フランス人男性とファッション(2)クリストフ・ルメール、日仏のコラボ、21世紀型ファッション

 

パリは19世紀半ばから100年以上もの間、世界のファッションの都と言われてきました。ところが今ではファストファッションの発展によって、そうではないという意見も強まってきました。

ここでは、有名なフランス人男性のファッション・デザイナー、クリストフ・ルメール氏のファッション哲学について紹介します。ルメール氏によれば、パリこそが21世紀の新しいファッションのあり方の鍵を握っているということです。

また新しいファッションのあり方には日本も関係します。なぜならルメール氏は日本のファッション大手のユニクロとコラボをしているからです。

なぜルメール氏は日本の会社であるユニクロとコラボをすることにしたのでしょうか。ルメール氏はユニクロと組んで、ファッション業界で何を成し遂げようとしているのでしょうか。そしてその先にはどんなファッションの展望があるのでしょうか。

これらの疑問に答えを出しつつ、21世紀型の新たなファッションの展開の中心に、フランス人男性とフランス人男性が好む男性服があることも指摘します。

クリストフ・ルメール氏の略歴

ルメール氏は1965年生まれで2018年現在53歳です。ルメール氏はフランスの東部、ブザンソンで生まれました。元々は成績優秀な文学少年でしたが、偶然が重なり、ファッション業界に入ったそうです。

1980年代にルメール氏はイザベル・マランとともにファッションショーを開いたり、D Jをしたり、ファッションブランドのアルバイトをしたりしていました。そしてクリスチャン・ラ・クロワ氏に直接手紙を書き、彼の会社で働くことになりました。

ルメール氏はラ・クロワ氏のメゾンで多くを学ぶとともに、彼の目指すファッションの方向はオート・クチュールに代表されるきらびやかな虚構の世界ではないことも自覚しました。

1991年に、ルメール氏は自分の名前を冠した『クリストフ・ルメール』というプレタ・ポルテ(既製服)のブランドを立ち上げました。ちなみにこの会社は日本でとても高い人気を得ました。2000年に入るとルメール氏は自分のブランドを一時休止して、大手メゾンのアーティス・ティックデザイナーに就任します。

とりわけエルメスの専属デザイナーに就任した際には、当時それほどまでに有名なデザイナーではなかったために、周囲に驚きをもって迎えられました。しかしルメール氏はスカーフと革製品が大半の売り上げを占めるエルメスにおいて、プレタポルテの売り上げを順調に伸ばしエルメスの売り上げに大きく貢献しました。

ルメール氏は2006年には自身のブランド『クリストフ・ルメール』を再開しました。2015年にブランド名を『ルメール』に変更しました。彼はファション業界で横行する大企業化を否定し、現在まで、完全独立起業のオーナーであり続けています。

ルメール氏はエルメスを2015年に退任したのち、2016年にユニクロとの新ライン『Uniqlo U』をスタートさせました。ルメール氏は現在水曜日と木曜日はユニクロに出勤し、そのほかの3日はルメールで働きます。週を二つの仕事に区分するのはたやすいことではありません。それまで集中していたのに別のことに頭を切り替えないといけないからです。

でも信頼のおけるスタッフに支えられて、この困難を乗りきっています。ルメール氏がユニクロとのコラボを始めて以来、公私のパートナーである、アジア系の女性、サラ・リン・トランさんが『ルメール』のコレクションのデザイン、ブランドイメージ、商品化までを一貫して監督してルメール氏を支えています。ルメール氏のファッションに影響を与えたのは、1920年代のファッション、アジアなどだそうです。

世界のファッションの都、パリを規定する3つの条件とは?

