フランス人:恋愛と結婚の間 

今回はフランス人にとって愛、恋愛、結婚が何を意味するのかについて紹介します。え、そんな分かり切ったことを?と思われるでしょう。

ところがこの3つの意味するところは、日本語とフランス語で微妙に異なるのです。例えばフランス語では、日本語のように愛と恋愛を区別しません。

amour は日本語の「愛」と「恋愛」のどちらも意味します。日本語的に言うと恋愛というのはどちらかと言うと独身のカップルに使う言葉です。「恋する」と言うのは少し距離のある相手に使う気がします。結婚すれば「愛する」となります。

その区別がフランス語にはありません。結婚する前も後も変わりなくamourや aimerという言葉が使われます。

日本語では未婚と既婚で関係の質自体が恋愛から愛へと変わっていくのに、フランス語では恋愛と愛の区別はありません。

フランス人にとって恋愛と愛の違いはamourの色が変わっていくプロセスと言えるかもしれません。しかしそれによってamourの本質が変わる訳ではありません。

そう考えると、フランス人にとって重要なのは恋愛か結婚ではなく、愛があるか否かの一点に絞られます。そしてその愛が長く続く場合、どのような形でその関係にコミットしていくかという別の問題が生じます。日本のように恋愛から結婚へと道が決まっているわけではないのです。

そんなわけでここでは、フランス人男性、女性の体験談、そして作家哲学者による説明などを参考にしつつ、少し哲学的にフランス人の考える恋愛、愛、結婚について紹介します。

多様な愛(Amour)の定義

まず仏和辞典からAmourの定義を紹介しましょう。

仏和辞典の中でamourを探すと、そこには長―い説明が羅列されています。さすが愛の宗教と言われるカトリック教の伝統を持つ国、フランスです。その定義を読んでいくとフランス人男性、女性にとって愛というのは、日常生活のあらゆるところに存在するものだということが理解できます。

  • 愛、慈愛、愛情
  • 愛、恋、恋愛
  • 恋愛事件、恋愛体験
  • 好み、愛着
  • 恋人、情熱の対象、好きなもの
  • 肉体関係
  • 動物の発情、盛り

Shogakukan Robert Grand Dictionnaire Français-Japonais

現代フランスにおいて、愛とはあらゆる人間関係に伴う肉体的、精神的、心理的上の様々な思い入れ、感情、気遣いと理解できます。

通りすがりの恋愛も愛だし、一生続く関係も愛です。慈愛という意味では、親の子に対する気持ち、隣人、クラスメート、そのほか周囲の人に対する広い意味での気遣いも愛です。

カップルの愛

様々な愛の形がある中で、カップルにとっての愛とは何でしょうか?実はこれに対して、全ての人が納得するような客観的な答えはありません。愛とは本質的に主観的なものです。

カップルの愛も状況によって様々な愛の形が想像できます。情熱、行為、恒常的な状態、その時々の気分、愛する人の気持ち、そして愛し合う二人の関係性、全てが愛と関係してきます。

ある哲学者は次のように愛の定義しています。

「愛とは友情でもなく、欲望でもなく、情熱でもありません。愛とはこれらの相反する傾向がありえない形で共存した状態です。なぜあり得ないかというと、これらの愛の構成要素は相互補完的に作用するわけではないからです。そこに愛の悲劇があり、偉大さもあります。異質の要素が混在しているので、不安定さを伴い、人々の日常生活の中で、壮大な、またはありふれたストーリーとして、私たちの日常生活の中で強力なエンジンとなりえます。」(France culture: Peut-on définir l’amour?)

