フランスに1週間旅行に行く人も、1年滞在する人も、フランスの伝統文化についてあらかじめ知っておくことは有益です。ここではフランス人と付き合う際の基本的なマナーやエチケットを中心に紹介します。
フランス国の基本的な特徴
フランスの人口 6718万人
フランス領土の総面積 54万4000㎢ (フランス本土のみ)
フランスの宗教 カトリック、プロテスタント、イスラム、ユダヤ、仏教
フランスの政体 共和制
フランスは、フランス革命以来今日まで、王政、共和制、帝政などの複数の政体を経てきました。現在のフランスは第五共和政と呼ばれます。第五共和政とは、フランス革命以来5番目の共和制、を意味します。それまでの共和制とは異なる新たな憲法を発布することによって、第五共和政は1962年に誕生しました。
第五共和政の特徴
大統領以外に国民議会(下院)の議決によって選出される首相が設けられているため、半大統領制と呼ばれます。議員内閣制の枠組みを取りながら、より権限の強い大統領を配した政治体制です。大統領の任期は五年で、二期まで再選可能です。
フランスの言葉
フランスではもちろんフランス語が話されています。従来アメリカや日本では「フランス人はフランス語しか話さない」と言われてきましたが、今日ではもはやそのようなことはありません。
パリなどの都会では、多くのフランス人が英語で外国人と話してくれます。また多くの外国人留学生を受け入れている高等教育機関では英語による授業も実施されています。
フランス本土にはかつて少数言語を話す人々が存在しました。それは他国との国境沿いの地域や、パリから離れた地域のことでした。主な少数言語としては、ブリュターニュ語、バスク語、カタラン語、フラマン語、コルシカ語などがあります。
今日これらの地域の人々はフランス語を話します。少数言語を話す人が少なくなってしまったために、近年これらの言語を温存させようという機運が高まっています。
それに加えて、イスラム系のフランス人の中にはアラビア語を話す人もいます。
フランスにおける最低限のエチケット
フランスでは人に会ったら、その人を知っている、知らない人に関わらず、Bonjour (ボンジュール), Bonsoir(ボンソワール)と挨拶します。おはようございます、こんにちは(Bonjourの場合)、こんばんは(Bonsoirの場合)を言うのは最低限のエチケットです。
クリニックへ行った時、受付の人や先生だけに挨拶するのではなく、待合室で待っている他の患者さんにもBonjourと声をかけます。
特に重要なのが小さなブティックに入る時です。日本では「お客様」中心と考えがちで、何も言わずにお店に入っていくと「いらっしゃいませ」と言われます。
しかしフランスでのエチケットは、あくまでも客がその店の中に入らせてもらう、という感じです。
あらかじめBonjourなどの挨拶をしないで入ると、店員さんから無視されるなど、不快な態度を取られてしまうこともあるので、注意が必要です。
知っている人に対しては名前をつけましょう。Bonjour, Monsieur Suzuki, (ボンジュール、ムッシュースズキ), Bonsoir, Madame Sato (ボンソワール、マダムサトー)という感じです。友人の間では Bonjour, Keiko (ボンジュール、ケイコ), Bonsoir, Taro (ボンソワール、タロー)と言います。
知らない人に話しかけるときには、Bonjourの後にMadame かMonsieur (マダムかムッシュー)をつけます。マダムは婦人に対して、ムッシューは男性に対して使います。
厳密に言えば未婚の、若い女性に対してはMademoiselle (マドモワゼル)と言います。
知らない人の場合、ムッシューやマダムの後に名前をつける必要はありません。例えば、バスや地下鉄で切符を買わなくてはならない時、必ずBonjour Madame, Bonjour Monsieur とマダムやムッシューをつけましょう。
これらの挨拶はフランスにおける対人関係の重要なエチケットです。それによって相手のあなたに対する態度が大きく変わる可能性があります。
エチケットとしての挨拶で外国人が一番失敗しやすいのは、電話での対応かもしれません。急いでいたり、困っている時、電話では要件から話してしまいたくなるものです。
それが外国語ならなおさらです。そこでBonjour Madame, Bonjour Monsieur を言わないと、何もしてもらえないで電話をガチャンと切られてしまうこともありえます。
電話の場合、挨拶をすることによって、顔の見えない相手に対してあらかじめ配慮を見せることが大切なエチケットとなります。
インフォーマルな挨拶