ルメール氏は、現在グローバル化、ファストファッションの進出で「パリがファッションの都ではなくなった」という意見に強く反対します。なぜならルメール氏は、過去、現在、そして未来も、パリは世界のファッションの中心地であり続けると考えているからです。ルメール氏はパリ以上にクオリティーの高い洋服を作れる場所はない、と言い切っています。

ルメール氏は愛国心からパリのファッションを称賛しているのではなく、パリのファッションが一般のフランス人とはかけ離れた、ある種の国際性に支えられていることを強く意識しています。

ではなぜパリが歴史的に世界のファッション都市となったのか、思い返して見ましょう。19世紀半ばから、パリは世界のファッションの中心地として知られるようになりました。これには、三つの要因がありました。

まず、パリには当時世界一腕利きの職人が存在したことです。王政の時代からの洋装の伝統を保持してきたパリの職人は、20世紀後半まで底抜けの技と経験を保持し続けました。そして二十人ほどの腕利き職人たちが、世界を相手にパリのファッション伝統を100年に渡って保持しました。

パリが作り上げる高級ファッション、オートクチュールの顧客は世界の富豪たちでした。イギリス、アメリカ、アラブ人などが中心で、フランス人の顧客は3分の1ぐらいだったそうです。こうしてフランス趣味とはジェット機で世界を飛び回る富豪の人々の趣味を指し、パリは世界のファッションの中心としての名声を誇りました。

それに加え、パリは世界で一番知的、美的な場所でした。そこにはフランスの歴史も大きく影響しています。王政時代には上流階級の女性が仕切ったサロンが栄え、知的な人々の間では会話を楽しむという伝統が生まれました。その結果、フランスでは会話の刺激によって、小説、絵画などの芸術活動も栄えていったのです。

ファッションも同じです。どんなに才能のあるファッション・デザイナーでも一人で孤立してファッションを製作することはできません。常に腕利きの職人やスタッフと会話をしたり、街中に出て美しいものを眺めたりしながら、ファッションを考案してきました。

そして三つ目の要因は、フランスのエリートたちが世界に向けてフランス文化をマーケティングする術に長けていたことです。これを要約するなら、普遍主義、国境を超えて語りかける能力、世界中のアイディアを取り入れてそれを体系化する才能と言えます。

例えばシャネルの香水No5もフランス人特有の国際戦略によって世界的に成功しました。その匂いに独自性があったことは事実ですが、No5の成功の秘訣は何よりもその抽象的な名前にもありました。

シャネルはこのNo5という名前を、あたかも自動車のナンバーか何かを決めるように名付けた、と言います。5という数字の由来は、シャネルが常に5月5日にファッションショーを行なっていたこと、それは1年の5番目の月だったこと、そのため彼女自身が5をラッキーナンバーと考えたためです。

No5はその抽象的な名前によって、その後あらゆる多様な状況に溶け込んで行きました。1950年代にはマリリンモンローがシャネルNo5をつけた、との噂が立ち、マリリンモンローとともにNo5も神秘的な存在になりました。

そしてマリリンモンローのブロンド、肉感的な様子、そしてアメリカ人といった特徴が、黒髪、痩せこけた体型、フランス人というシャネルのイメージを補完し、No5は世界の人々を魅了していったのです。それは同時にアメリカ文明が世界的な影響力を拡大しつつあるという時代にもマッチしていました。

もともとNo5という抽象的な香水には、フランスを表象する具体的なイメージが何もなかったのです。そしてその都度征服したい市場の要素をうまくイメージに取り込むことによって、自らのイメージを世界に浸透させて行きました。

パリ発のファッションというのは、いわばどんな形のものにも対応しうる器のようなもので、その中身は時代、そしてその時アピールしたい市場によって、常々変化して来たのです。ルメール氏はパリファッションが21世紀のファッションの動きに十分対応できる、と考えているに違いありません。

21世紀もパリはファッションの都であり続ける・・・

なるほど一見するとルメール氏を取り巻く状況は一昔前とは大きく変わりました。ルメール氏のアトリエには、50年前に健在したフランスを代表するとびっきり腕のいいパリの職人はいません。

LVMHは古くからあるフランスの国際マーケティングの伝統を受け継いで、奢侈産業において世界一の売り上げを誇っています。ルメール氏はそのような古くから存在するフランスの伝統に背を向け、日本人とコラボすることを選択しました。そしてそのことが彼の考えるところの国際性への独自なアクセスとなりました。