上の説明から、肉欲だけの関係では異性愛とは言えないことがわかります。その一方で友情だけで二人の間に「化学反応が起きない」つまり情熱や欲望が不在の場合も異性愛とは呼べません。

国家と愛、恋愛

日本ではフランスは恋愛大国として知られています。またフランス人は恋愛体質を持っているとも言われます。ところがフランスの歴史を見ると愛、恋愛や個人の幸福が結びつくようになったのは、ここ50年余りのことだったことがわかります。

国家の視点からみると、フランスでは自由な恋愛は結婚生活の安定を揺るがす「反逆」的なもの、危ないものとみなされてきました。この考え方を明文化したのが1804年に発布されたナポレオン法典でした。

ナポレオンは公共の秩序を樹立するために、結婚した男女の間に法的不平等を確立したのです。その結果夫婦愛が女性の幸福の原点であるというコンセンサスがあると同時に、結婚は男性の女性に対する支配、という矛盾した側面を持つこととなったのです。

当時のフランス人は堅苦しい民法によって定められた家父長制のなかで、愛と結婚の曖昧な関係について強く意識したことでしょう。

国家の安寧の礎としての家族を定義づけたナポレオンですら、自身の結婚には愛を求め、妻の不倫に耐えました。

ナポレオン法典によれば不倫をした既婚女性は姦通罪に問われましたが、同時に彼女たちは「犠牲者」ともみなされて、恩赦などの措置が取られることも頻繁にありました。

ボルデユーというフランスの有名な学者は「愛とは男女の恒常的対立における『休戦場』だ」と書いています。

このように愛は個人の幸福、男女の対立要素、そして国家の個人の私生活に対する介入が複雑に入り混じったフィールドなのです。

フランスで恋愛結婚が一般化したのは20世紀に入ってからのことでした。

そして結婚と愛、恋愛が全く同義語となるのは、人間の幸福にとって性が重要であると認識され、別名性革命とも呼べる「5月革命」後、1970年以降のことでした。

そして最近では同性愛者の結婚も合法化されました。

日本人は愛と結婚を峻別する

現代フランスでは、カップルの愛としては心理的、精神的な要素も重要ですが、それと同じぐらい相手に対する性的欲望、情熱も重視されます。

このような結婚のあり方に批判的なフランス人は、一般にフランス人が愛と恋愛を混同していると非難します。

日本人の中にも、愛に情熱を求めたところで3年も経てば情熱など消えてしまうでしょう、そんな不安定なものを信用して結婚するわけにはいかないと反論する人がいます。

これに対して、あるフランス人は次のように答えてくれました。

「そうかもしれない。でも例え情熱が消えたとしても、激しい情熱が過去にあったという思い出が残り、それによって愛しあうカップルとしてやっていける」と。

相手に対するときめき、相手と物理的に接触することから生じる欲望や情熱を感じた時、日本ではそれを恋愛と呼びます。ところが、多くの日本人女性はそのままその恋愛感情を結婚後もある程度保持させていくことが難しいと考えています。

あるアンケートによれば、日本人女性が結婚に求めるものは恋愛感情以上に、相手と一緒にいるとほっとできる、金銭感情が似ているなどです。

日本では結婚を考えた時、現実的なことを考慮しないといけない気がします。実家との関係、兄弟が何人いるかから始まって相手の収入、勤務先、転勤はあるかどうか、などなど。

そしてもっとも重要なものは子供の存在です。日本人男性が若い女性を好むのは子供を生んで育てて欲しいからに違いありません。

そのような諸問題が優先され、結婚における「ときめき」「恋愛感情」の重要性は軽視されます。悩み相談のサイトを見るとそれが良くわかります。

例えば30歳を過ぎた未婚の女性が「私は結婚したい。でも相手にときめきを感じないので今までパートナーに巡り会わなかった。こんな私は結婚できないのでしょうか」などの質問を見かけることがあります。

それに対して多くの(既婚と思われる年上で経験のある)日本人女性が「ときめきを感じる相手」と結婚しようと考えるなんてナンセンス、だから結婚できないのよ、などとお叱りのレスポンスをしています。また「あなたは人生を知らない」「生活は恋愛と違う」などの意見も上がります。

しかし「生活上の利便」「理性(もしくはお金?)」を優先した結果「ときめき」をそれほど感じない相手との結婚を選択すれば、出産後にセックスレスの問題が生じるのは避けられないように思われます。だから結婚の目的を幸せとした時この未婚の女性の言い分にも一理あるのです。

