今回は昨今のフランス人のマネー事情と金銭感覚についてご紹介します。
昨年からフランスでは、全国的規模の黄色いベスト・デモが猛威を奮っています。このデモの詳細については別に紹介しました。
ここではこのデモがきっかけとなって、マスコミ(ル・モンド紙)が取り上げたフランス人庶民のマネー事情と、それに対する有産階級の反応についての記事をご紹介します。
黄色いベスト・デモの発端
自動車に装備することを義務付けられた「黄色いベスト」を着て、黄色いベスト・デモに参加したフランス人たちは、現状の生活の苦しさを強く訴えました。このデモの根幹にはフランス人庶民の生活の困窮化という問題があったのです。
しかし家賃や光熱費が支払えない、日常生活が送れないほど生活に困窮している、という訳ではありませんでした。
もちろん失業者、ホームレスなど、社会生活から完全にリタイアしてしまった人も黄色いベスト・デモに参加しました。しかしこれらの人々のみの参加だけでは、黄色いベスト・デモがここまで大規模化することはありませんでした。
黄色いベスト・デモの主張の中でよく言われたことがあります。それはデモ参加者の多くが給料をもらっていること、しかし彼らはそれから2週間後には口座にマネーがなくなっており、それから月末までなんとかやりくりするのがとても大変だ、という不満です。
黄色いベスト・デモ参加者の多くが全く社会から阻害された人々ではなく、一応中産階級に属している人たち、と言われるゆえんです。
そうした「切り詰めた」生活を強いられていたところに、マクロン大統領による燃料税の値上げによって彼らのマネー事情はさらに追い込まれた、と言われています。
では黄色いベスト・デモに参加したフランス人庶民のマネー事情とは具体的にどのようなものなのでしょうか。
共和主義的実力主義の終焉
富裕層と庶民の経済格差が激しいイギリス社会と比べると、フランス社会は相対的に格差のない社会だ、と言われてきました。
その理由の一つは、フランス革命で貴族や教会などの土地が手頃な値段で市民に売却されたためです。その結果フランスでは小規模不動産を持つ小市民の数が増加しました。
これらの小市民たちというのは、自営農業従事者、公務員、小売業、職人などの人たちです。彼らは次第にフランス社会で中流層を占め、政治的力を持つようになりました。
イギリス社会のように大土地所有層である貴族やブルジョワのエリートが牛耳る社会とは異なっていたのです。
とりわけ19世紀末から、フランス社会はより流動的、民主的となり、男性市民に限って言えば実力主義が横行するようになりました。そしてその頃から、フランスでは全くの庶民階級のメンバーがエリート階級に上昇するためには3世代必要だ、と言われるようになりました。
例えば代々コルシカ島に羊飼いとして従事してきた家があったとします。平等な義務教育制度が整備された19世紀末以後、この家に生まれた子供は学校の成績が良ければ羊飼いの仕事を離れることができました。
例えば息子は学校の成績が良かったため、その後国家試験にも受かって公務員になったとします。さらにその子供も成績優秀な場合には、医者、弁護士などの職業についたり、政治家になったりする道も開けるようになったのです。
シラック前大統領はこのパターンで、大統領まで上りつめました。祖父の代は農家で、父親は小学校教師、そしてシラック前大統領は、パリ政治学院、国立行政学院を卒業して、パリの由緒ある有産階級の女性と結婚した後、大統領にまで上り詰めました。
このような社会上昇の原則を共和主義的実力主義と言います。この原則が機能していた1970年代ぐらいまで、フランス人庶民の間にはこれといった不平等感はありませんでした。
ところが1973年の石油危機ショック以後、経済成長が鈍化し、このような社会的上昇のシステムが次第に機能しなくなっていったのです。
グローバル化の進展と中間層の経済的困窮化
現在多くの先進国ではグローバル化による勝ち組と負け組の格差が社会問題化しています。もともと日本以上に階級社会のフランスですが、グローバル化によって勝ち組と負け組の格差は広がりました。
しかしフランスでは国家が税収入によって、富裕層とそうではない層の収入の調整を図っているために、日本と比べると相対的には経済、社会格差が少ないと言われてきました。
そんなフランスで社会的閉塞感が強まっています。