ユニクロはパリの古い奢侈産業とは根本的に異なります。フランスのオートクチュールのように、手作業で少数の富裕者に信じられない値段で服を売るのではなく、ファストファッションメーカーとして、産業デザインとしての既製服を不特定多数の人々に販売します。

ユニクロはパリに加え、東京、ニュー・ヨーク、上海に研究開発センターを持ち、その成果をベストな製品作りにつなげ、世界中で売りさばく、という方法を取っています。

ユニクロは、大量のものを多くの人に販売しているという点ではファストファッションメーカーです。同時にユニクロの独自性はファストファッションでも他のブランドと比べれば品質が良い、という点です。

パリのユニクロの研究開発センターにはもちろんパリ独自の視点がありますが、パリでファッションを作るからと言って、それがパリ的、フランス的だとは言えません。

なぜならパリのユニクロのスタッフは日本人、イギリス人、スイス人、スウェーデン人、フランス人と国際色が豊かだからです。デザイナー、アシスタントを含めて15人ほどのスタッフがデザインの構想のために働いています。スタッフの数は一昔前のパリの少数の腕利きの職人の数に匹敵しますが、彼らはもはや職人ではなく、デザインに専心します。

ルメール氏とユニクロが手がける21世紀型のパリ発ファッションによって、ファッションの都パリの意味合いが変貌しつつあります。もはや富豪相手のビジネスではなく、一般大衆を相手にして、世界中にある店舗で売りさばきます。

また腕利きの職人に依存するのではなく、国際分業体制によって人件費の安い国の工場で生産します。もちろん、それは手作業ではなく、機械生産です。これらは19世紀後半にアメリカで誕生したフォーディズム、つまり大量生産制の延長線上に成り立っています。

ルメール氏は、ユニクロが提供する工場生産能力、大量販売のためのルート、日本式の完全主義、これらが21世紀のファッションを支える国際性だと見て取りました。これらのシステムのおかげで彼が目指す品質の高いファッションを手頃な値段で最大多数の顧客に販売することができると考えたのです。

そしてルメール氏が最もユニクロと共感したところが、ファストファッションに収まり切らないファッションについての考え方、つまり流行に左右されない、品質の良い服作りです。

ルメール氏をめぐるパリのファッション環境は2つの条件(マーケティング、スタッフの国際性)においては19世紀がたのパリファッションとは異なる新しい性格を持っています。

それでもパリがファッションの都として存在する上で、過去も現在も変わらない要素があります。それはパリが知的、美的な都市であり続けているという点です。パリには世界で最も知的で、最も独立心に富んだ、美しい男性、女性がいます。そして彼らがファッショナブルなことです。

パリの長い歴史とパリの文化を体現する洗練されたパリジャンが作り出すパリの空気こそ、パリで考案されたファッションのエッセンスとなり、パリジャンシックを作り出します。ルメール氏がパリがファッションの都であり続けている、と考えるのはそのためです。

そもそもルメール氏がユニクロとコラボに関心を示した理由は、現状のファッション業界のビジネスのあり方に強い疑問を持ったからでもありました。

現在ファッション業界は岐路に立たされています。パリコレでは、六ヶ月に一度、日常着とはかけ離れた、空想、ファンタズムに根付いた奇抜なコレクションが発表されます。しかしこれらの既存のブランドのコレクションは、現在経済システムとして立ち行かなくなりつつあります。

これまではファッションデザイナーにとって、ファッションウイークとは数ヶ月に及ぶ仕事の集大成の場でした。有名人がファッションショーを訪れ、ジャーナリストが新しい流行について記事を書く。そして数ヶ月後にはファッションショーでお披露目をされた洋服が店頭に並び、一般消費者が購入するというプロセスがありました。

