を見つけたか否かにかかっていると言えます。
資料
The journal of sex research no.806