フランス人男性にとっての愛と結婚の違い

日本人女性は恋愛と結婚を峻別すると書きました。そこには、男女間の経済的平等が実現していない今の日本社会における日本人女性の弱者としての立場が反映されています。日本人女性は経済的理由に男性に頼るために結婚をしなくてはならない場合もあります。

実はフランス人にとっても結婚と愛は別物です。カップルの目的が愛であるならば、結婚は愛にコミットするための一つの形態だからです。そしてフランスには愛に対するコミットメントには複数の結合の形態があります。

結婚がカップルの最も重要な結合の形であることは、日本もフランスも変わりません。日本でもフランスでも役所に婚姻届を提出します。

同じなのですが、フランスでは役所における「結婚の儀式」が日本よりも一歩踏み込んだ公の制度となっています。なぜならそれは書類としての婚姻届を役所に提出する以上の行為を伴うからです。

フランス革命が起こる以前には、カトリック教会がフランス人の結婚を社会的に管理していました。「離婚をしてはいけない」「堕胎をしてはいけない」「浮気をしてはいけない」「婚前交渉をしてはいけない」などの厳しい社会的掟を課すとともに、カトリック教徒として戸籍の登録にも関与していました。

フランス王国では長い間カトリック教会のみ正当な宗教として認められ、プロテスタント教徒やユダヤ教徒が迫害されてきました。例えば異教徒はカトリック教会が管理する戸籍に名前を載せてもらえず、フランス王国の大半のカトリック教徒との結婚を禁じられていました。

フランス革命政府は宗教の違いによって個人の市民的幸福に障害が及ぼされることを問題視しました。人権宣言の中には信心の自由の原則が謳われています。革命を通じてそれまで排斥されていた他の宗教も、カトリック教と同様に社会的に認知されました。

フランス革命以後、カトリック教会ではなく、国家がフランス人の戸籍を管理することになりました。その中には婚姻の手続きも含まれ、教会での結婚は省略できたとしても結婚する二人は必ず役所で結婚の儀式を行わなければならなくなりました。

フランス革命にはカトリック教会の考え方に相反する側面がありました。例えばカトリック教会は離婚を禁止していましたが、フランス革命は離婚を合法化しました。その後ナポレオン敗退後ブルボン王朝が復活すると、カトリック教会の影響が強まり、再度離婚は禁止されます。

それから1970年ぐらいまでフランスでは離婚をすることが大変困難な状況が続きました。協議離婚というものがなく、離婚するカップルは合法的な離婚理由を求めて裁判で戦わざるおえませんでした。

このような歴史があるために、フランス人は結婚にマイナスのイメージを抱きやすく、結婚=国の制度と考えがちです。

近年、民法上の制度が改正され、フランスにおける結婚が「国家による個人の私生活(愛)に対する干渉」というフランスにおける従来の結婚のイメージは薄らぎました。

フランスでは、パックス法、同性婚などの合法化によって、個人が自由に自分たちのカップルの規則をオーダーメードで決めることができるようになりつつあります。

日仏の結婚観の違いが引き起こす摩擦―フランス人男性は「できちゃった婚」をしない?

フランスでは長い間結婚が国家による国民の私生活への介入の一形態だったために、万が一の際離婚ができない、などのマイナスの記憶が残っています。

そのため民法が改正され離婚がしやすくなったのにも関わらず、一部のフランス人男性はなかなか結婚にコミットしません。一方日本人女性は一般に結婚を恋愛の果ての男のけじめと捉えます。

このような二つの結婚観の違いによって、フランス人男性と日本人女性の間に結婚をめぐる文化摩擦が起こることがあります。

あるフランス人男性と同棲していた日本人女性は妊娠、出産しました。出産を機に、日本人女性はフランス人男性に対して同棲ではなく結婚を要求しました。しかしフランス人男性はどうしても結婚できないと拒否したのです。

その結果日本人女性は生まれたばかりの赤ちゃんを連れて日本へ帰国し、そのフランス人男性は遠く離れた日本に住む自分の子供に会うこともできず、辛い思いをしています。それでも彼が結婚したくないという気持ちは変わりませんでした。

日本人女性としては子供ができた段階で相手のフランス人男性は結婚してくれると思っていたことでしょう。日本には「できちゃった婚」という言葉もあるとおりそれが当たり前だからです。