フランスはもはやかつてのように、才能と努力で上に登っていける社会ではなくなったのです。共和的実力主義の終焉です。
とりわけいわゆる貧しい人ではなく、中産階級の貧困化が問題になっています。そのような状況で黄色いベスト・デモが勃発しました。
ル・モンド紙は、貧困化してしまった中産階級層の一例として、四人の子持ちの若い夫婦、アーノルドとジェシカの生活の実態と金銭感覚についてリポートしました。
家計は世帯主として夫が担当するのがフランス流です。アーノルド(夫)は、お給料の1ユーロ(125円程度)の動きにまで目を光らせて、家族のマネー事情を厳しく管理しているそうです。
現在26歳のアーノルドの一家はフランスの地方の公営住宅に住んでいます。2、3年前からどんなに節約しても、給料を受け取った後2週間たつと銀行口座が赤字になってしまうようになったそうです。
アーノルドと妻は生活が苦しくなったことをひしひし感じています。26歳と、同い年の妻のジェシカも四人の子持ちで主婦をしていますが、生活に疲れた表情です。
彼らは自分たちには購買力がない、と繰り返します。彼らには自分たちは節約をして暮らしているという強い自負心もあります。彼らの話から彼らの金銭感覚がしっかりしているように見えます。
実態はどうなのでしょうか。アーノルドは末っ子のおしめを変えた後で、生活費の内訳について大まかに説明してくれました。
アーノルドの給料は185100円(1493ユーロ)。それに113000円(914ユーロ)の家族手当、12400円(100ユーロ)の住居手当、22320円(180ユーロ)の児童手当が加わります。合計の月の収入は日本円にして、ざっと332820円です。
「3年前まではこれでやってこれた。俺はいつも値段を見て買っている。当時と今では雲泥の差だ」
家賃は62800円(506.74ユーロ)と変化なし。光熱費は月4000円(30ユーロ)から6076円(49ユーロ)に値上がりしました。通信費も値上がりしました。
妻の携帯電話費用は620円(5ユーロ)から4464円(36ユーロ)に、夫のそれは2480円(20ユーロ)から5200円(42ユーロ)に値上がりしました。
買っているペットの犬の餌も値上がりしました。このペットの餌については、黄色いベストのフェイスブックでも取り上げられたトピックでした。
夫が派遣から定職に変わると、配偶者手当は27900円(225ユーロ)から20212円(163ユーロ)に減少しました。
妻は四人目を生んだ後、派遣の仕事をやめてしまいましたが「今後は家計のために働きに出なくてはならない」と考えています。
以上がこの若い家族のマネー事情と金銭感覚です。
フランス富裕層、若い世帯の金銭感覚を批判
この記事が掲載された後、ル・モンド紙には多くのコメントの書き込みがなされました。そしてル・モンド紙が驚いたことには、その大半が富裕層によるこの家族の金銭感覚に対する批判のコメントだった、ということです。
この若い夫婦が26歳で4人も子供を持ったこと、113000円(914ユーロ)に上る家族手当を受け取っていること、それが保育費を節約するため、という理由ではあるにしろ、妻が働いていないこと・・・。
フランス富裕層はこれらの金銭感覚をまず批判します。それに加えて・・・。
この若い夫婦の携帯電話代、マックに行くこと、そして子供にブランドの服を買い与えていること、ペットを飼っていること・・・・。
こうしたことが富裕層にはこの若い家族には不釣合いな金銭感覚と映りました。ル・モンド紙によれば、この記事に対する書き込みには「異なる社会階層に対する憎しみ、侮蔑の感情」すら感じられる、ということでした。
アーノルドは全ての出費について語ったわけではありません。例えば子供達の昼食代、交通費、保険などは含めていません。
それでも富裕層たちは自分たちで電卓を叩いた後で「この若い世帯は家計をまかなうことができていない」「金銭感覚をしっかりさせないといけない」との結論を出したのです。
コメントの一例を紹介しましょう。
「僕はわからないな。総収入は332000円(2700ユーロ)。家賃と光熱費で74000円未満(600ユーロ以内)。それで26万円強(2100ユーロ)残るから大人二人子供四人でやっていけるだろう。僕も値段をみるけど、これだけもらっていて2週間たったら口座にお金がなくなるなんて考えられないな。彼らは残りを何に使っているんだろう?」