フランス人が両側のほっぺにキスをし合っているのをご覧になったことがあるかと思います。知り合い、友人などが顔を合わせた時、そして知らない人を知人から紹介された時、両側のほっぺにキスをするのがエチケットです。
これをビズ(bise)と言います。ビズは親愛の情を表現しているだけで、恋愛などの意味合いは全くありません。
挨拶のエチケットがよくわからない場合は、周囲のフランス人の真似をしましょう。ビジネス以外の場では、女性はビズをしますが、男性はビズに加え、握手を交わすだけのこともあります。
日曜日にフランスのレストランなどへ行くと、友人や家族が大人数で食事をしている場面に出くわすことがあります。
彼らが並んで一人づつビズを交わしている、なんていう微笑ましい風景に出会うこともあります。
また出会った時だけではなく、サヨナラをするときにもビズをします。サヨナラのビズの時には、また近いうちにね(A bientôt, アビアトー)などの優しい言葉を交わし合うと関係が深まります。
人間関係
なぜか日本では「フランス人は自由を好む」というイメージが定着しています。確かにフランス革命の時に人権宣言が発布され、個人の自由が宣言されました。しかし第五共和政の憲法では人権について触れられていません。
近年フランス人女性が仕事と家庭を両立しつつ、高い出生率を維持していること、また共働きのフランス人女性には自由に人生を謳歌している、というイメージが日本で定着していることも、私たち日本人がフランス人を自由だ、と感じる理由かもしれません。
しかし実際のところ、フランス人は個人の自由と同じか、それ以上に他人との関係を重視します。
実際フランス人は孤独でいるよりも、仲間で集まってワイワイするのが大好きです。
フランス人の家に招待されると、招待者はあなたが居心地よく時間を過ごしているのか、料理を楽しんでいるのか、常に気にかけてくれます。
また疲れているときは「少し休んだら」などと別室に案内してくれたりもします。このようにフランス人は家族、友人、親戚関係をとても大切にします。
会話を楽しんで食事をすることがフランス人にとっては何よりの楽しみです。それはフランス人にとって「生きる歓び:と言ってもいいかもしれません。
フランス料理が無形世界遺産に登録されたのも、フランス料理の中身のため、というよりはフランス料理を含めた社会性を育む文化として認められたのです。
ですから「フランス人は冷たい、閉鎖的だ」などと言われることもありますが、それは必ずしも正しくありません。
フランス人は、知らない人に対しては、アメリカ人なんかよりは形式を重んじ、距離を置いたりします。しかし数ヶ月、数年をかけて次第に距離を縮めて、次第に親密な関係になることもあります。
しかし一度親密になると、とても信頼のおける友情関係に発展することもあります。アメリカ人が最初の時も10年経った後も同じ種類のフレンドリー差で、一定の距離感のある関係を維持するのに比べ、フランス人の人間関係は徐々に変化していきます。
しかしフランス人は人間関係をシビアに見ている面もあります。家族、友人、恋愛以外のシーンでは、人間関係を合理的に捉えることもあります。
例えば職場の人間関係です。日本のように職場の人々との親睦のため食事をする、というのはフランス人には考えにくいことです。それでも職場で友人関係になれば、一緒に出かけます。
フランス料理
フランスの文化で最もよく知られているのは、フランス料理とワインではないでしょうか。
フランス料理というのはフランスで食べられている全ての料理を含みます。フランスは地域によって異なる食文化があるため、それぞれの地域には、独自な素材を生かした特産物や食事のスタイルがあります。
ノルマンディーには農園があり、大西洋に面しているために、シーフード、りんご、バター、クリーム、チーズなどの乳製品が有名です。日本でもよく食されるカマンベールチーズはノルマンディー地方で生まれたチーズです。
ブルゴーニュ地方では畜産業が発達しており、とりわけビーフシチュー(Boeuf Bourguignon)が有名です。これはサイコロ状に切った牛肉を赤ワインで長い時間煮込んだ料理ですが、日本のビーフシチューとは味が異なり、より赤ワインの酸味が効いています。
地中海沿いの南フランスではバターよりもオリーブオイルを使った料理が有名で、シーフード、トマト、ニンニク、バジルなどのハーブをふんだんに使った料理が数多くあります。
南フランスでは北フランスよりも平均寿命が長く、それは食生活に体に負担になる油脂を使ったものが相対的に少ないから、と言われています。日本でも健康の視点から沖縄の食生活が注目されているのと似ていますね。
フランスワイン
フランス文化を最も象徴するのがフランスワインです。フランスワインはもともと中世の修道院で製造されていたもので、とりわけボルドー、ブルゴーニュ、シャンパーニュ地方が有名です。
