ワイン、フランス料理と同じぐらい、フランス文化で重要なのが香水です。
パリのデパートに行けば、フランスのブランドの香水を日本よりも安く買うことができます。それに加えて、フランスには日本では見かけない素敵な香水がたくさん売っています。
そんなあなただけの香水を探して歩くことも、フランス旅行の醍醐味です。
パリを歩いていると、1815年から、1860年から、などと但し書きのついた老舗の、日本では馴染みのない香水店が目に入ってきます。(得にオペラ座の界隈)
これらの小さなお店では、グローバル化のネットワークからはこぼれ落ちた、フランスの貴重な香水の数々が売られています。ケースもどこか手作りの素朴さを感じさせるものです。
私はフランスの地方のお城を見学した後、そのお城のショップでインテリア用のバラの香りのスプレーを買ったことがあります。多分1300円とか1500円だったと思います。
ノーブランドで南フランス産のローズ系でした。そのスプレーには、日本の量販店などで売られている消臭スプレーとは全く違う、繊細なバラの香りが漂っていました。
その匂いを初めて嗅いだ時とても心地よい感覚を味わったことを今でも覚えています。それ以後インテリアに同じスプレーを使い続けています。
フランスを旅しつつ、自分の好きな匂いに出会う体験は楽しいものだ、と感じました。ちなみに筆者は香りに特別関心を持っていたわけではありません。
ここではそんなフランスの香水にまつわるエピソードを紹介します。
匂いとは神秘的なもの
同性愛者を除いて、フランス人男女は一般にお互いを常に異性として意識し合っています。それは夫と妻、通りすがりの見知らぬ人、夫の友達、などなどすべての異性に対してです。
この異性を魅惑するためのゲームとして、会話や視線以上に最も効力を発揮するのは香水かもしれません。
でも香水が取り持つのは異性間の関係だけではありません。香水はあらゆる人と人を神秘的な糸で繋ぐ不思議なパワーを持っています。
匂いは見たり、触ったり、感じたり、味わったりできません。匂いの力はあくまでも想像に委ねられています。
匂いは大脳辺縁系に直接働きかけると言われています。大脳辺縁系とは脳の中の神秘的な場所で、考えではなく感情を司ります。
そのため香水には異性、もしくは関心を寄せる相手を確実に自分に引き寄せることができるパワーがあります。
また注意深く自分の心地よい香水を選ぶと、周囲に対して抜かりなくあなたのイメージを伝えることができます。フランス人にとって、それは異国情緒だったり、ロマンチックな感覚だったりします。
匂いを嗅いだ人は、その匂いを嗅ぐことによってある感情を感じます。そしてその匂いが引き起こした感情は匂いがなくなっても残るのです。
このように、香水には、匂いについて想像させ、感情をもよおさせる、という二つの効果があります。
フランスと香水
香りというのは何千年も前からフランスにもありました。クロマニオンの生息した原始時代にもありました。
中世の頃、フランスの貴族の女性たちは金や宝石でできた香りの容器を携えていました。17世紀になるとフランスの貴族階級の人々は、カツラにこっそりとジャスミン、バラ、ヒヤシンスなどの花の香りをつけていました。
しかし現代に直接結びつく香水づくりが始まったのは産業革命が起こった19世紀のことでした。現代フランスの香水は、多分に科学や技術の発達とも関連しています。
今日のフランスでは、香水の見方は人によってまちまちです。絵画や詩と同じように芸術作品だと考える人もいれば、科学の産物だと考える人もいます。
フランス人はそれぞれのバラには異なった香りが宿っていることを知っています。そして同じように個々の男女がその人の個性にあった香りを持つことは当たり前だと思っています。
フランスの空気には香水が漂う?