フランス富裕層の「上から目線」
フランスの歴史を辿ると、富裕層には、貧しい人たちには金銭感覚がかけている、という根強い思い込みがあったことがわかります。それは19世紀後半に産業革命以来ずっと富裕層が貧しい人に対して抱いてきた意識です。
産業革命が勃発した当時、田舎の農村で育った若者は、仕事を求めて都会へ出て行きました。キャッシュ・フローのない現物交換がまかり通っていた農村からお金が支配する都市へ移動することによって、彼らのライフスタイルは大きく変化しました。
雇い主たちは、労働者が都会に住む上で正しい金銭感覚を持たずに、給料を全部飲み代に使ってしまうのではないか、と心配しました。
工場労働者に対する法規制も整備されておらず、彼らは安い賃金、重労働を押し付けられていた時代の話です。また工場労働者に対しては十分な教育、職業教育が施されていなかった時代です。
労働者がアルコールに向かう理由はあったのです。
都市で家計のやりくりをしていくためには、節約、将来計画が必要です。世帯主としての夫は、理性的な金銭感覚を持ち、妻や子供に対しても責任ある経済行動を取ることが期待されるようになりました。
ちなみにこの時代と比べると、現代の事情はかなり異なります。男女平等の波が押し寄せた結果、2014年にフランス民法から「責任ある世帯主(夫)」という項目は削除されました。
男性も女性も同じように家計を管理できるような金銭感覚を持ち合わせることを期待されています。
時代は変わったと言えども、貧しい階層の金銭感覚に対しては「上から目線」を持ち続けるフランスの富裕層の態度は厳然と変わっていないのです。
あたかも彼らは「俺たちが持っているお金の額がより多いのは、俺たちが家計のやりくりができるからだ」と言っているかのようだ、とルモンド紙は皮肉を込めて書いています。
税金に対する国民感情
「アーノルドたちの世帯が貧しい世帯とは言えない」という意見もあったそうですが、それは果たして事実でしょうか。
総収入が332000円というのは、貧困層として規定される343000円(2770ユーロ)を下回っているため、アーノルドの世帯は貧困層に属します。一般的に子供が4人いる夫婦の平均収入は533000円(4300ユーロ)です。
富裕層は庶民階級の生活水準について知らないで、彼らの金銭感覚を批判するコメントを書き込んだのです。
相対的に貧しい世帯に対する批判的な書き込みを通じて、フランス社会の富裕層と庶民の間の心理的亀裂が明らかになった具合です。
富裕層がそうでない層のマネー事情に厳しい目を向けるのは、アーノルド家が家族手当を受け取っているからに違いありません。自分たちの税金がアーノルド家に渡っていると考えるからこそ、これだけ批判の目が強くなるです。
どこの国でも税金が絡むと人々の目は厳しくなりがちです。
現在日本でも皇室と税金の関係が社会問題化しています。王室を廃止してしまったフランスですが、税金に対する国民感情、という意味では、日本もフランスも違いがありません。
従来フランスには、貧困層、中産階級層、富裕層の間には、超えることのできない階級的分断があります。階級は、心理、文化、教育、ライフスタイル、あらゆる面で異なることを意味します。
フランスではこれまでどのような階級に属そうと、家族としての幸福に対しては国が保証してきました。手厚い児童手当、働く女性に対する保護を与えることによって、高い出生率を維持させてきました。
そのためこれまでフランスでは貧しい世帯でも子供の数を制限するという感覚はありませんでした。児童手当と無償教育でやっていけたからです。
現在こうした社会福祉が見直されつつあります。大学への入学も厳しくなりつつあるのです。それに加えて、中産階級的価値観を持ち続けてきたフランス人が貧困層に近づいている、という客観的現実があります。
フランス人の一部は今後日本人と同じように家計と相談して子供の数を決めなくてはいけない時代が来るのでしょうか。
最後に、多くのフランス人庶民が以前より貧困化しつつあるという認識を持っている中で、大企業の経営者として破格の給料を得てきたゴーン氏に対するフランス人庶民の目は、日本人以上に厳しいものだろうことも理解できます。
Le monde