しかし現在SNSの発達に伴って、ファッションウィークの商業的意味が失われつつあります。なぜならファッションモデルがファッションショーに出演するや否や、写真が一斉にネットに挙げられ、SNSを通じて広まっていってしまうからです。

ファストファッションのメーカーは、すぐさま新しいコレクションを真似た商品を作り出し店頭に並べます。その結果、お金をかけて独自なデザインを考案して、コレクションを発表したメゾンによる商品が店頭に並ぶ数ヶ月後には、一般消費者はすでにこれらのデザインを見飽きているという皮肉な現状があります。

ザラはこのようなやり方によって、流行をいち早く商品化し、世界的なファストファッションの企業に成長しました。

ルメール氏の考える新しいパリ発ファッション

ファッションや流行から距離を置いて、美しいベーシックなカジュアルウエアが数着あれば良い、というのがルメール氏の考える21世紀のファッション感覚です。この考え方自体はヨーロッパに古くから根付く考え方でもあります。

毎日寝て起きて、洋服を着て、出かける。そして1日が始まる。そのプロセスの中でワードローブに自分が来ていて心地いいもの、魅惑するものをストックする。そうすれば、自分に対しても気分が良く、自信も持てるし、そうした装いは自分のアイデンティティーともなります。

フランス風シックなファッションとは、個人の内面的幸福感にも直結する、ライフスタイルの一部なのです。

ただ一つだけ、条件があります。こうしたベーシックで流行のないファッションとは、美しいから、と言って単に広告と同じように装うだけでは、クールには決まらない、という点です。

ユニクロUやその他のベーシックを基調とするブランドが提案する21世紀型のカジュアルウエアとは、何か一つその人らしい装いの個性を加えることによって、初めてその人に寄り添ったファッションとして完成されます。それは実際には一癖あるファッションの在り方です。着る人にセンスがなければ、他の人と同じに見えてしまうからです。

21世紀型ファッションはフランス人男性の好むべーシック・ファッションから始まる

ファッション産業は流行という名の回転の早い時間軸によって支配されています。メゾンは6ヶ月毎に異なる流行を提案します。それは女性に対してカーボーイ、兵士、お姫様、パンクになれ、と指示しているようなものです。

それを後追いするファストファッションも次々に新しい流行の服を生産していきます。そして回転の早いファッション業界は、ある程度着た後は捨てる、という暗黙の了解に支えられています。

現状のファッションの生産体制は、貧しい国の労働者に過酷な労働を強いるとともに、環境問題をさらに悪化させます。先進諸国の経済も頭打ちとなった今、ファッションにおいおい時間とお金をかけてはいられない世の中になりつつあります。

そもそも20世紀型の大量生産的考えに基づいて生産された既製服は美しくありません。何事もそうですが、美しい物を作るのには時間がかかるからです。

現在ファストファッションが浸透した結果、日本ではお金がないはずの若い学生ですら、洋服は消耗品である程度着たら捨てるものだと考えます。この傾向は特に女子学生に強く、彼女たちはファストファッション世代と言っていいぐらいぐらいです。

そこで20世紀から21世紀型のファッションに向けて消費行動を変えて行くのは、流行を追うのが好きな女性たちではなく、ファッションに対して質、持続性を求め、余分なものは買わずベーシックなものをコレクションする男性消費者だと考えられます。

そもそも男性のファッションには時間に流されない永遠のアイティムが多く存在します。フランス人男性は、一般に質のいい流行に左右されない自分が気に入った洋服を買って、長く着ます。特に若いフランス人男性はクオリティーを求めてベーシックな洋服にこそお金をかけます。

ルメール氏は将来、フランス人女性も、時流に左右されない、表面的ではないフランス男性の伝統的なファッション感覚を取り入れていくだろうと考えています。

 

参考資料

 

Uniqlo : « Je préfère les commandos aux armées mexicaines »

Libération par Sabrina Champenois, le 26 septembre 2016

 

« L’Andam, activateur de talents », par Caroline Rousseau, madame Figaro, 22 juin, 2012.