フランスの空気には匂いがあるようです。東京やニューヨークにはない匂いです。それはなぜでしょうか。
一つはフランスでは、人々の関係が物理的に近いため相手の香水を嗅ぐ機会が多いからです。
フランスでは挨拶のためのほっぺたのキス(ビズ)を頻繁にするために、ほかの国よりも相手に近づく頻度が必然的に高まります。
ビズとは、相手の香水をちらっと嗅ぐ瞬間でもあるのです。香水は親密さのシンボルであると同時に、それまで存在した二人の距離を縮めることもできます。
香水を嗅いだ瞬間、人は頭で考えることをやめて感情に誘われます。その香りに魅了された時、人はそれが何の香りか知りたくなるものです。
フランス人は男性、女性、子供も年間5000円ほど香水に出費しています。ざっと計算すればこれはオーデコロンをすべてのフランス人の老若男女が一年に一本買っている計算になります。
アメリカ人や日本人が清潔さ、無臭に惹かれるとしたら、フランス人は繊細で神秘的な香りに惹かれます。
ちなみにアメリカ人の香水に対する出費は年間2000円、日本人は500円にすぎません。
フランス人男女の身だしなみには香水が欠かせません。フランスの大人は、子供が幼少期の頃から匂いと関わらせています。匂いを当てる子供用のゲームもあります。
香水が自己アイデンティティーを決める
長い髪の女性は耳の後ろに香水をつけて、自分の存在をさりげなく男性にアピールします。ココ・シャネルはいっています。「女性はいつキスされてもいいように香水をつけておかなくちゃいけないのよ」
あるフランス人男性はあるとき嗅いだ匂いを忘れられません。その匂いを記憶に刻みましたが、それが何であったか聞くのを忘れてしまいました。そのためいつまでもその匂いのことが気になっています。
匂いについて知りたいと思うのは、相手を知りたいと思うのと同じです。なぜなら香水はその人のアイデンティティーだからです。
香水によってその個人の深い性格について知ることはできないかもしれません。でもその人が大切にする匂いや感情について知ることができます。
香水を嗅ぐことによって、その香水の持ち主が周りの人に対してどんな自己イメージを演出しようとしているのかについては理解できます。
強くて、セクシーな香水が好きなのか、優しいフローラルがいいのか、全く香水をつけないのか。
また自分を高める手段としても香水を利用できます。例えば自己イメージとして「レディー、魅力的、繊細、セクシー」でありたい、と思うとします。
そんな自己イメージにあった香水をつけることによって、匂いの助けによって、その人は自分の理想に一歩近づけます。
香水は人と人をつなげる手段
それでもフランス人は自分を高めるよりも、相手を魅惑するために香水をつけることを好むでしょう。
多くのフランス人は同じ香水をつけ続けます。それは、先ほど書いた通り、時が経っても自分の記憶を相手の脳裏に止めておくため、です。
香りによる関係性は異性愛に限定されるものではありません。親子の間でもあり得ます。
ある母親はいつも同じ香水をつけていました。彼女は子供達がその匂いを嗅いで、もう存在しない自分のことを思い出してもらいたい、と願っていました。
ある女性がある男性のところに行った後で、自分のマフラーをおき忘れてしまいました。その後二人の関係はロマンティックなものに発展しませんでしたが、女性はマフラーを返してもらいたい、と思いました。
女性はマフラーを返してもらうために男性に会いました。するとそのマフラーにはディールの男性用の香水の香りがしました。
それは相手の男性が自分をアピールするためにわざとやったことでした。1週間後その男性はFacebookのメッセージを通じて彼女をデートに誘いました。
あいにく彼女はすでにその頃には別の男性と付き合っており、彼に興味を持つことはありませんでした。それでも何ヶ月か経った後、彼女はスカーフについていた彼の匂いをふと思い出しました。
とてもいい匂い。彼女はその匂いがスカーフから完全に消えてしまった時、なんだかとても寂しい気持ちになりました。
香水とすっぴん
もし女性として魅惑的でいる努力をやめてしまえば、あなたは何者でもなくなってしまいます。例えばすっぴんで外見に気を使わなければ、フランス文化においてはあなたは女性としてのゲームを放棄したことになります。
隅っこに黙って座って、ニコニコ笑っているだけでは、女性としての自分をアピールしたことにはならないのです。常に自分から能動的に自分の魅力をアピールする必要があります。
でも積極的に女性性を演出したり、自分の個性を表現することにためらいを感じるシャイなフランス人女性もいるものです。そんな女性たちは香りの力に助けられることもあります。
あるすっぴんでものぐさなフランス人女性がいました。彼女は服装など外見に全く気を使わないタイプでした。明らかにフランス社会では少し浮いていました。
そんな彼女は誕生日に夫からシャネルのNo5をプレゼントされました。
そして彼女はふとマリリン・モンローの言葉を思い出しました。「私は夜何も身につけないけど、シャネルのNo5だけはつけてベッドに入るわ」
その晩からシャイな彼女は思いきってマリリン・モンローの真似をしてみました。