フランスでは美味しいワインを生み出すために、多様なぶどうの栽培も行っています。
フランス人は通常ワインのみ飲むことはありません。通常食事と一緒にワインを飲みます。
食事の前に飲むアルコールは食前酒と言われており、シャンパーニュ、ビール、カクテル、ソフトドリンクなどがあります。
また食後は食後酒があり、ブランデー、コニャック、カルヴァドスなどのリキールは消化を助けると言われています。
フランス人の家に招待されたら
フランス人の家に招待された時、彼らがフランス文化にかなったエチケットではなくとも大目に見てくれることが多いようです。多いようです、というのは、それはケースバイケースだからです。
フランス人の中にはフランスのエチケットを絶対に守らなくてはならない、と考えている人もいます。それは年齢が上の男性に多い気がします。若いフランス人はもっとざっくばらんです。
フランス人の家に招待されたとき、時間通りに到着するのはお勧めできません。それは少し失礼、と思われてしまうほどです。
招待する側にとっては、料理や配膳の準備で忙しいからです。予定より15分ぐらい遅れるのが適度ですが、それ以上遅れてしまうとよく思われません。
食前酒を振舞われた時には、全ての人のグラスに食前酒が注がれるまで待ちましょう。そして招待者が簡単な「乾杯の音頭」を取った後で、グラスに口をつけましょう。
最後にフランス人の家に呼ばれたら手ぶらで訪問するのはご法度です。必ずワイン、花束、チョコレートなどのお土産を持って行くのがエチケットです。
食べ物を持って行くのは招待する相手に対して失礼にあたるのでやめましょう。
私は学生時代に、とてもお腹が空いていたため、マックでバーガーを買って女の子の友人のところへ行ったことがあります。相手に気を使わせない、という配慮だったのですが、もともと料理ベタとして知られていた彼女は、私の態度に気を悪くしてしまいました。
フランス人のテーブルマナー
フランス人の家に招待された時、最初は食前酒を囲んで談笑することから始まります。それはソファに座れるリビングなどです。
その後食事の準備がされたダイニングテーブルに移動します。この時勝手に席に座らないようにします。
基本的には、招待者が誰がどこに座るのかを決めます。普通招待した夫婦は長テーブルの両端に離れて座り、その間に招待客が座りますが、男女交互に座って行きます。
夫婦で招待されたとしても、通常夫婦は隣同士には座りません。それは普段あまり話さない人とも会話を楽しむための配慮からです。
フランス社会はカップル社会であるため、シングルの人はそのような場に招待されないこともあります。一人でやってくるシングルの女性に対して身構えてしまう既婚のフランス人女性もいるかもしれません。
全ての人のお皿に食事が盛られるのを待って、食事を始めます。その時「bon appétit」(ボナペティ、いただきます)と言うのがマナーです。
食事中ワインや水を注ぐのは男性の役割です。日本とは反対なので、フランス式テーブルマナーでは女性は飲み物を注がない、と覚えて起きましょう。
またグラス一杯ワインを注ぎません。だいたいグラスに3分の2ぐらい注ぎます。
お酒が飲めない場合にワインを断ると、気を悪くするフランス人ホストもいます。その場合は形だけでもいいので、グラスに少しだけワインをいただいておきましょう。
フランスでは箸ではなくフォークとナイフで食べますが、肉を切る時は、ナイフを右手に持ちますが、それ以外は右手でフォークを持ちます。フォークとナイフは用途によってさりげなく持ち替えます。
食事が終わったら、ナイフとフォークで十字の形を作ります。もしくは左か右にまとめて置きます。そうすれば食事が終わった、との合図になります。
食後にチーズが出されます。地方、またチーズの種類によってチーズの切り方は微妙に異なります。
とりあえず周りの人のやり方を見て、真似ましょう。先の尖ったチーズの場合、先だけを三角形に切ってしまわないよう、全体の形を止めながら、チーズを切って行くのがマナーです。
この写真で言えば横にナイフを入れるような切り方はご法度です。
されどチーズ、それでもチーズ?とこちらが思ってしまうほどに、チーズの切り方にこだわりを見せるのがフランス流マナーです。
特に上層階級の一部のフランス人はチーズの切り方に対して強いこだわりを持っている、と聞いたことがあります。そう考えると日本人にとってフランス式マナーの難関は日本人が食べ慣れないチーズの切り方にこそある、と言えるかもしれません。
少なくとも筆者はチーズを切るとき一番緊張します。チーズのプレートが片付けられて緊張のクライマックスが解かれた後、デザート、コーヒー、食後酒などが続きます。ディナーは間も無く終わり、お開きとなります。