日本的に考えると、子供ができてもその母親と結婚する心算ができていないフランス人男性は、けじめをつけられない、責任が取れない男となります。ところが出産を経てもこのフランス人男性は結婚をすることを拒否しました。

彼はパートナーとの関係と子供の問題を切り離して考えました。そして子供が生まれても彼女との結婚をその時点では望んでいなかったのです。

フランスでは日本のように女性が家で子育てをして男性が外で働くと言うパターンは当たり前のものではありません。どちらかが育児休暇を取って仕事を休む制度は整っているので一時的に仕事を休むということはあるかもしれません。

しかしこのフランス人男性のように医者で自分だけの収入で家族を養っていける場合でも、女性は家にいて欲しいとは考えません。むしろずっと外で働いて欲しいとすら考えています。その方がカップルとして刺激的だからです。

別のフランス人男性が日本人女性とパリで同棲を始めて2ヶ月たった頃、同棲など許さない、と日本人女性のご両親が日本からパリへやってきました。それまで結婚はしない主義を貫いてきたフランス人男性でしたが、最後通牒を突きつけられ大いに苦悩した結果,晴れて彼女と結婚することを決心しました。

全てのフランス人が結婚=愛を生きているのではない

ここまでフランス人男性の恋愛観、結婚観についてご紹介しました。フランスではこの2つはamourという言葉で全て繋がっています。

フランスで恋愛と結婚が結びついたのはこの50年ぐらいのことだったと書きましたが、実は現在でも恋愛結婚がフランス社会全体に広がっているとは言えません。

フランスで恋愛結婚が当たり前となったのは中産階級以上の人たちのみです。彼らは毎日の小さな愛の儀式(愛情を表現するジェスト、優しい言葉、食事の準備、花束を送る、愛情のこと持ったメモを残す)を通じてカップルとして愛を育んでいきます。

ところが労働者階級のフランス人男性には自分の配偶者に対してここまで細かい気配りをしません。

このような社会階層による男性の態度の違いに加え、結婚した後の夫婦の社交生活も異なります。

教養ある夫婦は結婚後もそのまま友人たちとの社交を続けていきます。そして彼らはこの社交の場で子供達にマナー、言葉遣い、教養などを教え、将来自立するのに必要な文化資産を学習させます。

労働者階級では一旦結婚するとそれまでの仲間との関係が切れてしまいます。彼らは男たちのたまり場で、自分たちの配偶者がいかに至らないかについて話すことが仲間との気晴らしになります。

労働者階級のフランス人男性には仲間の夫婦を招きあって食事をしたり会話を楽しんだり、と言う社交生活がありません。

労働者階級のフランス人男性は男仲間とお酒を呑んで冗談を言い合うことでストレスを発散します。彼らの妻にとって、結婚とは夫と子供の世話をする場であるという前提は以前から変わっていません。

最後にフランス人男性は一般に主婦を好みません。フランスの家庭では共働きが主流です。その理由は様々です。お金ではなく生きがいのために働く女性もいることでしょう。しかしこれは例外で、多くの場合共働きでないと生活が成り立たない、という厳しい現実があります。

女性が働くということを、フランス人男性も歓迎する傾向にあります。専門職を持っていて自分の稼ぎだけで家族を養っていけるようなフランス人男性ですら、独立して働いている女性を好みます。

フランス人男性の多くは、経済的な負担を一人で背負いたくない、対等に働いている人と一緒に暮らしたほうが会話や生活そのものが刺激的、と考えています。

おわりに

ここではフランス人の恋愛と結婚が愛でつながっているという話をしました。フランス人にとっても恋愛が熟せば結婚へとつながっていきます。

しかしその二つが必ずしも一致するとは限りません。フランス人は日本の「できちゃった婚」「授かり婚」という考え方に馴染みません。子供ができてもパートナーとすぐに結婚したがらないこともあります。

二人の意見がお食い違わないように、カップルは子供を産む前にしっかり話し合いをして、二人の気持ち、人生計画をきちんと確認する必要があります。