フランス料理と言えば、中国、トルコとともに世界の三大料理と言われるほど、世界を代表する料理として有名です。
ところがフランスの食文化というのは、一つにまとめることができないほど、多種多様です。
わたしたちがイメージする伝統的なコース料理に加えて、地域の特産物を使った郷土料理、外国の影響でフランスの食文化に取り入れられたものなど様々です。
例えば北アフリカで食されるクスクスやタンジン などは、今日フランスの食文化に欠かせないものです。
ここではフランスの食文化の知られざる特徴として、ブラスリーを紹介します。
ブラスリーではワインではなくビールが通常ですが、そんなブラスリーで最近話題になっているゴスというビールの独特な特徴についてもご紹介します。
フランス革命とフランスの食文化
フランス料理というと結婚式などのコース料理、宮中の晩餐会や外国人要人のおもてなしの際に食されるいわゆるフランス料理のイメージが強いのではないでしょうか。
このイメージの原型となったのが、ベルサイユ宮殿に象徴される絶対王政の時代の宮廷の食文化でした。
当時のフランス(17世紀後半から18世紀にかけて)はヨーロッパでもっとも文明の進んだNo1の国家でした。
フランス語はヨーロッパの共通語で、ヨーロッパ諸国の上流階級の若い男性たちは、ヴェルサイユ宮殿を訪れて、当時最も洗練されていると考えられていたフランスの王室のプロトコール、マナーについて学びました。
フランスのブルボン王朝に仕えたコックたちはヨーロッパで随一と言えるほどの食文化のマジシャンだったのです。
しかしフランス革命が起こると、これらの腕利きのコックたちは職を失ってしまいます。
彼らは民主化が進行するフランスで、パリなどの都市にレストランを開業し、それまで王侯貴族文化とは縁がなかった、しかし財政力を持つ裕福な人々を顧客として招き入れます。
革命の混乱を収拾したナポレオンは、王政の時代のフランスの文化を復活させました。その一例がフランスの宮廷料理でした。
ナポレオンは過去のフランス王政の栄光となった食文化をフランスの国民性と結びつけ、フランス文化として世界中に伝搬しようとしました。
この目的のために、ナポレオンはかつての王侯文化の極みとも言える食文化をもとにした食の百科辞典を編纂するとともに、「美食学」を打ち立てました。
ナポレオンは、どんな文化背景を持った人でも、普遍的な文明的価値を持つフランス料理を同じように作ることができるように、とこの百科事典を編み出したそうです。
美食学とは、フランスの食文化の「人権宣言」と言ってもいいかもしれません。
20世紀になると、さらにフランス料理の体系化が進みました。しかしこの時も王侯貴族の伝統に基づいたフランス料理が中心で、フランスの地方にある様々な固有な食については軽視される傾向がありました。
実はフランスの食文化の醍醐味は地方にあります。フランスの食文化のユニークな特徴を知りたければ地方で食事を堪能するのが一番なのです。
それぞれの地域にはその地域の気候や土地の種類から影響を受けた郷土的特徴(terroir)があり、異なる郷土には異なる味、食文化が育つと考えられています。
そして近年食材のクオリティーに対する関心が高まるにつれて、地域によって異なる特徴を持つフランスの地方の食文化も見直されつつあります。
フランスの食文化のもう一つの特徴として、外国の影響を受けてきた、という点が挙げられます。
島国の日本とは違って、フランスは四方を外国に囲まれた典型的な大陸国家です。イギリス、ドイツ、ベルギー、スイス、イタリア、スペインなどと国境を接しているのです。
そして古代ローマの時代から、これらの国境を通じて、異なる食文化がフランスにもたらされました。
ここではその一例として、ライン川を超えたドイツの料理の影響のもとにできたブラスリーとそこで食されているドイツに影響を受けたフランス料理についてご紹介します。
Brasserie: ブラスリーとは何か
最近日本でもブラスリーが増えてきました。ブラスリーとはもともとフランスのレストランの一形態です。
ここではフランスの食文化の視点から見た、ブラスリーが持つユニークな特徴をご紹介します。
フランス語のbrasserieとは、中世フランス語に由来します。もともとビール醸造所、を意味しましたが、その後それが派生してビール醸造ビジネス、などの意味も持つようになりました。
1870年の普仏戦争に敗戦し、ドイツとフランスの国境地帯にあるアルザス・ロレーヌ地方がドイツに属すことになりました。
アルザス・ロレーヌ地方に住む人たちの食生活は、フランス的でありながら、同時にドイツの影響も強く受けています。フランス語ではドイツ料理で知られるザワークラフトはフランス語ではシュークルート(choucroute)と言いますが、フランスではザワークラフトはアルザス・ロレーヌ地方特産の料理として知られています。
1870年にドイツに占領されたアルザス・ロレーヌ地方を離れて、パリへ移住してきたこの地方の人々が始めたザワークラフトとビールを提供する店がフランスにおけるブラスリーの始まりでした。
その後ブラスリーはフランスに在住するドイツ人向けのレストランとして知られることとなります。
そこで給されるのは、ソーセージ、ハムなどのドイツの食材、ビールなどでした。
そして次第にビアホールのようにビールを主体とした酒と食事を提供するレストランとして知られるようになりました。
ブラスリーには給仕がつき、印刷されたメニューがあり、テーブルには、白いリネンのテーブルクロスが敷かれており、それなりにきちんとしたイメージです。
19世紀末のヨーロッパはアールヌーボーたけなわ。その関係で同じ時代にできたブラスリーの内装は、ステンドグラスなどを含めたアールヌーボーの内装をもつ高級ブラスリーも少なくありません。
今フランスで最も旬なビール:ゴス(la gose)
最後に、現在フランスで最も注目されているユニークなビールについて紹介しましょう。
フランス人の中には旅行好きが多いですが、彼らは料理を通じた旅行も楽しみます。そんな新しもの好きのフランス人の間で現在注目されているのが、ドイツのビール、ゴスです。
ゴスというのは日本では全く知られていないビールの種類ですが、フランスでもつい最近知られるようになってきたビールです。
同時にゴスは、実はヨーロッパ中世の時代から存在する、古く由緒のあるビールでもあるのです。
14世紀の中世後期、ドイツのゴスラーという中世都市でゴスという変わったビールの製法が考案されました。ちなみにゴスラーというのは現在では中世の面影を残した観光地になっているようです。
(ゴスラーについては以下のリンクをご覧ください)
https://www.google.com/maps/place/ドイツ+ゴスラー/@51.9253361,9.9232232,9z/data=!4m5!3m4!1s0x47a5409a8340441b:0xa340eceac807c2b!8m2!3d51.9059531!4d10.4289963
ゴスというビールの名前はゴスラーを貫いていた川の名前に由来します。
しかしゴスがビールの名前として一般的に知られるようになるのは18世紀のことでした。このころになるとこの地方特有のビールとしてその名前を知られるようになりました。
この地域が第二次世界大戦後ソ連によって占領されるようになると、ゴスの製造が止まってしまいました。ソ連邦が崩壊し、東西ドイツが統一された結果、再びゴスの製造が再開しました。
ゴスは一般的ないわゆるビールとは、その醸造の仕方が異なります。
ビールの純粋さによってビールのランク付けをしているReinheitsgebotによれば、ゴスはモルト、ホップ、水以外の成分を含むため、実は正式にはビールとしては認められていません。
ゴスは乳酸発酵を採用しており、その醸造方法が極めて特殊です。
その結果、一般のビールは小麦を主体としたモルトが原材料を使っているため透明ですが、ゴスは濁っています。さらにゴスに加える原材料によって、その色が変わっていきます。
味の特徴としては、苦くて甘い、かすかに塩と香料が効いていて、とてもユニークな特徴を持っています。
このビールに特有な清涼感は、乳酸化によって、酸っぱさと甘さが同居しているためです。
こうした複雑な特徴を持つため、ゴスの酸っぱさと相性のいいフルーツなどを加えたり、塩気を強めるために海藻を加えたりして、味の変化を楽しむことができます。
一般的にアルコール濃度は5%です。しかし製造者によってはもう少し強いアルコール度のゴスもあります。
カルパッチョなどをつまむと、ゴスの酸っぱさと清涼さが強調されますし、生牡蠣を食べつつ飲むとヨウ素の匂いが強まります。
いちごなどの少々酸っぱいフルーツとともに飲むと、ビールの甘さが引き立ちます。
このようにゴスはこの酒を作る製造者の好みによって異なる風合いを楽しむことができます。個々人の好みによって様々な前菜のお供となるため、飲み手を選びません。
フランスのブラスリーを訪れた際には、ぜひゴスを試してみてください。初夏から夏にかけて清涼感とともに楽しめるビールに間違いありません!